9 伯爵家の人々
壊れた壁の向こう側は倉庫だったらしく、壁の補修をするついでに入り口を新設する事になったようだ。
僕達も手伝うと言ったのだけれど、副団長に断られてしまう。
「アル君、片付けや補修は私達が行うので気にする必要はないよ。・・・そんな事より、騎士団に入らないか?」
「やめないかファン!気持ちは解るが、伯爵様のお客人であるのだぞ!」
「しかし、団長!」
ファンさんから突然騎士団に誘われたアルは、僕の方に顔を向け困り果てた表情になりながら無言で助けを求めているが、アル次第だと思うよ。
「済まないな、騎士団も人材不足でね。特に、鉱石を扱える者は本当に限られているため貴重なんだ。今はキラン以外だと、数人しか居ないからね。アルド君、副団長が不躾な発言をした事を許してはくれまいか?」
「は、はい。」
アルの様子を見兼ねた伯爵の一声で場は収まり、取り敢えず館に戻る事になった。
ファンさん、かなり真剣な様子だったな。
館に帰り、伯爵の執務室へと案内された僕達は改めて話を聞く。
「すまなかったなアルド君。・・・実を言うとな、鉱石を扱える者は数百人に1人しかおらず、扱えたとしてもあそこまでの力を出せる者は、私も見た事はないんだ。」
「キランさんも見た事はないんですか?確かにアルの力は凄かったですが・・・。」
「イーオ君もだよ。・・・今日秋に入隊した者の適正を調べていたのだが、その中には誰も該当者が居なかったために、ファンも先走ったのだろう。戦が起こるかもしれないからな・・・。」
「戦、ですか?」
「あぁ、余り実感はないかもしれないが、この国は隣国とは戦争状態にある。とは言っても、常に戦をしている訳ではないし、ここ数年は和平の動きもあるから終結するかもしれないが、鉱石は我が国だけで産出されるわけではないからな。戦が始まれば敵も鉱石を使う、その危機感故に力ある者を抱えておきたいとファンは考えたのだろう。無理もない。」
なるほど・・・。だからファンさんは、あんなに必死だったんだ。
「我々騎士団は、領民を守る責務がある。無論、兵士達も領民なのだから、兵士達も出来る限り守りたい。彼らもまた、家族がおり、友がいて、恋人もいるのだ。無闇に命を捨てさせていいものではないのだよ。だからアル君、村の事が片付いたら少しでいい、考えてはくれまいか?勿論、イーオ君もだ。君達の力は、恐らく抑止力としても働くだろう。」
「村をどうにかしてからなら、俺は構わない。親父は反対するだろうけどな。」
僕は・・・どうしたいんだろう。わからない。
「まぁ、鉱石が採れるとなると、警備の人員を出さなくてはならなくなるし、獣の討伐に鉱石を扱える者を配置せざるを得ないから、恐らく入隊しても村に居続ける事になるとは思うがね。ご両親が反対したその時は、私が事情を説明しに行く。これは村を守るためでもあるからな。」
それなら、騎士団に入るのも悪くはないかな?
アルを見ると、キランさんの言葉に真面目な表情で頷いていた。
「話は大凡まとまったかな?イーオ、アルド君、君達が騎士団に入隊するかは今は保留にするとして、鉱石の調査はこれから行うが、発見した場合は春頃に黒化した獣の討伐隊を編成をする事になるだろう。その時は改めて私から君達に要請をする事になるが、出来れば力を貸して欲しい。兵士として志願している訳ではない君達を巻き込むのは、心苦しいのだがね・・・。」
伯爵は苦々しい表情で僕達に告げる。でも、その力が僕達にはあるのだから、村のためにもやらなくてはいけない。
父さんなら、きっとそうするから。
「はい、父さんや村の人達を守る為にもお手伝いします。」
「俺も。」
「すまない。だが、私も共にその場には赴くつもりだ。それが伯爵としての私の責務だと考えている。・・・それに、キースの時のような思いは・・・もう二度と・・・したくないんだ。」
「伯爵様・・・。」
この人は立場以前に、優しいんだな。後悔を滲ませた表情で呟いた言葉が、本心なんだろう。
「・・・キラン。調査隊の編成、頼んだぞ。」
「はっ!では、失礼致します!」
伯爵は真剣な表情でキランさんに命じて、キランさんもそれに応え執務室を後にした。
「さて、話も片付いた事だし、イーオ、アルド君。君達には私の家族を紹介しないとな。・・・ところでイーオ、いつまで私を伯爵様と呼ぶのかな?私はキミにとって、義理とは言え叔父に当たるのだが。」
「いえ、流石にそれは・・・。」
身分が違うのだから、仕方ないと思うのだけど。
「私がいいと言っているのだから、気にする必要はない。キースの息子なんだから、当然だろう?他の兄弟の子供達は、叔父上とか、エリアス叔父様と呼んでくれるのに、イーオだけ伯爵様と呼ぶのはおかしいとは思わないかい?」
「では・・・叔父上、ご家族にご挨拶をしたいと存じます。」
「結構!それでいいんだよ。他の貴族の前では困る場合もあるが、此処にいる間はそう呼んでくれ。・・・アーネストは居るか?」
伯爵が呼ぶと、間をおかずにアーネストさんが執務室に現れる。扉の外で待っていたらしい。
「はい、こちらに。」
「アーネスト、妻と子供達を応接間に連れてきてくれ。私もイーオ達を連れて向かうから。」
「かしこまりました。」
伯爵の指示を受け、アーネストさんは退出する。
それを見送ると、伯爵は家族に僕達の事をどう説明していたのかを教えてくれた。
何でも、父さんの名代として来たけれど、目録の不備を直すため客間に籠もって仕事をしていたと言う事になっているそうだ。確かに僕も手伝っていたから何があるかは判るため、その様に振る舞う事は問題ないと伯爵には伝えた。
「イーオ・・・。キミは、読み書き計算まで出来るのか・・・。流石はキースだ、抜かり無いな。ちなみに、目録には不備はなかったから安心してくれ。私も目は通したからな。」
「ありがとうございます。父は僕が何処に出ても恥をかかないようにと、色々教えてくれましたから。」
「あの・・・伯爵様。俺は客間で待っています。」
突然、アルが暗い表情で自分は行かないと言い出した。どうしたんだろうか?
「どうしたアルド君?顔色が悪いぞ。体調でも悪いのか?」
「いや、何というか俺、場違いな気がして・・・。」
「私が来る事を認めたのだから、キミも立派な客人だ。遠慮する事はない。」
「しかし・・・。」
「気持ちはわからなくもないが、滞在するのだから家人に挨拶ぐらいはしないと失礼にあたるぞ?今日からは、食事を客間で摂る訳にはいかなくなるが、アルド君はアーネスト達と同じ部屋で摂るように手配をするから、挨拶だけは一緒に来なさい。でないと、イーオやキースの顔に泥を塗る事になる。」
「・・・解りました。」
「よろしい。では行くとしよう。」
貴族の館に連れて来られたのだから、無理もないよ。
僕だって、父さんの名代だと言う名目が無けれぱ場違いだと思うから。
執務室を出て階段を降り、一階にある応接間に案内をされる。
中は調度品で溢れており、客の目を楽しませるように配置されていた。まぁ、僕には良し悪しなんて、わからないんだけどね。
伯爵の家族は既に集まり椅子に腰掛けていて、その後ろには数人の女中も控えていた。
「すまない、待たせたようだな。執務に関しての話をしていたので遅くなった。」
「いえ、私共も只今参った所で御座います。それで、この方がキース様の御子息で御座いますか?」
「あぁ、紹介しよう。この子がキースの息子でイーオと言う。こちらの彼は、その付き添いのアルド君だ。」
伯爵に紹介され、僕とアルは自己紹介をする。
勿論、挨拶が遅くなった事の謝罪も忘れない。
「まぁまぁ、あの時の赤ん坊がこんな立派に成長されたのですね。私の息子になる予定でしたから、キース様のお手紙で健やかに育っていると知らされてはおりましたが・・・。会えて本当に嬉しく思います。」
「こらこら、先にお前達の紹介をさせなさい。・・・イーオ、改めて紹介しよう。妻のノエリアと娘のリゼットとフィオナだ。後1人、イーオより1つ下の息子がいるが、今は寮にいるので、学院の長期休暇で戻ったら紹介しよう。」
伯爵の奥さんであるノエリアさんは、僕の事を知っているようで凄くニコニコしている。
「これは失礼致しました。私、当主であるエリアス様の妻でノエリアと申します。私共もイーオ様にとって家族ですから、ご遠慮なく寛いでくださいね。」
「私、長女のリゼットと申します。今年で13になりました。父より前々からイーオお兄様のお話は伺っております。どうかよろしくお願い致します。」
リゼットは紫の髪を持つ美しい少女で、優しげな面立ちをしている。
「わ、私、次女のフィオナと言います!10になったばかりです!よ、よろしくお願いしまひゅ!」
あ、噛んだ。
フィオナも薄い紫の髪で優しげな面立ちをしていて、ノエリアさんによく似ている。リゼットは伯爵にもノエリアさんにも似てるな。
しかし、フィオナは僕達相手にそんなに緊張しなくていいと思うんだけど・・・。
「フィーは内気でね。貴族の催し等にも余り参加していないから、私や従者以外の男性とは殆ど接していないんだ。だから、すまないが大目に見てくれ。」
フィオナの様子に、伯爵は困った顔で助け船をだした。
なるほど、それなら緊張しても仕方ないか。
「改めて、ノエリア様、リゼット様、フィオナ様。お世話になります。」
「そんな!私やフィオナに、様を付けないでください!イーオお兄様も本来なら、一緒に暮らすはずだったと私共は聞いています。なので、私やフィオナを妹だと思ってくださらないと、私達は寂しいです。なので私の事もリズとお呼びください。」
「わ、私も、フィーとお呼びください!」
「解りました。・・・リズ、フィー、これから宜しく。」
「はい。」「はいっ!」
「あらあら、よかったわね二人共。」
二人の娘と僕のやり取りに、ノエリアさんは先程よりニコニコして、伯爵様も安心したように微笑んでいた。
暖かい家族だな・・・。
「旦那様、イーオ様のお世話をさせて頂く女中を紹介しても宜しいでしょうか?」
「おぉ、アーネスト今日まで済まなかったな。そちらは任せた。」
「かしこまりました。・・・サリーナ、此処へ。」
アーネストさんに名前を呼ばれた女中が一歩前に出てお辞儀をした。淡い緑色の髪を持つ、凛々しい印象の女性だ。歳は僕達と同じぐらいだろうか?
「イーオ様、アルド様、本日よりお世話をさせて頂きます、サリーナと申します。以後お見知りおきを。」
「歳が近い者の方が、イーオ様も気が楽かと愚考致しました。ただ、今年から行儀見習いとして館に来た者で御座います故、失礼があるかと存じますが大目に見て頂ければ幸いです。」
「僕達は貴族ではありませんから、そこまで気を使って頂かなくても大丈夫なのですが・・・。」
「イーオ、キミは自分が貴族になる可能性がある事をわかっていないね?書類上だが、キミは私の実子になって居るんだよ?」
えっっ!?初めて聞いたんだけど!?父さんの養子じゃないの!?
「凄く驚いているようだが、流石に未婚のままのキースの子供には書類上とは言え出来なかったんだよ。なので、イーオは私の長男でもあるんだ。・・・だから余計に、早くキースには結婚しろと言っていたのだがな。」
そうだったのか・・・。余りの衝撃に、思わず呆然としてしまった。
父はそれをわかっていたから、礼儀作法や読み書きまで教えているのに、自分の事を殆ど話さなかったのか?
「とりあえず、イーオも頭の整理が必要そうだからこのぐらいにしておこう。」
伯爵がそう言うと従者の人達は退出して、ノエリアさん達も応接間から出ようとした。
しかし途中でノエリアさんだけ僕の横で立ち止まり、小声で話しかけてくる。
「イーオ様、主人がはしゃいでしまい、ごめんなさいね。貴方がキース様の事を余り知らないとアーネストやキランから聞き、その事を気にしてアーネストと二人で一芝居打っていたのですよ。あの人は自慢の弟に育てられた貴方に、キース様がどんな人物だったのかを教えてさしあげたかったようですから。」
ノエリアさんの発言が聞こえたらしく、伯爵が慌て始める。
「ただ、面と向かっては恥ずかしかったんでしょう。それに、貴方がこの家に馴染めるようにもしたかったようですしね。」
「ノ、ノエリア・・・余計な事は言わないでくれ・・・!」
「私も、貴方の身体の事は聞き及んでおりますので、何かありましたらご相談ください。」
ノエリアさんは言い終えると、ニコりと僕に微笑みかけ、部屋を出て行った。
今朝、伯爵が扉を勢いよく開けたり、戯けたようにアーネストさんとやり取りをしていたのは、ワザとだったって事か・・・。
「あー・・・。うん、なんだ、その・・・。聞かなかった事にしてくれ。」
伯爵は顔を赤くしながら、頭を掻き恥ずかしそうにしている。
でも、その心遣いぎ堪らなく嬉しいと感じた。
「エリアス叔父上、本当にありがとうございます。」
僕にお礼を言われた伯爵は、堪らず両手で顔を隠してしまう。
本当、いい人だな。