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いつか、どこかで  作者: 眠る人
84/86

80 ぬくもり

「これは、どういう事だ・・・?アンタ、マホの知り合いだったのか?でも、貴族なんだろ?それに、マホまでアンタを旦那様って・・・」


 僕に抱きついたまま泣き疲れて眠ってしまったマホの頭を撫で続けていると、酷く困惑した表情のリアさんが説明を求めるかのように視線をこちらへ向ける。


 もう少しこのままマホを撫で続けていたかったけれど、リアさんを放って置くわけにはいかないだろう。


「僕自身、つい半年ぐらい前までは、ただの田舎の代官の義理の息子だって・・・そう・・・思ってたんですけどね。」


「・・・詳しく話せよ。」


 深く尋ねられても何処からどう話していいものか、マホとの事、シュウさんとの事を含めどう彼女に伝えていいものか?


 そんな纏まらない考えのまま、視線をリアさんに向けながら僕自身の事情から説明する事にした。


「・・・僕は、本当の親を知りません。誰かに託された先が、育ての親である父さんの元だったのですが、その父さんが実は貴族の家の生まれだった事を、つい最近まで知りませんでした。」


「それで?」


「それで、実は僕が父さんの兄であるウィンザー伯爵の書類上の子供である事がわかったんですけど・・・」


「まどろっこしい言い方すんなよ!ちゃんとオレにも判るように話せって!」


 彼女の疑問に答えられていないのは解っていながらも思いついたままに話した為、上手く伝える事が出来ずリアさんを焦らしてしまったようだ。


 ・・・だけど、リアさんが短気なのはさっきからわかってはいたけれど、もうちょっとこちらの話を聞いてくれても良くないか?


「そう言われても、僕も色々ありすぎてまだ受け入れきれてないんだよ!」


「なんだそりゃ!?テメェの事だろうがよ!」


 此処半年程で起きた出来事に僕自身がまだ現実味を感じて居なかった事と、もう少しリアさんが聞く耳を持ってくれたらと考えてしまった事もあり、つい声を荒げながら答えてしまうと、彼女も同様に返す。


 僕自身どうにも感情の抑えが利かなくなっている事に内心で少し驚くも、今は冷静に話す事が出来そうにもない。


「・・・イーオは、かなり複雑な事情があって最近までワタシの旦那の元に預けられてたんだよ。だから、リアが考えたような事に一切関係が無いし、寧ろその貴族はシュウを追手から助けてた家だから、ぜーんぶリアの早とちりだったって事なの!!」


 そんな状況の僕達を見兼ねてか、このままでは話が纏まらないと判断したらしいマーサさんが、やや困ったような表情で僕へ視線を向けながら会話に割り込むと、リアさんもこちらへと視線を向けつつ驚いた表情で僕に問い掛けた。


「・・・はっ?兄ちゃんを?・・・そうなのか?」


 どうやら、マーサさんは僕に落ち着けと言いたいようだ。


 側から見ても、今の僕は明らかに冷静さを欠いているのだろう。


 ・・・確かに、自分でも足元が覚束ないような、そんな自覚はある。


 何で僕はイチイチ全部を説明しようとしたんだ?


 マーサさんのように余計な事は言わず、端的に話せばいいだけなのに。


 今のままではダメだ。


 一度、頭を冷やさなければ。


「・・・はい。ですが、シュウさんを手助けしていたのは、僕ではなく叔父上・・・なんですけどね。まぁ、それを抜きにしても、僕達はシュウさんと顔見知りですし、今回来たのは父さんの事もありますが、彼の手伝いをする為でもあります。」


 彼女の問いに、少し間を置いて深く息を吸い込んでから、何故僕達が此処に来たのかと、リアさんを納得させられるように表向きの事情を話す。


 この言葉自体には余り大きな嘘が無い。


 それに、先程の話ではシュウさんが何かをしているのは彼女も理解しているようだから、この言い方なら大丈夫だろう。


 そう考え自分自身も納得させつつ言い終えてから、リアさんの反応を見るより先にマーサさんへチラリと視線を向けると、軽く頷き返してくれるのが目に入る。


 どうやら、これで良かったらしい。


「なんだよ!それならそうと・・・」


 今の状況で最も冷静なのは、マーサさんで間違い無い。


 マホが来なければかなり危い場面だったけれど、リアさんも一度困惑した事で怒りが収まったようだし、まだ冷静さの足りていない僕が何かを話すより、リアさんの説得はマーサさんに任せてしまうべきだ。


 僕だと、また余計な事を言いかねないから。


「だーかーらー!リアが全部聞く前に、勝手に勘違いしたんでしょうがっ!」


「・・・スマン。」


「リア、キミはちゃんと人の話を聞かなくちゃダメだよ。イーオ達は此処の事情もちゃんと理解してるし、シュウの研究にも協力してる。じゃないとワタシも連れてこようだなんて思わなかったよ?」


「そう、だよな・・・。さっき、マーサおばさんが兄ちゃんを訪ねてきたって言ってたから、普通・・・そうなるよな。・・・まてよ?じゃあなんで、マホはコイツに抱きついたんだ?昔からの知り合いみたいだけど・・・。」


 リアさんにそんな風に問われてもマーサさんは全く焦っている様子も見せ無い上に、僕達が研究に協力しているだなんて言葉がスラスラ出てくる事からも、まさか此処までの全部が織り込み済みだったのか?


 となると、リアさんが今問い掛けたマホと僕の関係についても・・・。


「イーオとマホが知り合いなのは、かなり小さい頃にワタシの旦那と・・・、有名な剣士であるキースと色んな地方に呼ばれて旅に出ていた先で、偶々知り合ってたらしいんだ。二人の話からワタシがそれに気付いたのは、結構最近なんだよ。」


 やはり・・・と言うべきなのだろうな。


 無論だが父さんは仕事や性格、叔父上との関係もあって村から離れるような事が無かったが、リアさんはその事を知らない。


 ならば、今のように話したとしても直ぐに嘘がバレる可能性は低いって事なのだろう。


 尤も、前世だの云々はまともな感覚ではとてつもなく胡散臭く感じるだろうし、他の事についても仕方なくはあるが、どうしても罪悪感は湧いてくる。


「そう・・・だったのか・・・。そんな偶然、本当にあるんだな。ちなみにそれって、マホがこうなる前って事だよな?」


「多分、そう。ワタシは出会う前のマホをあんまり知らないしさ・・・。リアはマホから聞いた事無い?旦那様がどう・・・とか。」


 きっと、以前叔父上が言っていた僕に腹芸が出来ないとは、こういう部分を指しているのだろうな。


「うーん・・・?そんな話は、聞いた事無いな。でもまぁ、誰かに会いたいって、そんな事は言ってたような気はするぜ。・・・それが、コイツだったって事か。」


「最初は、ワタシも確信とまでは言えなかったけど、なんとなくそうなんじゃないかって直感は出来たんだ。正解だったみたいだけどね。・・・マホはワタシにもあんまりそう言う事は言わないから・・・さ。」


「まぁ、確かにこんなんじゃ好きな男に会うのだって、つれぇだろうな・・・。」


 不意にマーサさんが後悔を滲ませながら呟くと、リアさんも眉を寄せながら腕を摩りつつそう零す。


 ・・・以前マーサさんが言っていた通り、蝕むのは身体だけでは無いって事、か。


 リアさんの言葉で、僕は思わずマホへと視線を向けるが、パッと見だと黒化している部分は確認出来ない。


 でも、何処かは判らないけど確実にマホも侵食されてはいるのだろう。


 ・・・が、だからどうしたって言うんだ?


「イーオはそんなの気にしないよ!」


 今僕に懐かしい温もりをくれているマホが、違う何かになってしまった訳じゃない!


 だから僕は、絶対にマホもサリーナ同様に守ってみせる!


 そう強く誓いながら、僕は寝ているマホを抱きしめた。


「・・・確かに、コレを見てたらコイツがそんなヤツじゃない事ぐらい、オレにだってわかるさ。・・・でも、良かったよ。オレが居なくなる前に、マホを守ってくれそうなヤツが来てくれて・・・。怒って、悪かったな。」


 声を荒げたマーサさんに、チラリとこちらを見つつリアさんは呟くように謝罪を口にする。


 僕にはその様子がこれまで見せてきた態度とは違って、酷く頼りなくて儚げに見え、咄嗟に言葉を返す事すら躊躇われた。


「バカな事言わないの!アナタだって!きっと!」


 そんな僕を他所に、彼女も助けたいと考えていたマーサさんは、リアさんの発言に居ても立ってもいられなくなり、思わずといった様子で声を張り上げる。


 マーサさんがそう言ったのは多分、僕が黒化を止められる事を知っているからだろう。


 ・・・なら、僕は今の僕にでも出来る事を、するべきだ!


 二人のやり取りを聞き、すぐにでもリアさんの侵食を止めたいという衝動に駆られた僕は、マーサさんが大きな声を出した事で訪れた僅かな沈黙を破ろうと口を開きかけた時、僕の胸元に顔を埋めていたマホが身動ぎをしたのを感じた。


 どうやらマホが目を覚ましたらしい。


「ママ、リアちゃん、喧嘩はダメだよー・・・。」


 ・・・少し、危なかったな。


 マホが起きなければ、つい余計な事を口走ってしまう所だった。


 さっきも落ち着けと言われたばかりじゅないか。


「マホ、起きたのか?」


 リアさんの侵食を止めるにしても今は伝えずに実行して、全てが解決した後でその事を教えればいい。


「だってー、ママもリアちゃんも声が大きいんだもん。・・・もう喧嘩終わったの?良かったぁー。」


 どんな事態になるのか分からない以上、独りよがりな行為で間者に余計な情報が伝わる可能性が生まれるのはかなり危険な行為だ。


 だから、今話すのは我慢しなければ。


「ごめんね、マホ。」


「すっごく怖かったんだからね?仲良くしなきゃダメだよー?」


「ああ、オレが悪かったんだ。謝って済む事じゃねーけど、オマエらまで巻き込もうとしちまって、本当にすまなかったな。」


 彼女はそう告げると今度はサリーナとアルに視線を向け、再び頭を下げる。


 リアさんは物言いが多少荒いけれど、自分が悪いと感じたら直ぐに謝る事が出来る人のようだ。


 先程の件で少し・・・いや、かなり思う所はあるが、彼女から歩み寄ろうとしてくれているのだし、何より本当の事を話していないのはこちらなのだから、この気持ちは・・・呑み込もう。


「リアちゃん、旦那様が連れてきたお客さんにも酷い事した・・・の・・・」


 リアさんに釣られ、僕に抱きついたままの姿勢でいたマホが、身体を起こしサリーナへと身体を向けつつ顔を上げた直後に、その動きを止める。


「おはよう、マホちゃん。」


 そんなマホに、サリーナは短く言葉をかけた。


 押し倒された時のままでいた僕の位置からでは、マホの背中に隠れていてサリーナの表情までは見えないけれど、きっと彼女の事だから笑顔だけど涙目なのだろう。


 もしかしたら、僕より記憶がはっきりとしているサリーナは、もっと前から必死で涙を堪えていたのかもしれない。


「・・・サオリ、おねえ・・さま?」


「・・・うん。あたし、だよ。」


 震えた声でマホがサリーナを呼び、サリーナも掠れたような声で、再度短く言葉を返す。


 すると、一呼吸置いてマホは僕に抱きついた時と同じ様に、声にならない声をあげながらサリーナにしがみつくと、サリーナもマホを抱きしめ返しつつ、二人でしゃくり声を上げる。


 そんな光景を、僕達は只々見守るしか出来なかった。





 暫くの間、泣き声が幕屋の中を支配していたが、その声も大分落ち着いて来た頃、僕は地面に寝たままだった事に気付き身体を起こすと、リアさんが困った表情で呟く。


「もう、なにがなんだかわかんねぇ・・・。」


「なんか、すみません・・・。」


 リアさんがこの状況に混乱するのは無理も無いと思う。


 良く見知っているマホが僕だけなら兎も角、サリーナにまで抱きついて泣き出すなんて、自分が彼女の立場でも戸惑う事だろう。


「・・・まぁ、いいや。兄ちゃんやマホの知り合いなら悪いヤツらじゃないだろうし、勘違いして本当に悪かったよ。」


 だが、彼女はそんな状況でも切り替えが早いらしく、頭を搔く仕草をした後で僕へと向き直り、謝罪の言葉を口にする。


「いえ、配慮が足りなかったのは寧ろこちらです。貴女の・・・」


「・・・リアだ。」


「え?」


「だから!リアって呼べよ!後、その気持ちわりぃ話し方も何とかしろ!」


 これは、気を許してくれた・・・という事だろうか?


「そう言われましても・・・。」


 とはいえ、今日初めて会った人を馴れ馴れしく呼び捨てにするのは、僕には憚られる。


「止めろって言ってんだろ!」


 だが、彼女はそんな僕の話し方が気に入らないらしい。


 此処は、リアさんに合わせた方がいいのだろうな。


「・・・うん。わかった。リアって呼ばせて貰うよ。それじゃあ、僕の事もイーオって、そう呼んでくれるかな?」


「あぁ、わかった。宜しくな、イーオ。」


 改めて自己紹介をするのもおかしな話だと思うし、やはりまだ少しモヤモヤとはするけれど、僕が口調を崩した事で少しだが彼女はほっとしたような表情で、僕に左手を差し出す。


 きっと、これが彼女なりの和解の挨拶なのだろうな。


「・・・旦那様、イーオってお名前なの?勇樹じゃなくて?んー・・・じゃあ、お姉様もお名前違うのかな?」


 リアさんから差し出された手に応え握手を交わすと、まだサリーナに抱きしめられたままだったマホが、いつの間にかこちらへと視線を向け、不思議そうな表情でそう問い掛ける。


「ユウキ?今の僕は、イーオだよ・・・」


 あ、あれ・・・?


 マホに視線を向けながら自らの名前を告げた直後、不思議な懐かしさと共に胸を締め付けられるような痛みと酷い目眩に襲われ、ぐにゃりと視界が歪み少しフラフラとしてしまう。


「あたしはサリーナだよ。」


 ユウキという名前も僕の名前同様に珍しくはあるが、無い訳では無い。


 なのに・・・、僕の名前では無い筈なのに、これは・・・?


「そうなんだ!・・・旦那様?具合悪いの?」


「ど、どうした?」


「ご、ごめん。ちょっと目眩が・・・」


 確か、ノアの名前を聞いた時に似たような事があったような?


 それに、ディランに初めて会った日にも・・・。


「本当に大丈夫か?」


「旦那様大丈夫?疲れたの?」


 という事は、まだ思い出せてはいなかったけれど、マホがそう呼んだ事からもユウキというのが昔の僕の名前だった?


 そうなると、これは恐らくマホに昔の名前で呼ばれた事が原因で、また記憶の蓋が開きかけたのか?


 だとしたら、このまま気を失うとまた何かの夢を見るかもしれない。


「少し・・・休めば、多分大丈夫。」


 ・・・しかし、ノアの時やディランの時と違い頭痛が酷くなっていく事も、直ぐに気が遠くなるような事も無さそうだし、これくらいならば何とか自分の足で歩けそうではある、か?


 だが、かなり気分が悪い事には変わりない。


 これはどの道、ちょっと休む必要がありそうだ。


「なら、マホのおうちにいこ?マホのおうちなら、横になれる場所があるよ?」


 そんな僕を気遣い、マホとサリーナはこちらを覗き込みながら、マホが思いついたように提案をする。


 今の状態だと非常に有難い話だ。


「そう、させて貰えるかな?此処数日慣れない事をしてから、ちょっと疲れちゃったんだよ、きっと。」


 心配そうにしているマホ達を、出来るだけ安心させてあげられるように笑顔を作り言葉を返すと、リアさんもマホ同様の表情で僕を覗き込むのだが、サリーナだけは少し神妙な面持ちで僕を見ていた。


 多分、サリーナは何が原因でこうなったのか解っているのかもしれない。


「確かに此処じゃオレの寝床しかないからな。肩、貸そうか?」


「ありがとう。でも、大丈夫だよ。それに、僕は凄く重いらしいから。」


 リアさんの申し出も有難いけれど、自分の足で歩けそうではあるので冗談混じりに断ると、彼女は少し崩した表情を見せる。


「それだけ喋れるなら大丈夫そうだな。メシの時間には起こすから、マホのトコで休んできな。・・・あー、里の連中に紹介すっから、オマエらはイーオの代わりにオレと一緒に来てくれるか?」


 だが、それも束の間でふと思いついたように気まずそうな顔をサリーナとアルへと向けながら、リアさんは二人に同行を求めた。


 リアさんにしたように里の人達への事情の説明は必要なのだが、自分だけ休むのは気が引けたので二人に視線を向けると、アルは僕の視線に気付き任せろと言わんばかりに少しだけ笑みを返す。


「俺はアルドだ。」

「あたしは、サリーナです。」


「・・・アルドとサリーナはオレと来てくれ。」


 二人は意趣返しのような自己紹介を終えたが、サリーナは心配そうに僕を見ながらやや迷う素振りを見せたので、僕は小さく大丈夫とだけ伝えると、それで彼女は僕が以前の様にはならないのだと安心したらしく、リアさんとアルの三人で話を始めた。


 何処に連れて行くのかを話しているらしいが、酷い耳鳴りもし始めた為に気を抜くとよく聞き取る事が出来ない。


 ・・・余り悠長にしている暇は、無いか。


「リアだけじゃ心配だし、ワタシも行くよ。・・・マホとマナはイーオを早く休ませてあげてね。」


 僕の調子が段々と悪くなっている事に気付いたらしいマーサさんは、リアさんに同行する事を伝えた後、こちらへ振り向きマホとマナにそう告げる。


「畏まりました。」


 だが、マナはリアさんを睨むようにジッと見つめながら、少し素気なくマーサさんに返事を返す。


 どうやら、マナの方は先程の怒りがまだ燻っているらしい。


「わかった!マナちゃん?宜しくね・・・って、えぇ!?ノアちゃん!?でも、髪真っ黒だし・・・ノアちゃんじゃ、ない?・・・どういう事?」


 そんなマナとは対称的に、マホは元気よくマーサさんに答える・・・のだが、マホが挨拶をする為にマナへと振り向くと、そこで漸くマナの容姿を認識したらしく、素っ頓狂な声を上げながらマナに問い掛けた。


「はい、違います。わたしはマナです。わたしの事については、旦那様やサリーナに聞いて頂いた方が良いかと思いますよ。」


「マホちゃん、後であたしが説明するから、それまでマナとイーオさんをお願いね。」


 すると、二人のやり取りがこちらを気にしていた様子のサリーナにも聞こえていたらしく、サリーナがマホへと言葉を掛ける。


「わ、わかったよお姉様。えーと、よ、宜しくね?マナちゃん。マホはマホって呼んでね!」


「ええ、宜しくお願い致します。」


「うん!じゃあ、マナちゃんもいこ!」


 どうやら、説明が必要だと言われたマホは何か事情がある事を察したようで、それ以上この場では聞こうとはせずにマナへと改めて自己紹介を済ませた後、僕とマナの腕を取る。



 そうしてマーサさん達に後を任せ三人で幕屋を後にした僕達は、皆より一足先に案内されるがまま歩いて少し進むと、全部で10棟程建物が距離を空け建てられている場所が見えてきた。


「マホのおうちはあそこだよ!たまにママが来るから、ちょっと広めのおうちを使わせて貰ってるの!・・・雨が降ると雨漏りするんだけど、多分今日は大丈夫だよ!」


 その建物の中でも他と比べて数棟程大きな建物があったのだが、その内最も中心から外れて建っている建物をマホが指差す。


 里の建物は全てが木造で作られているようだが、その造り方には差異があるそうで、マホ曰く彼女の家は前に住んでいた人が当時の里の人達と協力して建てたものらしい。


 だが、その当時の里の人々は建築に関して素人だったらしく、一番新しい建物ではあるが隙間風や雨漏りがするようだ。


「大変じゃない?」


「うーん?そんなに・・・かな?この辺りはあったかいから、毛布だけで寒くないもん。」


 僕の住んでいた村からは直線距離でも数百キロは南へ降っている為、温暖で気候が安定しているようで、そこまで気にしてはいないのだろう。


 が、そういう困り事を解決してくれる人物が不足しているという事実から、里の状況も薄らと見えてくる。


 ・・・今日はもう大分薄暗くなってきたし、体調もあまり良くはないので何も出来そうには無いが、明日からはそういう問題を解決していけば、里の人達と仲良くする事が出来るかもしれない。


 幸い持ってきた木箱等を解体すれば、資材にも困らない筈だ。


 よし、これで明日からのやる事は決まったな。


 まず第一にシュウさんと接触する事、第二に間者と思われる人物を炙り出す事。


 そして第三に、里の人達の住環境の改善や、問題の解決。


 これで行こう。


「ついたよー!いらっしゃいませ旦那様!マナちゃん!此処がマホのおうちだよ!」


「ありがとう。お邪魔するね。」


 シュウさんと会うのはリアさんに協力を頼めるし、僕が敢えてシュウさんの研究に協力する為に来た貴族の息子だとも、里の人達に挨拶をする時に触れ回ればいい。


 その時マホかリアさんに同席して貰えば、おかしな反応をした人がいなかったかを確かめられもするだろう。


 今はそれが最善手のように思えるから、後でマーサさん達にも相談してみるか。


「旦那様、こっちだよ!あ、靴は脱いでね!マホのおうち床はあるけど、靴を脱いで上がるの!」


 今後どうするかについて考えを巡らせていると、マホの家の入り口で立ち止まってしまって居た為、彼女は僕とマナの手を引きながら中へ入るのを促す。


「そうなんだ?聞いた事はあったけど、そういう作りの家は初めてだね。わかったよ。」


 何気なく、本当に何気なくマホの催促に応えたつもりだったのだが、僕の答えを聞いたマホは立ち止まり、その表情が不意に曇ってしまう。


「・・・旦那様?マホ達のおうち、覚えてない?」


 マホ達の、家・・・?


 この様子では、もしかしなくてもきっと僕がマホ達と共に暮らしていた家の事、なのだろう。


 微かに記憶はあるが、そこまで詳しくは解らない。


「・・・ごめん、僕はマホやサリーナみたいには、覚えてはいないんだ。少しずつ思い出してはいっているんだけどね・・・。」


「そっか・・・。」


 ・・・自分との思い出が無いなんて話、僕達との再会を喜んでくれたマホにとっては、どれだけ辛い事か僕にでも少しは分かる。


 しかし、そこに嘘はつきたくない。


「でも、マホが僕と一緒にいたんだって事は解る!それだけは、はっきりとしてる!だから!」


 彼女は昔の僕の側に居てくれた大事な人、なんだ。


 今の僕の腕から伝わってくるこの暖かさが、掛け替えのないモノなんだということは、昔の僕が今の僕に教えてくれている!


「ううん。マホは、旦那様に会えただけで幸せだよ?また、頭撫でて貰えたし、もう・・・マホはそれで充分なの。」


 思わず大きな声を出してしまった僕に、マホはそう溢しつつ穏やかに微笑む。


「マホ・・・?」


 何だろう・・・?


 この言葉を、以前にもマホから聞いた事があるようなそんな気持ちになった直後、酷く不安な気持ちと激しい動悸が僕に襲い掛かる。


「マホは、此処にいるから・・・また、会いに来てくれると嬉しいな?・・・って、旦那様は来たばっかりなのに、マホ・・・何言ってるんだろ?でも、マホが此処にいる事、忘れないでね?」


 僕に寂しそうな笑顔を向けながらそんな風に告げるマホを見ていると、自分の内側から湧いてくる感情が段々と大きくなってゆく。


 ・・・そんなの、ダメだ!


 もう絶対に、離したくなんて無い!


 だから、絶対にマホは連れていく!


「だ、旦那様?マナちゃんがいるよ?さっきは嬉しくて旦那様に抱きついちゃったけど、いきなりはマホでも恥ずかしいんだよ?」


 構うモノか!


 昔の僕がハッキリと覚えていたこの温もりが、また失われるなんて絶対にイヤなんだ!


「旦那様?ちょっと苦しいよ・・・?それに、マホはお風呂はいって・・・」


 僕は衝動が抑えられなくなり、何かを言いかけたマホの口を塞いでしまった。


 最初は驚いたように身体を硬直させていた彼女だったけれど、数秒程そうしていると、無理矢理マホを抱き締めた僕の腕の隙間から、彼女自身の腕を控えめに僕へと回し、僕を抱き締め返す。


「マホ、僕はキミと一緒に居たい。離れたくないんだ。」


 唇を放し、彼女の薄く黄色い瞳を見つめながら、僕は自らの意思を示す。


「・・・うん。マホも。・・・だ、旦那様!?」


 すると、マホも酷く歪んだ表情で僕の服を強く握り締めながら、離れたくないのだと返してくれた。


 しかし、その返事を聞いた直後に再び酷い目眩がした為、僕はマホを抱き締めたまま少し彼女にもたれかかるようにフラついてしまう。


「ごめん、またちょっと目眩が・・・。」


 段々と酷くなってきているな。


 もう余り余裕は無いかもしれない。


「旦那様、やっぱり疲れてるんだよ!だから、こんな事・・・。マホの事はいいから、横になろ?ね?」


 慌てた様子でマホは僕から離れると、かなり強い力で僕の手を引きながら自らの家へと招き入れ、僕の編み上げの靴を手際良く脱がせてから、奥の部屋へと僕達を案内する。


 どうやら引き戸で仕切られた奥の部屋をマホは寝室として使っているようで、そこには毛布が数枚用意されており、板張りの床に一枚毛布をひくと、僕をその上に寝かせ、隣で膝を立てながら更に一枚を僕にかける。


「おやすみなさい、旦那様。」


 すると、そう僕に言葉を掛けてからマホは慌ただしく立ちあがろうとしたので、反射的に僕はマホの手を掴み、彼女を引き留めた。


「・・・ごめん。でも、此処に居て欲しいんだ。」


 僕が手を引いた事で彼女が転びそうになってしまった為、謝罪をしながら側にいて欲しいと伝えると、マホは少し昏い表情で再び僕の隣へと腰掛ける。


「さっきのを、謝ったんじゃないよ。僕は、マホとも一緒にいたい。離れたく、ない。」


「うん・・・。」


 最早、僕の中の何もかもが溶け合っていて、自分でも何を言っているのかが全く分からない。


「僕の事、嫌いになった?」


「違うよ!マホも、旦那様と一緒にいたいよ!でも、今のマホの居場所なんて、無いんじゃないのかな・・・って。」


「前にも、そんな事言ってたね。でも、そんな事、ある訳がないよ。マホが居なくなるなんて・・・僕はもう、イヤなんだ。また僕の側で笑っていて、欲しいんだ。僕はね・・・マホの笑顔が、本当に・・・本当に、大好き、だったんだよ?それが・・・また、見れなくなるのは、絶対に、イヤ・・・なんだ・・・。だから・・・また、クルミ達と・・・いっしょ・・・に・・・」


「・・・!」



 最後に泣きそうなマホが何かを叫んでいるのを聞きながら目を閉じると、僕の意識はあっという間に微睡んでいく。



 願わくば、これから見るであろう夢が・・・マホとの大切な思い出でありますように。


 眠りに落ちる僕が最後に考えていたのは、そんなささやかな想いだった。



―――――――――――――――――


 〈ユウキさん、私ですよー?わかりますか?〉


 僕を覗き込みながらこちらへと手を伸ばす彼女に、僕は必死で触れようとするけれど何故か僕の身体はとてつもなく重く、ほんの少ししか身体を動かす事が出来ない。


 〈うんうん。元気に育っていますね!でも、お布団は蹴飛ばしちゃダメですよ?まだ体温調節が上手く出来ないのですから、この時期だとすぐに風邪を引いちゃいます。〉


 嬉しそうに微笑みながら、僕に何かを語りかける彼女へ尚も必死で手を伸ばそうとするのだが、何度やっても、幾度試しても上手くいかず、段々と僕は苛つきを抑えられなくなる。


 〈あら・・・どうしましょう?急に泣き出してしまいましたね。困りました・・・。今は私しかいませんし・・・、これは・・・オムツですかね?〉


 困った顔で彼女はキョロキョロとした後、こちらに伸ばしていた手で僕のお腹辺りに触れたり、何かを確認するように覗きこんだりしている。


 何をしてるのだろう?


 〈うーん・・・?どうやら違うようですね?お腹が空いたんですか?でも、私ではお乳はあげられませんよ?〉


 更に困ったような表情を浮かべる彼女へ尚も手を伸ばそうとするのだか、どうやっても届かなくて、ただただ苛立ちだけが募る。


 〈本当に、どうしましょう?ユウキさんが全然泣き止んでくれませんね?でも、私に手を伸ばしてますし・・・、これは仕方ない、ですよね?あの子達からは止められているのですが、抱っこしちゃいましょう。〉


 彼女は困ったような、それでいて嬉しそうな表情を浮かべながら、その細く小さな身体でそっと抱き上げる。


 〈確か首はもうすわっている筈ですから、私でも大丈夫・・・ですよね?〉


 首元に添えられた彼女の手は、少し冷たいような不思議な感触がした。


 そして、形は違えど彼女に触れる事が出来たからか、先程までの苛々が嘘のように消え失せる。


 〈あら、すぐ泣き止みましたね?・・・という事は、私に抱っこして貰いたかったのですか?それならそうと言ってくださいよー!〉


 嬉しそうに何かを告げながら、彼女は僕に顔を寄せつつ微笑みかける。


 だが、次の瞬間その表情は曇ってしまった。


 〈・・・なーんて、私・・・何を言っているんでしょうね・・・。ユウキさんが幾ら幼い頃のあの人にそっくりでも、あの人な訳が、ないのに・・・。それなのに、何故私は・・・。〉


 どうしたのだろう?


 何が彼女にそんな悲しそうな表情をさせているのだろう?


 〈・・・あの人は私に大きな大きな嘘をつきました・・・。またいつか、どこかで・・・なんて、そんな事・・・あり得る訳が無いじゃないですか・・・。まぁ・・・そんな嘘にすがる私も、大概ですが・・・。〉


 僕は、此処にいるよ。


 〈もし、貴方が本当にあの人なら・・・。嘘をついた事は許しますから、いつかまた出会った時のように、私の頭を撫でてくれますか?・・・いえ、忘れてください。・・・私には、もうそんな資格が・・・無いんでした・・・。〉


 悲しげに何かを呟きながら、彼女は僕を抱き抱えたまま、胸辺りに顔を埋める。


 〈私も・・・、人として生まれたかった・・・。そうしたら、こんな思いも、こんな酷い事もしなくて済んだのに・・・!最初は、貴方との約束を果たす為だけだった筈なのにっ!どうしてっ!!〉


 泣かないで・・・。


 彼女の泣き顔をどうにか笑顔に変えたくて、余り動かない腕を何とか動かし、胸元にある彼女の頭へ触れる。


 それはひょっとしたらペチペチと叩いていただけなのかもしれないけれど、その事に気付いた彼女は驚いたような表情で再び顔を上げた。


 〈え・・・?ユウキ、さん?〉


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