表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
いつか、どこかで  作者: 眠る人
83/86

79 辿り着いた地にて

「もうそろそろかな・・・?」


 昨日の昼食以降、時々休憩を挟みながら交代で夜通し馬車を走らせ続け、再び陽が傾き始めた頃に御者台で僕の隣に腰掛けながら周囲を見回した後、地図に目を落としつつマーサさんが唐突にそう呟く。


「何がもうそろそろなんでしょう?」


「うーん・・・地図通りなら、もうそろそろ里の近くの川にぶつかる筈なんだけど・・・。」


「という事は川を越えたら里ですか?」


「うん。使った事がない道だから、具体的に後どれぐらいかまではわからないんだけどね。」


 これは道中で何度かマーサさんが言っていた事なのだが、里へ向かう際は普段僕達が行く予定だった鉱山都市から向かっていたそうなので、土地勘の無い場所から大森林に進入した為に余り正確な事が言えないらしい。


 ちなみに鉱山から向かう道では、昨日僕達が昼食を摂った川の源流から降ってくるようで、途中で里がある方へ向かって丁度今目指している支流が分岐するそうなのだが、当然整備された道等は存在せず大きな岩等を避けながら進む為に、徒歩以外では通る事が出来ないのだそうだ。


 それは鉱山から向かって下流に当たるあの宿場街の側から大森林へ進入しても然程変わらないらしく、遠回りをする他に馬車で向かう術はないとも言っていた。


 里では作れない製粉された小麦等の物資を運ぶ目的もあるので、遠回りする事自体は仕方ない。


 食糧事情の厳しいと聞いている里に、僕達が行く事で負担をかける訳にもいかないからだ。


「里の近くの川は浅いから、馬車でもなんとか渡れる筈だよ。流れも速くないから、大きな岩も少ないしね。」


「橋はかかっていないんですね。」


「まぁ、橋なんて掛けたら人が居るって教えてるようなものだからさ。」


 思わず橋が無い事に驚き口走ってしまったが、言われてみれば隠れ里なのだからわざわざ近くに人が居ると示す物は作らないのが当然だろう。


 我ながら愚問だったと少し気恥ずかしく思いながらも、僕は周囲への警戒をする事にした。




「・・・あっ、開けて来たよ。多分、あの先が川だと思う。」


 そんなやり取りから暫くしてマーサさんが前方を指差したので、僕も地面や周囲に向けていた視線を前方へ向けると、言われた通り植生が疎になっているのが確認出来る。


 騎士団で乗馬自体は何度か訓練してはいたものの、ここ数日で習った馬車の扱いにはまだまだ不慣れな事と、整備されていない道をを進んでいた事も相まってかなり気疲れしていたのだけれども、先が見えたおかげかそれも少し和らぐ。


 それに、僕同様マーサさんも道中ずっと不安そうな表情を浮かべていたし、彼女もこれでひと心地つけるだろうと考え、ふと緊張の糸を緩めた矢先だった。


「あの、旦那さ・・・」


「止まれっ!!」


 後ろからマナが何かを言いかけると同時に、突然何処からか大きな声が響いた所為で僕は思わず手綱を引き馬を静止する。


 幸いある程度は馬に任せて木を避けながら進んでいたおかげで然程速度も出ておらず、馬が声に驚きはしたけれど経験の浅い僕でも何とか馬車を止める事が出来た。


 馬車の停止を確認した直後、何事かと焦りながら周りに視線を配り辺りを確認する僕の真横で、マーサさんがポツリと一言溢す。


「あー・・・やっぱり里から出て来たか・・・。」


「やっぱり・・・?」


 その呟きにマーサさんへ視線を向けると、真っ直ぐ正面を見ながら困ったような表情をしていたので、マーサさんの視線を追い顔を正面に向けた所、数十メートル程離れた前方の木陰に人影の様なモノが確認出来た為に、再びマーサさんへ顔を向けた。。


「昨日話したでしょ?里を守ってるヤツが居るって。」


 すると、僕の視線に気付いたマーサさんがこちらに軽く顔を向けながらそう告げたので、改めて僕は人影へと視線を向ける。


 確かに昨日そんな話をしていたけれど、どうやらこの人が例の人物らしい。


 その人は頭から外套のような物を羽織っている上に、木の下に立ってもいた為、この距離では性別や容姿までは解らないのだが、先程響いた声は恐らく女性のもの・・・だったような気もする。


「待ちなさい!ワタシだよ!」


 戸惑っている僕を他所に、マーサさんは問題の人物に向け自分が顔見知りだと呼びかけた、のだが・・・。


「アンタが居るのは知ってるよ!でも!幾らアンタでも、そんな連中を連れたまま里の中へ入れる訳にはいかないっ!」


 どうやら、顔見知りが居るとは言えど見知らぬ僕達までもそのまま通すような事まではしてくれないらしい。


 尤も、自分が相手の立場でも同じ様にはするだろう。


 少し興奮している様にも感じるから、こちらにとって余り状況は良くないかもしれない。


 しかし、里へ近づいただけでこうして現れたとなると、成程。


 確かに、この人に気付かれず里の内部へと侵入するのは不可能だ。


「この子は、マホと同じでワタシの息子なんだ!ワタシがこの子達の素性を保証するから、通してくれないかな?」


「オレが言いたいのは、アンタやソイツだけじゃない!ソイツも何かヘンな感じはするけど、後ろにいる連中の中に、ヤツらの仲間が紛れてんだろ!?」


 ヤツらの・・・仲間?


 何の事だ?まさか、サリーナ達が魔人の仲間だとでも思われているのだろうか?


「ちょっと待ってください!誰の事を言っているのでしょうか!?」


 心当たりがなかったので、ついそんな風に問い返してしまうと声の主は僕の言葉が気に入らなかったらしく、更に声を荒げつつ返してくる。


「しらばっくれんな!さっきアンタの真後ろに隠れたヤツは魔人とかいう連中の仲間かなんかだろ!?他の二人は普通だけど、ソイツだけ凄く気色悪い感じがしてやがるから、隠しても無駄なんだよ!」


 そう言えば、さっきも連中と言っていたし、今も三人乗っている事に言及していたので、この人の感知する力は相当なもののようだ。


 しかし・・・、荷台に居る三人の内で相手が魔人と間違えそうな存在と言えば・・・もしかして、マナか?


 だが、隠したとはどういう事だ?


 ・・・あれ?そう言えば、さっきマナが僕を呼んでいたような気がするが、まさかその時に偶々僕の真後ろに来たのか?


 そう思い至ったので後ろへ振り返ると、四つん這いでこちらを見上げながら僕の服に手を掛けようとした姿のまま、僕の直ぐ後ろで固まっているマナがいた。


「わたし・・・、ですか?」


 僕の視線に気付き、マナも相手が自分の事を言っているのだと認識したらしくゆっくり立ち上がり、僕とマーサさんの間から顔を出しつつ、自らを指差しながら人影へと問い掛ける。


「そうだよ!テメェだよ!なんなんだテメェはっ!?滅茶苦茶気持ち悪い気配しやがって!」


 マナが顔を出した事で、この位置からでも人影が身構えたのが判る。


 どうやらマナをかなり警戒しているようだが、何とこちらに敵意が無いと理解して貰わなけば、このままでは話をするどころではない。


 そんな焦りからか、どう話すべきかを必死に考えを巡らせていると、僕とマーサさんの間から顔を覗かせていたマナがやや困惑したような声色で人影へと話しかけた。


「そう申されましても、わたしはわたしですとしか言い様がありませんよ。・・・それと、わたしには旦那様から頂いたマナという大切な名前がありますので、そういった呼び方は辞めて頂けますでしょうか?」


「旦那様だぁ!?・・・って、ちょっと待て。オマエもしかして、まだガキじゃねーのか?」


 マナに話しかけられた事でマナの姿を遠目でも認識出来たらしい相手は、少しだが冷静になったようだ。


 これは、死角に人が居る事が判っても、その姿までは判らない、という事だろう。


「ですから、その様な呼び方はやめて頂きたいのですが・・・。」


「この子も違うよ!事情があるのは確かだけれど、絶対にヤツらの仲間なんかじゃない!お願いだから信じて!」


 相手が冷静さを取り戻した事を感じ取ったマーサさんも今なら敵意が無い事を理解して貰えると考えたのか人影に向けて呼び掛けると、間を置いて人影はゆっくりとこちらへ近づいてくる。


 マナを確認しようとしているのだろうが、此処は下手な事をせず相手に任せるべきだろう。



「・・・やっぱり、何処からどう見ても、ガキ・・・だよな?しかもマホより小さい?でも・・・うーん・・・?どういう事だ・・・?」


 まだ多少警戒をしている様子ではあるが、馬車に近付きマナの容姿を間近から確認すると、事情の説明を求めるかの様にマーサさんへと顔を向けた。


「いい加減、わたしの話を聞いて頂けませんか?」


「ごめんね。この子の事を今話す訳にはいかないの。ちなみに、さっきのは隠れたんじゃなくて、偶々ワタシ達に話しかけようとしてただけだよ。」


 マーサさんはそう言うと周りに視線を配り、監視されている可能性が高い事を暗に伝える。


「・・・そうか、わかった。確かに此処はダメだな。・・・こっちだ、着いてきてくれ。」


 その仕草でマーサさんの意図が伝わったらしく、この人も周囲に視線を向けた後、少し思案をしてから僕達を里まで案内する事にしたようだ。


「旦那様、わたしあの方は少し苦手かもしれません。」


 とりあえず敵では無いと認識して貰えたらしいけれど、人の話を余り聞いていないように思えたので、この後僕やマナについてどう説明したものかと、不安を感じずにはいられなかった。





「さぁ、着いたぜ。此処がオレの家だ。狭いが他のヤツらの家からも離れてるし、今は見張らせてもいるから話がしやすいぜ。とりあえず、中に入れよ。もてなす事は出来ないがな。」


 何とか小川を越え、数分程移動した先で最初に見えて来たのは、それなりの大きさがある幕屋だった。


 途中、踏み固められた別の方向へと進む道はあったが、この近くにはこの幕屋以外他に建物のようなモノは見えないので、どうやらこの人は里の外れに住んでいるようだ。


「リア、いい加減マホの所で一緒に住んだら?女の子が一人離れて暮らすのは良くないよ?」


 御者台から降りつつ、マーサさんが幕屋に入っていく後ろ姿に声をかける。


 どうやら、この人はリアさんという名前らしい。


 ずっと外套を羽織っている為上半身は殆ど確認出来ないが、声やサリーナよりやや低いと思われる背格好、そして外套で覆われていない足の肉付き等を見るに、やはり女性で間違いないだろう。


「ガキ扱いすんな!今の里は殆ど女ばっかりだから、何処でも変わらねぇよ!それに、オレと一緒に住むとヤツらの襲撃に巻き込まれちまうだろ!オレはヤツらから目の敵にされてるんだぞ!」


 ・・・だが、僕が今まで接した事の無いような性格の人物のようだ。


「いや、リアも充分子供でしょ。マホと然程歳が変わらないんだし。幾らキミが強くても、皆心配してるんだよ?」


「そりゃ、アンタから見ればオレもガキみたいなもんだろうけどさぁ・・・。これでももうすぐ17だぜ?自分の面倒は自分で見れるよ。それより、アンタらもさっさと中に入れよな!」


 どうしよう・・、。


 さっきも少し感じていたけれど、僕にはこの人とどうやって接していいのかが判らない・・・。


「自分で見れる・・・ねぇ?リアは、いつから一人でご飯作れるようになったの?」


「アンタにゃ言われたくねぇ!いいからさっさと入れ!」


「ワタシはちゃんと料理習ってるもーん。」


「うっさい!」


 マーサさんに揶揄われた為か、リアさんは声を荒げ一人先に幕屋の中へと入っていってしまう。


 僕達はそのやり取りを呆然と見ていたのだが、リアさんの背中を見送ったマーサさんが馬車を降りるようにと手招きをした為、僕は馬車を降りた。


「仲、いいんですね・・・。」


 馬車からサリーナが降りるのに手を貸しながら、僕は思わず先程のやり取りで感じた事をマーサさんに伝えると、マーサさんは少し困った表情で口を開く。


「まぁ、リアはマホと仲がいいからね。・・・あの子は悪い子じゃないけど、ちょっと思い込みの激しいトコがあるから、話すのはワタシに任せて貰えるかな?サリーナもアルドもそれでいい?あー後、マナは絶対喋っちゃダメだからね!」


「え、えぇ。分かりました。」


 此処に着くまでのやり取りで、話し方に気をつける必要のある相手だと気付いてはいたし、少し苦手意識も持ってしまっていたので、マーサさんの申し出は有り難くすら思えた。


「あたしも構いません。彼女と上手く話せる自信も無いですし・・・。」


 どうやら、そう答えながら眉を寄せている事からサリーナも、リアさんが苦手だと感じたようだ。


 アルも苦虫を噛んだような表情で頷いたので、こちらも余り良い印象は抱かなかったらしい。


 サリーナに抱き上げられて馬車を降りたマナは、大人しくマーサさんの言葉に従って頷いてはいるけれど、良く判ってはいないようだから、この後が少し・・・不安だ。




 リアさんに従い僕達が幕屋の中へ足を踏み入れると、中は所々から光は漏れているものの暗く、まだ春なのもありひんやりとしていた。


 そんな中、リアさんが何処からか火を灯したカンテラを取り出すと、ぼんやりとした光が幕屋の内側を照らしだす。


 内部は物等が余り無く、木製の土台に釣り床のみが設置されており生活感は殆ど感じ無い。


 中の様子に僕達が入り口辺りで戸惑っていると、いつの間にか幕屋中央の支柱辺りで先に座っていたマーサさんが、地面をポンポンと叩き座る事を促したので、僕達もマーサさんに習い側に腰を下ろす。


 すると、釣り床に腰掛けながらその様子を見ていたリアさんが唐突に話を切り出した。


「で、だ・・・。結局、そのガキは何者なんだ?それに、ソイツも何かヘンな感じがするしよ?」


 マーサさんは自分に任せろと言っていたが、どう説明するつもりなのだろうか?


 間者の話もあるから今はまだ本当の事を言う訳にはいかないし、かと言って嘘をついてしまうと思い込みの激しい相手の場合、本来の話をする際に拗れてしまうような気もするのだが・・・。


「どう・・・言えばいいのかな?この子はマナって言うんだけど、リア達とは違うトコロで実験体にされてた・・・とでも言えばいいのかな・・・?」


 マーサさんは一先ず僕の事は置いておいて、リアさんが警戒していたマナの事から話すつもりのようだ。


 確かに、マナに関しては本人の言っていた話を要約すると、そう言えなくもない・・・のか?


「・・・ヤツら以外にも、あんな事してる連中が居やがるのかよ!?」


「そうみたい。」


 この話し方だと、マーサさんは核心部分に関しては伝えないつもりなのだろう。


 尤も、マナの素性については正直まだよく解ってはいないので、話した所でどの道そうなってしまうような気はする。


「そっか・・・。だから連れてきたんだな。・・・ん?でも、身体の何処も真っ黒になってなくないか?」


「髪の毛、黒いでしょ?」


 マナの黒髪は、マナ自身を構成する機械達の影響だと何時だったか聞いた事があるので、ある意味では嘘にはならないとは思う。


 誰に姿を変えても、髪は黒いままだしね。


「・・・って事は、頭!?んな馬鹿な!?そもそも、普通は石云々の前に金属の毒で死んじまう筈だって言ってたぞ!?そんなもんを頭に埋め込まれたら、生きていられる筈がねぇよ!」


 だが、それで相手が納得するかどうかは、どうも別問題だったようだ。


 リアさんが誰から聞いたのかは気になるが、もしかしてこの話って・・・。


 以前に、シュウさんから聞いた鉱石を埋め込まれた人の大半が直ぐに亡くなるという話と繋がっている?


 となると、彼女にこの事を伝えたのはシュウさんなのかもしれない。


「それにオレは黒髪を見た事ねぇけど、居るには居るらしいと聞いた事ぐらいはあるぜ!?」


「リアは相手が黒化してるかどうかが分かるんだよね?なら、マナが黒化してる事ぐらい分かるでしょ?」


 そんな風に僕が内心で納得していると、再びリアさんが投げかけた疑問にマーサさんはあっさりと返す。


「いや、まぁ・・・そうなんだけどさ・・・。でも、何かオレ達と違う気がするというか・・・。」


 森でも僕やマナにおかしいと言っていたから、どうやっているかまでは解らないがほぼ間違い無く、黒化しているかどうかを判別出来るのだろう。


 そう言えば、マナは以前承認された人物が判ると言っていたけれど、リアさんはアルやサリーナに対しては普通だと言っていた事から、彼女の場合そこまでは解らないらしい。


「それに黒髪って、この国の王族でも極一部だけの話だからね?だから、余計に此処に連れて来なくちゃならなかったの。・・・だからマナは、特別なんだよ。」


 マナの特異性は言わずもがなではあるが、マーサさんの言い方ではいらぬ誤解をされてしまうのではないだろうか?


「・・・コイツ、王族なのか?」


 やっぱり・・・。


 変に勘違いされてしまうのは、後々困った事になってしまう気がしたので、此処で口出しするべきかを僕が思案していると、マーサさんは焦った様子もなく言葉を続ける。


「違うよ?リアと同じで、黒化しているだけの子だね。特別ってのはそう言う意味じゃなくて、特別な力を持ってるって事だよ。・・・だから、此処に連れて来たんだ。今のリアみたいに間違えられる可能性だって、あるでしょ?」


 ・・・これは、まさかマーサさんは此処までのリアさんの反応を全部織り込み済みで、ワザと疑問を持たせるように、勘違いするようにし向けた?


「そう言う事か・・・。わかった、多分大丈夫だと思うぜ。」


 やはり、自分が話すと言ったのは、最初からマナの事を殆ど話さずに納得させる為だったらしい。


 マナを連れてきたとは言ったけれど、此処に住まわせるとは一言も言っていないのに、会話の流れだけで相手にそう思い込ませている辺り、流石としか言いようがない。


「あの、わたしは旦那様と離れたくはないのですが?」


 ・・・のだが、どうやらマナまでもがマーサさんの誘導に引っかかってしまったらしく、困ったような表情で口を挟む。


 先程マーサさんに黙っていろと言われた事を、やはり良く理解していなかったらしい。


「いや、そうは言ってもな?オレ達は目立つから、普通の暮らしは出来ないんだよ。・・・見ろよ、この腕。」


 困った事にならなければいいのだがと思いはしたものの、どうやらそれは杞憂だったようで、リアさんは同様に困り顔でマナに告げてから、徐に左腕だけで羽織っていた外套を脱ぐ。


 すると、包帯でぐるぐる巻きにされた女性のモノとは思えない、一見すると太腿とも見間違う程の太さがある右腕が露わになった。


「今はおかしな事になって無くても、生きてるだけでいつか身体に変化が出始めるんだ。オレの腕も、最初はこんなんじゃなかったんだぜ?」


 自嘲気味に口元を歪ませながら一度晒した右腕を再び隠すようにしつつ、リアさんは話を続ける。


「しかも、最近は右胸の近くまで真っ黒になってきてやがるんだ。兄ちゃんが言うには・・・人として死ぬのも、時間の問題かもしれねぇ。・・・そしたら、オレも皆と同じように、獣になっちまうんだろうよ。」


 彼女はそう語りつつも、隠した右腕をさすりながら顔を伏せた。


 リアさんが兄ちゃんと呼んだ人物は、黒化の進行度に詳しいようだから恐らくだがシュウさんの事だろうな。


「そんな・・・。」


 彼女の腕の話は事前に聞かされてはいたし、そのまま放っておくとヒトもあの獣達同様になってしまう事も知ってはいたけれど、こうして直に聞いてしまうとどうしても、そう呟かずにはいられなかった。


「オレだって死にたくねぇんだよ!!でも!どうしようもねぇんだよ!だからその前に!その前にオレは、誰にも気付かれないように消えなくちゃいけねぇ!あんな思いを、他の連中に・・・マホに、味合わせる訳にはいかねぇんだよ!」


 しかし、そんな僕の呟きが余程気に触ってしまったのだろう。


 リアさんは一息にそこまで言い終えると、肩で息をしながら僕を睨みつけるのだが、その目の端に涙を浮かべていた。


 彼女がどれ程の恐怖や苦痛を日々抱えているのか、そのかけらすらも僕には窺い知る事は出来ない。


 そして、恐らくリアさんは何度も人としての意志を失ってしまった里の人達を、見送ってもきたのだろう。


 それなのに、僕は彼女の想いや、その本質を考えずに苦手だの何だのと、勝手に決めつけてしまったんだ。


 これは、恥ずべき事だ。


「・・・すまん。アンタに言っても、仕方ねぇのにな。」


 リアさんは、こうなりたくてなった訳ではない。


 それは里の人達全てに言える事だろうけれど、それでもこの人も常に死の恐怖と闘いながら過ごしているのに、他人を思い遣る心を忘れてすらいない。


 歳も変わらないのに、自分がその立場なら同じように考えられるだろうか?


 いや、下手をすれば誰かを心配する事なんて出来やしないだろう。


 なんて失礼な事をしてしまっていたんだ、僕は・・・。


「いえ、僕の方こそ・・・。貴方のお気持ちも考えず、本当にすみません。」


 でも、例え今は侵食を止める事しか僕に出来なくても、せめて・・・彼女のような人達が心穏やかに暮らせる場所を、用意したい。


 それが、今の僕に出来る精一杯だから。


 まだ黒化を止められる事を話す訳にはいかないけれど、必ず里の人達と向き合おう。


 そんな思いから、僕はリアさんへと謝罪の言葉を紡ぎながら頭を下げた。


「いや・・・。それで、アンタはどうして此処に来たんだ?」


 僕の謝罪にバツが悪そうに頭を掻きながら、マナの件には納得した様子で今度は僕の事について尋ねてくる。


「それは・・・。」


 その問い掛けで正直に話すべきかと僕が口を開きかけると、マーサさんは僕に視線を向け、微かに首を横に振った。


「この子はワタシの息子だよ。・・・と言っても、本当の息子じゃないんだけどね。」


 任せろという事なのだろうが、どうにも騙しているようで落ち着かない。


「そういや、さっきそんな事言ってたな。それで?」


「実はさ、イーオはワタシの旦那になる人の息子なんだ。」


 しかし、そんな僕の感情を置き去りにしたまま、二人の話は進んで行く。


「アンタの、旦那?アンタ確か、かなり若く見えるけど・・・」


「殴られたい?」


「・・・い、いやなんでもない。続けてくれ。」


「でね?この子の・・・、イーオの父親はね、獣と戦ってる最中に・・・ワタシ達の目の前で全身を・・・黒化させられちゃったんだ・・・。」


 父さんの事を話すマーサさんは言葉に詰まりながらも、話を続ける。


 きっと、あの時の光景を思い出しているのだろう。


「全身・・・?死んだのか・・・?」


「まだ生きてはいるんだけど・・・目を覚さないし、いつまで持つか・・・。」


 リアさんの問い掛けに、マーサさんは少し声を震わせながら答える。


「もしかして、治す方法を探して此処まで?」


「うん・・・。」


 これは多分、マーサさん自身の本音なのだろう・・・。


 ノアでなければ、それが成し得ない事自体はマーサさんもマナから聞いて知っている。


 でも、いつになるか判らないノアの事よりも、少しでも早く父さんをどうにかして治したいとマーサさんが考えていたとしても、何ら不思議は無い。


 シュウさんは技師で、黒化の研究については第一人者だ。


 そして、この事で現状一番頼りになるマナがどうにも出来ないと言った以上、一縷の望みがあるとしたらそれは彼と、未だ価値が未知数である彼の資料だ。


 だから、マーサさんは口では人命が優先と言いつつも、それらに賭けていたのかもしれない。


 そんな今にも泣き出してしまいそうな程悲痛なマーサさんの面持ちに、リアさんもまた悲しそうに表情を歪めた。


「そうか・・・。だから兄ちゃんに会いに来たんだな?」


 兄ちゃんとは、恐らくシュウさんの事だろうな。


「うん・・・。そうだよ。」


「判った。なら、オレからも兄ちゃんに話してみるよ。まぁ、この前来てからずっと家に篭ってるから、最近は殆ど話せて無いんだけどな。」


 マーサさんの話を聞き終えたリアさんは、マーサさんの気を紛らわせる為か、笑顔を見せながらそんな提案をしてくれる。


 リアさんは、思っていた以上に優しい人・・・なんだな?


「まさか、怪我してるの?」


「いや、無事だよ。何かやらないといけない事があるとかで、ずっと家にいるだけなんだ。飯は毎日オレが届けてるから、その時に客が来てるって伝えるさ。」


「そこまでしなくても大丈夫だよ。リア、ありがとね。」


 シュウさんのやらなくてはならない事とは、恐らく資料関連だろう。


 ・・・そう言えば、彼女にまだ僕達とシュウさんが顔見知りだという事を伝えてはいなかった。


 だが、里に居たらその内リアさんにも伝わるだろうし、わざわざ話すような事でもない、のかな?


 普通に考えれば、訪ねてきた時点で顔見知りである事は容易に想像出来る筈だから。


「そうなのか?・・・それよりさ、コイツも・・・何かヘンな感じがするんだよな。オレ達とも、普通のヤツとも違う感じというか・・・。まぁ、いいか。それで、そっちの二人は?」


 リアさんは不思議そうな表情で、僕を品定めするかのようにジロジロと見た後、納得はしてくれたようで今度はサリーナ達へと視線を向ける。


「この子達は、サリーナとアルドって言うんだ。サリーナはイーオの婚約者で、アルドはイーオの親友でもあり、今は護衛でもある・・・のかな?」


「あ?ちょっと待て・・・婚約者?護衛?それじゃまるで・・・」


 マーサさんの言葉で何かに気付いたリアさんは突然鋭い目つきになり、その声色に剣呑とした響きが混じる。


「・・・うん。イーオは、紛れもなく貴族、だよ。でもね、シュウを・・・」


 その響きに、マーサさんは少し答えづらそうにしながらも、嘘をつく事はせずに真っ直ぐリアさんを見ながら答えようとした、が・・・。


「ふざけんな!!!!」


 マーサさんが言葉を続けようとした瞬間、リアさんがとてつもない怒声をあげながら立ち上がると同時に、僕の背筋を何かが這い上がってくるような、今までに感じた事の無いような感覚が襲う。


 何だこれは・・・?背筋がぞわぞわとして、酷く不安な気持ちになる・・・。


「リア!落ち着いて!話は最期まで聞きなさい!この子はシュウの・・・」


「知るか!落ち着いてなんて居られるかよ!貴族だぁ!?オレ達の敵じゃねぇか!?それにさっきから、そのガキがコイツを旦那様って呼んでるのは・・・そういう事かよ!?」


 これは・・・どうやら、あらぬ誤解までされてしまったらしい。


 不味いな、彼女の貴族への憎悪を少し・・・いや、かなり甘く見過ぎていた。先にシュウさんと知り合いだと伝えておくべきだったんだ。


 事前に里の人は貴族に悪感情を持っている事自体は判っていたが、彼女は殺意に近いモノを募らせていたようで、マーサさんがシュウさんの名前を出しても全く聞く耳を持ってくれない。


 しかし・・・、彼女が受けた仕打ちや里の人達が受け続けている苦痛を考えればこの怒りは当然、なのかもな。


「それは違うよ!違うんだって!この子達はアイツらとは関係無いんだよ!」


「もうアンタの事も信用ならねぇ!今すぐ此処から出ていきやがれ!」


 でも、だからと言ってそれで僕達が被害を被るのは間違っているだろう。


 だが、彼女は最早マーサさんにすら、不信感を持ってしまっているようだ。


 これではもう、話を続ける所ではない。


「お願いだから話を聞いて!!」


「うるさい!!里から出ていかねぇのなら、全員・・・殺す!」


 先程よりも不快な感触を放ちながら激昂するリアさんに、マーサさんは必死で宥めようとするものの、リアさんは全く聞く耳を持たず静止しようとするマーサさんを振り払おうと二人で押し問答をしている最中、隣に座るマナがそっと僕の手を握ってくる。


 すると、何時ぞやの時のように僕の頭の中にマナの声が響いた。


(余り良い状況では無いですね。既に外は囲まれています。続々と数も増えているようですよ。)


「囲まれてる?・・・まさか!?」


 もしかして、昨日話に出ていた黒化した獣を操る能力か?


(はい。恐らく主にとり囲んでいるのは、大きさから狼や類似する何かだと思われます。)


 どうやら、リアさんは本気で僕達を無事に帰す気はないらしい。


 かと言って、今後を考えれば応戦する訳にもいかない。


 どうする?どうしたらいい?


 サリーナやアルだけでも、逃すべきか?


 だが、既に囲まれているこの状況で、みすみす見逃すとも考えにくい。


 何か、何か話を聞いて貰う方法はないのか?


 この状況を変える手段は無いか必死に考えを巡らせていると、マナが僕の手をギュッと強く握り締めつつ再び僕に語りかけてくる。


(旦那様やお母様、サリーナ達を害そうとするのであれば、仕方ありません。彼女に恨みはありませんが、先に仕掛けてきたのは・・・彼女自身です!)


 そう告げるとマナは僕の手を掴んだまま立ち上がり、全身から淡く光を放つ。


「マナ!?一体何をする気!?」


 マナの意図が判らずに、思わず彼女が何をしようとしているのかを問いかけながら見上げると、その表情は明らかに怒りの色を帯びていた。


「やった事はありませんが、彼女の身体を蝕んでいるナノマシンとわたし自身を使い、彼女を殺します!」


 まさか、怒っているのか?


 あのマナが?


 この様子では、どうやらマナも湧いてきた感情を抑える事が出来ないようで、握られた手から彼女が微かに震えているのを感じ、僕は驚きを隠せずに固まってしまう。


「上等だごらぁぁ!!」


「やめなさい!リア!」


 リアさんはマナの発言を挑発と捉えたようで、最早静止するマーサさんの存在すら目に入らなくなっており、今にもマナに掴みかかろうとしているのを、マーサさんが抱きつき何とか動きを止めていた。


「ダメだマナ!そんな事をしちゃいけない!誤解なんだから!」


 やった事が無いとは言ったが、直感的にマナならそれが可能なのでは無いかと感じ、僕は慌ててマナを静止する。


 そんなのダメだ!何とかして二人を止めないと、取り返しのつかない事態になってしまう!


「ですがっ!このままではっ・・・・・・あら?どなたか、こちらのすぐ側まで近づいてきておりますね。囲まれている所為か、気付くのが遅れてしまいましたが、恐らくこれは・・・ヒトですね。」


「え?」


 僕の静止が聞こえていたらしいマナは、光を放つのを止め手を離しこちらへ顔を向け、抗議をしようと口を開いたかと思えば、突然冷静になったかのように幕屋の入り口へ視線を向けつつそう告げる。


 すると、マナが言い終えるのとほぼ同時に入り口の辺りで土を蹴るような音が聞こえた後、焦った様な高めの声が幕屋の中に響いた。


「リアちゃん!どうしたの!?また兵隊さんが来たの!?いぬさんが散歩中にリアちゃんのテントの方に走っていっちゃったから、マホ心配で・・・!」


 こんな状況なのに、この声に聞き覚えは無いはずなのに、良く知っているような・・・、そんな既視感にも似た感覚を、僕はふと覚える。


「マホ!!来るな!」


「だって!この間みたいにリアちゃんがケガするのはやだよ!マホも戦えるんだよ!」


 リアさんが声の主にそう叫んだ直後に幕屋の入り口が大きく開かれた事で、僕は思わずそちらへと視線を向けた。


「・・・ママ?なんで?どうして?リアちゃん、何・・・してるの?」


「やはり、この方は・・・。」


 幕屋の入り口に立つ人影は中の状況を見て動きを止め、酷く困惑したような声を漏らすのだが、その姿までは逆光の為に僕からはよく見えない。


 それなのに・・・、この声を聞いていると無性に胸の奥がざわつくんだ。


「いいから来るんじゃない!」


「でも・・・!えっ・・・?」


 来るなと叫ぶリアさんの言葉を無視するかの様に、その人影は幕屋の内部へと足を踏み入れる。


 それと同時に入り口が閉じられた事で逆光が収まり、僕の頭がその姿をハッキリと認識した直後、中の状況を確認しようとこちらへ顔を向けた彼女の視線と、僕の視線とが合わさった。


 その刹那、僕は時間が止まったかのような・・・、そんな不思議な感覚に包まれる。


 髪の色は多少違うし、少し日に焼けて昔は無かった筈のそばかすもあるけれど、やや垂れ目がちで優しげなその瞳は夢で見た彼女のモノと何も変わらない。


 間違いない、この子が・・・僕の記憶にある、マホだ。


 そう確信した次の瞬間、僕の心臓は周りに聴こえてしまうのではないかと思うぐらい、強く早く痛い程に脈打ち始めた。


「そんな・・・、まさか・・・、これって・・・、夢?」


 何か言葉をかけなければいけないと思うのに、心臓の鼓動の所為か上手く言葉が出ない。


 それなのに僕は無意識のうちに身体をマホへと向け、彼女に手を伸ばそうとしていた。


「・・・夢じゃ、ない?」


 マホは消え入りそうな呟きを零しながら目を擦り、再び僕をジッと見つめる。


「マ・・・マホ?」


 僕の後ろから、明らかに様子のおかしい彼女を心配する声が聞こえてくるのだけれども、マホの視線が僕から外れる事はない。


 そんな彼女に僕は何とか頷く事で返事を返すと、マホは一瞬だけ顔を伏せた後、真っ直ぐ僕の胸元に飛び込んできた。


「旦那様!!迎えに来てくれた!!ホントに・・・夢じゃない?夢じゃないよね?ねぇ!?」


 彼女は僕の胸元へ顔を押し付けながら、震えた声でそう叫ぶ。


 勢いがつきすぎた為か僕が受け止めきれず地面に押し倒される形になってしまったけれど、余り痛みは感じない。


 それどころか、抱きしめられたその暖かさから伝わってくるものは、失った宝物を漸く取り戻した時のような安心感だった。


「ねぇ!!!・・・マホは、マホだよ?わかる・・・?」


 胴に抱きつきつつ一際大きな声を上げてから、少しだけ身体を起こし僕の様子を伺うように覗きこみながら、泣き笑いの表情を浮かべ問い掛けるマホの髪に、僕はそっと手を伸ばす。


「・・・うん。・・・また、会えたね。」


 出来るだけ優しく頭を撫でながら自然と口をついて出て来たその言葉に、彼女の瞳は強く結ばれ大粒の涙が頬を伝う。


「マホね・・・マホね・・・、ずっと・・・旦那様に、会いたかった!!」


 涙声で絞り出すようにそう告げた直後、声にならない声を上げ赤ん坊のように泣き出してしまった彼女を、僕は無言で撫で続けた。


 今は声をかけるよりも、こうしている方がもっと伝わるものがあるんじゃないかって、そう・・・感じたから。


宜しければ、ご意見をお聞かせください。


ご批判や、ご指摘でも構いません。宜しくお願いしますm(_ _)m

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ