8 力
館を出て、門とは違う方向へ歩く。
館から真っ直ぐ進むと門に着くのだが、庭園を通るため恐らく伯爵やその家族、若しくは来賓のための入り口ではないだろうか?
その証拠に、練兵場への道は整備されてはいるが庭園とは違い、花や装飾は無く殺風景だった。
5分程歩くと、建物が見えてくる。
あそこが目的の練兵場だろう。
キランさんを先頭に建物に入り、そのまま中庭のような場所へ抜けた。50メートル四方程の空間には数十人の鎧を着た兵士達が居て、中には何度か村で見た覚えのある人もいる。
「皆の者、伯爵様が参られたぞ!」
キランさんの号令で全員がこちらに振り向き、片膝立ちで胸に右手を添えながら頭を下げた。
「よい。訓練を続けなさい。」
「はっ!」
再びキランさんが号令を掛けると、全員が訓練を再開した。やはり、キランさんは偉い人なんだ。
「そうだな・・・。私が見本を見せてもいいが・・・。ファンは居るか!?」
「団長、如何なされましたか?」
キランさんに名前を呼ばれ、父さん達より少し若い凛々しい顔立ちの人物が此方に駆け寄ってくる。
「イーオ君、紹介しよう。彼はファンと言って、ウィンザー家騎士団の副団長をしている。ファン、彼がキース様の御子息であるイーオ君だ。」
「あのキース様の・・・?失礼致しました!お初にお目に掛かります。私、騎士団の副団長を務めさせて頂いております、ファンと申します。イーオ様、以後お見知りおきを。」
「様はやめて頂けませんか?イーオで構いません。ファン副団長様ですね。こちらこそ宜しくお願い致します。隣に居るのは、僕の親友でアルドと言います。今回、僕の付き添いで参りました。」
僕の発言で、ファンさんは混乱しているようだ。どうしたのだろう?
「あー、すまないファン。とりあえず、例の鉱石を用意してくれないか?カケラで構わない。・・・実はキース様が、イーオ君に立場を説明していないらしくてな。」
「か、かしこまりました!」
あれ?僕、何かおかしな事言った?キランさんの言葉に、ファンさんは慌てて何処かへ走って行った。
「イーオ、キミは貴族ではないとは言えこの伯爵家の直系であり、先代騎士団長であるキースの息子なんだよ。だから、ここに居る者からすると、身分が違うんだ。ここに居る者の殆どは領民だからね。ちなみに、今の騎士団長はキランだよ。」
「・・・しかし。キースはせめてそのくらい教えてから、名代として送り出すべきだろうに・・・。私に丸投げするとは・・・。やはり一度、文句の一つでも言いにいかねばならんな・・・。鉱石が出るとなると、名目は立つ。」
僕が混乱している様子に、伯爵がかなり困った顔で説明をしてくれるが、イマイチ飲み込めない。父は兵士じゃなくて、騎士団長だったんだ。
・・・その後の伯爵の独り言は、聞かなかった事にしよう。
「えーと・・・。キランさんが父さんの前でかなり親密そうだったので、貴族の係累とは言え伯爵様の騎士団の副団長さんの方が偉いのかと思いまして・・・。」
「それは済まない、私の失敗でもあったのだな。実は私も、男爵とは言え貴族の三男坊でな。私の家は、ウィンザー家を主家として仰いでいるため、幼い頃から親交があったんだよ。幼馴染みで親友というやつだ。本来なら、私もイーオ様と呼ばねばならないのだろうが、つい・・・な。」
僕にとってのアルのような存在なんだろう。キランさんの発言に伯爵様は苦笑しているが、アルはずっと黙っていた。どうしたんだろう?
「特にファンは、私と同様にキース様の部下だったから、余計に混乱しただろうな。後で私から訂正しておくよ。・・・だが、今はそれより鉱石の事だ。」
「はい。光る鉱石とは一体どういう物、なんですか?」
「・・・昔から、黒化自体の記録はあったんだ。死を撒き散らす不吉な獣として、伝承にもある。腐り果てるまで、手当たり次第に他の生物を襲い続けるからな。」
なるほど、父も肉が腐っていたと言ってたな。それにしても、死を撒き散らす獣とは?昔話にある、魔物と呼ばれるモノの事だろうか?
「・・・キースが騎士団をやめた理由はわかるね?足を失ったためだが、その原因は黒化した獣に襲われたからだ。隣国との小競り合いの最中に戦場に複数の獣が現れ、その場に居合わせた兵の大半は敵味方関係無く獣に襲われ、殺された。その時は、熊が黒化していたからだろうね。・・・もし、本当に鉱石が見つかれば、そのような獣が村の近くに沢山居ると言う事になるんだ。」
父さんが一度見た事があると言っていたのは、そう言う事だったのか。そんな獣が沢山居るとなると、僕だって黙ってはいられない。
「そうだったんですね・・・。」
「だから、イーオ君が一人で討伐した獣が猪とは言え、黒化していたと先程聞いた時は心底驚いたのだ。私より遥かに剣の腕に優れていたキース様ですら、自らの足を犠牲にして尚、漸く一体を複数人で仕留めたと聞いていたからな。私はその時、副団長として領地に残って居たため、後から知らされたのだ。」
「僕が倒した訳ではないんですよ。雷らしき轟音が響いて、吹き飛ばされ僕は気を失ったんです。」
皆僕が倒した事にしているけれど、僕は吹き飛ばされて気を失っただけだ。僕は本当に何もしていない。
「勿論、その事はキースからの手紙に書いてあったよ。しかし、恐らくではあるが、イーオ。キミが獣を打倒したのは間違い無い。」
どういう事なんだろう?僕は気を失っていただけだと、思っているんだけれど。
「わからないと言いたげな顔をしているね?・・・本来、黒化した獣の体内から出てくる石は、光っている筈なんだよ。だが、イーオが持ってきた石は兵器として使われた後と同様に、真っ黒になってしまっている。推測でしか無いが、キミは獣の体内にある石を使って、トドメを刺したんじゃ無いだろうか。」
伯爵の説明を聞いてますますもって、わからなくなってきた。
「基本的には直接触れていなければ扱えないのだが、稀に至近距離であれば触れなくても鉱石を扱える者もいる。私は直接触れていなければ使えないがね。・・・実際に見てみた方が早いだろう。」
キランさんがそう言った直後、ファン副団長が容器を持って現れる。
「団長、お待たせ致しました。訓練用の鉱石のカケラをお持ちしました。」
「副団長、ご苦労だったな。イーオ君、アルド君、そこで見て居るといい。」
キランさんは容器から、1センチ程の光る小石のような物を取り出し握りしめた。
アレが鉱石、か。
キランさんはそのまま拳を前に突き出し、深く息を吸い込む。
すると、何もなかったはずの空間に、突如として10センチ程の火の玉が現れた。
火の玉は微かに上下に揺れながら、キランさんの前に浮かんでいる。
これが鉱石の力、なのか。
「どうだ、驚いただろう?」
「団長、的を用意しますので、そちらに放たれるのがよろしいかと。地面に穴が開いても困ります故。」
ファンさんはそう言うと、兵士達に木製の人形を用意させた。
人が充分離れた事を確認したキランさんは、人形の方に拳を向け、短く気合いを入れる。すると、かなりゆっくりとした速度でフワフワと浮かびながら火の玉は飛んで行き、人形に触れた刹那、爆発が起き人形はバラバラになってしまった。
「とんでもない、威力ですね・・・。」
「もっと速く飛ばせるが、かなり危険だからな。見せるために遅く飛ばしたのだ。」
そういう調整も出来るのか・・・。あの小さなカケラですらこの威力なのだから、それこそ猪から出た大きさの石ともなれば、どれほどの破壊力が出せるのかと想像しただけで、背筋が寒くなる。
「どうだ?わかったかな?」
「は、はい。」
「そして、使い終わった鉱石はこうなるのだ。」
キランさんが握り締めていた手を開くと、先程まで光を放っていた石は真っ黒に染まっていた。
確かに、猪から出てきた石と同じになっている。
「なるほど、だから僕が猪の中にあった石を使ったのではないかと、伯爵様は仰ったのですね。」
「その通りだイーオ。死の間際で君の意思に反応したのではないかと、私は考えている。だから、キミが打ち倒したんだよ。私はキランとは違い扱えないから、わからない部分もあるがね。」
「僕の意思に反応した、ですか?」
「この鉱石はな、適正のある者の想像した形を具現化する事が出来る。・・・だから、こんな風に使う事すら出来るんだ。」
そう言うとキランさんは別の石を取り出し、再び深呼吸をした。
すると、今度は拳から光る短刀が生み出される。
「このように、直接武器を生み出す事すら可能なのだ。余り長くは持たないがな。・・・イーオ君もやってみるがいい。」
「はい、わかりました。」
僕にも本当に出来るのだろうか?
キランさんから別の鉱石を受け取り、握りしめてから目を閉じる。
想像するんだ。・・・でも何を?あの時、僕は何を考えていたかな。
確か猪に攻撃される瞬間、何処かに行け!とか、そんな事を考えてたような気がする。
でも、僕はこんな物を人や動物相手には使いたくない。
寧ろ、誰かを守るためだけに使いたいよ。
アルや父さんや村の人達を、あの獣から守るために。
「お、おい!イーオ!」
「アルド君!近くんじゃない!」
アルの心配そうな表情なんて、もう見たくないから。父さんを悲しませたくないから、僕は僕自身も守らなくちゃ。
「おい!イーオ!聞こえてんのか!」
「えっ?アル?」
アルに怒鳴られて、漸く呼びかけられていた事に気付き、目を開ける。
すると僕から1メートル程離れた場所に、僕の身長の倍あろうかと言う巨大な半透明の盾が浮かんでいた。なんだコレは。
「イーオ!大丈夫なのか?」
「う、うん。僕はなんともないよ。・・・しかし、でかいねコレ。」
「いや、お前がやったんだろう。」
「これは・・・なんと言うか、見事すぎる盾だな。」
「キラン、これは流石に巨大すぎないか。どうなっている?」
「伯爵様、私にも何が起きているのか皆目検討がつきませぬ。普通カケラ程度では精々が先程の火の玉程度の大きさなのですが・・・。」
「イーオが規格外と言うことか。・・・それに、まだ消えていないのも不思議だな。」
「仰る通りで御座います。イーオ君、身体に何かおかしな所はないか?」
キランさんに言われ、少し身体を動かすが特に違和感はない。
だけど、首から掛けているお守りが熱を放っているのを感じる。
「僕はなんともありません!」
「そうか、なら少しそのままで居てくれ。・・・ファン、弓を。」
「はっ!」
弓?まさか・・・。
副団長さんがキランさんに弓を手渡すと、キランさんは盾の上部を狙って弓を放つ。
放たれた矢が盾に触れた瞬間、凄まじい音と閃光が走り思わず目を閉じ、耳を塞いでしまう。
もしかして、あの時も似たようなものが生み出されていたのか?
少ししてから目を開けると、盾は既に消えていた。
「イーオ・・・。やはり、お前があの猪を倒したんだな。」
「アル?」
「あの時と、同じなんだよ・・・。あの時も轟音と光が走ったんだ・・・。今回みたいに巨大な盾は見えなかったけどな。」
自分がした事とは言え、まだ信じられない。ますます、自分の正体を知らなければならないと感じた。
「もしかすると、猪に襲われた時イーオは無意識に、今のものと似たような鎧でも生み出したのではないかな?先程イーオ自身が言っていたが、吹き飛ばされたのだろう?」
「はい。轟音が聞こえると同時に吹き飛ばされたと記憶してます。」
「ならば、直接身に纏ったが故に吹き飛ばされたが、反撃で獣を倒したのだろうな。」
伯爵は推論を述べながら、地面に落ちた焼け焦げている矢を見ていた。先程からキランさんが何も喋らないけど、どうしたのだろうと思い、そちらを見る。
「・・・剣で切らなくて・・・よかった・・・!」
生命の危険を感じたからか、キランさんはへたり込んで呟いていた。周囲を見渡すと、ファンさんや他の兵士も似たような状態だ。
切りかかっていたら、恐らくキランさん死んでたよね・・・?
「・・・軽率な行いをするからだ。」
「も、申し訳ありません・・・。」
まだ腰が抜けてて、上手く立てないらしい。
僕達は二度目だからそこまでではなかったけれど、至近距離で爆音と閃光が走ればそうもなるよね。
お守りの熱も引いたようだけれど、こんな事今まで感じた事は無かったのに。本当になんなのだろうか。
「・・・キランさん、俺にもやらせて貰えませんか?」
周りも落ちつき兵士達も立ち上がり始めた頃、アルが真剣な顔をしてキランさんに願い出る。
「アル?どうしたんだよ急に。」
「急じゃない、ずっと考えていたんだ。俺はあの獣にイーオが襲われた時、怖くて動けなかった。俺にあの時力があれば、お前を死にそうな目に合わせなくて済んだんじゃないかってな。」
「だからって、アルまでやる必要はないよ。」
「違うんだよ!・・・俺は、大事な親友が襲われたってのに、自分じゃなくてよかったって・・・少し、安心しちまったんだ。・・・ほんの少しでも、そんな事を考えちまった自分が許せないんだよ!だから、俺もお前と一緒に戦わなくちゃならない!じゃないと、お前の親友だって胸を張って村に帰る事なんて・・・出来ないっ!」
そんな風に・・・、考えていたのか。僕からすると、寧ろアルが怪我をしなかった事の方が嬉しかったけれど、アルには違ったんだね。自分じゃなくてよかったなんて、誰だってそう思うのに。
「・・・よし!ならばアルド君、やってみたまえ。」
「っ!はいっ!」
アルの独白に、キランさんは真面目な顔をして応え、鉱石を手渡され、石を受け取ったアルは僕に背を向けると、拳を突き出して深く呼吸をした。
「・・・いい子だな。彼の思いを大事にしてやりなさい。」
伯爵は僕にだけ聞こえるよう、小さな声で伝えてくる。その言葉に僕は無言で頷き、アルを見守る。
服の上からお守りを握りしめ、アルの思いが叶うように僕は願ったんだ。
「いいかアルド君!キミが何をしたいか、具体的に考えろ!自分が得意なものでもいい、キミが欲しいと思う物を思い浮かべるんだ!」
「はいっ!」
キランさんの言葉にアルが応えると、アルの手の中から光が漏れ出し徐々に形になっていく。
あれは・・・弓と、矢、なのか?
「これは・・・。」
「凄いな、キミもか・・・。アルド君、的を用意させるから、放ってみなさい。」
キランさんはファンさんに指示をし再び人形の用意をさせ、人が離れた事を確認したアルは弓を引き絞り、狙いを定め人形に向け矢を放つ。すると、風切り音が聞こえた瞬間、人形はバラバラに弾け跳び、後ろにあった建物の外壁までも大きく破壊してしまう。その余りの光景に、練兵場にいた全員が呆然としていた。
「これは・・・凄まじい威力だな・・・。」
兵士やキランさんだけでなく伯爵までもが壁の大穴を見つめる中、アルは地面にへたり込む。何かあったのかと思い、僕は慌ててアルに駆け寄り、声を掛ける。
「あ、アル!?大丈夫か!?」
「イーオ・・・?あぁ、大丈夫だ・・・。そんな事より、俺・・・やったぞ。これで、俺もお前を守れる。」
アルの呟きに安心すると同時に、大事な親友が僕と共に戦いたいと願う事が、嬉しくもあり、悲しくもあったんだ。