75 悪意の片鱗
フランドル伯の用意してくれた館にて朝食を摂り終え視察に同行するシャロンさんの到着を談話室にて待つ間、僕とサリーナはマーサさんに夜二人で何をしていたのかと揶揄われる。
マナが夜中に二人で抱き合っていた事を話したりした所為もあり余計に疑われたりもしたが、夢の内容が内容だけに詳しく話す訳にもいかず、ただ怖い夢を見て泣いていた所にマナがサリーナを呼んできたのだと説明した。
「ふーん・・・?イーオが、ねぇ?ま、そういう事にしておくよ。」
納得をしていない様子でマーサさんはそう告げながら視線を外に向けた。
マーサさんに釣られて僕も視線を窓に向けると、出発の準備を整え後は僕達が乗りこむのを待っている馬車と、アルやジーナさん達護衛の姿が確認できる。
その姿を見ながら、今日の御者はジーナさんが担当すると言っていたな等と呑気に考えつつ、僕はマーサさんに言葉を返した。
「・・・まだ正式に夫婦になって無いんですから、マーサさんが考えているような事はしませんよ。」
僕も男だから、流石に同衾する事の意味ぐらいは知っている。
だが、物事には順序というものがあると思う。
・・・今更かもしれないけど。
「・・・そういうトコ、ホントキースにそっくりなのね・・・。まぁ、サリーナも解ってるみたいだから、ワタシがとやかく言う事じゃないけどさ・・・。」
僕の答えにマーサさんは呆れたような表情を浮かべつつ呟くと、サリーナは何が可笑しかったのかクスクスと笑いながら僕に視線を向け口を開く。
「あたしはイーオさんらしくていいと思いますよ。」
僕らしいってなんだろう?
それに、僕は何かおかしな事を言ってしまっただろうか?
間違った事を言ったつもりがなかった為に何故父さんに似ていると言われたのかも、サリーナに言われた言葉の意味も図り兼ねたので頭を悩ませていると、マーサさんは益々呆れたような表情になりながらサリーナに視線を向けつつ、溜息混じりに漏らす。
「サリーナも苦労するね・・・。」
「そうですか?イーオさんはわかりやすいので、あたしは大丈夫ですけど。」
「確かにキースよりずっとわかりやすいから、二人の仲は心配してないけどさ・・・。イーオ、サリーナをあんまり待たせたらダメだからね?」
待たせる?何の事だ?
サリーナとは既に婚約を済ませているし、全てが片付いたら再度正式に結婚を申し込もうとは思っているのだけれども・・・。
マーサさんはさっきから何を言いたいのだろうかと僕が益々頭を悩ませ始めた時、見兼ねたらしいサリーナがマーサさんに視線を向ける。
「マーサさん、イーオさんが困ってますからその辺りでやめてあげてください。」
「ハイハイ・・・。こりゃ、夫婦というより師弟だね・・・。」
確かに僕はサリーナに甘えてばかりだとは思うけれども、そんな風に言われてしまうのは心外だ。
・・・いや、こう感じてしまう時点で僕は子供染みてるのか。
マナとサリーナのやり取りを見て僕は苦笑いをしていたけれど、マーサさんから見れば僕自身もまだまだ頼りないという事なのだろう。
僕も人の事は言えないな。
もっと、認められるようしっかりしないといけない。
「皆様、何のお話をされておられるのですか?」
丁度話がひと段落して自分を見つめ直す必要に気付いた頃、鉱山への視察の用意を整えたらしいシャロンさんが微笑みながら現れた。
昨日の勇ましい姿とは異なり、今日の彼女は貴族の令嬢然とした装いや柔和な表情だった為に僕は少々面食らってしまうも、恐らくこれがシャロンさんの普段の姿なのだろう。
「・・・イーオ?この子はキランを慕っているんだから、手を出したらダメだよ?」
「そんな事しませんよ・・・。」
見惚れていると勘違いされていたらしく、マーサさんに睨まれながら忠告をされてしまうのだが、僕自身にはそんな気が一切無いのですぐ様言葉を返しつつ、嫌な予感を覚えサリーナに視線を向けた。
・・・頬が膨れているように見えるのは、多分気のせいでは無いだろう。
「旦那様、どうかされたのですか?」
「何でもないよ・・・。それよりシャロン様、わざわざ僕達の案内役を申し出て頂きありがとうございます。」
後でサリーナに何て言えばいいのだろうかとややげんなりとしつつも、不思議そうな表情で問いかけてきたマナに何でもないと告げ、僕は居心地の悪さを振り払う為に話題を変える事にした。
だが、そんな僕の言葉にシャロンさんは少し眉を寄せながら返す。
「・・・いえ、当然の事ですよ。」
言葉とは裏腹に険しい表情の彼女は、窓の外を伺うように視線を向け、その後徐に僕達へと近づくと少し間を開けてから声量を抑えつつ再び口を開いた。
「・・・最初は本当にご案内をさせて頂くつもりでしたが、私も事情を知りご協力させて頂く事となりました。」
「事情・・・?」
この人は突然何を言い出すのだろうか?
「はい。イーオ様達がフランドル領に入った事は、既に知られている筈です。シュウ殿やマーサ様を抱えていらっしゃるウィンザー伯のご嫡男なのですから。ですので、お父様と相談した結果イーオ様達を鉱山に滞在されているように見せかけ、その間に別の経路より里に向かわれるべきだと判断致しました。」
「・・・里に?」
シャロンさんのいきなりの発言に僕の理解が追いつかず呆然としながら呟くと、マーサさんが後に続ける。
「なるほどね・・・。間者が居るから、か・・・。」
「はい。マーサ様の仰る通りです。ですから、私共から随伴する護衛の者は素性がしっかりとしている者のみとなります。無論、事情も最低限しか知らせません。」
「え・・・?」
あまりにも突然すぎて話について行けそうにないのだが、間者って・・・?
二人の会話に含まれる色が穏やかでは無い為か、先程までの和やかな雰囲気が消え失せ、僕はさらに困惑してしまう。
そんな僕の様子に気付いたのか、マーサさんは真剣な表情で視線をこちらに向け口を開いた。
「・・・後で説明してあげるよ。で、暫くはその街で滞在しているテイにするんだよね?」
マーサさんは後で教えると告げつつ、再びシャロンさんに投げかける。
その様子に、僕は余計な口を挟まず今は大人しく聞いておくべきなのだと察した。
「はい。その為の手配は、お父様が昨晩のうちになさっておられます。ですので、恐らく今晩中には大森林へと向かう事が出来るかと。」
・・・成る程、少しだが言いたい事がわかってきた。
恐らく昨晩の間にフランドル伯がシャロンさんに僕達が来た本当の理由を説明をしたのだ。
という事は、彼女も元々里の事情は知っていたのだろう。まぁ、これについては彼女がフランドル領の運営に今後関わっていくと思われる為、不思議ではない。
だから彼女も協力してくれるという話になり、こうして伝えにきてくれたのだと思う。
そして先程のマーサさんの間者という発言と、フランドル伯が何かしらの手配をしてくれたという事から、伯は僕達がこのまま視察に向かうのは不味いと判断したのが窺い知れる。
その為の予定変更なのだろう。
「・・・わかったよ。そうなるとジーナ達だけで視察予定の街に向かって貰う事になるのかな?」
「えぇ・・・。流石に家紋の入った馬車のまま大森林に入る訳には参りませんので・・・。」
確かに僕達の乗ってきた馬車は目立つので、そのまま里へ向かう事は出来ないとは僕も考えていた。
故に、それを利用して偽装をするという話なのだろう。
何故そこまでしなくてはならないのかがイマイチ理解出来ていないけれど、何かしらの理由がある筈だ。
「それもそうだね。なら、ワタシとイーオと、サリーナかな?あ、マナはイーオから離れないだろうし、マナも。戦力になるしね。」
うーん・・・、これは別行動する人員の話だろうか?
マナの力に関してはマーサさんもあの実験に立ち会っていたのだから知っているのは当然だけれど、まさかマナの力も必要なのか?
ジーナさんやアルを含めなかったのは、恐らく護衛部隊だからだろうけれど・・・。
だが、いきなりそんな大人数が抜けてしまっても大丈夫なのか?
「四名・・・ですか。」
「難しい?」
「・・・いえ、恐らく何とかなるかと思います。ただ・・・」
「イーオはなにかと目立つからね・・・。」
「・・・はい。」
この様子だと僕達の代役を用意するのだと考えられるけれど、そんなに僕は目立つかな?
・・・いや、昨日アレだけ大立ち回りをしていれば無理もないか。間者が居るとなれば尚更なのだろうし。
それに、髪の事だってある。
「とりあえずわかったよ。・・・あ、イーオは普段髪を隠すようにフードを被っているから、多少は誤魔化せると思うよ。此処に来るまではずっとそうしていたからね。これなら何とかなりそうじゃないかな?」
どうやら、マーサさんも僕の髪の事も含めて目につくと言っていたようだ。
昨日はフランドル伯にお目通ししなくてはいけなかった為にフードは用意していなかったが、ここまでの道中で人の目につく場所ではずっと髪を隠していた。
マーサさんはその事を思い出して説明しているのだろう。シャロンさんや伯は知らない事だろうし。
「・・・畏まりました。それならば、多少は目眩しを出来るでしょうね。では、その件も含め私はお父様へ急ぎの手紙を認めますので、30分後に出発と致しましょう。」
そう告げた後、最後にニコリと僕達に微笑みかけると、シャロンさんは落ち着いた様子で談話室を後にする。
去り際の立ち振る舞いからは、先程までの穏やかではない雰囲気を微塵も感じさせない。彼女も腹芸とやらが出来るのだろう。
しかし大体の事情は飲み込めたが、何故急にこんな話になるのだろうか?
そう考えつつマーサさんに視線を向けると、珍しく眉間に皺を寄せながら小さな声で彼女が呟く。
「・・・此処で説明しちゃう訳にはいかないから、馬車の中でね。」
「・・・はい。」
その呟きに、僕はここまで警戒する必要があるのだという事を教えられたような気がした。
「・・・此処まで来たら大丈夫かな。」
フランドル伯の館を出発し、街道に入ってから1時間程が経過した頃に、それまで僕やサリーナ達と談笑していたマーサさんが唐突にそんな言葉を呟く。
すると同じ馬車に乗り込んでいたシャロンさんもコクリと頷き、彼女が談話室で見せたような険しい表情で口を開いた。
「はい。・・・このご様子ですと、イーオ様達は里の状況を詳しくはご存知無いのですね。」
「うん。誰が聞いてるかわからないから、あまり詳しくは話してないよ。」
・・・どういう事だ?
里の状況?
鉱石の実験体にされてしまった人達が逃げ延び、そこで追っ手から自衛をする為に集まって住んでいるんじゃ無いのか?
「ごめんね、イーオ。里の状況ってね、前に話したよりずっと酷いんだよ。・・・里の人達も、これから話す事までは知らないの。」
「・・・え?」
里に住む人達すら知らない事情って何だ?
すると、僕がどういう事かとマーサさんに問い掛けるよりも先に彼女は語り出す。
「・・・前にワタシが居る時は手を出して来ないって言ったよね?」
「え、えぇ・・・。」
「何でか判る?」
マーサさんが居る時に手を出して来ない理由?
すぐに思い浮かぶのは、彼女に師事している僕の立場だとマーサさんが武芸に秀でているから、ぐらいしか思い浮かばない。
「マーサさんが強いからですか?」
「うーん・・・幾らワタシでも、複数人同時にアイツらの相手は出来ないよ。」
「アイツら?それに、マーサさんと同じくらい強い人が沢山いるだなんて、僕には信じられませんよ?・・・だったら、どうしてなんですか?」
アイツらとは、里を襲撃している連中の事なのだろうか?
何より、訓練中とはいえ剣を持った状態の僕とサリーナを同時に相手出来るマーサさんが、そんな事を言うのが俄かには信じられない。
刺客というのはそんなに恐ろしい連中なのだとしたら、何故マーサさんが居る時には襲撃されないのだろう?
「ワタシは鉱石は扱えるけど、マナの言う侵食とやらはされてなくて・・・実験にならないから、だよ。他にも理由はあるだろうけど、里の人達と刺客を戦わせるのが目的だからね。だから、死者を出させないようにもしてるみたい。」
「実験・・・ですか?それに、戦わせるのが目的って・・・。」
「うん、奴らはね・・・里の人達を使って、実験してるんだよ。どの部位にどれだけの鉱石を埋め込むと、どれぐらいの戦闘能力を発揮できるか・・・、時間が経つとどう変化するのか、それを実験してるの。・・・しかも、ワザと逃した上で集まって暮らすように仕向けてね。」
「なっ・・・!」
マーサさんが話した内容の余りの衝撃に、僕は言葉が出なかった。
どの部位に・・・鉱石を埋め込む?
戦闘能力を確かめる為の実験?
頭が追いつかない。
いや、そんなのどうだっていい!
何なんだよ、それは・・・。
人を、何だと思っているんだ!
確かにこんな話は、里の人達に聞かせる訳にはいかない・・・。
だが、それにしてもあんまりな話だ。
里の人達が何をしたって言うんだ!?
そんな怒りからか身体の奥から熱が込み上げてくるのを感じ、僕は思わず拳を握りしめる。
すると、マーサさんは押し黙った僕の方を見てから、少し申し訳無さそうな表情になりつつ言葉を続けた。
「最初から違和感だらけだったからね。マホの母親が里の場所を記してあった手紙を持っていたのもそうだし、そんな都合良く逃げ出せるだなんて思えなかったんだ。・・・だから調べた。そして、ワタシはこの事を知ったんだよ。」
「だったら、何故マホちゃんを里に置いていたんですか?」
口元に手を当てながら、険しい表情で話を聞いていたサリーナは思わずといった様子でマーサさんに問い掛けるも、僕にはその理由に察しがついた。
相手の思惑通りに里へ連れて行くならまだしも、そこから連れ出すとなると碌な結果にならない事は目に見えているだろう。
そしてそれは正解だったらしく、僕の考えを肯定するかのようにマーサさんはサリーナの言葉に首を横に振りつつ口を開く。
「ワタシ一人だとマホを守りきれないからだよ・・・。複数の刺客を差し向けられたりでもしたら、ワタシじゃ太刀打ち出来ない。・・・それに、ワタシが居ない間を狙われる可能性もあるからね。」
しかし、マーサさんを捩じ伏せる様な手練が沢山居るとも思えないのだけれど・・・。
そんな湧いて出た僕の疑問に返事をするかのように、マーサさんは言葉を続けた。
「・・・実は刺客も里に居る人達と同じなんだ。身体の何処かしらに鉱石が埋め込まれたヤツらなの。アイツらは確か、〝魔人〟とか呼んでたと思う。」
「マジン・・・?」
聞き慣れない言葉に僕は思わずマーサさんに聞き返してしまうのだが、そう言えば以前マホの母親と相対した際にギリギリ何とかなったというような話をしていた事を思い出す。
「うん。・・・個人差はあるけれど、鉱石を取り込んだ人はイーオが想像しているよりもずっとずっと恐ろしい力を得てしまうの。」
「恐ろしい、力?」
「・・・うん。詳しくはシュウから聞いた方がいいと思う。エリアス様の所で会う前からワタシとシュウは面識あるから、ワタシからもお願いするよ。」
「わかりました・・・。」
なるほど・・・。だから、マホの安全の為にも里に置いておくしかなかったんだ。
最初はマホの母親との約束の為だったのだろうけれど、疑問を抱いたマーサさん自身が調べていく内、現状維持以外に選択肢が無い事を知ってしまったのだろう。
「ごめんね・・・、騙して連れて来たみたいになっちゃって・・・。イーオとマナの話を聞いた時、イーオならこの状況を変えられるんじゃって、勝手に思っちゃったんだ。・・・本当に、巻き込んでごめんね。」
これは多分、討伐戦の後の権限の付与の話をした際の事だろうか?
でも、騙されたとは思わない。
想像以上に状況が良くないだけだ。
しかし此処まで話を聞いた限りだと、僕達が行った場合必ず何処かで襲撃を受けるのではないだろうか?
里は常に監視されていると言っていた筈だし、里の人達を連れ出す話をしに行くのだから、ほぼ間違いないと思う。
その時、僕はサリーナやマホを守りきれるのだろうか?
そんな不安からか、僕はついサリーナへと視線を向けてしまう。
すると、マーサさんは真剣な表情をしながらも優しい声色で言葉を続けた。
多分、僕の考えがわかってしまったのだと思う。
「今ならまだ、引き返せるよ。里に行かないで、鉱山の視察に行ってから帰ればいいんだよ。」
「それは・・・。」
このままサリーナを連れて行って本当にいいのか?
そんな考えが僕の頭を過った事もあり、見なかった事にすれば良いというマーサさんの言葉にすぐに答えられなかった。
僕一人なら、行く事を迷わないのだが・・・。
・・・いや、それならばいっそマーサさんの言う通りにサリーナには鉱山へ行って貰えはいいのではないか?
そう考えた時、僕の思考を察したらしいサリーナがこちらを見つめながら口を開いた。
「・・・あたしなら、大丈夫です。それに、あたしも行かなくちゃならない事情がありますから、来るなと言っても無駄ですよ。それに今のあたしには、戦う力もあります。」
「サリーナ・・・。」
彼女のその表情は真剣そのもので、強い意志がその瞳には宿っている。
もし僕が行かないと言ったとしても、恐らく彼女は一人ででも行くと言い出すだろう。
なんとなくだけれど、そう思えた。
いや、彼女のよく知る妹かもしれないのだから、サリーナなら必ず行くだろうな。
なら、僕のやるべき事は一つだ。
「・・・わかった。一緒に行こう。僕がキミを守るよ。」
僕がそう言うと、サリーナは穏やかに微笑んでから信じてますと呟く。
すると、このやり取りを見ていたマーサさんも同様に微笑みつつ口を開いた。
「やっぱり、そうなると思ってたよ。サリーナは頑固だもん。安心してとは言い切れないけど、ワタシも二人を守るからね。」
「・・・はい。」
マーサさんに頑固と言われた為か、サリーナは恥ずかしそうに俯きながら返事をする。
「わたしも、旦那様やお母様達を守りますよ。」
「うん。頼りにしてるよ、マナ!」
不安は残るけれど、僕が不安を露わにしてしまってはダメだ。
僕を信じてくれているサリーナやマナの為にも、僕は全力で全てを守らなくてはいけない。
勿論、マーサさんの期待にも応えたい。
でも、どうしようもないくらいの嫌な予感がする。
これは不安感からだけではないだろう。
多分、悪意のある相手と初めて相対さなければならないから、なのかもしれない。
こんな時、父さんならどうするのだろうか?
わからない・・・。
そんな迷いを抱えた僕を乗せたまま、馬車は夕方になる頃に今日の宿場町へとたどり着いたのだった。
「昼間の話を聞いてて、一つ思い付いたんですけど・・・。」
「どうしたの?」
宿に辿り着き夜中に抜け出す為の段取りを整え終えると、マーサさんの提案で暫しの休息をとる事になり、充てがわれた部屋へ向かうのだが、何故か僕についてきたサリーナが唐突に口を開く。
そういえばマナも当然のように僕に付いてきているが、確か彼女はサリーナと同じ部屋ではなかっただろうか?
そんな僕の疑問を他所に、サリーナは言葉を続けた。
「権限の付与が可能なら、剥奪も出来るんじゃないですか?」
「え・・・?」
権限の剥奪?
・・・考えた事も無かった。
「確か、体内に入った機械達の活動を止めさせる事が出来るんですよね?」
「う、うん。」
侵食の影響までは除去出来ないし、完全に止められる訳では無いようだけれど、マナ曰く少なくとも侵食が進行するのは止められる、らしい。
それに、サリーナ自体が使用権限の付与を受けているのだから、彼女がそう考えるのは不思議ではないだろう。
「なら、鉱石が扱える人を扱えなくさせる事も出来るんじゃないですか?あたしで良ければ、試してみませんか?」
なるほど。言われてみれば、確かに出来そうではある。
でも、どうなんだろう?
試してもいいものなのか?
そう思いマナの方にチラリと視線を向けると、マナも少し考えるような素振りを見せた後で口を開く。
「わたしには判りかねます。ただ、サリーナで試すのはやめておいた方がいいかもしれませんね。」
「どうして?」
マナの発言にサリーナが聞き返すのだが、マナは少し難しい表情でそう考えた理由を告げる。
「再付与が出来るか不明だからですよ。旦那様が強く願った時にと仰っておられましたから、もし剥奪出来てしまった時、再付与が不可能かもしれませんし。」
「うーん・・・。なるほど・・・。」
付与にも何かしらの条件があるのだとしたら、一度切りである可能性もある訳か。
だとすると、身近な人で試す訳にはいかないな。
・・・いや?ならば、襲撃者が現れた場合はどうだろう?もし剥奪が出来るなら、限りなく無力化出来るんじゃないのか?
サリーナも同様に考えたから、こんな提案をしたのだろう。
だが、そんな僕達の考えを見透かすかのようにマナは後に続けた。
「余り不確かな事はなされない方が宜しいかと思いますよ。何が起きるかわかりませんので。それこそ、暴走する危険性すらあります。」
「・・・わかったよ。今の話は頭の隅にでも置いておく程度にするよ。」
「それが宜しいかと思います。」
マナの言葉に出来るか分からない事をアテにするのは、余りいい傾向では無いと思い直しながら返事を返す。
昼間の会話の際に湧いて出た不安が、まだ僕の中に残っているからそう考えてしまったのかもしれない。
「そうですね。」
サリーナもマナの話に納得したらしい。
だが、それも束の間。
「まぁ、それはいいとして・・・。」
そう呟くと、サリーナは徐にマナへと近づき、手早く彼女を小脇に抱える。
「な、何をするんですか!」
「マナはあたしと同じ部屋ですよー。」
「はなしてください!」
「はいはい、部屋に着いたらねー。・・・ではイーオさん、失礼します。」
ジタバタともがくマナを抑えつつ、サリーナはこちらに笑顔を向けながら部屋を後にする。
その余りの手際の良さに、僕は呆然としながら短く返事を返す事しか出来なかった。




