74 記憶
「あたし達が、兄上と同じニンゲンだったら・・・兄上をこんなに悲しませなくて済んだのに・・・。」
マホの遺骨の埋葬を終え、墓石の代わりにノアが用意したありし日のイオリとシホ、そしてマホの姿を映し出した立体映像をサオリと二人で見ていた時、そんな言葉を唐突にサオリがポツリと溢す。
「キミ達は人間だ!僕と何も変わらない!」
自らをヒトでは無いという彼女の言葉に僕は思わずカッとなってしまい、つい口調を荒げてしまった。
マホとシホに初めて会った時に泣かせてしまって以来、もう怒鳴ったりしないって、そう・・・約束していた筈なのに。
「違うよ!あたし達がちゃんとヒトだったら、兄上と同じように歳をとって、一緒の時間を歩めた筈だもん!」
「違わない!泣いたり、笑ったり、怒ったり出来るキミ達が、人間じゃないなんてあり得ない!僕のために、そうやって心を痛めてくれているサオリが!ノアが!僕と違うだなんて、そんなのあり得ないんだよ!」
お願いだ・・・。
そんな事を言わないでくれ・・・。
「次はあたしがいなくなっちゃうんだよ!兄上を・・・一人にしちゃうんだよ!」
「・・・それでも、そうだったとしても、サオリや皆が僕と違うだなんて事は無いよ。」
お願いだ・・・神様でも悪魔でも誰でもいい、僕の命がなくなったって構わない。
サオリまで、連れていかないでくれ・・・。
〈私は、ずっと貴方達の側にいますから・・・。〉
サオリの悲痛な叫びに耐えられなくなったのか、黙っていたノアが姿を見せずに声だけでそんな事を言う。
そういえば、もう大分ノアの姿を見ていない気がするな。
「ごめんね。姉さんも、ずっと一緒に居るのに・・・。」
ノアが話しかけてきた事でサオリはハッとした表情になった後、悲しそうに顔を伏せる。
自分の発言が、暗にノアを責めている事になると思い至ったのだと思う。
そんなつもりが無い事ぐらい、ノアも僕もちゃんとわかっているよ。
そういえば、サオリがノアを姉さんと呼ぶようになったのは何時の頃からだっただろうか?
呼び捨てにしていた頃も、偶に戯れあいや冗談を言う中で呼ぶ事はあったとは思うのだが、気付けば普段から姉さんと呼ぶようになっていたのだ。
うーん・・・それ程前ではなかったと思うのだけれども・・・。
・・・思い出した。イオリが居なくなって、暫く経ってからだ。
大事な姉上を失ってしまったから、〝姉上〟は彼女にとってイオリだけだから、そして恐らくだがそのイオリしかノアを姉とは呼ばなかったから、そういった色々な理由があってサオリはノアを姉さんと呼び始めたのだろう。
きっと、ノアの為にも。
いつだったろうか?イオリが言っていた。
サオリが一番繊細なのだと。
自分の事よりも他人を思い遣る気持ちが強すぎて、自分
を押し殺してしまうのだと。
イオリとの事で彼女を深く傷付けてしまった事がある僕には、それがよく理解出来た。
今となっては、それすらも・・・懐かしい。
呼び方を変えた頃のサオリの気持ちを思い、そして今の彼女がどういう思いであんな言葉を言ったのかを考えると、その細い肩を見ていられなくなって・・・、僕はそっと彼女の頭に手を伸ばす。
「ごめんね、兄上・・・。」
彼女は何を謝っているのだろう?
本当に辛いのは、僕ではなくサオリやノアの筈なのに。
そう思いながらも僕は彼女にかける言葉が見つからず、ただただ撫でられるのが好きな彼女の頭を、出来る限り優しく撫で続ける事しか出来なかった。
――――――――――――――――――――――――
・・・来るべき時が・・・近づいているのを感じる。
また、愛しい人を見送らなければならないのか・・・。
ベッドに横たわるサオリを見つめながら、僕は隣に腰掛けつつそんな事を考えていた。
「今日はね・・・ミク達は、来ないんだって。」
娘や孫達は、サオリの最後の願いを叶える為に来ないのだそうだ。
彼女の最後の願い、ずっと叶えられなかった事。
僕を、独占したい。
そう何日か前にぽつりとサオリが言った願いを叶える為に、サオリの娘達を含め誰も来ない。
多分、今はノアから送られてくる映像を見ている事だろう。皆泣いているのだろうな。キミは、優しくていいお母さんだったから・・・。
ちなみに当のサオリは、今は眠っている。
というより最後のお願いをして以降、一日の殆どを眠って過ごしていた。
数時間置きに目を覚ましては、隣に座る僕を見つけ安心したかのようにほんの少しだけ微笑み、また瞳を閉じる。
そんな事を繰り返しつつも、見ていてすぐわかってしまう程に、サオリは弱っていく。解っていた事だけど、何もかもが早すぎる・・・。
そしてもう、たった数日の間なのに言葉を交わす事も出来なくなってしまったようだ。
透き通るようなキミの美しい声で、兄上と僕を呼ぶ事はもう・・・無いのだろう。
でも、そんな状態の彼女を見守りながらも、僕は泣く事すら許されない。
だって、彼女達が嫌うのは・・・僕が泣いている姿だったから。
それに、本人が泣いて居ないのだから、僕が泣く訳にもいかないだろう?
イオリの時は、そう約束していた筈なのに泣いてしまったしね。約束というよりは、お願いに近いモノだったけれど。
だから、サオリにまで心配かける訳にはいかないよ。
「今日は、いい天気だね。」
区画の中の天候管理はノアが行っているから、晴れが好きだったサオリの為にお願いして晴天にしてもらっているので当然なのだが、そんな事を呟きながら僕は撫でられるのが好きなサオリの頭に、そっと手を伸ばす。
そうすると、僕の声や動く際の衣擦れの音で起こしてしまったらしく、彼女はゆっくりと目を開いた。
まぁ、サオリは頭を撫でられるのが好きなのだから、このままそっと撫でても大丈夫だろう。起こしてしまったお詫びも兼ねて。
そんな呑気な事を考えつつ、彼女の髪にそっと触れる。
刹那、彼女は僅かに身体をビクッとさせながら、切長の目を見開いてこちらに視線を向けた。
表情を作る筋肉も衰えてしまったが為に、微かにしか頬は動かせず表情は無表情に近いのだが、身体を少し強張らせており、その視線には恐怖の色がハッキリと見てとれる。
そして、恐怖を湛えこちらを見つめる彼女の瞳をを見た瞬間・・・心臓の鼓動が速くなるのを感じると共に僕の背筋に冷たい汗が流れ、彼女に何が起きたのかを・・・悟った。
イヤだ!
嘘だと言ってくれ!
お願いだ!
僕の事を・・・、忘れないでくれ!
これ以上怯えさせない為にそう叫びそうになるのを何とか堪えるも、僕の中に失ってしまった三人を看取った時と同じかそれ以上の絶望感が広がり、無力感に苛まれる。
・・・気付けば、僕の目からは熱いモノが勝手に溢れていた。
――――――――――――――――――――――――
「・・・さん!・ーオさん!大丈夫ですか!?」
大声で名前を呼ばれながら、身体を揺さぶられている感覚と共に僕はハッとして目を開く。
そして、僕を心配そうな表情で覗き込みながら揺すっていたサリーナと視線が合った瞬間、僕は思わず彼女を抱き寄せていた。
「ひゃっ!?」
「・・・旦那様、何をしていらっしゃるのですか?」
サリーナの短い悲鳴と、マナの非難の籠った声が聞こえてきたのだが、そんな事はお構いなしに僕はサリーナを強く抱きしめる。
・・・何だったんだ?あの夢は・・・。
いや、考えるまでも無い。また、記憶を辿る夢を見ていたんだ。
「ちょっと!イーオさん!?寝ぼけてるんですか!?」
「何故いつもサリーナばかりなのですか?」
今回の夢は・・・、サオリの・・・。
切っ掛けは、多分昨日の会話・・・なのだろう。
しかし、この夢は今までとは違いすぎた。感情も、会話の内容もハッキリと覚えているし、まだ心臓が早鐘を打つようにバクバクしている。
それに・・・途中で起こされたけれど、あの後どうなったのかもきちんと思い出せる。
・・・あの後、サオリは泣いたんだ。
怖くてじゃない、多分一瞬でも僕がわからなくなったから・・・だと思う。瞳の色が恐怖から驚愕しているようなモノに変わり、赤ん坊がイヤイヤするように微かにだけ首を横に振りながら、僕へと必死に手を伸ばそうとしていた。
そして、彼女は泣いたんだ、
昨日サリーナが泣いたのは、その事を覚えていて鮮明に思い出してしまったからなのだろう。
それが以前言っていた、サリーナの最後の記憶なのだろうから。
「イ、イーオさん!く、苦しいですっ・・・!」
「ご、ごめん!」
気付けば相当強く抱きしめていたらしく、サリーナの抗議の声に慌てて謝りながらも、僕は彼女の温もりを手離す事が出来なくて、少し力を弱めるのが精一杯だった。
死よりも先に彼女に自分を忘れられるという最も恐ろしい出来事の記憶を見たから、その恐怖から逃れたくて・・・本能がそうさせているのだろう。
「・・・大丈夫?」
彼女は心配そうにそう呟くと、抱きしめられた状態のまま僕の頭をそっと撫で始める。
心地いい。
「旦那様が苦しそうにしておられましたので、わたしにはどうしたらいいのかわからずに、隣の部屋のサリーナを呼んで来ましたのに・・・。そのような事をサリーナとだけなさるなんて、あんまりではありませんか。」
どうやら、マナは僕を心配してサリーナを呼んできてくれたらしい。それなのに見せつけるような真似をしてしまった事は申し訳なく思う。
マナにも謝罪とお礼を言わなければ。
「ごめんね、マナ。ありがとう。」
恐怖心や色々な感情で頭の中がぐちゃぐちゃになっている所為か、簡潔にしか言葉を紡ぐ事が出来ない。
でも、ごめん。今はこれ以上伝える余裕がないんだ。
「そう仰られるのであれば、わたしにも同じ事をしてください。」
「だから、それはダメー!あたしの特権なのー!」
「ズルいです。」
・・・そういえば、最初の頃の浮世離れというか、感情のようなモノが感じられなかったマナからは考えられないぐらい、今のマナは表情が豊かになってきている。
恐らくだが、サリーナとのやり取りがマナを変えていっているのではないだろうか?
それは、きっとマナにとっていい事なのだと思う。
「ズルくないもん!」
「わたしだけ除け者なのですか?」
まぁ、こういったやり取りが増えるのは困りものなのだが、見慣れてきているおかげか僕も少しは落ち着いてきた。
・・・しかし、サリーナはマナとは逆に、最近やり取りがコドモ染みてきてるような気がするのは気のせい・・・だよね?
それから少しして、僕は漸くサリーナを解放してあげる事が出来た。
ふと視線を窓の外に向けると空の彼方がうっすらと青みを帯びてきているが、まだまだ夜は明けていない。
ちなみに結局マナは諦めたらしく、少しムッとした表情のままこちらの様子を伺うようにして長椅子に腰掛けている。
彼女も僕を心配してくれていたのだろうか?
・・・後で何かお詫びをしないといけないな。
「いきなりでびっくりしましたよ。怖い夢でも見たんですか?それであたしに抱きつくなんて、イーオさんもまだまだ子供ですね。」
僕がどうマナに詫びるべきかを考えていると、少し揶揄うように言いながら解放されたサリーナは身体を起こしつつ、僕の頬を手のひらで拭ってくれた。
どうやら僕は夢の中だけではなく、寝ながらも泣いていたようだ。
「・・・うん。本当に、本当に・・・怖い夢、だったんだ。」
これ以上に怖い夢なんて、無いと思う。
「覚えているんですか?」
「うん・・・。」
「何を見たのか、聞かせてくれませんか?」
先程までの僕の様子が尋常では無かった事と、今のやり取りから彼女は一瞬ハッとした表情を浮かべた後、神妙な面持ちになりながら夢の内容を尋ねる。
その問いに僕は言葉ではなく、軽く頷く事で返しながら先程の夢の内容を話す事にした。
「・・・マホを埋葬した時のサオリとのやりとりと、その・・・サオリの最期を見たんだ。起こされたから全部では無いけれど、そこから先に何が起きたのかも思い出せる。」
そう、彼女が息を引き取る瞬間の事すらも・・・思い出せてしまう。
身を引き裂かれる思いとは、こういう事なのだろう。
悲しいとかそんな言葉だけでは言い表せないくらいの喪失感と絶望感、それに無力感が夢から覚めて落ち着いてきた今でも、自分の中に漂っているぐらいなのだから。
「・・・え?マホちゃんを?それに、あたしのって・・・。」
「丁度、昨日二人で話していた事に関連していた夢なんだと思う。」
「どうしてそんなに都合よく・・・?」
訝しげな表情でサリーナはそう問いかけるが、それは寧ろ僕が聞きたい事だった。
だから、軽く首を横に振りながら素直に感じた事を口に出してみる。
「わからない・・・。今の僕が望んだから、なのかな?今の僕が望んだから、昔の僕が見せてくれたのかな?今までの夢はやりとりなんて殆どわからなかったのに、何で急に・・・。」
「イーオさん・・・。」
もしかしたら、事情があって昔の僕も色々な事を朧げにしか覚えていないから、今の僕は思い出す事が出来ないのかもしれない。
今回の夢で見た事以外は相変わらずわからないので、この考えはあながち間違ってはいないのではないだろうか?
何となくだけれど、そんな風に感じた。
「そう、ですか・・・。」
眉を寄せながら彼女は少しだけ俯きつつ、そう絞り出す。
「でも、よかった・・・。」
夢の内容自体は悪夢に近いのかもしれないけれど正直ホッとした部分もあり、僕はついそんな言葉を溢してしまった。
そんな僕の呟きに、彼女は更に眉を中央に寄せながら口を開く。
「何がですか?」
「ううん、な、何でもないよ!」
その問いに、僕はやや慌てながら返すと彼女の表情は更に険しくなった。
実のところ少しずつ冷静さを取り戻しつつある僕の頭の中には、とある感情が湧いてきている。
これをそのまま伝えてしまうと怒られてしまうだろうから、口には出さなかったのだが・・・。
伝わってしまったのだろうか?
「イーオさんが今何を考えているのかは、大体わかりますけどね・・・。どうせなら、もっと楽しい記憶から思い出して欲しかったな・・・。」
・・・どうやら、バレバレだったらしい。
「・・・何でわかったの?」
また表情に出ていたのだろうか?
「そんなの顔なんか見なくてもわかるもん!前に信じてるってちゃんと言ったじゃない!・・・ちなみに口に出していたら、思いっきりほっぺたつねってたからねっ!」
「ごめん・・・。」
確かに僕が〝兄上〟だと信じてくれていたサリーナからすれば、僕の中に湧いた安心感は彼女にとって腹立たしいモノだろう。
「・・・しかも、思い出したのがよりにもよってあたしの一番覚えておいて欲しくない記憶だけだなんて、複雑すぎるよ・・・。
「・・・ごめん。」
僕は泣かないって約束を守れなかったという思いと、彼女の秘密を見てしまったような罪悪感からか、再度謝罪の言葉を口にする。
自分がサリーナの立場だったとしても喜んでいいのか、悲しんでいいのかわからなくもなるだろう。
僕の言葉に、そんな複雑な胸のうちを表すかのように困ったような笑みを浮かべながら彼女は口を開いた。
「むー・・・、イーオさんが謝るような事じゃないと思うんですけど・・・。」
「それでも、あの時僕は泣かないって約束していたのを破ったんだから、せめて謝らないとな・・・って。」
苦笑しているサリーナに、何故謝ったのかをきちんと説明しなければと思い、感じた事を僕は口にする。意味もなく謝られても、謝られた側には伝わらないと思ったからだ。
だが、僕が約束という言葉を出した時、彼女は不思議そうな表情を浮かべ、僕の言葉の後に問いかけてきた。
「約束?誰と?あたしとそんな約束してましたか?そういえば、さっきマホ・・・って!イーオさん、その約束は誰としたのか思い出せますか?」
な、なんだ?サリーナは急に顔色を変えて、どうしたのだろうか?
言いながら何かに気付いたらしい彼女は、必死な表情になりつつ再度問いかけてきたので、僕は夢の内容を思い返しながら答える。
「確かイオリと・・・。何処でした約束かまではわからないけれど・・・。」
それが何時なされた約束だったのかを必死に思い出そうとしていると、サリーナは恐る恐るといった感じに再度僕に問いかけてきた。
「姉上と、って・・・、あ、あたし以外の姿は思い出せますか?」
「うん。」
半分くらい透けていたけど空間に彼女達の姿が映し出されていて、それらが誰であるのかを夢の中でハッキリと認識出来ていた。
アレがなんなのかまでは、わからないのだが・・・。
そういえば、夢から醒めた今でも姿を思い浮かべれば誰が誰だったのかが、夢の中と同様にキッチリと認識出来る。
・・・あっ!
「思い出せたんですね!?」
僕がその事に気付いた瞬間、サリーナは僕の肩を掴みながら大きな声で問いかけてきた。
だけど、まだそれだけだという事は伝えなければ。
「ど、どんな姿だったかだけだけど、誰が誰だったかはわかる・・・よ。」
彼女の剣幕に圧されつつ吐き出した僕の言葉に、再び複雑そうな表情になりながらサリーナは口を開く。
「そうですか・・・。でも、マホちゃんに会う前に、貴方が皆の姿だけでも思い出せて・・・よかった・・・。」
彼女はそう呟きながら僕の肩を掴む手の力を緩めるのだが、僕が思い出した事を喜ぶような言葉とは裏腹に、そう告げるサリーナの表情はやはり曇っている。
恐らくだけれど、シホの・・・いや、ディランの事が頭を過ったのかもしれない。
僕もサリーナも、ディランと出会った時にはシホの事を覚えていなかったのだ。
それにサリーナのこの様子だと、昨日フランドル伯の館で感じたもしかしたらディランは女性なのかもしれないという考えも、間違ってはいなかったのだろう。
何故ディランが自らを男性と偽っているのかも、わからない。
踏み込むべきなのか?
僕にそんな権利があるのだろうか?
何故ディランが泣いていた時に、僕は何も覚えていなかったんだ?
サリーナの呟きに、浮かんでは消える様々な思いからか僕はなんて返せばいいのかがわからずつい黙りこんでしまうが、彼女はそんな僕の様子に気付くと苦笑いを浮かべながら口を開いた。
「・・・そんな顔、しないでください。」
「僕は、どうするべきなんだろう・・・。」
思考が纏まらないせいか、僕は思わずそんな言葉を呟いてしまう。
「やっぱり、昨日あの時に気付いたんですね・・・。」
「・・・うん。」
やはり、彼女はディランの性別の事を知っていたらしい。
サリーナは何時気付いたのだろうか?全てを思い出した時なのだろうか?
いや、今はそんな事は重要ではない。
僕自身はシホとの思い出を何一つとして思い出せてはいないけれど、彼女も大切だった事だけはわかる。
夢の中の僕は、彼女のお墓の前でシホを想い悲しんでいたのだから。その痛みはきちんと思い出せるし、会わなくてはいけないと強く感じてもいるんだ。
だけど、会ってどうしたらいい?
わからない・・・。
そんな僕の気持ちを汲み取るかのように、今度は優しく微笑みながらサリーナは僕の目を真っ直ぐに見つめつつ、言葉を紡ぐ。
「どうするべきかなんてあたしには、わかりません。あの子がどうしてそうしようと思ったのか、貴方を見てどう感じたのかも、わかりません。でも・・・」
「でも?」
「兄上は、兄上のしたいようにしてください。」
「僕のしたいように?」
「はい。きっと、それが一番の解決策になると思います。」
本当にそうなのだろうか?
自分に何かが出来るとは思わない。
でも、何かをしなくてはいけないとは思っている。
この思いがどこから来ているのかはわからないけれど、やれるだけはやろう。
いや、やらなくちゃ・・・いけないんだ。
「だといいけど・・・。」
そう考えて、精一杯の笑顔でサリーナに言葉を返す。
「大丈夫ですよ。あたしの知っている貴方なら・・・きっと。」
そんな僕の返事にサリーナは、僕の頭を自分の胸元に引き寄せつつ優しく呟いた。
暖かい・・・。それに、何故かはわからないが落ち着く。
以前にも感じたずっとずっと昔に同じような事をされた事があるような、そんな不思議な感覚に包まれながら僕は目を閉じた。
「・・・なぁ、マナ。こいつら何時も二人で寝てるのか?」
そんな声が聞こえ、僕は再び瞼を開く。
何時の間にかまた眠っていたらしい。
「いえ、わたしがサリーナを呼びに行ったからですよ。普段は起きるまでずっとわたしが旦那様の寝顔を眺めています。」
しかし、目の前は暗い。
まだ夜は明けていないのだろうか?
それになんだか暖かくて・・・、甘い匂いがする。
「そ、それもどうなんだ?まぁいいか・・・。おい、二人ともいい加減起きろよ。もうそろそろ朝飯だぞ。」
呆れたような、それでいて揶揄うような口調のアルの言葉が聞こえてくるが、何かに縛りつけられているかのように身体を動かす事が出来ない。
「ねぇー!サリーナが部屋に居ないんだけどー?もう起きてるのかな?アルー、イーオは起きたー?」
遠くからマーサさんの声も聞こえてくる。
「マーサさん、面白いものが見れるよ。」
「えぇー?なになに?・・・あらあら、まぁまぁ。」
・・・ん?
「二人共奥手だと思ってたけど、案外やる事はしっかりやってたんだね。こういうとこはキースも見習って欲しかったかな。」
あれ?
「・・・おはよー、ございますー。」
頭の上から、サリーナの寝ぼけたような声が聞こえる。
・・・頭の上?
「起こしてごめんねサリーナ。そろそろ朝食だから起きて?」
「はーい・・・。」
気の抜けたようなサリーナの返事が聞こえると共に、縛りつけられていたような感覚が若干和らぐ。
これって、まさか・・・。
「で、昨日は二人で何してたの?」
「・・・えっ?」
直後にサリーナの絹を割くような悲鳴が上がったのは、言うまでもない。




