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いつか、どこかで  作者: 眠る人
77/86

73 ヒト

 フランドル伯の館を後にし、用意して貰った館へと帰ると既に夕方を過ぎていた。


 馬車の中で聞いたのだが来賓として扱われているようで、夜はこの館でささやかな宴の席を設けてくれるそうだ。


 だが、改めて自分と他の人との違いというモノを突きつけられた僕は、アルが興奮気味に話しかけてきたにも関わらず殆ど答える事もせずに、充てがわれた部屋へと戻る。


 とてもでは無いが、今は誰かと話せるような気分にはなれなかったからだ。


「・・・どうしたんですか?何か悩んでる顔、してますよ?」


「・・・うん。」


 それからどれぐらいの時間が経ったのかはわからない。


 部屋で一人ベッドに横になりながら考えを巡らせていると、いつの間にかサリーナがベッドの縁に腰掛けながら僕を心配そうに見つめ、そんな風に声をかける。


 彼女の問い掛けに僕は短く返しながらも、サリーナに尋ねるべきなのか思い悩んだ。


 僕は、ヒトなのか?と。


 以前、ディランは僕を化け物では無いと言ってくれた。


 だけど、本当に化け物じゃないのか?


 他の人ならもっと時間がかかる筈の生命に関わるような大怪我が、たったの二週間かそこらで治るなんてあり得ない。


 他にも、今から思えば僕は病気の一つどころか、熱すら出した事がない筈だ。


 そう、それこそ身体の出来上がっていないずっとずっと幼い頃から。


 そんな事、あり得るのか?


 僕を守る為に特別な薬が使われたともディランは言っていたけれど、だとしたら他の人より強い力はどう説明するんだ?


 同じ薬の影響なのか?


 昼間の様子からしてサリーナは多分、その答えを・・・知っている。


「・・・あたしで良かったら、話してください。」


「でも・・・。」


 ・・・でも、その答えを聞くのはどうしようもなく怖いんだ。


 何よりも、薬のせいでヒト以外のナニカになっているのだとしたら、僕は此処に居てもいいのだろうか?


 もし、そうなのだとしたら・・・僕はどうしたらいいんだ?


 僕の中にそんな後ろ向きな思いが溢れて、彼女に尋ねる事が躊躇われた。


「いいから!そんな顔を見てるしか出来ないあたしの気持ちになってよ!あたしがそんな顔してたら、貴方はほっとかないでしょ!?あたしだって、ほっとける訳がないんだもん!」


 多分、自分が思っている以上に酷い顔色だったのだろう。


 サリーナは泣きそうに、辛そうに酷く顔を歪ませながら叫ぶようにして自らの思いを僕にぶつける。


 あぁ・・・彼女にそんな顔をさせたくは無いのに、どうして僕はいつもこうなのだろう。


 記憶の中の僕も、こんな悲しそうな表情を彼女にさせてしまっていた。


 本当に、僕は度し難いな。


「・・・うん。」


 僕を見つめる彼女の泣きそうな顔に耐えられなくて、少し間を置いてから頷きながら短く返し、僕は正直に話す事にした。


 恐怖心は、まだあるけれども。


「ねぇ・・・サリーナ。僕は、本当にヒトなのかな?」


「え・・・?」


「僕の身体は、おかしい。怪我がすぐ治るし、覚えてる限り今まで病気にだって罹った事がない。それに、今日改めて実感したけれど、体力や筋力にも恵まれ過ぎている。・・・一体どうなっているの?僕の身体は。・・・サリーナ、キミはこの答えを知ってる・・・よね?」


「・・・はい。」


「だったら、教えてくれないかな?僕は、ヒトなの?」


「間違いなく、人間ですよ。」


「本当に?」


「あたしの言葉、信じられませんか?」


 何だろう?

 僕の問いに、酷く悲しそうな表情をしながら彼女はそう返す。


 なんとなくだが、僕に信じて貰えない事が悲しいというより、僕が自分自身をヒトかと尋ねた事自体を悲しんでいるような、そんな印象を受ける。


「信じるよ。・・・でも、詳しく教えてくれないかな?」


「・・・わかりました。」


「僕の怪我の回復が早い事は、ディランからノアが僕を守る為に特別な薬を使ったって聞いているけれど、力や体力もその薬の影響なの?」


「そうです。筋力は勿論ですが、その筋力に耐えられるだけの骨格も薬の影響で作られている筈です。病気に罹った事が無いのも、薬の効果により身体の抵抗力が飛躍的に高められているからですよ。」


「そう、なんだ・・・。」


「イーオさんの身体が見た目より重いのはその所為です。」


 なるほど。


 となるとやはり、サリーナは完全に記憶を取り戻していたんだね。


 これなら、わからなかった事も少しは聞けるかもしれない。


「・・・でもノアは何のためにそんな薬を僕に使ったんだろう?何か心当たりはある?」


「・・・はい。以前マナが、赤ん坊のイーオさんが血塗れになっていたという話をしましたよね?多分その際に、瀕死の貴方を救う為に使ったんだと思います。」


「なるほど、ね。」


 そうか、そういう事だったのか。


 ディランの言っていた僕を守る為とは、こういう事だったんだ。


 サリーナはやや顔を伏せながら、悲しそうな表情のまま僕の言葉に軽く頷き返す。


 なんのための薬なのかはわからないが、そんな凄い薬があるのなら、もしかすると父さんのあの状態も治せるのかもしれない。


 今のサリーナとの話で、自分の悩みが解決しただけではなく少し希望も見えてきた・・・そう思った矢先、僕は何か違和感を感じた。


 いや、待て。・・・だとしたら、何故この事を話してくれたサリーナの表情は暗いままなんだ?


 まだ、何かあるのか?


「ねぇ、サリーナ?まだ、何かあるの?」


「・・・いえ。」


 僕の再度の問いかけに、なんとも歯切れの悪い返事を返す彼女の様子を見て、僕は酷く嫌な予感を覚える。


 ・・・ちょっとまてよ?これまでは、薬が僕の身体に与える正の効果しか聞いていない気がする。


 薬と形容するからには、正だけでなく負の効果・・・そう、副作用が存在するのでは?


「・・・まさか、副作用が・・・あるの?」


 そう僕が尋ねると、彼女はそのままの姿勢て微かに肩を震わせた。


 どうやら、正解・・・らしい。


 考えてみれば当然か。

 人に人を超えた力を授けるような薬なのだ。


 そんなモノに副作用が無い筈がない。


「・・・サオリだったあたしが、17歳で死んだと言った事を覚えていますか?」


「・・・うん。」


「・・・あたし達四人は、あの培養液の力で生まれたんです。」


「培養液・・・?」


 培養液って、何かを培養する為に使う液体って事?

 人は菌糸じゃないと思うのだけれど・・・。


「イーオさんに使われた薬が、あたし達に使われた培養液と同じモノだったとすると、生命に関わる可能性のある欠陥があるんですよ。」


「どういう事?」


 それと、前世のサリーナが若くして死んだのと何か関係があるって事、なのか?


「・・・まずは薬について、いえ培養液についてお話しますね。」


 そう言うとサリーナは、僕の理解が及ばない話を始める。

 曰く、前世のサリーナは短期間で子孫を繁栄させる為に生み出された人の複製体で、誕生から数年で子供を成せるように作られたらしい。


 その際に使われたのが、彼女の言う培養液なのだそうだ。


 培養液の効果は、人だけでなく動植物を数倍の速度で成長させるらしい。よくわからないが、本来であれば寿命も数倍に伸びる効果がある筈だったのだそうだ。


 だが、彼女達が生まれて十数年で異変が起きた。


 最初に、その培養液の影響を一番受けて育った長女が突然亡くなったのだ。


 次に、三女が・・・これがディランの事だそうだ。


 そして数年後に四女、その翌年に最後に残った次女であるサオリが・・・、つまり前世のサリーナが亡くなった。


 原因は、変質してしまった培養液による、人の細胞の自壊、なのだそうだ。


「・・・イーオさんに使われた薬が、あたし達に使われた培養液と全く同じモノだとは思いません。ノアがそのままにしているとは考えられませんし。ただ・・・。」


「ただ?」


「代用や、改良がそんなに簡単に出来るとも思えないんです。それが出来ていたなら、あんな結果にはならなかったでしょうから・・・。」


 ・・・確かに。


 彼女達が生きていた頃から、かなりの時間が流れていると以前ディランが言っていたので、違うモノの可能性はある。


 だが、知識が無い僕にすらそういうモノの改良が簡単に出来るとは思えない。


 だからサリーナは、僕が早くに死んでしまうのではないかと心配していたのだろう。


 僕がヒトなのかと問いかけたから、ずっと内に秘めていたその恐怖が刺激されてしまい、あんな表情をしていたのか・・・。


 安易に大丈夫だよ、とは言えないな。


 だって、サリーナは当事者としての記憶を持っているのだから。


「・・・なので、イーオさん。身体におかしな事があったらすぐあたしに言ってください。お願いします。・・・もうイヤなの・・・。妹や、姉さんみたいに、貴方まであたしの事を忘れていくなんて、あたしには耐えられないの!」


「僕が、サリーナを忘れる?どういう事?」


「・・・記憶を司る脳も、細胞の集まりなんですよ。自壊が始まると徐々に記憶が薄れていくんです。大事な人の顔も、名前も、思い出も何もかも全て・・・わからなくなっちゃうの!そんなの、イヤだよ!」


 そう叫びながら僕に抱きつき胸元に顔を埋めると、とうとうサリーナは泣きだしてしまう。


 ・・・やはり、記憶を取り戻した彼女はずっと怖かったんだな。


 自分の中にある知識と照らし合わせれば、僕が培養液とやらの影響を受けている事は、頭のいい彼女ならすぐに理解していただろう。


 すると当然・・・、その結末にも思い至る。


 これは、サリーナの為にもノアに会い、確かめないといけないな。


 勿論、僕自身が会いたいのもある。


 そう約束したから。


 ノアの事を考えると、僕に頭を撫でられながら胸元で泣いているサリーナを見ているのと同じぐらい、胸が締め付けられる。


 我ながら、なんて気の多いヤツなんだろうか。


 それに、ついこの間泣かせないと誓ったばかりだろうに。

 本当に僕ってヤツは・・・。


 そんな事を考えながら、サリーナが泣き止むまで僕は出来る限り優しく愛しい人の頭を撫で続けた。




「取り乱してごめんなさい。」


 暫くして先程よりも大分薄暗くなって来た頃、漸く落ちついてきたらしい彼女が僕の胸元から少しだけ視線を僕の顔に向けながら、そう呟く。


「ううん。僕の方こそ、ごめん。変な事を聞いてしまって。」


 そう返しながら、頭を撫でられるのが好きな彼女の為にも、撫で続けながら僕は謝罪した。


「ずっと、怖かったんですよ。あたし達に使われた培養液とは違うのはわかってたんです。その明確な証拠もあるんです。でも・・・でもっ!」


 僕の言葉に彼女はそう言うと、サリーナは再び泣き出してしまいそうな表情になりながら僕を見つめる。


 やはり、サリーナは僕が彼女達の前世と同様の末路を辿る事がずっと怖かったんだな。


 ・・・でも、サリーナの言う培養液と、僕に使われた薬が違うモノだと言う明確な証拠ってなんだ?


 ここは、彼女を落ちつかせる為にも聞いておくべきだろう。


「その証拠って・・・何かな?」


 頭を撫でる手を止めずに、なるべく優しい声で僕はサリーナに尋ねた。


「イーオさん自身、です。」


「と言うと?」


 僕自身が、証拠?

 ちょっと意味がわからないと思った僕は、詳細を話すよう彼女に促す。


 勿論、彼女の髪を撫でる手は止めない。


「あたしがイーオさんを初めて見かけた時、歳相応の外見だったからですよ。あたしと同じ年齢ですし。」


 ん?それは当然の事だと思うのだが・・・。

 彼女は何が言いたいのだろうか?


「村の広場で見たって話だよね?何でそれが証拠になるの?」


「培養液を使ったのなら、あり得ないんですよ。」


 どういう事だ?


「先程も話しましたが、培養液を使った場合個人差はありますけど3年程で成人と同じ身長にまで成長するんです。」


「え・・・?」


 さっき言っていた話って・・・早く成長するとは、たった3年で身体が成長しきるって事?


 そんな馬鹿な・・・。


 でも、サリーナが嘘を言うとは考えにくいし、あり得ない。


「だから同じモノを使った場合、あの頃には今の姿で無いとおかしいんです。ありえないんですよ。」


「とすると・・・?」


「あたし達とは少し条件が違いますから、本当は違うのかもしれません。でも、そうで無いと困るんです!そう信じたいんです!」


 どうやら、僕の身体は記憶を取り戻した彼女にとっても不可解な部分があるらしい。


 それが余計に不安にさせてしまった原因でもあるのだろう。


「そっか・・・。なら益々ノアに会って確かめないといけないね。」


 不安を完全には払拭する事は出来ないだろうけど、僕は彼女が少しでも気分が楽になるように、努めて優しく語りかける。


「はい。でも・・・。」


「でも?」


「ノアに会いに行く時は、あの時みたいに五人一緒がいいな・・・って。」


 彼女のその言葉を聞いた時、僕の胸の奥でよくわからない感情と共に、鈍い痛みが走る。


「・・・うん。僕もそれまでに思い出さないといけないだろうし・・・。」


 彼女の言うあの時とは、なんの話なのだろう。


 無性に胸の奥がざわつくのも何故なんだろう。


 多分、話を聞いている限り何も覚えていないのは、僕だけだ。


 大切な記憶なのはこの胸の痛みが教えてくれているのに、何故僕は何も思い出せないのだろう。


「大丈夫ですよ。」


 そんな僕の心の内がまた表情に出ていたらしく、彼女は優しく微笑みながら僕の頬に手を添えつつ、そう告げる。


「そうかな?」


 そんなに都合良くいくものなのだろうか?


「兄上があたし達の事を忘れるなんて、あり得ませんから。今の兄上は、ちょっとお寝坊さんなだけです。ホント・・・仕方ないなぁ。」


 そう目を細めながら、宝物に触れるように、慈しむようにサリーナは僕の頬を優しくさする。


 それがざわつく心を鎮めてくれる程に心地良くて、彼女の手に自分の手をそっと重ねながら、暫くの間僕達はそのままの体勢でいた。





「最後に一つだけ、怒っていい?」


 夜の帷が完全に下りた頃、暗闇に支配された部屋の中でサリーナは唐突にそう告げた。


 そして、彼女はそう言いながら添えられていた手で僕の頬を抓りはじめる。ちょっと痛い。


「お、怒る?」


 突然の穏やかではない発言に、僕は酷く狼狽えてしまった。


「うん。どうしても、貴方にだけは言って欲しくない言葉があったの。」


「・・・ごめん。」


 いつもと違う口調の端々から彼女の静かな怒りを感じた僕は、内容を聞く前に思わず謝ってしまう。


 だが彼女の怒りは相当だったらしく、そんな僕の声なんて聞こえていない様子で言葉を続けた。


「自分がヒトか、なんて言わないで。あたし達を愛してくれた貴方にだけは・・・、最後に残ってしまったあたしが同じ事を言った時、怒ってくれた貴方にだけは、言われたくないの。」


 その言葉を聞いた時、僕は何も言えなくなってしまった。


 同じ培養液を使われたかもしれないサリーナ達を、ヒトでは無いと言っているようなものなのだと、漸く思い至ったからだ。


「わかった?」


「うん。」


「よろしい。・・・では、そろそろ行きましょうか。アルさんも心配してましたからね。」


「うん。」


 二度と馬鹿な事を言っちゃいけない。


 そんな当たり前である筈の事を思いつつ、僕は彼女に手を引かれながら二人で部屋を後にした。

見返していて気付きましたが、成長するのに必要な時間は4年ではなく3年が正解ですm(_ _)m


修正しました。11/16

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