幕間 喧嘩
こんな事になるなんて、全く想定しておりませんでした。
マキ様との二人だけでのお茶会を兼ねたお誕生会の後、王都の邸宅へと帰宅した私はニヤニヤした表情のマイにお兄様が来ていらっしゃると教えられ、久々にお兄様とお会いする事が出来ると内心一人喜びながらお部屋を訪ねたのですが、そこで聞かされたお話に私は、焦燥感を覚えました。
「このままお姉様がお兄様とサリーナの件をお知りになられますと、また・・・泣いてしまわれるかもしれません。何とかしなければなりませんね・・・。」
とは言え、私に出来る事等たかが知れております。
お姉様の抱えていらっしゃる事はとてもではありませんが、私が口を出せるようなお話ではありませんから・・・。
詳しくお伺いする事が憚られましたので、事情は把握しきれておりませんがディアナお姉様は、子供を産む事が出来ないのだそうです。
これは幼かった私が、男装をし始めた頃のお姉様に思わず何故男性の格好をするのかと尋ねてしまった際に、辛そうな表情で自分は男になったのだという言葉と共に、教えてくださった事です。
その時の私には言葉の意味も、その表情の理由もわかりませんでした。
今から考えますと、幼少のみぎりよりお姉様と乳母であった侍従だけが頻繁に王都へ行かれていらっしゃったのは、お医者様にかかる為だったのでしょう。
恐らく、そこでお医者様のお話を聞いてしまったのかもしれませんね。
何故、そうなさろうとしたのかは考えるまでもありません。
お姉様自身が仰られたように貴族として、子を成す事が出来ないからなのでしょう。
当時十歳だった筈のお姉様が、どのようにしてそこまでの考えに至ったのかについては、恐らく叔父様達に何かを言われたからなのだろうと察しが付きます。
全員ではありませんがあの方達は、本当にどうしようもありませんので・・・。
私にも、自分達の息子と結婚をさせようとしていたくらいです。
推測ですが、伯爵家を裏から操ろうとしていたのかもしれません。
尤もそのような底の浅い企みは、とっくにお父様に見抜かれていたようですが。
・・・いえ、今はあんなつまらない人達の事を考えている場合ではありませんでした。
明日、何とかしてお姉様にお会いせねばならないのです。
マイから、お兄様がお姉様をお食事に誘われたと教えられておりますし、このままではサリーナの件をお姉様がお知りになるのは時間の問題でしょう。
ですが、私はサリーナとの婚約を隠すつもり等はありません。
寧ろ、逆です。
お姉様が素直にお兄様に自らのお気持ちを伝えられるよう、焚き付けるべきだとすら考えております。
お姉様に幸せになって頂く為には、お姉様の抱えていらっしゃる問題に、触れない訳にはいかないでしょうけれども・・・、
ですがお父様も、お兄様にならお姉様を託せると考えておられるようです。
直接聞いた訳ではありませんが、私にはなんとなくお父様がそんな風に考えていらっしゃるように思えます。
ですから、後はお姉様次第なのです。
・・・お姉様も頑固ですから、恐らく喧嘩になってしまうでしょうね。
そう私が考えを巡らせていた時、私の部屋の扉をどなたかが控えめにノックする音が聞こえて参りました。
「マイですか?私はこれから湯浴みを致しますので、用意をお願い出来ますか?」
明日は早くに出なければなりませんからね。それに、考え事をしておりましたので、少々疲れてしまいました。
「・・・いえ、リゼット様。サリーナです。少々お話をさせて頂ければと思いまして・・・。」
予想をしていなかったサリーナの来訪に驚きはしましたが、先程のお話の所為か今は彼女と話す気分にはなれません。
「サリーナ・・・?明日でもよろしいですか?申し訳ありませんが、私少々疲れておりまして、とてもそんな気分にはなれないのです。」
「はい・・・畏まりました・・・。マイに、湯浴みの用意の事を伝えて参りますので、暫くお待ち頂けますでしょうか?」
「ええ、ありがとうございます。貴方はお兄様の婚約者なのですから、本来ならそこまでして頂く訳にはいかないのですが、お願い致します。」
私のお願いに再度畏まりましたと、扉越しに告げてからサリーナは立ち去りました。
一体、何を話そうとしていたのでしょうか?
お恥ずかしながら自らの事で精一杯でしたので、サリーナのお話を聞く余裕等ありはしないのですが、私が断った為か扉越しにも判る程気落ちしたような声色でしたから、聞いておくべきだったのかもしれません。
明日、お姉様の元へ行った後ででも話を伺う事に致しましょう。
翌朝、私はお兄様に一緒に王都観光をする事が出来なくなった旨をお伝えした後、支度を整え学院へと向かう事に致しました。
「おはようございます。リゼット様、どちらに参られるのですか?」
そうして邸宅を出ようとした時、背後からそのように呼び止められた為、私は振り向き声の主を確認をすると、そこには酷く思い詰めた様子のサリーナが立っています。
「ディランお兄様の所です。少々用事があった事を思い出しましたので・・・。それはそうとサリーナ、貴方は何故侍従の服を着ているのですか?昨日は着ていませんでしたよね?もう貴方は侍従では無いのですから、わざわざ着る必要は無いと思いますが・・・?」
「イーオさんのお給仕はあたしの仕事なので、誰にも譲りたくなかったのです。・・・それより、ディラン様の元に行かれるのでしたら、あたしも連れて行っては頂けませんか?」
お兄様のお給仕とその服装に関係は無いと思うのですが、気分的な問題なのでしょうか?
それより、何故お姉様の所にサリーナは行きたがるのでしょう?
それでは、私のお話が出来なくなってしまうので困るのですが・・・。
「貴方も、ですか?サリーナはイーオお兄様とのお約束があるではありませんか。」
「それは、そうなのですが・・・。」
イーオお兄様の事を持ち出した私に、サリーナは言いづらそうな様子でこちらを見ています。
その表情で私はふと、サリーナがお姉様の事に気付いてしまったのではないかと思い至りました。
恐らく昨日私が思わず呟いてしまった時、なのでしょう。
街の者にはお姉様の希望で実は男だったとの噂を流したそうですから、サリーナもそれを信じていた筈です。
お姉様は幼い頃からお身体が弱かった為、街に行かれる事は全くありませんでしたので、疑問に思う者は少なかったと思います。
時折剣を学ぶ為に練兵場へと足を運ばれていたそうですから、一部の方々はご存知だとは思いますけれども。
でも、サリーナが勘づいてしまった以上は今更何故お姉様に会いに行くのかを、黙っている理由はありませんね。
「貴方も、その様子ですと気付いてしまわれたのですね。迂闊でしたわ。・・・お姉様にも、お兄様がこちらにいらっしゃる事は伝わっておりますので、その事で私は参らねばならないのです。」
「はい。なのであたしも連れて行って頂きたいのですが・・・。」
やはり、気付いたようですね。でも、何故貴方まで?
「いえ、貴方が共に参る必要は無いのではないでしょうか?」
そう疑問に思った私は、つい眉間に皺が寄るのを抑える事も出来ずに、サリーナに問いかけました。
「あたしには、行かなければならない理由があるんです。ですから・・・。」
理由、ですか・・・。
そう言えば、サリーナもお兄様と共にお姉様とお話をされた事があると聞き及んではおりますが、どうしてなのでしょう?
・・・それは今考えても仕方ありませんね。
それよりも、お姉様にサリーナとの婚約のお話をするつもりですので、当人を連れて行く訳にはいかない方がいいような気も致します。
姉妹喧嘩になる可能性がありますし。醜態を晒す訳にはいきませんので。
「貴方とお姉様の間に何があるのかは存じませんが、お兄様には悟られてしまう訳に参りませんので、今は私に任せては頂けませんか?貴方まで行かないとなるとお兄様が変に思われるでしょう。」
お姉様のお考えが変わるより先に、お兄様がお姉様の事をお知りになられてしまいますと、お兄様の事ですから恐らくお姉様に対して、何かしらの謝罪や行動を起こすのは明白です。
そうなってしまいますとお姉様の性格を鑑みて、今よりも自らの殻に閉じ籠り、この先もずっとお兄様に対して素直に想いを告げる事が出来なくなってしまうかもしれません。
そうはならないかもしれませんが、少なくともお姉様のお考えが変わらない限りは、お姉様が思い人と幸せになる未来は訪れません。
そんなの、悲しすぎます・・・。
ですから、私はひとりで行かなければならないのです!
お姉様に、幸せになって頂く為に!
「畏まりました・・・。」
どうやら、諦めて頂けたようですね。
納得はしていない様子ですが、私達姉妹の問題ですから貴方にまで嫌な思いをさせたくはないのです。
貴方がお兄様にとっての一番なのは、私も理解はしているのですよ。
・・・悔しいですけどね。
「私の分まで楽しんできてくださいな。」
最後にサリーナにそう告げてから、私は邸宅を後に致しました。
「ディランお兄様!」
「リズ!?どうしたのですか、こんな所で?」
学院の入り口の前で、幾台もの馬車を見送りながら私は一人お姉様を待っていると、遠くからお姉様と見慣れない桃色のお髪の女性が歩いてくるのが見えましたので、はしたないとは思いましたが私はお二人に駆け寄りながら、お姉様に呼びかけました。
すると、お姉様は酷く驚いたような表情をしながらも、私に問いかけます。
侍従や護衛を通して私が王都に居る事は伝わっている筈なのですが、このように突然訪ねてくるとは思っていらっしゃらなかったのでしょうね。
「わ、私、お兄様にお話したい事がありまして・・・。」
「話・・・ですか?でも、ボクはこれから講義があるのですが・・・。」
余りに突然の事に、お姉様は困ったような表情を浮かべながらそう答えると、隣にいらっしゃった女性が不思議そうな表情でお姉様に問いかけました。
「シホちゃん、この子は?」
このお方は、何故お姉様を違う名前で呼ばれておられるのでしょうか?
い、いえ、それよりも、桃色のお髪の女性に私は心当たりがあるのですが、このお方はもしかして・・・。
「ボクの妹で、リゼットと言います。リズ、このお方はこの国の第一王女様なのだから、きちんと名乗らないとダメですよ。」
やはり、ノア王女殿下だったようです。
「こ、これは王女殿下の御前で、とんだご無礼を致しました。私、ウィンザー伯爵家が次女で、名をリゼットと申します。以後お見知り置きを。」
お姉様のお言葉に、私は慌てて名乗りながらスカートの端をつまみ上げ、お辞儀をしました。
すると、先程の失礼を気にした様子もなく、笑顔で姫様は語りかけてくださります。
「ご丁寧な挨拶をありがとうございます。リズちゃんですね。私は確かに一応は王女ではあるんですけど、シホちゃんの妹なら私にとっても妹のようなものなので、気軽にお姉ちゃん、とでも呼んでくれていいんですよ?」
「あ、あの、流石にそのようにお呼びする訳には・・・。」
い、妹・・・ですか?
姫様は、何をおっしゃっておられるのでしょうか?
「妹が増えたみたいで、その方が私は嬉しいんですけど、いきなりはやっぱり難しいですか・・・。シホちゃんも昔みたいに呼んでくれませんし・・・。」
「姫様、妹はボクに用があるようですから、先に行って頂いても宜しいでしょうか?」
私の困惑がお姉様に伝わったようで、お姉様は短くため息を吐かれた後そう姫様に仰いました。
親しげなご様子ですが、流石にその物言いはどうかと思います・・・。
「・・・しょうがないですね。私は先に行っていますのでまた今度お話しましょうね、リズちゃん。」
姫様はそう仰られると、ヒラヒラと私とお姉様に手を振りながら歩いて行ってしまわれました。
私は姫様をお辞儀で見送った後、お姉様に疑問をぶつける事にします。
「あ、あの、お姉様、姫様と随分親しげにされておられたようですが・・・。」
「ああいうお方なので深く考えない方がいいですよ。それと、お姉様はやめてください。今のボクは男として生活しているのですよ?・・・それでリズ、どうして貴方は此処へ?」
そう仰られましても、お姉様が王族の方と親密にされている等思いもよりませんでしたので、困惑してしまうのは仕方の無い事だと思いますが・・・?
ですが、それはいつかまた尋ねる事にして、確かに今は先にお話しなければならない事がありますね。
「失礼致しました。ですが此処では少々憚られるお話ですので、出来れば別の場所でお話したいのです。」
「今から、ですか?」
「はい。」
私の答えに、お姉様は少し逡巡した後で口を開きます。
「・・・仕方ないですね。では、寮のボクの部屋でいいですか?」
「ありがとう、ございます。」
これで、もう後には引けません。
お姉様の真意を、確かめるまでは。
お姉様がお住まいになられている寮は、遠方の貴族の方がご利用される為に作られたのだと聞き及んではおりました。
ですので、昔はそれなりに使われてはいたそうなのですが、今は一部の貴族や王族しかお使いになられる事はなく、こちらで暮らしたとしてもお姉様が女性だと周りに知られてしまうような事態にはならないでしょう。
それに、どうやら学院側の配慮もあるようですし。
「それで、リズ。お話・・・とは何の事なのですか?」
他の方に聞かれては余り宜しくはないかと思いましたが、お姉様のお部屋は寮でもかなり奥の高位の貴族が利用する場所に用意されておりましたので、お姉様以外の殿方は居られないようですから、そちらにつきましてはは安心出来ますね。
女性用は別棟だそうですが・・・、今はいいでしょう。
「実は・・・」
お姉様に促されるままに私は、お兄様とサリーナが婚約した事をお姉様にお話致しました。
そして、お父様がそれをお認めになられている事や、現在お兄様にサリーナが同行している事も合わせてお伝え致しました。
「・・・そう、ですか。」
私の話を聞き終えたお姉様は、そう呟かれながらも酷く表情を歪ませながら、目の端にうっすらと涙が浮かべておいでです。
やはり、お姉様は・・・。
「お姉様は、どうなさるのですか?」
そんな様子のお姉様へどうなさりたいのかを尋ねる私に、諦めたような表情でお姉様は力なく項垂れながらも答えます。
「ボク、ですか?どうも、しませんよ。ボクはあくまで弟なので・・・。」
「本当に・・・それで宜しいのですか?」
私には、それが正しいとはどうしても思えなくて思わずそれでいいのかと問い掛けたのですが、お姉様は何もかもを諦めたように再び小さな声で呟きました。
「いいも何も、兄上が幸せになってくれさえすれば、ボクはそれ以上を望みません。」
「では、何故そんな表情をなさるのですか?」
「・・・それは、ボクにも、わかりません。」
「・・・お姉様は、お兄様の事を愛していらっしゃるのですよね?」
私の質問に答えるお姉様は、本心を曝け出す気が無いのでしょう。
その様子に私は埒が開かないと考え、お姉様のお気持ちを直接お伺いしました。
「・・・違います。」
私の言葉でお姉様は明らかに動揺を見せた後、少し間を置いてから否定の言葉を口にします。
ですがその表情は酷く辛そうで、明らかに自らの本心を偽っているのだろうと、私には感じられました。
「嘘ですわ。」
「・・・だったら、何だと言うのです?」
私が否定した事で、お姉様はムッとした様子になりながらそう聞き返します。
「このまま、嘘を吐き通すおつもりですか?」
「・・・リズ、貴方は何が言いたいのです?」
私が何を言いたいのか、お姉様もわかっておられるでしょうに。
それならば、もっとハッキリとお伝えするべきなのかもしれません。
「いつまで、ご自身にすら嘘を吐かれるのですか?」
「・・・ずっとです。」
そんな事、出来る筈がありません。
辛い気持ちを、ずっと隠したままになんて出来る筈が無いのです。
このままでは必ずいつか、限界が訪れるでしょう。
今だって、涙が溢れてしまいそうになっているではありませんか。
私はそんなお姉様を見ている事が出来なくなり、気持ちを押し殺す事をやめるように告げました。
「もう、やめませんか?」
「・・・やめる?何をです?」
「幾ら偽ったとしても、お姉様は女性なのですよ?殿方に惹かれるのは、自然な事なのです。」
「・・・ボクは、誰も好きになんてなりません。」
なら、どうしてそのような表情をなさるのですか?
私がお兄様に一目惚れをしたと、こっそりお話した時と同じ様に辛そうな表情をなさるのですか?
お姉様を見ていると、私の胸の奥がキュッと締め付けられるような感覚さえ覚えます。
「先程、お兄様を愛していらっしゃる事をお認めになられたではありませんか。」
「・・・認めてなんていません。」
誰がどう見ても、お姉様がお兄様を慕っておられるのは明白ですのに、あくまでお認めにはなられないようです。
何故そこまで頑なになられるのかが私にはどうしても理解出来なくて、再びお姉様に問い掛けました。
「どうして、そこまで意固地になられるのですか?」
「・・・意固地になんて、なってません!」
お姉様が声を荒げる所なんて、初めて見たかもしれません。
思わず驚いてしまいましたが、お姉様は俯きながら震えているようでしたので、余りにしつこく聞きすぎた所為で気分を害してしまったのだと考えた私は、様子を伺う事にしました。
「・・・お姉様?」
「仕方ない、じゃないですか・・・!」
すると、お姉様は真下を向きながら震える声で、絞り出すようにそう告げます。
ですが、その言葉は私にというより、自らに言い聞かせるようにも思えました。
「仕方ないとは・・・?」
そう私がお姉様に言葉の意味を問い掛けると、お姉様は顔を上げ、涙を零しつつ叫びながら返されます。
「だって、仕方ないじゃないですか!ボクのこの体は、幼すぎて赤ちゃんを産む事なんて出来やしません!その準備すら出来て居ないんですよ!だから、仕方ないじゃないですか!前と違って、頑丈な身体でもありませんし!」
前と違う・・・?
どういう意味ですか?
いえ、そんな事よりも!
「だからと言って、諦めて男性として生きる事が出来るとは、私には思えません!」
「・・・リズ、貴族の義務とは、何だと思いますか?」
突然、冷静になられたかのように問い掛けて来られたお姉様のご様子に、私は少々戸惑いながらもお父様が普段から仰っておられた言葉をお借りして答えました。
「領民の為に、責任を負う事・・・ですか?」
「はい。でも、それだけでは足りません。」
何が足りていないのでしょうか?
私には、お姉様が仰りたい事がわかりません。
「どういう事でしょう?」
「前にも言いましたよね?次の世代にその志を繋ぐ事もまた、義務の一つなんですよ。」
志を繋ぐ・・・?
お父様やお母様が私達に教えてくださったように、次代へとそれらを継承していく事でしょうか?
・・・成る程。
「それが子を成す事、ですか?」
「はい。だから、それが出来ないボクは、貴族として欠陥品なんですよ。だったら、こうやって生きる他にないじゃ無いですか!」
だからお姉様が貴族として相応しく無い等と、そんな事はありえませんわ!
お姉様は、お姉様なのです!
それに、今は子供を産めないからといって男性になれる筈もありません!
解決する方法だって、きっとある筈です!
「・・・でも、お姉様は・・・女性なのですよ?男性として生きようにも、男性として子供を残す事だって出来ないではありませんか!」
「そんな事はわかっています!・・・だから、ボクは一生独り身で、変わり者として陰口を言われようとも兄上の側で支え続けたいと思っています。」
「何故、そこまでなされるのですか・・・?」
それではお兄様を愛しておられると、仰っておられるようなものではありませんか・・・。
「・・・ねぇ、リゼット。前世って、信じますか?」
「前世、ですか?物語に偶に出てはきますが、あくまで創作物の一つとしてしか考えた事はありませんね・・・。それがどうかなさいましたか?」
・・・何故、このような話の流れでそのように物語のような事を仰られるのでしょう?
「ボクは、前世の記憶があるんですよ。」
「・・・ご冗談、ですよね?」
寂しそうに微笑みながらお姉様が告げた言葉を、私は理解する事が出来ませんでした。
「冗談、だったらどんなによかった事か・・・。先程、姫様がボクの事をシホと呼んで居ましたよね?」
「え、ええ・・・。」
先程からお姉様のお言葉が余りにも現実離れしすぎていて、理解が追いつかず短く返す事しか出来ません。
そんな私を他所に、お姉様は言葉を続けられます。
「それが、ボクの前世の名前なんですよ。姫様は、ボクが前世で憧れていた姉のような人だったんです。・・・まさか、ボクやサオリねぇさまとは違い、全てが本人のままだとは、流石に思いもよりませんでしたが・・・。」
「ディアナお姉様?先程から、何をおっしゃっておられるのですか・・・?」
お姉様は煙に巻くつもりでは無いようですが、俄に信じられるお話ではありませんし、その言いようですと姫様も生まれ変わりという事になるのではありませんか?
呆然としている私の様子に、お姉様はハッとした表情を浮かべた後、突き放すように告げました。
「・・・兎に角っ!ボクの事は放っておいてください!」
「放ってなど、おける筈がありませんわ!」
お姉様の真意はわかりませんが、大事な人を放って置くなど出来る筈がありません!
「ボクがそれでいいって言ってるんだから、それでいいんですよ!もう、構わないでっ!」
「・・・お姉様の、わからず屋っ!」
構うなと怒鳴られてしまった私は、思わず感情のままに叫ぶと、お姉様のお部屋を飛び出し館へと走りました。
こうなる事はわかっていた筈なのに、どうしても我慢出来なかったのです。
子供が産めないから、なんだと言うのですか!
それが、自分の感情を抑え込んでいい理由にはならないじゃないですか!
もし、そうであったとしても、お兄様がそのような事でお姉様を遠ざけるなど、ある筈もありません!
そう言いたかったのに、頭に血が上った所為で伝える事も出来ずに、私は邸宅の部屋で一人泣き続ける事しか出来ませんでした。
「貴方とお姉様の間に何があるのかは存じませんが、お兄様には悟られてしまう訳に参りませんので、今は私に任せては頂けませんか?貴方まで行かないとなるとお兄様が変に思われるでしょう。」
【お姉様のお考えが変わるより先に、お兄様がお姉様の事をお知りになられてしまいますと、お兄様の事ですから恐らくお姉様に対して、何かしらの謝罪や行動を起こすのは明白です。
そうなってしまいますとお姉様の性格を鑑みて、今よりも自らの殻に閉じ籠り、この先もずっとお兄様に対して素直に想いを告げる事が出来なくなってしまうかもしれません。
そうはならないかもしれませんが、少なくともお姉様のお考えが変わらない限りは、お姉様が思い人と幸せになる未来は訪れません。
そんなの、悲しすぎます・・・。
ですから、私はひとりで行かなければならないのです!
お姉様に、幸せになって頂く為に!】
「畏まりました・・・。」
9/12 上記【】内の箇所を加筆修正致しました。