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いつか、どこかで  作者: 眠る人
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71 高貴なる者の務め

「では、本日は現在主流となっている宗教や信仰について、学ぶ事にしましょう。一般教養の範囲ですが異なる価値観を知り、どう付き合うのかを考える事も必要な事ですよ。」


「はい。宜しくお願いします。」


 王都を出発してからも、毎日僕とサリーナは様々な事を教えて貰っていたのだけれど、今日は方舟教や、その他信仰についての授業らしい。


 方舟教については色々と調べはしたが、他の信仰について書かれている本は余り見た事がないので、興味深い話ではある。


「方舟教については、国教でもありますからご存知でしょうし、後でおさらいする事にしましょうか。」


「はい、問題ありません。・・・確か、他の国には精霊信仰と呼ばれる物があるのですよね?」


 正直名前しか知らないのだけれど、どういった物なのだろうか?


「そうですね。他にもありますが、一番有名なものは今イーオ君の言った精霊信仰でしょう。フランドル領と面している大公国や友好国でも宗教の自由が認められていますので、方舟教か精霊信仰のどちらかを信仰している民が大半だそうです。」


 誰が何を信じ信仰するのかは、当人の考え方に委ねられる。また何人足りとも、考えの強制や排除もしてはならない。

 それ自体が方舟教の教えでもあるのだから、共存する事が当然の帰結と言えるだろう。


「この国でも宗教の自由そのものは認められては居ますが、幼い子供に御伽噺を語り聞かせる慣習が根付いていますし、方舟教の発祥の地でもあるので、程度の差はあれ殆どの民は方舟教の信者です。」


 僕も村で10歳ぐらいから、忙しい大人の代わりに語り聞かせをしていたので、習慣の話には納得が出来る。

 尤も僕のは少し違うらしいのだが、誰に教えられたのだったかな・・・。


 父さんで無い事は確かだけど、気付いたら御伽噺を覚えていたんだよな。

 村だと僕が広場で語り聞かせを始めるまでは、各家庭で行っていた筈だし。


 ・・・だが、今はそんな事で悩んでも仕方がない。


 それよりも、精霊信仰についてこの国では余り聞かない為、どういう教えなのかが気になった僕は、教えについて質問をしてみる事にした。


「僕には余り馴染みが無いので詳しくは知らないのですが、精霊信仰とはどういった教義なのですか?」


「精霊信仰とは、この世に存在するありとあらゆる物には精霊が宿っている、という教義よりかは考え方・・・に近いモノです。」


「ありとあらゆる物・・・ですか?」


「はい。一番分かりやすいものですと、食べ物には精霊様が宿るので、残さずに感謝して食べましょう・・・、等ですね。物や、生きとし生けるもの全てに精霊が宿るという考え方ですので、信者は余り好戦的ではありません。他者にも宿っていると考えておられるようですからね。」


「なるほど・・・。」


「あれ・・・?それって・・・どこかで・・・。」


 普段勉強中は殆ど話す事が無いサリーナが、何かに気付いたかのような表情で呟いた後、黙り込む。

 何か引っかかる事でもあったのだろうか?


「サリーナ嬢、どうかされましたか?」


「あ、いえ、なんでもありません。話の腰を折ってしまい申し訳ありませんでした。どうか、続けて頂けますでしょうか?」


 ・・・何でも無いという割には泣きそうな顔をしているのは、何故なんだ?

 今の話の何処に、彼女をそんな表情にさせる要因があったのだろうか?


 尤も、今は授業中だからそちらについては、後で尋ねる事にしよう。


 しかし、方舟教だと恵みや生き物の命は、母である神様が齎した物だと考えられているので、精霊信仰は根本的な部分が違うと言えるのかもしれないな。


 そう一人考えを巡らせていると、ニールさんは怪訝そうにしながらも続きを話し始めた。


「それならば構いませんが・・・。まぁ、それ故に精霊信仰については、自然と共に歩む事を選んだ遊牧民が発祥だとされていますが、詳しくはわかっておりません。彼らとは余り交流がありませんからね。」


 うーん・・・?広く知られている割に、元になった考え方がわからないって事なのかな・・・?

 不思議な話だ。


「戦争が休戦に向かいつつある理由も、精霊信仰の信者が大公国で増えてきた為だと聞いております。長い戦争で物が不足し人心が荒んだ結果、かもしれません。」


「そういう事だったんですね・・・。」


 やはり、長い戦争は色々な面において人々を蝕んでいくのだろう。今僕達に教えてくれているニールさんも、戦争の事に触れてからはずっと表情が険しいままだし・・・。


「これについては、あくまで噂程度だと思ってください。では、次に方舟教について・・・」


 こうして、僕は毎日様々な事を学びながら、フランドル伯の領地へと向かう。


 授業の後で、サリーナが気付いた事を尋ねたりもしたのだが、確信が無いからと言われ答えてもらう事は出来なかった。

 一体彼女は、何に気付いたのだろうか?


 そんなこんなで王都を発って大凡二週間後、僕達を乗せた馬車はフランドル伯が直接治める街へ到着する。マーサさん曰く此処まで来れば、目的地までは後少しらしい。





 街に辿り着き、フランドル伯に用意して貰った宿代わりの館で馬車を乗り換えた後、僕とトマスさんとニールさんを乗せた馬車は、領主であるフランドル伯に面会をする為に領主の館へと向かっていた。


 ちなみに、マナとアルはお留守番だったりする。

 マナは渋ったけれど、アルとこっそり実験をしていてくれと頼んで、無理矢理置いてきたのだ。


 連れて行くと、何を言い出すかわからないからね・・・。


 サリーナやマーサさん達も一緒に向かっては居るのだが、あの三人は護衛として別の馬車に乗り込んでいるので、今は此処には居ない。


「大きな街ですね・・・。」


 馬車の中から見える街の景色は、この街が活気に満ち満ちているようだと、僕には感じられた。


 行き交う人や荷馬車の数はクラマールの街と同じか、それ以上のように思える。

 流石に王都程ではないけれど。


 そんな僕の口を突いて出た呟きに、ニールさんは少し浮かない表情で返す。


「ありがとうございます。この街は、友好国や大公国との玄関先なので、交易の拠点でもあるのですよ。特に、鉄などの鉱山が近い為、そういった軍事的にも重要な資源の流通に関わってもいますから、余計に発展していると言えます。」


「なるほど・・・。」


 ・・・そうすると、フランドル領は激戦区だったという事にならないだろうか?

 一番戦争が激化していたのは二十年程前らしいから、ニールさんやトマスさんも最前線で戦っていたのだろう。


 鉄等の資源が採れるなら、この領地が真っ先に狙われたとしても不思議ではないし、それを守る為の人員が配置されるのも想像に難くない。


「とは言え、此処の住人は他の領地や大公国等から来ている商人が、一時的な滞在許可を得ている場合が多く、領民はほぼ半分程なのですがね。その中でも、避難してきた領民が半数近くを占めているので、貧民街が幾つか存在しています。それ故に治安が悪く、また商人が雇った傭兵が面倒事を起こす事もあるので、騎士団の治安出動が絶えません。」


「あれ?大公国とはまだ戦争中なのでは?どうして、大公国の商人まで居るのですか?」


 貧民街も気になるけれど、どうしても大公国からも商人が来ているという言葉が気になってしまった僕は、ニールさんに尋ねる事にした。


 事実上の停戦状態とはいえ戦争をしているのなら、普通では考えられない筈だ。


 この街で鉄等の資源を取り扱ってもいるならば、尚更だろう。


「あぁ、その事ですか。友好国側から迂回して入国したり、この国の別の土地を経由したりと様々ですよ。戦争をしていたとはいえ、全ての貴族が心の底から裏切っていた訳では無いんです。結託していた諸侯や公爵家と繋がりが深かった為に、そちらに着かざるを得なかった貴族家が幾つもあるんですよ。あちらはこちらよりも物資が少ないので、食料を買い求めに来る商人が殆どですけどね。」


「敵国なのに、何故?」


 この話方だと、理解した上で受け入れているという事になるのだけれど、何故そんな事をするのかが理解出来なくて、僕は再びニールさんに問いかける。


「・・・イーオ君、貴方は隣人が困っていたら、どうしますか?食べる物が無くお腹を空かせ、お金もない。そんな隣人がいたら、どうしますか?」


「・・・黙って見ているなんて、僕には出来ません。僕に出来る限りの事を、すると思います。」


 例え隣人でなかったとしても、そんな人を見過ごす事は出来そうにはない。


 僕の答えを聞いたニールさんとトマスさんは軽く頷くと、ニールさんが僕を諭すような口調で語りかけてくる。


「はい。私達も、そうなんですよ。キミと一緒です。先程も言いましたが元々、彼らも同じ国の隣人だったんですよ。だから、せめて親交のあった貴族が遣わせた商人に関してはと、受け入れているんです。勿論、領主様もご存知で、敢えて見逃してもいます。鉄等の戦略的に重要な物資は、流石に取り締まらせて頂いていますけどね。」


 そうか、相手も元々は同じ国の人間だったのだから、敵だなんて考えてしまってはいけなかったんだ・・・。


 僕は、なんて浅はかなのだろうか・・・。


「それで戦争を再開されでもしたら、堪りませんからね。それ故に、鉱物の取引所には騎士団員が駐在していますし、許可証や数量の管理等他にも対策はしていますよ。・・・ですが、早く、こんな事をしなくても良くなればいいのにと、考えない日はありません。貧民街に住む彼らも自分達の家に、返してあげられたらと・・・。」


 この話を始めてから、ずっと悲痛な面持ちをしているニールさんに、僕は何て声をかけていいのかがわからない。


 だけど、ニールさんは何故僕にこの話を聞かせてくれるのだろうか?


「貧民街があるとはいえ、此処はまだマシなんですよ。大公国に近い場所ではもっと悲惨です。未だ戦争の傷痕は癒えてはおりません。小競り合いはまだ稀にある状況ですから、この領地でも食料が不足している村々は少なくはないのです。小麦等をウィンザー伯に援助して頂いてはおりますが、まだまだ復興には時間が掛かるでしょう。」


 なるほど。だから、ウィンザー領とフランドル領は親交が深いんだ・・・。


 でも叔父上からそんな話を聞いた事は無い。

 それを誇ったとしても、賞賛こそされど、誰かに非難される謂れの無い行いなのにも関わらず、だ。


 恐らく、それが当たり前の事だからと考えているからなのだろう。


「責任は、我々貴族にあります。彼らは悪くはないのに住まいを追われ、土地を追われ、挙句沢山の命が奪われたのです。だから、私達は率先して彼らを救わなければなりません。それしか、贖う道はないのです。・・・因みに騎士団の大半は、各村々の警備と食料の配給を行っておりますよ。この街の警備も必要なので、人数はかなりギリギリ・・・ですけどね。」


 トマスさんが以前僕を誘った時は冗談半分かと思っていたけれど、本音だったのかもしれない。


 少しでも、領民を守れる力が欲しいと常に考えているからこその、発言だったのかもしれない。


 この人達も伯爵や父さん達と一緒で、民を思い心を痛める事が出来る気高い人達なのだろう。


 貴族は、そうあるべきだと・・・、ニールさんがこの話で僕に伝えたいのは、多分そういう事なんだ。


 きっとこの苦しそうな表情の理由が、どうにかしたいのに何も出来ない事が歯痒いから、なのだろうな。


「・・・感情的になってしまい、申し訳ありません。イーオ君にそのような顔をさせたかった訳ではないのです。最近、キミには毎日のように教えて居たので、つい余計な事を話してしまいました。」


「そんな、滅相もないです。寧ろ、そういったお話こそが、今の僕には必要なんだと思います。」


 これは、本心からの言葉だ。

 貴族として生きていくのなら、目を背けてはならない現実なのだと思う。

 決して他人事なんかじゃ・・・ない。


 それにしても、自分の暮らす領地がそんな状態なのに、ニールさんやトマスさんはわざわざ僕達の村の為に来てくれたのか。


 本当に、感謝しかないな・・・。


「ニールさん、トマスさん・・・。そういった事情があって大変な筈なのに、わざわざ僕達の村の為にご助力してくださって・・・本当に、本当に、ありがとうございました。」


 居ても立っても居られなくなった僕は、向かいに座る二人に感謝を告げながら、頭を下げる。


 こんな事しか僕には出来ないのが、本当にもどかしい。


「まぁ、ウチには僕を含めて優秀な副団長が三人も居るからね。僕と兄さんが居なくても、ひと月やふた月ぐらいは何の問題はないさ。だから、キミは今の思いを大事にするといい。それは、人としても必要なモノだ。」


「そうですね。トマスは置いておくとして、私の部下達は優秀です。寧ろ、私達の方が普段お世話になっているのですよ。だから、イーオ君が畏まる必要はありません。民を守るからこその、貴族位なのですしね。」


「今日このお話が聞けた事を、僕は絶対に・・・忘れません。」


 この話を深く深く、自分の奥底にまで刻み込むように、ニールさん達にそう告げた。

 貴族として生きるという事の本当の意味を、僕は今改めて二人に教えられたような気がしたからだ。





 その後は、トマスさんに揶揄われたりしている内に領主邸へ辿り着き、フランドル伯の執務室へと通される。

 すると、そこには叔父上と同じくらいの年齢と思われる壮年の男性が奥の椅子に座っていた。


「ようこそ。我がフランドル領へ。私はアシュトン、この地で領主をしている者だよ。宜しく頼む。」


 僕が入室した事を確認したフランドル伯は、ここまで案内をしてきた従者に目配せをした後、彼が退室するのを見計らってから、僕に笑顔でそう声を掛けてくれる。


「お初にお目にかかります。僕の名前はイーオと申します。フランドル伯爵様、お会い出来て光栄です。」


 叔父上以外の貴族と面会するのは初めてだから、どうしても緊張してしまう。

 おかしな事言ってないよね?


 僕の挨拶に、フランドル伯は一瞬キョトンとしたような表情を浮かべた後、柔らかな笑顔で再び僕に話しかけてきた。


「キミはエリアス様の御子息だろう?手紙はあらかじめ頂いていたから、キミの名前や事情は聞いているんだ。だから、そんなに畏まらなくても大丈夫だよ。まずは、そちらに掛けなさい。話はそれからでも遅くは無い。」


「は、はい。失礼致します。」


 着席を促されたので、僕は執務室にある応接用の椅子に腰掛けると、僕の向かい側にある長椅子にフランドル伯も座った。


 この人も叔父上同様に、気さくな方なのかもしれない。


「我が領地の恩人の息子なのだから、そんなに緊張をしなくても大丈夫だよ。」


「そういう訳には・・・」


 笑顔で僕の緊張を解そうとしてくれているのは伝わってくるけれど、こればかりは僕の性分なんです・・・。


「私が言うんだから、問題は無いよ。貴族家に生まれた事が、偉い訳じゃない。私達はあくまで領民が豊かに暮らせるように、彼らの代表としての権利と義務を与えられているに過ぎないんだ。言わば、貴族も仕事の一つなんだよ。わかるかな?」


「・・・解るような気がします。」


 ニールさんが教えてくれた事のおかげで、フランドル伯の言葉が素直に理解出来る。

 貴族に与えられている責務は、全て領民の為のモノだ。


 私利私欲を肥やす為のモノなどでは、断じて無い。


「多少の事情はエリアス様の手紙で知っているよ。まだ成人したばかりだと実感が薄いかもしれないが、貴族とはそういうモノなんだ。覚えておくといい。」


「はい。」


 ニールさんやトマスさんの領主だけあって、叔父上と似た雰囲気がする。この人は、きっと信じられる人だ。


「すまない、少々説教臭くなってしまったね。」


「い、いえ、最近ニール子爵にもそう習いましたので・・・。」


「それはよかった。その辺りを履き違えている輩がたまにいるんだよ。でも、エリアス様の御子息なら、私の考えを理解してくれると思っていたので、つい・・・ね。」


 恐らく、フランドル伯の言う履き違えている輩とは、黒化の実験を行っている者達の事なのだろう。


 ・・・許せない。


 そんな人を人とも思わない奴らが、この人達と・・・こんなにも領民の事で心を痛めている人達と同じ貴族だなんて、許してなんて・・・おける筈がない。


「わざわざ、ありがとうございます。」


 湧いて来た怒りを抑えながら、何とかお礼の言葉を口にすると、フランドル伯は苦笑しながら僕を見つめ口を開く。


「・・・キミは、本当に素直な子なんだね。だけどその素直さは、これからも絶対に忘れないでいてくれ。・・・さて、余談はこれくらいにして、エリアス様からの手紙を貰えるかな?直接持たせたぐらいだから、イーオ君が持っている手紙は私以外の目に触れてはいけない物だと、簡単に察しがつくからね。」


 僕は、余り貴族向きな性格では無いのかもしれない。

 考えている事がだだ漏れじゃないか・・・。


 フランドル伯に自分の考えを見透かされた事が恥ずかしくなった僕は、顔が熱くなるのを感じながらも懐から手紙を取り出す。


「はい。こちらになります。」


 確かに内容が内容だけに、荷運びの馬車に託す訳にはいかないだろう。


 それから、フランドル伯が手紙を読み終えるまでの間、僕は緊張や先程の失態から何も話す事が出来ずにいたのだが、暫くして執務室の沈黙を破るようにフランドル伯はため息を吐いた後、口を開く。


「・・・また、面倒事を先輩に押し付けてしまう事になるのか・・・。」


「先輩・・・とは、叔父上の事ですか?」


「ああ、そうだよ。エリアス様はね、私の学院時代の先輩なんだ。昔から、気にかけて貰っていたんだよ。この領地は・・・本当に、酷い有様だったからね。その頃にに、エリアス様が自ら騎士団の指揮をされながらこの地に来られた事もあるんだよ。尤も、最後に直接お会いしたのは、伯爵家を継がれる前なんだけどね。」


 そう語るフランドル伯の表情は、暗く重い。

 やはり、このフランドル領は昔、最前線だったのだろう。


「事情はわかった。寧ろ、私からもお願いしたい。彼らを助けてあげてくれ。恥ずかしい話だが、私達には彼らの援助をする余裕が無いんだ・・・。」


 この領地の実情を知った今なら、何故里に手を出せなかったのかが良く理解出来た。


 いや、出せなかったんじゃない。フランドル伯が今言ったように、手を差し伸べたくてもその余裕が一切なかったんだ。


 里に手を出し、他の貴族に目をつけられる訳にはいかなかったんだ。


「お任せください。必ず、彼らを保護致しますので。」


 これは、僕が貴族として生きる為の最初の仕事だ。

 だから、必ずやり遂げてみせる。


 叔父上や、フランドル伯の為だけじゃない。

 里の人達の為だけでもない。


 僕がそうしたいと、そうするべきだと信じているから。


「ありがとう。頼んだよ。書類関連は私に任せてくれ。」


「はい!」


 自分の意思をフランドル伯にも伝えるように、僕は熱を込めて返事を返す。


「・・・エリアス様は幸せだろうね。こんないい若者が、側に居るのだから。その点、ウチの娘ときたら何故、あんな風になってしまったのやら・・・。」


 僕の返事を聞き笑顔で一度頷いた後、手で顔を覆い隠すようにしてため息をつきながらボヤくフランドル伯に、僕は何て言えばいいのかが分からずに、あーとか、えーと等と呟きながら困っていると、フランドル伯は顔を上げ眉間に皺を寄せながら口を開いた。


「すまないな。年頃の娘というのはどうにも難しくてね。折角だから、私の家族を紹介しよう。ついて来なさい。」


「わ、わかりました。」


 フランドル伯はそう言うとスッと立ち上がり、後に続くよう僕を促す。

 同時に、家人に挨拶をするのは礼儀だと、以前叔父上が言っていた事を思い出したので、僕はフランドル伯の言葉に従う事にした。


「ウチも、ウィンザー家と一緒でね。女の子ばかり三人生まれたのだが、誰に似たのやらお転婆な娘ばかりで困っているんだよ。同じように養子も考えてはいるのだがね・・・。」


「そうなんですか・・・。」


 ちょっと返答に困る話だな・・・。養子の僕が口を挟むような事ではないだろうし・・・。


 でもウィンザー家は、僕を入れても二男二女だと思うのだけど・・・。フランドル伯は勘違いをしているのかな?


「出来れば長女に婿をとらせたいのだが、何というか・・・その、キミの所のキラン団長を、懐く気に入っているようでね・・・。他の者ではイヤらしい。」


「・・・その話は、伺っております。」


 困った顔でそう話すフランドル伯に、僕は一言返すだけで精一杯だった。

 何で会って間もない僕に、そんな話をするのだろう・・・。


「その話をしたのはトマスかな?あやつは、口が軽いからね。」


「いえ、叔父上ですね。」


「・・・エリアス様は、何と?」


 叔父上がお嬢様に言及したと聞いたフランドル伯は、少し期待の籠った表情で僕に視線を向ける。


 本当にやり辛い・・・。


「キランさんにも嫁を娶らせたいといった主旨の話はしていましたが、フランドル伯のお嬢様については特に・・・。」


「そうか・・・。流石に自分の愛弟子を手放す訳にはいかないだろうしなぁ・・・。騎士団長だし・・・。」


 そう言いながら、再び肩を落とすフランドル伯が少し可哀想にも思えてくる。


 だが、僕が関わっていいような話では無いと感じたので、それ以上余計な事を言わない様にその後は黙る事にした。


 でも、愛弟子って事は、キランさんに剣を教えたのは叔父上なのだろうか?正直、意外だ。




 その後、例のフランドル伯の長女以外の二人の奥様と、二人のお嬢様に挨拶をすると、再びついてくるよう促されたので再度従うと、今度は下の娘を嫁にどうかと言われたりもしながら、曖昧に答えつつ練兵場へと足を運ぶ。


 どうやら、此処に噂の女性がいるらしい。




 練兵場に辿り着くと、サリーナやジーナさん達も訓練風景の見学に来ていたらしく、僕とフランドル伯を見つけたマーサさんがこちらに駆け寄ってきた。


「イーオどうしたの?アシュトン様も。」


「やあ、マーサ。元気にしていたかな?」


 そう言うと、フランドル伯はマーサさんの頭を撫で始める。

 完全に子供扱いだな・・・。


「いや、いつも言ってるけどさ。アシュトン様、ワタシを子供扱いするのはやめてください。アシュトン様とワタシ歳あんまり変わらないでしょ。」


 ・・・え?フランドル伯とマーサさんって同じぐらいの年齢なの・・・?

 これは、生きてきた中で一番の衝撃かもしれない。


「すまない。マーサを見ると、ついね。」


「あ、あのイーオさんこのお方はもしかして・・・。」


「うん。サリーナ、こちらがフランドル伯爵様だよ。フランドル伯、こちらは僕の婚約者で、今回護衛も兼ねて同行しておりますサリーナと申します。以後お見知り置きを。それと、こちらも護衛で騎士団員のジーナです。」


 僕の紹介の後、サリーナとジーナさんはそれぞれフランドル伯に自己紹介をする。


 今度は促される前に紹介を出来たと、内心喜びながらフランドル伯の様子を伺うと、険しい表情で視線を僕に向けていた。


「マーサも含めて、キミの護衛は全員女性なのかね・・・?」


「何かおかしかったでしょうか?」


 この反応はどう捉えていいのだろうか?


 何か間違えてしまったのだろうかと考え始めた僕に、フランドル伯は言いづらそうな表情を浮かべながら、僕の問いに答えた。


「いや、普通は男性には男性が護衛につくものだよ。男性の貴族には、乳母でない限り男性の従者や護衛を付ける事が普通なんだ。」


 そうだったのか・・・。館だと叔父上以外に男性の従者を連れている人が居なかったし、僕も尋ねたりした訳でもないから、知らなかった。


 サリーナは確か、僕達が緊張しないようにとアーネストさんが歳の近い人を選んだ結果、だった筈だ。


 ん・・・?ちょっと待て。じゃあ、なんでディランの従者は女性なんだ?彼女が乳母なのか?


 でも、見た目はマイさんと同じぐらいで、結構若かったと思うのだが。それにディランはもう十五の筈だし。


 いや、それよりも変な風に誤解されてしまう前に、フランドル伯に説明をしなければならない。


「いえ、彼女達以外は男性ですよ。ジーナはこう見えて小隊長なんです。それに彼女達は全員鉱石が扱えるので、選ばれたのですよ。サリーナに至っては、マーサさんの弟子でもありますしね。」


 まだ後一人、見た目が幼女のマナも居るけれど、黙っておいた方が良さそうだ。事情も話し辛いし。


 ・・・マナか。変な事を言ってアルを困らせてないといいけど・・・。


 僕の言葉に、フランドル伯はサリーナとマーサさんに視線を向けると、二人は軽く頷く。


「キミの婚約者が、マーサの弟子?・・・成る程。そういう事か。それは変な事を言ってすまなかったね。」


 すると、どうやら納得してくれたらしく、顔をこちらに向けフランドル伯が謝罪の言葉を口にした。


 よかった。何とか変な誤解をされなくて済んだみたいだ。好色だと思われるのは、流石に辛いもの。


 だが、フランドル伯に謝って欲しい訳ではないので、僕は慌てて謝罪は必要無い事を伝えようとした。


「い、いえ、そんな滅相も御座いません!あやまら・・・」


 しかし、僕がそこまで言いかけた時、どこからかよく通る声が響く。


「お父様!ウィンザー伯の名代の方とのお話は、もう済まされたのですか!?」


 その余りの声量に、僕は思わず驚き話す事を中断して声の方向に振り向くと、こちらに向かって走り寄って来る女性が見える。


 フランドル伯をお父様と呼んだという事は、彼女が?


 その女性は茶色い髪を後ろに束ね、訓練をしている兵達と同じ装いの為、一見するととても貴族の御令嬢だとは思えなかった。


「シャロン、お客様の前だぞ。はしたない真似はやめなさい。それにまずは自己紹介が先だろう?


 フランドル伯にシャロンと呼ばれた女性は、僕達に気付くと居住まいを糺し、丁寧なお辞儀をしながら挨拶をする。


「これは大変な失礼を致しました。私、フランドル伯爵家の長女で名を、シャロンと申します。以後、お見知り置きを。」


「ご丁寧にありがとうございます。僕はイーオと申します。この度、父であるウィンザー伯爵の名代としての役目を仰せつかり、参上致しました。こちらは僕の婚約者で、今回僕の護衛を兼ねております、サリーナと申します。以後お見知り置きを。」


 彼女の礼に、どさくさに紛れて叔父上を父と初めて呼んだ事に内心一人照れながらもお辞儀を返す。

 それから頭を上げ、シャロンさんを見ると何やら不思議そうな顔でこちらを見ていた。


「あの、つかぬことをお伺い致しますが・・・。」


 不思議そうな表情のまま、シャロンさんは僕に問いかける。


「はい。何でしょうか?」


「イーオ様は、男性・・・ですか?」


 いや、確かに僕は女性みたいな顔立ちと言われる事が少なからずあるけれど、流石に面と向かって男かどうかを尋ねられた経験はないよ!?


「ええと・・・男性以外に見えましたでしょうか・・・?」


 多分、そう尋ねる僕の顔は、相当引き攣っていた事だろう。


「い、いえ、確かウィンザー伯爵家はご息女様しか居られないとお聞きしておりましたもので・・・。ですが、どうやら私の勘違いでしたようですね。重ね重ね大変な失礼を致しました。」


「シャロン、イーオ君は養子なんだよ。」


「ま、まぁ、そうとは知らず、何とお詫びを申し上げれば・・・」


 何とか取り繕いながら告げた僕の言葉に、シャロンさんは酷く慌てた様子で頭を下げつつ謝罪をする。


 そして、フランドル伯が簡潔にではあるが、彼女に事情を説明してくれた。


 だけど、僕は今はそんな事がどうでもいいと思える程に、先程のシャロンさんの発言が引っ掛かっている。


 それに、此処に来る前にもフランドル伯が同じように女児しか居ないような事を言っていた。

 ・・・勘違い、だよな?


 もし、勘違いでないならば・・・ディランは女性という事になるのだが・・・。


 だとしたら何故、隠す必要が?

 

 それに、街の人達もディラン様と呼んでいた筈だし。

 サリーナも、ディランが男だと言っていたような?

 

 ・・・でも、ディランは最初に会った時、何度も自分は男だと言っていたが、本当に男性ならわざわざそんな事を言うだろうか?


 まるで、自分自身にそう言い聞かせるように言ってはいなかっただろうか?


 前にディランが泣きながら、本当の名前で呼んで欲しいって言っていたのは・・・まさか、昔の名前の事だけじゃ無かった、のか?


 ・・・ダメだ。思考が纏まらなくて、よく・・・判らなくなってきた。


 考えが纏まらず、つい頭を掻きむしってしまった直後、サリーナが酷く慌てた様子で口を開く


「あ、あの!シャロン様、私イーオ様から先程ご紹介頂きましたサリーナと申します!シャロン様のお話は、ニール団長様や、トマス副団長様からお伺いしております!失礼かと存じますが、良ければ私とお手合わせ頂けますでしょうか!?」


 何故、サリーナはシャロンさんに突然試合を申し込んだのだろうか?


 確かにいきなりは失礼に当たるだろうが、彼女は何をそんなに慌てているのだろう?


 まさか・・・、今の話を誤魔化そうとしたのか?


 いや、彼女の事だから伯爵の前で頭を掻くような振る舞いをした僕の行動の方を、誤魔化そうとしたのだろう。


 さっきの僕の疑問は、宿に着いてからでも遅くは無い。


「お手合わせ・・・ですか?」


 先程までは格好は兎も角、御令嬢にふさわしい微笑みを湛えていた彼女だったのだが、サリーナの言葉で目付きが突然変わり、剣呑とした雰囲気を纏いながら、チラリとフランドル伯に視線を向けつつ呟いた。


「・・・私は、知らないからね?」


「え・・・?」


「サリーナ、頑張ってね?」


「マ、マーサさん・・・?」


 すると、フランドル伯とマーサさんはそれぞれ僕とサリーナに、困った事をしてくれたと言わんばかりの表情でそう告げる。


 ・・・どうやら、サリーナは触れてはいけないモノに、触れてしまったらしい。

最近、少しずつですがPV数が伸びて大変嬉しく思っております。お読みいただきありがとうございます。m(_ _)m


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― 新着の感想 ―
[一言] ノブレスオブリージュですね。あれ、本当凄い考え方。 イーオは本当に素直だなぁ……。貴族としてはいいいのかわからないけど、人としては間違いなくいいことだろうな。 ほんとだ! PV数伸びてる! …
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