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いつか、どこかで  作者: 眠る人
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69 旅路

 金属の軋む音をたてながら、僕達を乗せた馬車が王都へと繋がる街道の宿場町を後にする。此処が伯爵領からだと最後の宿場町らしく、今日の夕方には王都に到着する予定になっている。


 街道が綺麗に整備されている為なのか、貴族の利用する馬車に付いている特別な装置の為なのかは分からないが、広い馬車の中は殆ど揺れる事はない。


 その中で、僕はあの夜あった事を思い返しながら、口を開いた。


「ごめんね。僕の所為で、サリーナの秘密の場所が使えなくなっちゃって・・・。」


 結論から言えば、マナにはなんの仕掛けも施されてはいないようだ。いや、まだ結論を出すには早いのかもしれないが、少なくとも僕が彼女に侵食されるような事態にはならなかった。

 尤も、既に何度か触れられていたのに何も起きていない事からも、この結果は当然ではある。


 そして、実験も順調だった。・・・最後の一つを除いては。

 サリーナは勿論だけど、僕もサリーナと同様にマナを扱う事が可能なのもわかった。


 変異した個体であるマナの身体は、どういう訳か僕の持つお守りと似たような機能を得たのかもしれないと、彼女はそう言って居た。自らの意思で姿を変えられるので、詳しくはマナにしかわからないだろうが、その説明に納得は出来る。


 実験中は、昼間サリーナが生み出した物と同様の働きをする剣や、杭がついている以外はよくわからない武器、ノコギリのように細かい刃が付いた剣等、色々とサリーナとマナが試すのを僕は離れて見ていた。

 時折、僕とマナでもサリーナの言う振動剣とやらを、試してみたりもしていたけれど。


 そうこうしている内に、段々とサリーナがはしゃぎ始め、最初は剣に装飾はおろか、まともな意匠すら無かったのに、何度も何度も繰り返す内に徐々に凝った形へと変化していった。

 恐らく意匠については、サリーナの趣味なんだとは思う。


 そうして暫く二人を眺めたり、僕も参加したりをしているとかなり夜も更けてきたので、次で最後にしようと告げた所、先程までと同じ様に二人は何かを話した後、とある武器へとマナが姿を変えたのだが・・・、最初は何も起きなかった。


 それまでも、サリーナが考えているような働きをしない武器があったので、何度か僕とマナで同じ武器を試すと難なく成功していた為、最後の武器も同様に僕とマナの二人で試しに発現させようとした時、これまでとは明らかに違う現象が起き、周囲にある木や地面が焼け焦げてしまったのだ。


 その光景はまるで、武器から稲光が発せられているようにも見えた。


 だけどそれはマナ曰く、逆・・・らしい。

 寧ろ、僕が周囲に存在しているナノマシンを集めた為に起こった事象なのだとか。


 酷く焦った様子で僕にその事を告げていた事からも、彼女にとってもこの現象は想定外ではあったようだ。


 ・・・最後に発現させようとしていた武器は、一体何なのだろうか?


 実はアレから一週間近く経つのだけれど、出立の用意で忙しかったり、周囲に人が居る事が多く、詳しく話を聞く事が中々出来ずにいた。


 あの直後は、かなり大きな音が近くに鳴り響いた所為で、館や兵舎は大騒ぎになってしまい、その場では確認が出来なかったのだ。


 この馬車の中でだって、学院へ通う前に最低限の知識を勉強する為、移動中は手持ち無沙汰なニールさんやトマスさんが僕とサリーナに教える名目で、毎日朝から同乗していたから、全く聞く暇が無かった。


 故に、ニールさんが先触れに持たせる手紙を用意する為に、午後から勉強をする予定となっている今日しか聞く事が出来ないだろう。


「いえ、もう何度もそう仰っていますが、あたしとマナがやり過ぎた所為なので、そんなに謝らないでください。それに、もう隠れてやる必要もありませんし。」


 確かに、侍従としてだと理由が無ければ練兵場には立ち寄れないだろうが、護衛を兼ねる今なら彼女一人でも問題は無いから、もうこっそり鍛錬を積む必要は無い。


 とは言え、僕の訓練の相手はサリーナぐらいしか居ないので、彼女だけを行かせる事はないだろうけれども。


 そう一人で納得していると、マナがクスクスと笑いながらサリーナを見つめつつ口を挟む。


「サリーナは、かなりはしゃいでいましたからね。」


 言われてみれば、あそこまで楽しそうにしている彼女は余り見た事がないかもしれない。


 サリーナの意外な一面を見れたので、僕としては少し嬉しくもあったのだけど、彼女は思い出して恥ずかしくなったのか、少し頬を染めながら言葉を返した。


「まさか、イーオさんだと振動剣だけじゃなくて、色々な武器も再現出来るなんて思わなかったので、つい・・・。それに、あの真っ黒なマントと全身鎧も物語に出てくる黒騎士みたいで、かっこよかったですし!」


 武器に関しては、マナならば僕でも扱う事が出来る。彼女もサリーナから知識を得られたので、サリーナが発現させた剣を僕でも使えるんだ。

 ・・・でもまさか、あのノコギリのような刃が刀身を沿うように回転するとは思わなかったけれども。


 そして、鎧についてもわかった事がある。


 あの鎧の意匠には元々種類があるらしく、訓練等で纏っていた物は最も基本的な形だったようだ。


 マナに触れながら鎧を想像していた時、僕から彼女へとその情報が伝わったそうで、彼女が姿を変えた際にいつもと違う形の鎧が発現した為に判明した。


 そしてマナを纏った場合、自動での反撃は起きないようで、更には彼女の意思で動かす事も可能なのだとか。


 これなら、鎧を纏いながら剣を扱う事が出来るし、死角からの攻撃もマナに対処してもらう事だって出来るだろう。


 尤も色については、マナが変身した際は何故か真っ黒になるようだけれど。


 ・・・それはいいとしても、黒騎士って確か仕える主を持たない騎士の事だよね?


 確かに、色々な物語に黒騎士なる人物が出てくる事があるし、活躍もするのだが、どうにも言葉の印象が悪くて正直余りいい気分ではない。


 まぁ、サリーナが目をキラキラとさせながら僕を見ているから、そんな無粋な事は流石に言わないけれど・・・。


「サリーナでは、余り出来ませんでしたしね。」


「そうなんですよね・・・。本当に残念です。」


 マナ曰く、サリーナが扱うには色々と足りないらしい。

 幾つかの剣は問題ないようだが、最後の二本の棒のようなモノが突き出した武器やノコギリ剣、他にも複雑な機構の武器は形だけになってしまうらしく、僕の中にある機械達の力が無ければ機構を動かす事が出来ないそうだ。

 マナは出力がどうとかも言っていたのだが、恐らくはそう言う事だろう。


「そ、それで、最後のアレは結局何だったの?どう扱うモノなのかな?サリーナがマナに教えたモノだよね?」


 あの突き出した二本の棒で突き刺す・・・とか?

 でも、先端は尖っていなかったし、そもそも持ち方からして剣とは違い、両手で取手のような物を握る事からも、アレで直接攻撃するような物だとは思えない。

 どうやって使う物なのだろう?


「はい、そうですよ。アレは・・・、むー・・・磁力と電力で物体を加速し超音速で発射する兵器、ですかね?原理自体は然程難しくないんですよ。原理自体は・・・。あたしは教えてもらっただけなので、細かい事が分からなくて、詳しい機構についてはマナに話せていません。方舟に武器はありませんでしたし・・・。」


 イマイチピンと来ないのだが、とんでもない速度でモノを発射する・・・って事?音よりも速く?そんな事が可能なのか?


 いや、それよりも方舟に武器は存在していないのなら、何処でサリーナはそんなモノの原理を知ったのだろう?


 絵物語がどうとか、たまに彼女は口にするけれど、物語に出てくる武器を実際に扱うなんて、普通では考えられないと思うのだが。


「アレは何度も試さないと使えそうにはありませんね。調整が必要そうです。ただ、太陽光を利用する方は、わたし単体でも出来そうではありますよ。」


「試すと言っても、マナが変身するだけであんな事になるんじゃ、実験そのものが危険な気がするよ?それと、太陽光ってあのでっかい虫眼鏡の事だよね?あんなものが本当に武器になるの?」


 実験の度に強い光と大きな音がするのでは、人の居る場所で試す訳にはいかない。

 もう一つに関しても、普通の虫眼鏡で紙に火をつけるのは僕もやった事ぐらいはあるけれど、幾ら僕の身長の半分程もある虫眼鏡であったとしても、流石に武器としては使い様が無いと思うのだけれど・・・?


「ええ。あの現象をどうするのかを含めての調整になりますね。とはいえ、危険を伴うと思いますので、行うかどうかは旦那様にお任せ致しますよ。」


 やはり、マナも最後のアレは危険だと判断したようだ。

 それなら、無理に実験をする必要は無いだろう。


 彼女の答えに、二度と試す事はないと考えている僕を他所に、マナは言葉を続ける。


「因みに、あの後で旦那様の仰る虫眼鏡に関しては、サリーナに詳細を聞きまして、わたしなりに考えを纏めたのですが、レンズではなくナノマシンを限りなく薄くしたガラスや鏡のような物に変え、広範囲に展開をして一点に光が集中するように手を加えれば、充分強力な兵器として使う事が出来ると思います。」


「そうなの?」


 今の説明が余り理解出来なくて、僕は思わずマナに聞き返すと、マナは軽く頷いてから言葉を続けた。


「はい。それこそ規模にも寄るでしょうが、天気が良ければ多少離れていても、一瞬で金属すら溶解させる程の熱を発生させるのも容易でしょう。」


 ・・・いやいや、ちょっと待って欲しい。

 そんなモノが使えたとして、人に向かって使用するような代物では無いぞ。


 言い換えれば、鎧毎中の人まで焼き殺せるって事だよね?そんなの、考えただけで背筋が寒くなるのだけれど・・・。

 となると、あの棒のような物も、かなり強力って事なのか?


 実験はしたけれど、やはりこんな強力すぎる武器は使う必要は無いのではないだろうか?

 例え戦争であったとしても、離れた所から一方的に相手を殺める事が出来るなら、それは最早ただの虐殺と変わりない。


 ・・・まぁ、それについては今はいいだろう。どの道使う事は無いのだから。

 それよりも気になるのは、サリーナのこの知識は一体誰に教えられた物なのか、という事だ。


「お、思っていた以上にあれも凶悪なんだね・・・。だけどサリーナ・・・、そんな危険な物を誰に教えられたの?この間も誰かに教えられたって言っていたよね?」


 僕の質問に、彼女は困ったような表情を浮かべてから、少し言いづらそうに口を開く。


「それは・・・、今のあたしが、教えて貰ったモノでは無いです。」


「もしかして・・・?」


 今の彼女ではない?となると、昔のサリーナに、って事?だとすると、それを教えた人物って、まさか・・・?


 そんな僕の考えを肯定するかの様に、サリーナとマナは頷きながら、言葉を返した。


「はい。」


「旦那様、でしょうね。」


 やはり、昔の僕らしい。

 何となくそんな気はしたのだけれど、いざそうだと言われてしまうと、思わず呆然としてしまう。


「あに・・・、いえ、イーオさんと方舟で暮らしている時、あたし達が沢山質問をしたんですよ。これは、どうやって動いているの?何が起きたの?って。」


「そして、それを僕が説明した、と。」


「はい。覚えていませんか?動く絵物語を、あたし達と一緒に観ていた時なんですが・・・。」


 微かにだけど、誰かに何かを教えていたような記憶はある。でも、そんな危ない物まで説明していたのか。

 昔の僕って、一体何者だったんだ?


 思い出した記憶だと、武器の知識が必要な暮らしをしていたとは、とてもでは無いが思えない。

 寧ろ畑を作ったりと、村に居る頃とそこまで違わない生活をしていた気さえしているのだけれど。


「誰かに何かを教えていた事そのものは、覚えているよ。でも、以前の僕がそんな知識を必要としていたとは思えないんだけどね。」


「むー・・・説明が難しいですね。そういった知識については、兄上の趣味だったとしか言えないんですよねぇ・・・。」


 彼女の言葉に一瞬、懐かしさのようなよくわからない感情が僕の中に湧き出す。

 何なんだ、コレは?


 いや・・・それより、趣味、か。一体それは、どの様な趣味なのだろうか?

 それに兄上って、もしかして僕の事?


「うん?兄上?確かサリーナと僕って、兄妹じゃなかったよね?」


 昔の自分の趣味も気になるけれど、そんな事よりも本当の兄妹で子供を成したとすると、倫理的にかなり問題があると思い念の為に確認をするのだが、サリーナはしまったと言わんばかりに慌てて返事を返してきた。


「あっ・・・!ご、ごめんなさい!昔のあたしが、そう呼んでいただけで、血の繋がりは無いんですよ。混乱しちゃいますよね。気を付けます・・・。」


 そうか・・・。彼女は昔の僕の事をそう呼んでいたんだね。なら、さっき感じた懐かしさって、昔の僕のモノなのかな?


 もしかして、彼女は今もそう呼びたいのだろうか?

 それならば人前では困るけれど、僕達だけの時はサリーナの好きにさせてあげてもいいのかもしれない。


 そう思った僕は、自分の中にモヤモヤとしたモノが沸き立つのを感じながらも、その事と記憶がどれぐらい戻っているのかを、彼女に問いかける事にした。


「いや、二人で居る時はどう呼ばれても構わないよ。でも、その様子だとかなり記憶が戻ってきてるの?武器の知識もそうだし。」


「この間剣を発現させた時に、教えて貰った事をふと思い出したんです。それに、その日の夜に夢も見ました。きっと、父や叔母様と叔父様に、婚約のお祝いをして貰ったのが切っ掛けなんだと思います。あたしと、兄上と、皆で・・・ささやかに、ですが結婚式をした記憶です。」


 そう言いながら、彼女は瞳を閉じお祈りをするように胸の前で両手を合わせる。その表情は、無くしたモノを漸く取り戻せた喜びに、満ちているように見える。

 サリーナにとって、最も大事な記憶なのだろう。


「そっか・・・。」


 結婚式・・・か。

 サリーナには申し訳ないけれど、僕はまだ全部を思い出せている訳ではない。僕の記憶は酷く朧気で、何を話したかなんて、覚えてすらいないから・・・。

 彼女が語った最も大切な記憶ですら、今の僕にはわからないのだ。


 それが、悲しくもあり、悔しくもある。

 自分の知らない彼女を、昔の僕は良く知っていたのだろうから。

 そう考えるだけで、凄くモヤモヤとしたモノが更に沸き上がってくる。

 何なのだろうか、この気持ちは・・・?


 いつかは、記憶を取り戻せるのだろうか?

 それとも、ずっと思い出す事は出来ないのだろうか?


 なら、取り戻す事が出来ないままの僕は、本当にサリーナの側に居ても、いいのだろうか?


 いや、こんな事を考えるのはやめよう。今の僕と一緒に居てくれている彼女に失礼だ。


 ・・・でも、どうしようもなく行き場のないこの思いをどうしたらいいのかが・・・、わからない。


「大丈夫、ですか?」


 どうやら、考えている事がまた表情に出ていたらしく、サリーナが心配そうに僕を覗きこむ。

 僕は、そんなに辛そうな表情をしていたのだろうか?


 しかし、こんな事を伝える訳にもいかないし、余り心配をさせてもいけないと思い、僕は出来るだけ笑顔で誤魔化す為の言葉を口にする。


「大丈夫だよ。ごめんね。」


「いえ・・・。何か悩み事、ですか?」


 僕の返事に、彼女は益々心配そうな表情で尋ねてくる。自分が思っている以上に、ぎこちない笑顔になってしまったのだろう。

 これは、・・・誤魔化せそうにはないようだ。


「うん・・・。」


「話してください。あたしで良ければ。」


 そう短く返した僕に、彼女はそっと僕の膝の上に手を置きながら、強い意思の籠った瞳で真っ直ぐにこちらを見つめつつ、先を促してくる。


 そんな彼女のこの表情を、僕は何処かで見た事があるような気がした。


 いつだったかは、わからない。


 そのまま伝えると多分、怒らせてしまうかもしれない。

 それが怖くてすぐには話す事が出来なかったけれど、もしかして彼女なら、少しは僕の不安を理解してくれるのではないかと思い、間を開けてから自分の中の知らない感情の正体も知りたくて、僕は口を開いた。


「僕は、本当に、サリーナの兄上だったのかな、って・・・。そう、思っちゃったんだ。」


「それは間違いないと思いますよ?」


 眉を顰めながらも、彼女はそう断言する。やはり、怒らせてしまったのだろう。

 でも、サリーナは迷う素振りも見せずに殆ど即答だった。何故そこまで自信を持って言えるのか、その根拠が判らなくて、僕は思わず疑問を口にしてしまう。


「本当に、そうなのかな?」


「顔が同じ、というのもありますけど、一番は兄上が名付けてくれたあたしの名前、覚えてましたよね?」


「それは・・・、本で読んだからかもしれないよ?僕の名前だって、神様の娘達の一人から採ったものだし。」


 彼女達の名前に関しては、書物にしっかりと記載があるのだ。だから、今の僕が知識として知っていたとしても、何ら不思議はない。僕の名前だって、彼女達の長女から採られているのだから。


 それに、僕は昔の自分の名前も思い出せてはいない。


 もし、本当に生まれ変わりなのだとしたら、それはおかしくはないだろうか?


 そんな僕の疑念を振り払うかのように、彼女は困ったような表情で、僕の言葉の後に続けた。


「だからって、前日までサリーナと呼んでいたのに、いきなりサオリとは呼ばないと思いますけど・・・。それに、あたしが朝弱いのも、あたし達の身体の維持の為に沢山ご飯を食べないといけないのも覚えてましたよね?後、これはディラン様から聞いた話ですけど・・・。」


 朝弱いのは、以前寝たふりをしている時にリズの侍従のマイさんが言っていたのを聞いていたし、サリーナの寝起きが悪いのも、その前日の夜に見たから知っているので根拠にはならない。

 沢山食べる事については、誰しもが食べないと生きていけないから、同じく根拠としては薄いと思うのだが、最後のディランから聞いた話、というのは気になるな。


「ディランから?」


「はい。覚えてますか?ディラン様と話をしてる最中に、気を失った時の事を。」


「ああ、うん。そんな事、・・・あったね。」


 確かにあの時、ディランも記憶がどうこうと言っていたような気がする。

 ・・・サリーナの胸を触ってしまった事も同時に思い出した所為で、僕は少し言葉に詰まってしまったのだが、彼女はそんな事は気にしてはいない様子で、真剣な表情のまま言葉を続ける。


「あの時、イーオさんはノアとあたし達にずっと謝っていたそうですよ。勿論それはディラン様にも向けられていたそうです。そして、貴方がずっとずっと昔に名付けた名前で自分を呼んでいたって、そう仰っておられました。」


「そうだったんだ・・・。」


 そう言えば、僕はディランの言う彼の本当の名前というのを知らない。

 ディランは、次女だったサリーナを、ねぇさまと呼んだ事から、残り二人のうちのどちらかなのは間違いないだろう。


 でも・・・これは、今の僕だからわかる事だ。


 あの時は、サオリとの事すらもまだ思い出して居なかったのに、ディランをその名前で無意識のうちに呼んでいたのだとしたら、確かに僕の中に彼女達との思い出が有るのかもしれない。


「だから、あたしとディラン様は貴方が兄上の生まれ変わりだって確信しています。それに、あたしの誕生日に頂いた翠玉だって、偶然だとは思えません。コレは、昔のあたしにとって、一番大切な物と同じ石が付いているんですよ。誕生石でもありませんしね。なので、少しぐらい思い出せていなかったとしても、あたしが貴方を疑う事なんて、絶対にありません。」


 真っ直ぐに僕を見つめる瞳は、彼女の言葉通り微塵も迷いがないように感じる。

 何故かは判らないが、サリーナのこの目を見ていると、先程まであった不安が嘘の様に消えていく。

 だけど、それと同時に自分がなんて狡い事をしてしまったのかという思いも、湧いてきた。


 彼女に、こんな事を言わせてまで安心を得ようだなんて、僕は・・、どうしようもなく最低だ。


「だから、さっき何を考えていたのかも、今貴方が自分を責めている事だって、あたしには判っちゃうんですから、次そんな事を考えたら本気で怒りますよ?」


 自己嫌悪に陥りかけていた僕の胸に、続けて笑顔の彼女の口から出た言葉が、突き刺さる。


 なんで、そんな風に笑えるの?

 僕は、キミに嫌な思いをさせてしまったというのに・・・。


 何か、言葉を返さないといけないのに、そんな思いから全く言葉が出なくなってしまった僕を、彼女はそっと抱き寄せた。


「ホント・・・、仕方ないなぁ兄上は・・・。」


 肩越しに囁かれた言葉に、なんとなくだけど、昔の僕も同じ言葉を言われた事があるような気がした。


 サリーナは、こんな情け無い僕を理解してくれているだけじゃなく、心の底から大切にしてくれているんだ。

 それが、僕を愛しむように抱きしめているこの暖かさから伝わってきて、自然と涙が溢れる。


「・・・うん。サリーナは怒ると怖いから、もうそんな事は考えないよ。・・・多分、僕は昔の自分に、嫉妬してただけ、なんだよ。」


 抱きしめられながら、震えた声で思わず口をついて出た言葉に、このモヤモヤとした気持ちが何なのか、初めて理解が出来た。


 ああ、これはヤキモチだったんだ。

 僕は、ただただ昔の自分に嫉妬して拗ねていただけだったんだ、と。


「自分に嫉妬、ですか?分からなくは無い、ですね。」


 耳元で、彼女が呟くようにそう告げる。

 彼女も同じように感じる事があるのだろうか?


「え?サリーナも、なの?」


「あたし、本当はもっとこんな風にイーオさんとくっ付いたりしたいんですよ。昔の自分は、膝の上に乗ったりとかしてたのに、立場もあって今はそれが中々出来ないんですもん。」


「ええ・・・?」


 そんな事をサリーナが考えていたなんて、正直意外だ。

 ・・・いや?そうでもないか。


 思えば、記憶の中の彼女は何かあるとよく抱きついてきたりしていたし、今の僕が気を失った時も抱きしめてくれていたのだから、本当は同じ様にしたいのかもしれない。


「まぁ、膝の上に乗っていたのは小さい時だけでしたけどね。だから、あたしも昔の自分が羨ましくなる事があります。あたしも一緒なんですよ。」


「・・・うん。ありがとう。」


 サオリの事を朧気にではあるが、思い出せたんだ。

 何か同じ様な切っ掛けがあれば、匣の蓋が開くように他の記憶も取り戻す事が出来るかもしれない。


 だから、それまでは彼女の為にも、僕は自分が生まれ変わりかどうかなんて迷わない。


 そう信じてくれている、彼女の為にも。


 少しの間、そうしてサリーナに抱きしめられていると、何も言わず僕達の様子を眺めていたマナが、突然口を開いた。


「旦那様のお悩みが解決したのでしたら、この間のように口付けはなさらないのですか?」


 ・・・いきなり、なんて事を言い出すんだ?

 マナの余りにも突然のあんまりな発言に、サリーナは少しむっとした表情になりながら僕を離し、マナに身体を向ける。


「マナ、貴方・・・姿だけじゃなくて性格までノアに似てきていませんか?」


「そうなのですか?わたしは、ただ見たかっただけなのですが。」


「そういう所が、ですよ!それに、外から見えちゃうかもしれないじゃないですか!」


 彼女のその言葉に、僕は窓の外に目を向け、もう手遅れなんじゃ無いかなと思いもしたのだが、マナは何故か僕に近づきながら、口を開く。


「そうですか。では、サリーナがしないのであれば、僭越ながらわたしが・・・」


 そう言いながら、マナは僕に顔を寄せてくるのだが、すんでのところで、サリーナに首根っこを掴まれた。

 ・・・いや、なんなのだろう、この状況は。


「それはダメ!絶対ダメ!」


「サリーナだけズルいですよ。わたしもしてみたいのですから、邪魔しないでください。それに、貴方がしないのでしたら、それぐらい良いではありませんか。」


 いや、良くはないと思う。


「ダメったらダメ!あたしがイヤなの!あたしの目の前で兄上に誰かがキスするのを見るのは、もうイヤなの!」


 ・・・この話し振りは、サリーナはもう殆どの記憶が戻っているのではないだろうか?恐らくだが、他の三人についても、先程の会話から察するに既に思い出しているのかもしれない。


 以前の僕だと、彼女が記憶を取り戻したと知ったなら、何かあるかもしれないと考え、恐らく色々と尋ねていただろう。

 それこそ、大事なモノを、土足で踏み荒らすように。


 でも、今は違う。


 彼女達の思い出には、何もないのではないだろうか?

 いや、何もないというよりかは、彼女達の記憶はあくまで彼女達自身の掛け替えの無いモノであって、何かを知る為に暴いていいモノではないと思う。


 寧ろ、ノアが何をしようとしていたのかの手掛かりは、僕の中にこそある可能性の方が高いのではないだろうか?この身体の事もあるのだから。


 だとすると、僕はディランにも謝らなくてはならない。

 彼を利用するような事を、してはいけなかったんだ。


 謝って許して貰えるような事ではないのかもしれないけれど、ディランとも真っ直ぐに向き合わないと。


 そんな事を考えながら、僕は目の前の二人の言い争いを仲裁する事にした。






「では、イーオ君。今日は余り時間もありませんし、折角王都に到着するのですから、この国の体制について復習するとしましょうか。」


「はい。」


 騒がしかった午前中も過ぎ、午後になり昼食も摂り終えたので、ここ最近の日課となっているニールさんとの勉強会が始まる。

 とはいえ、ある程度に関しては父の蔵書を読んでいたので、一般的な知識ぐらいは僕にもあるのだが、知識の補完も必要だとは思うし、知らなかった事も勿論あるのでこの時間は貴重だと言える。


「この国は王政を布いていますが、それを支える貴族制度について、答えて頂けますか?」


「わかりました。現状ですと一つの公爵家、四つの侯爵家に、十二の伯爵家が存在しています。後はそれに連なる子爵、男爵、騎士爵があります。子爵は騎士団長や領主の補佐官が務める階級で、後は民間から採用される一代限りの騎士爵を除いては、貴族家出身で重要な役職につく方や代官等が男爵に叙爵される、でしたよね?それと、確か戦争になる前は、二つの公爵家と、八つの侯爵家、それに十六の伯爵家・・・だったのですよね?」


 戦争・・・か。

 この国を大きく割ってしまった原因である戦争。


 その火種になったのは・・・、王家が隠匿している技術なのだと、トマスさんが教えてくれた。


 どんな技術なのかはわからないのだが、どうやらその技術は係累に当たる公爵家にすら、明かされてはいないらしい。


 それを富の独占と捉えた公爵家と一部貴族が、開示する事を求めたそうだ。

 だが、王家が首を縦に振る事はなかった。


 尤も、王家が技師を派遣しても、実際には金銭のやり取りは一切ないそうで、その事での王家の利益は税収が増える以外は皆無らしいのだが、それでも貴族からの反発があった為、戦争へと至る事になってしまったそうだ。


 それを聞いて、そんな事で・・・とは言えなかった。


 誰だって自分の利益を追求する権利を持っているから、考え方の相違は仕方ないよと、トマスさんは言っていた。

 高潔を尊び、義を重んじる事を良しとする王家が、自らの利益の為だけにそんな事を続けるなんて考えにくいし、必ず何かしらの理由があるからだろうとも言っていた。王立学院では、貴族の何たるかを学ぶそうだから。


 だから今この国に残っている貴族は、それを理解して支えようとしている家が大半らしい。


「えぇ、その通りです。なので私やキースは子爵ですね。キランも本来なら男爵ではなく子爵に相当するのですが、彼はキースの部下だと今でも考えているのか、子爵になる事を拒んでいるのです。」


 父さんが元騎士団長だった事を考えれば、この話は納得がいった。恐らくだけど、父さんが爵位を捨てる事を、伯爵が許さなかったのだと思う。そしてキランさんもまた、父さんが必ず騎士団に帰ってくると信じて疑わなかったのだろう。


 その光景が有り有りと思い浮かび、僕は思わずクスりとしてしまう。


 そんな僕の様子に、ニールさんもまたクスクスと笑い、笑われている事に気付いた僕は恥ずかしくなり思わず俯くと、ニールさんは仕方ないなといった様子で、話を続けた。


「ちなみに二つあった公爵家は元々王家の血筋ではあるのですが、その内の一つと諸侯達が結託し大公国を名乗り独立戦争を仕掛けたので、現在公爵家は一つしかありません。これが大凡40年程前の事です。」


「はい。そこまでは、この間教えて頂きました。父さんも貴族だったとは思いませんでしたけれど・・・。」


「そうですね。キースは言っていないとは思っていましたよ。ちなみに通常であれば、他の国と接している領地の貴族は侯爵となる事が多いですが、大公国に面している領地の貴族は伯爵のままとなっており、私達の領主様もそれに該当致しますね。」


 コレについては、戦乱のゴタゴタで全く叙爵が進んでいないらしく、全てが終わってからになるのではないかと、ニールさんは前に言っていた。


 戦時中は、現王もあまり王都にはいなかったそうで、故に貴族達が一同に会する機会が殆ど無く、現在も実質停戦状態ではあるが未だに戦争は終結しては居ない為、まだなのだそうだ。


 ちなみに、その頃の学院は貴族の子弟の疎開先も兼ねていたのだとか。


「ウィンザー伯爵領も国境に面しては居ますが、そちらは国とは名ばかりで自然と共に生きる事を選んだ遊牧民達しか居ませんから、国防という観点から見ても要衝とはなりにくく、例外として伯爵のままなのです。・・・まぁ、これ以上力をつけさせたくないと考えている愚か者の所為でもあるようですがね・・・。」


「はい。覚えています。」


 最後の不穏な一言については、そのうち解る事になる気がする。多分、伯爵にちょっかいをかけていた貴族だろうし。



 こんな風に、午後からはサリーナと僕は基礎的な事を習いながら、僕達は経由地である王都へと辿り着いた。



この話の更新につきまして、48 夢 2 の一部に加筆致しました。

詳しくは該当話の後書きをご参照ください。


大事な一言を、書き忘れていたとは思いませんでした・・・。



8/7

以下の文を移動して加筆致しました。



「ホント・・・、仕方ないなぁ兄上は・・・。」


 肩越しに囁かれた言葉に、なんとなくだけど、昔の僕も同じ言葉を言われた事があるような気がした。

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― 新着の感想 ―
[一言] チェーンソーにレールガン……なんて恐ろしい兵器を……。ただ、浪漫を感じちゃう自分も自分だな……。 そういえばディランもだった……! なんかサオリがお姉ちゃんになってる気がする……! 子供っぽ…
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