7 報告
伯爵の館に到着して4日程経ち、腕は勿論だが足も治り再び歩けるようになる。
凡そ2週間で、かなりの重傷が元通りに回復するなんて、自分でも信じられないんだ。
朝食をあてがわれた部屋でアルと二人で摂りながら、会話をしているとアーネストさんが僕の怪我の具合を尋ねてきた。
「イーオ様、お加減は如何ですか?」
「もう問題なく歩けます。」
「左様で御座いますか。では、明日以降お世話をさせて頂く者を本日の内に選定致します。」
「明日からは、別の方と言う事ですか?」
「はい。今回イーオ様のお身体の事を館の者に気付かれないよう、私以外の人間は近付けないようにしておりました。ですが、私にも館の仕事があります故、申し訳ありませんがイーオ様のお世話だけをする訳にはいかないのです。何卒、ご容赦頂ければと存じます。」
そうか、アーネストさんは家令だった。流石に数日とは言え、僕に付きっきりでは仕事に支障がでるよね。
どういう役割なのかは、ここ数日でアーネストさん本人から聞いていたのに失念していた。
「そんな!こちらこそ、その事に思い至らず申し訳ありません!」
「いえいえ、私に謝罪をする必要は御座いませんよ。私も貴方様がキース様の元へと預けられる場に居合わせた為、今回イーオ様のお世話を仰せつかったまでです。」
「そうなんですか?なら、アーネストさんは僕の出自を知っているんですか?」
「・・・申し訳ありませんが、旦那様が王都より帰られた際に、貴方様を連れてこられた事以外は私も存じ上げません。すぐにキース様に預けられ、かの村へ遣わされましたので・・・。」
「そうでしたか・・・。ありがとうございます。」
やはり、伯爵様に聞くしか無いか。ただ、王都から連れてこられたという事がわかっただけでも、収穫と言えるだろう。
「お役に立てず申し訳ありません。ですが、イーオ様が回復なされた事はご報告致しますので、本日中には御目通りが叶うでしょう。キース様の名代として来られたと言う名目もあります。その際に、直接お聞きなされればよろしいかと存じます。」
「わかりました。」
朝食を摂り終え、暫く部屋で過ごしていると慌しい足音共に部屋の扉が勢いよく開け放たれた。
あれ?前にも同じ事があったような?
「イーオ!アーネストから、もう回復したと聞いた。本当に数日で治ってしまったのだね。」
「旦那様、早くお話をされたいのは解りますが、もう少し節度という物を考えて頂かなけければ、皆が困ると何時も申し上げておりますでしょう?・・・ご覧なさい、イーオ様も驚かれているではありませんか。」
「これは失礼をした。イーオ、驚かせて悪かったね。」
「い、いえ。」
「イーオ様、旦那様はキース様や貴方様の事をお聞きになりたいのです。貴方の父君が館を出て以来、手紙以外のやり取りが無い上に、内容も時候の挨拶や貴方が健やかに成長しているという程度のものなので、キース様の元へ行くと何度言い出した事か・・・。」
「爺、やめてくれ!私が悪かったから!・・・大事な弟なのだ、仕方ないだろう?兵達にも慕われていて、頭もいいから私の側近として側で支えて欲しいと頼んだら、キースの奴がこんな身体では役には立てないから出て行くと頑なに拒んだため、仕方なく代官が不在になる予定だった村に遣わせたのに・・・、その時から、変に遠慮をして私の前に一度も姿を見せてはくれないんだぞ・・・。兄弟なのだから、気にする必要等無いのに!」
「父さんらしいですね・・・。」
アーネストさんはため息をつきながら伯爵を諫め、アルは口を開けたまま伯爵を見ながら固まっている。
「どうせ、イーオにすら自分の事を話して居なかったのだろう?しかも、何度も妻を娶らせようとしたのに、尽く断りおったのだぞあの頑固者は!」
父さん、真面目だからなぁ・・・。
しかし、伯爵様ってかなり親しみやすい人なのかもしれない。父さんの事が心配だけど本人があの調子だから、見守るしか出来なくてもどかしかったんだろうな。
そんな風に考えると、つい可笑しくて笑ってしまう。
「ほら、若。イーオ様にも笑われておりますよ。その辺でおやめなさい。」
「アーネスト!若はやめてくれ、若は!・・・イーオ済まないな、取り乱してしまった。」
「はい、こちらこそ申し訳ありません。・・・では気を取り直して、先ずは父からの手紙をお読み頂けますか?」
そう言いながら、荷物から手紙を取り出して伯爵に渡す。
伯爵は手紙を受け取ると、すぐさま読み出すが徐々に顔色が曇り始めた。
「イーオ、この手紙にある石というのを見せてはくれないか?」
「は、はい!」
伯爵に言われて、慌ててアルが僕の荷物から父に渡された石を伯爵に手渡した。
「やはり、これか。・・・イーオ、この獣の事を知っている者は他にいるのか?」
「僕は、余り話して居ないので解りませんが・・・。アル、どうなの?」
「多分、村の連中はあの獣の話全員知ってるな。猟師連中はイーオに命を救われたと触れ回っていたし。半ば英雄扱いなんだよお前。」
そんな話になってたの!?かなり恥ずかしいんだけど。
「顔真っ赤になってるぞ。・・・まぁ、恥ずかしがると思ったから言わなかったんだが。」
「となると、他所に知られるのは時間の問題か。・・・この手紙だけでも、先に確認しておくべきであった。」
「そんな大事な事が書いてあるとは露知らず、渡すのが遅くなり大変申し訳御座いませんでした!」
「いや、キースも時勢を知らないため、獣が出たという事がどういう事か理解出来なかったのだろう。イーオやキースのせいではない。税の徴収の後で行商もあの村に行っただろうから、どの道此処に来ている時点で話が広がるのは時間の問題だった。」
あの獣が出た時点で?そんなに特別な獣だったのだろうか?
あの獣について考えていると、伯爵はさらに僕達に尋ねて来た。
「時に、君たちは自ら光を放つ石を見た事がないかな?これはかなり重要な事なのだ。」
「僕は村の人達と余り話をしませんから、聞いた事はありません。アルは?」
「俺も・・・ないな。村の人はそこまで森の奥には入らないから、猟師連中が一番詳しいが、親父からも一度も聞いた事はない。」
「そうか・・・。アーネスト、キランを呼んできてはくれまいか?この時間なら、練兵場にいるはずだ。」
「かしこまりました。」
キランさんを?何か不味い事でもあるのだろうか?
「伯爵様、事情を教えて頂いてもよろしいでしょうか?」
「あぁ、済まない。だが、話はキランが来てからにしよう。」
「わかりました。・・・では、その間に別の事をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
少し怖いけれど、やはり確かめないといけない気がする。僕の、出自について。
「私に答えられる事であれば。・・・いや、何を聞きたいのか、察しは付くがね。」
伯爵の少し寂し気な表情が、僕を見送った時の父の表情と重なり、少し言葉に詰まるけれど意を決して伯爵に尋ねる。
「僕は、一体何者なんでしょうか?僕は何故、父に預けられる事になったんでしょうか?」
「先ずは、後者の質問に答えよう。キミをキースに預けた理由だが、本来なら私の子として育てるはずだったんだ。だが、全てを諦めてしまった弟に何か生きがいを与えないと弟は、キースは自ら死を選択したとしても不思議でないと、私はそう思ってしまったんだよ。」
「だから、父に預けたと?」
「そうだ。しかし、今のイーオを見ていると私の判断は正しかったのだと、そう思える。キミと話をしていると、まるで若い頃のキースと話をしている様な気分になってくるんだ。余程、大事に育てられたのだろうな。」
「そう、ですか?」
父に似ていると言われ、僕は思わず嬉しくなってしまう。僕は父を尊敬しているから。
村で一番権力を持っているのに、誰にでも公平で、皆から慕われている。そんな父を僕は誇りに思っていた。
「イーオが何者なのかは、私の口からは話す事は出来ない。寧ろ、話す事は命により禁止されているんだ。この意味がわかるかな?私もそこまで詳しくは知らないが、誰に託されたのかを今は言う事は出来ない。」
禁止されている?どういう事だ?
貴族に命令を下してまで、口止めをするなんて更に上位の貴族か王族しか出来ないのではないだろうか?
「キミが条件を満たさない限りは、私の口からはこれ以上の事は伝える事は出来ないのだ。わかってくれ。」
条件を、満たす?よくわからないけれど、これ以上は今は聞くなと言われたのは理解出来た。
「わかりました。今はこれ以上聞きません。」
伯爵の答えで重苦しい空気が流れる。それ以上追求も出来ずにいると部屋の扉がノックされ、アーネストさんの声が響いた。キランさんを連れて来たようだ。
「伯爵様、命に従い只今参上仕りました。して、危急の要件だと伺いましたが、何かございましたでしょうか?」
「あぁ、キラン。楽にしてくれて構わない。要件というのは、イーオに怪我を負わせた獣を、キランはキースからどう説明された?」
「狩りの最中に、猪に襲われたとしか伺っておりませぬ。」
「やはりか。キラン、イーオ達を襲ったのは、例の変異した獣だ。至急村の近辺の調査が必要故、人選はお前に任せるので遅くとも数日中には調査を開始してくれ。無論、キースへの手紙は私が用意する。」
「はっ!」
「まぁ待ちなさい。まだ話は終わっていない。」
キランさんは慌てて部屋を出て行こうとするが、伯爵に制止され部屋に止まった。
「イーオに説明をしてあげて欲しい。例の鉱石についてもだ。」
「かしこまりました。・・・イーオ君、君があの獣を一人で討伐したとなると、伯爵様はキミの手も借りるつもりなのだろう。ならば、確かにキミ達には説明しなければならないな。」
それから、キランさんは説明を始めた。
獣があのような状態になる事は以前から報告されていて、黒化と呼ばれ体内には先程のような石が見つかる事。
そして、その黒化した獣が現れた地域には光る鉱石が必ず見つかるという事。
更に、その鉱石の持つ力は強く、様々な現象を引き起こすため、ここ数年で兵器へ転用され始めた事を説明された。
「だから、我々は調査をする必要があるのだよ。」
「なるほど、だから伯爵様の表情が険しくなったのですね。」
「その通りだイーオ。まさか私の領地から、鉱石が見つかるとはな。」
「ですが、兵器に転用出来ると言ってもそこまで問題になる事なのですか?」
僕の質問に、伯爵とキランさんは顔を見合わせた。
「キラン、イーオに見せてやる事は出来るか?」
「はい、伯爵様。練兵場にて適正のある者の訓練をしておりましたので、可能で御座います。」
「ならば、いい機会だイーオに見せてやりなさい。私も行こう。」
「はっ!・・・ではイーオ君アルド君、私についてきてくれ。」
キランさんの言葉に従って、僕とアルは後ろを着いていく。
兵器とは、一体なんなのだろうか?
「爺、やめてくれ!私が悪かったから!・・・仕方ないだろう?私の大事な弟なんだ。手元に置いておきたかったのに、キースの奴がこんな身体では役には立てないと言いだし家から出て行こうとするので、仕方なく代官が不在になる予定だった村に遣わせたのに、それから一度も顔を出そうとしないんだぞ!」
→
「爺、やめてくれ!私が悪かったから!・・・大事な弟なのだ、仕方ないだろう?兵達にも慕われていて、頭もいいから私の側近として側で支えて欲しいと頼んだら、キースの奴がこんな身体では役には立てないから出て行くと頑なに拒んだため、仕方なく代官が不在になる予定だった村に遣わせたのに・・・、その時から、変に遠慮をして私の前に一度も姿を見せてはくれないんだぞ・・・。兄弟なのだから、気にする必要等無いのに!」
に変更しました。 7/26
「はい、伯爵様。練兵場にて適正のある者【の訓練を】しておりましたので、可能で御座います。
21/8/15 修正