61 僕の成すべき事 3
「えっ?地中に、船が?なんでまた、そんな所に?・・・いや、そうじゃなくて、僕はノアの居場所を聞いたんだけど・・・。」
「えぇ、ですから、そこに船がありますよ、とお答えしたのですが・・・。」
彼女の答えが僕の聞いた事とは違うと気付き、僕が再び尋ねると、マナは首を傾げながら同じ答えを繰り返す。
・・・会話が噛み合っていないのだが、これはもう一度聞くべきなのか?
「えっと・・・、イーオさん。マナの回答は正しいですよ。」
「どういう事?」
僕達のやり取りを見ていたサリーナさんが、少し困ったような表情をしながら、マナの答えは正解だと告げるけれど、意味がよくわからない。
地中にある船に、ノアがいるって事なのか?いや、マナの答えた事が正しいのだとしたら、船の名前がノアだって事?だとすると、あの銀色の女の子は?彼女がノアなんじゃないのか?
混乱する僕を他所に、マナはハッとしたような表情を浮かべた後、サリーナさんと同様に困り顔を浮かべながら口を開く。
「そう言えば、旦那様は覚えてはいらっしゃらないのでしたね・・・。先程から、色々な質問をなされておられましたので、失念しておりました。」
「あたしの事以外は、ノアの名前と姿ぐらいしか思い出してはいないみたいですから、仕方ないです。まぁ、あたしもイーオさんの事を言える程、覚えている訳でも無いんですけどね。イーオさん・・・船は、ノア自身、ですよ。」
「船自体が、ノアって事・・・?」
「はい。正確には、船を滞りなく運用する為に作られた存在、とでも言うべきでしょうか?ノアの意思が無ければ船は動きませんから、ノア自身だと言っても間違いではありませんね。」
「だとすると、あの銀色の髪の女の子は一体・・・?」
「それも、ノアです。今のマナと同じような存在なんですよ。」
「マナと同じように、姿形を自由に変えられるって事?」
本人が言うには、自身の持つ質量の分だけその形状を変化させる事が出来るらしい。それと同様の事がノアにも可能だって事なのか?
「むー・・・、それについては、どう説明したらいいのか・・・。まぁ、それはいつかノア本人に聞いてください。姿を変えられるかって聞けばわかります。多分、怒るでしょうけど。というより、この会話も聞いている可能性があるので、既に怒っているかもしれません。」
サリーナさんは含み笑いをしながらそんな風に言うけれど、意図が分からず僕は曖昧な返事を返しながら頷く。
すると、そのやり取りを見ていたマナが少し考える仕草をした後口を開いた。
「えぇと・・・今は聞いてはいないと思いますよ。彼女はどういう訳か、端末を展開してはいないようですから、恐らくこの会話は聞こえてはいないでしょう。これは推測になりますが・・・」
「ちょっと待って?二人は今当然のように言ったけれど、離れた所から会話を聞くなんて事が本当に出来るの?」
僕は思わずマナの発言を遮りながら、思わず疑問を口にした。
王都に居ると思われるノアが、この会話を聞いている?マナは今聞いている事は否定したけれど、聞く事が出来ると言う部分については否定していない。そう言えば、確か以前にもディランが似たような事を言って居なかっただろうか?
疑問は他にもある。あの時は、何故ノアが僕に話しかけてこないのかわからないと言っていたけれど、その時サリーナさんはおらず、僕とディランだけだった。
なのに何故、サリーナさんはその事を知っているんだ?
あの時ディランとの会話中に僕は意識を失ったが、サリーナさんがこういう会話が出来る程の知識をディランから得られたとは思えない。長時間意識を失っていた訳でもないようだったから。・・・まさか、彼女は記憶を取り戻しつつあるのか?先程からマナの話を理解しているような口振りだし、後でその事も聞いた方がいいのかもしれないな。
「説明するのは難しいですが、ノアは自分の分身のようなものをかなり広範囲に飛ばす事が出来るんです。そして、それを通じて離れた場所からでも会話が出来るんですよ。」
「そうなの?じゃあ、あの時ノアの声が聞こえたのは、それが出来るから、なのかな?」
「あの時、ですか?」
「うん。僕が獣達に襲われて吹き飛ばされそうになったんだけど、気を失う直前に声が聞こえたような気がしたんだ。」
「あー!イーオが一人で突っ込んだ時の事?あの時そんな事があったの?そう言えば、ワタシもイーオの目の前に緑色の壁が現れたのを見たんだよね!」
「・・・え?それ、どう言う事ですか?あたし、そんな話聞いてませんよ?無茶しないでくださいって言いましたよね?吹き飛ばされた?一人で突っ込んだ?怒らないので、ちょっと説明して頂けます?」
言っている事と、口調があってないと思うのですが・・・?もしかして、藪蛇だったかも・・・。
僕が思わずマーサさんに視線を向けると、マーサさんもしまったと言わんばかりの表情をしている。
「落ちついてくださいサリーナ。旦那様が悪いと言う訳ではなく、暴走した獣達が旦那様を目掛け襲い掛かったと言う話です。今見て頂ければわかるように、無傷でしたから大丈夫ですよ。」
「そう言う問題じゃ無いです!」
「わたしがあの場に居た事が原因ですから、責めるならわたしにしてくださいな。そうですね・・・お母様達が仰る壁や声についてはわたしには分かりかねますが、彼女はその能力の大半を別の事に使っていると思われますので、難しいのではないかとは思います。あり得ないとまでは言いませんけれど、旦那様が王宮を去って以来、彼女が人の形を取る事は余りなかった為、何をしていたのか把握していないので、正確な事は彼女に聞くしかないでしょうね。」
じゃあ、あの時聞こえた声は一体・・・?
マナにもわからないのなら、やはりノアに確認するしかないのだろう。
いや、今はそれよりも他に気になる部分がある。僕が、王宮を去った、だって?伯爵に引き取られた時・・・って事か?
僕の出自に王族が関わっている事は、まだ誰にも話してはいない。無論、そこにはマナも含まれる。
となると、彼女が言っていた僕を観察していたと言う話は真実なんだろう。そうすると、マナは僕が何者なのか・・・知っている?
「ねぇ・・・マナ。今僕が王宮を去ったって言っていたけれど・・・キミは僕の出自を知っているの?」
「いえ、存じ上げません。ある時、ふと彼女を観察していたのですが、その際頻繁に彼女が人の姿で赤ん坊に会いに行っていたのを見ていたのです。」
「まさか・・・その赤ん坊が、僕?」
「はい。去ってからは、彼女が会いにいっていた赤ん坊が気になり観察していたのですよ。そして、その赤ん坊が成長していく内に、彼女が愛していた彼と瓜二つだと気付いたので、こうして旦那様の元へ来たのです。」
「そう、だったのか・・・。」
僕の事について、何かわかるかもしれないと思ったけれど、そう都合良くはいかないらしい。
マナの返事を聞き思わず落胆した僕に、彼女は続けて口を開く。
「ですが、ご参考になるかはわかりませんけれど、旦那様が王宮を去る切っ掛けについては、心当たりがあります。」
「僕が去る事になった、切っ掛け?」
「はい。旦那様のお側に来る以前は時間の感覚と言えるものがわたしにはありませんでしたから、正確な時期はわかりませんけれど、観察を始めてから暫く経過した頃に、血塗れになった貴方を彼女が抱えて、焦った様子で船の中に連れて行く姿を見ました。恐らくは治療の為だと思います。」
血塗れ・・・?
一体、僕に何があったのだろうか?
・・・赤ん坊が怪我を、それも恐らく生命に関わるような重傷を負うというのは、穏やかな話ではないと思う。
もしかしたら、自分の出自を辿っていけば、何故そんな怪我を負ったのかがわかるかもしれない。
そこに何が隠されているかはわからないけれど、僕は自分が何者なのか知るべきだろう。・・・いや、違う。何よりも僕自身が知りたい。
正直、自分が普通の人間とは違う事は理解しているけれど、自分がどうしてそうなったのかを知らなければ、先には進めないんじゃないかって漠然と感じるのだ。
根拠なんてない。単なる好奇心とも違う。断片的な情報ばかりで、ハッキリしない事が気持ち悪いという感覚もありはするけれど、それだけという訳でもない。
上手く言葉にする事が出来なくて、もどかしいな・・・。
「と言う事は、船と王城は物理的に繋がっているんですか・・・?ノアだけなら兎も角、人を連れて船に入るなら隔壁を越えないといけませんし・・・。」
「どうやらそのようですよ。」
「じゃあ、王城に入りさえすれば、ノアに会えるんですね。」
「それはわたしには分かりかねますが、恐らくは・・・。」
マナはやや困ったような表情を浮かべながら、自信がなさそうにサリーナさんの問いに答える。どうやら、そこまで良く観察してはいなかったらしい。
だが、サリーナさんにはそれで充分だったらしく、彼女は意を決したような表情で僕に顔を向けた。
「イーオさん、それなら尚更あたしを連れて行った方がいいと思いますよ。」
「どうして?」
「船に入ってノアに会うのなら、閉ざされている扉を開けないといけないからです。扉はノアの意思か、開閉のやり方を知っている者じゃなければ開けられません。」
「開けっ放しって言う可能性は?」
「それは有り得ないですね。説明は難しいのですが、内部の構造上そんな事をすると、船自体が崩壊してしまうでしょうから。もしそうなってしまったら、内部に閉じ込められている力のせいで、恐らく誰も想像出来ない規模の爆発が起きると思います。正確には、爆発なんて生易しいモノでは無いでしょうけど・・・。」
「うーん・・・?よくわからないけれど、サリーナさんの知識が必要・・・って事だよね?」
「はい。ですから、お願いします!」
・・・サリーナさんに、上手く丸め込まれているような気がしなくもない。実際、知識を持っているであろう人物には他にも心当たりがあるし、その人物の協力が得られなくてもディランなら同じ事が出来ると思われるので、サリーナさんでなくてはならない理由はない。
しかし彼女の表情からは、なにがなんでも僕についていくという強い意思が読み取れる為、今断ったとしても周りの迷惑を顧みずに、彼女は僕に着いてこようとするだろう。事実、先程もそうするとハッキリ言っていたし・・・。
多分、サリーナさんも自分が今無理を言っている事は理解しているのではないかと、その必死さを見ていて感じた。
何が彼女にそこまでさせるのかはわからないけれど、それならばいっその事、彼女を連れて行くと伯爵やアーネストさん達に話した方が、サリーナさんの立場を悪くしないのではないだろうか?
僕が無理を言った事にした方が、自分の立場を利用するようで後ろめたくはあるけれど、アーネストさんやトレントンさんの立場も悪くはならないと思う。
「・・・わかった。僕から叔父上に話をしてみるよ。上手くいく保証はないけれどね。」
「ありがとうございます!」
「良かったねサリーナ!大丈夫だよイーオ、ワタシもキミに協力するから、多少の危険ならなんとでもなるよ!」
「・・・危険があるって、マーサさんは理解しているのにサリーナさんを止めてくれなかったんですか・・・。」
マーサさんの言葉に、僕は思わずボヤいてしまう。
本心を言えば、サリーナさんを・・・大事な恋人を、危険な目に遭わせたくはないので、仕方ないだろう。
「もう言質は取りましたから、今更何を言われてもあたしは引きませんよ!」
「わかってるよ。でも、どうしてそこまでしようとするの?」
「あたしも、ノアに会いたいから、ですよ。」
「それなら、全部が終わってからでも遅くはないと思うよ?」
「それは・・・!そう、なんです・・・けど・・・。」
「イーオ・・・、正論ばかり言わない方がいいと思うよ?誰だって譲れないモノがあるんだから、あんまりサリーナをイジメちゃダメだよ。それに、イーオはほっとくとすぐ女の子と仲良くなっちゃうんだから、恋人としては目を離したくはないよね。」
そんな事は・・・無いのではないでしょうか・・・?
マーサさんの発言を聞き思わずサリーナさんを見ると、視線を逸らされてしまう。解せない。
「と、とりあえず、キース様を館に運んでから、どのように行動するのかを考えていきましょう?王都に行く事自体は、後3ヶ月もすればイーオさんは学院に通われるのですから、その時に考えればいいとして・・・。まずは、隠れ里に行く必要がありますよね?」
「誤魔化されてる気がしなくも無いけど、そうだね。ディランがこの話に協力してくれそうな人物に接触してくれている筈だから、そっちは今は置いておいても大丈夫だと思う。だけど、隠れ里って・・・3か月程で行き来出来るのかな?」
「あ、それは大丈夫。多分、伯爵領からなら往復で1か月くらいの道のりだよ。」
「一ヵ月・・・ですか・・・。かなり遠いですね。」
「まぁ・・・貴族の領地の間かつ国境付近にあるからね・・・。大きな軍を差し向けられないように、ワザとそんな場所に作ったらしいよ。同盟国との国境付近に大きな軍を動かす訳にはいかないでしょ?」
なるほど・・・。国同士の諍いの種にする訳にはいかないから、手を出しにくいのか。少数では黒化したヒトの相手は出来ないらしいし、隠れ里を作るにはもってこいと言う訳か。
「ですが、マーサさん。一番の問題は、イーオさんが行くとなると、表向きの理由が必要な事だと思いますけれど・・・?」
「あー・・・たしかにね・・・。イーオの身分の問題が、あるよね・・・。」
「えっ?僕の身分?」
「イーオさんは、伯爵家の長子なので、身分証も貴族のモノになるんですよ。一般的にはそう言った身分の方が、他の貴族の領地には理由が無ければ赴きはしないものなんです。なので、その理由が必要なんですよ。関所を超えなければなりませんし。」
「えー・・・?マキみたいに、僕に会いたいから・・・とかじゃダメなの?」
「・・・イーオさんに貴族の知り合いはいらっしゃらないでしょう?」
それもそうか・・・。いや、しかしこれは困ったな。
貴族にそう言ったしがらみがあるとは思ってはいなかった。身分が高いと言うのは、僕が思っている以上に制約が多いのかもしれない。
「知り合い・・・ね。居ると言えば、居るよ?」
「え?誰ですか?」
「ちょっと、というかかなり遠回りになるけど、ニール達、だよ。」
「ニールさん達・・・ですか?」
「うん。さっき、貴族の領地の間にあるって言ったでしょ?それって、一方はニール達がいるトコロなんだよね。」
「なら、そちらから行けばいいのでは?」
「うーん・・・そうすると、多分二週間は余計にかかると思うよ。山脈を迂回しないといけなくなるから。」
「二週間も・・・ですか・・・。今は三月の半ば過ぎですから、相当ギリギリですね・・・。」
学院の入学は六月、一ヵ月半かかるとなると、往復してくると五月に入ってしまうか・・・。入学の用意も必要だろうし、王都への移動もあるから、サリーナさんの言うように時間の猶予は余りないな。
しかも、行くとなると伯爵の許可が必要だ。きちんと説明しなければ、この時期に領地を離れる事を伯爵は許してはくれないだろう。
・・・でも、僕は隠れ里に行くとマーサさんと約束したのだ。だから、多少時間がかかったとしてもなんとかしないといけない。
「・・・叔父上は僕が説得します。」
「イーオ・・・、本当にいいの?」
「はい。約束、しましたから。」
「ありがとう・・・。そうなると、ニール達が帰っちゃうかもしれないから、ワタシが先に街へ戻って足止めしてくるよ。多分、今日出れば何とか間に合うと思う。」
「お願い出来ますか?」
「任せて!」
僕の返事に、マーサさんは嬉しそうに答える。
父がこんな事になってしまい、彼女が辛くない筈はないのに、父だけでなく僕までも彼女は気遣ってくれていた。
だから、少しでもその恩返しがしたくてマーサさんのお願いを叶えたいと思ったんだ。勿論、隠れ里の人達を救いたいのも本心ではある。
僕にどれだけの事が出来るのかはわからないけれど、やれる事は全てやりたい。後悔はしたくないから。
「お話はまとまったようですね。では、ひとまず朝食に致しましょう。早くしませんと、冷めきってしまいますので。」
「キミは食べられないでしょ?」
「えぇ。本当に、それだけが残念でなりませんね。」
マナの返事に、サリーナさんまでもが笑う。すると、先程まで場を支配していた重い空気が一変して和やかなモノに変わった。
僕だけだったら、恐らくまだ父がこうなってしまった事を後悔し続けるだけで、先に進もうなんて思いもしなかっただろう。
それはきっと父も望まないと思う。だから、僕が立ち止まらずに歩き続けるきっかけをくれた三人には、感謝しかない。
僕のそんな思いを知ってか知らずか、三人は先に部屋を出たので、僕はベッドに横たわる父へと視線を向けた時、そうすれば聞こえるのではないかとふと思いついたので、首からかけているお守りを握りしめてから、心の中で父に話しかける。
・・・待っていてね、父さん。
必ず、父さんの身体を、治してみせるから。
そして、父さんと同様に黒化で苦しむ人達も救ってみせる。
だから、僕が諦めてしまわないように、どうか見守っていてください。
僕が、僕の成すべき事を果たす、その時まで・・・。