60 僕の成すべき事 2
「旦那様は、貴方達の言う神様に、愛されていますから。」
やや芝居がかった口調で、彼女はそう嘯く。やはり、サリーナさんと二人で立ち聞きをしていたらしい。
こっそり聞いていた為か申し訳無さそうなサリーナさんとは対照的に、彼女は何処か嬉しそうな表情を浮かべながら、父の部屋へゆっくりと入ってくる。
垂れ目がちな目元を優しげに細めながら真っ直ぐに僕を見つめ、それからマーサさんに視線を移す彼女。その立ち振る舞いや、艶のある長い髪も相まって何処かの令嬢のようにも見えなくは無い。
だが、初めて出会った時はこんな調子などではなく、全く話さなかった。・・・と言うより、人の形はしていても発声する為の機関を調整しなければならなかったらしく、何時間かは話す事が出来なかったのだと言っていた。
本当に不思議と言うか、僕達の理解が及ばない存在なのだと、こうして共に過ごし始めてからも時々思う。
どうやら彼女は僕に会いに来たらしいけれど、目的も名前が欲しいからという、よくわからないモノだった。一週間程経った今でも、その理由に僕は納得してはいない。
呼ぶ時に不便なのと、その他にも理由があって彼女の望む通りにはしたのだが、今思うとそんな事は些細な事だとすら思える。
何故なら、一番の問題は彼女自身の方だから。
こうして話をしていても、まだ正直信じられないが、彼女の正体はあの時、あの洞窟の中に存在していた、繭の、核だ。
誰と話しているのかとマーサさんに問われた僕は、この頭の中に響く声が自分にしか聴こえて居ない事に気づく。
周りからすると一人で騒いでいたようにしか見えなかったのなら、訝しむような視線を向けられるのも当然だろう。
だが、馬鹿正直に核と会話しているのだとは言う訳にもいかず、どう説明するべきか困っていると、頭の中に再び声が響く。
何を言っているのかは理解しきれなかったのだが、その声が語った内容を要約すると、先程はどうやら触手達を抑える為にその力の殆どを使っていたらしく、暴走が収まった今なら、それらの力を使い人の姿になる事が出来るそうだ。
元々人型になるつもりだったのか?と、一瞬考えはするものの。姿を変えられるのであれば、そうして貰う方がいいのかもしれない。しかし、目的がわからない以上、安易に返事を返す訳にもいかないかもしれない。
頭に響いてくる声との会話を終え、そんな風にどうするべきかを思い悩む僕の耳に、キランさん達の話し声が入ってくる。
どうも僕が核の話を聞いている最中に、キランさんは父の回収の為の道具と人員を団員達に手配したそうで、その事を僕に伝えてくるマーサさんの後ろで、ニールさん達と核をどう破壊するかの相談をしているようだった。
アルの攻撃では破壊されていなかったので、疑問に思った僕は破壊出来るのかを直接核に問う。
すると少し間を置いて、攻撃を直撃させればアルや僕なら苦労せずに破壊する事は可能だろうと、そして僕がそれを望むなら、僕達には迷惑を掛けたのでそういう結果になっても仕方がないと返される。
だが、その寂しそうな口調から、破壊される事は本意でないように感じた。
これまでの会話から、この声の主は僕達に対して友好的なのではないか?それならば、人型になればキランさん達と共に詳しく話を聞く事が出来るのではないだろうか?と、そう考えた僕は、本当に出来るなら人型になって欲しいと核に頼む。今のままでは、僕が本当に錯乱しているだけにしか見えないからだ。
すると、ありがとう、とそう呟くような声が僕の頭に響いた後、1メートル程の大きさの核が淡い光を放ちながら、段々と人の形へ変化していく。
その突然の出来事に、核が放った光に気付いたらしく、いつの間にかキランさん達の話し声は聞こえなくなっている。無理もないと思う。破壊しようとしていたモノが、徐々に人の形を為していくのだから。
だけど、頼んだ僕自身もキランさん達と同様に、彼女が産まれていく様を、理解が追いつかずにただただ呆然と眺めるしかなかった。
「じゃあ、本当にイーオは御伽噺の男の子の生まれ変わり、なのかな?」
「前にも言いましたが、そうなりますね。・・・尤もそれは、旦那様だけではありませんけれども。」
「サリーナも・・・?」
チラリとサリーナさんを見る彼女の仕草に、マーサさんは不思議そうな表情をしながら問いかける。
「えぇ。付け加えると、彼女だけという訳でもありませんね。彼と共に船で過ごしていた者達は全員、今この時代に同時に存在しておられるようですし。」
「・・・ねぇ、イーオ?この子、またこんな事言ってるけど、本当なの?」
「それを僕に尋ねられても困りますよ・・・。」
その質問に肯定を返す事は、今の僕には難しい。つい最近になって、前世の記憶と思しき出来事を夢の中で見ただけなのだから、話の前に夢で見ていたならともかく、御伽噺やディランやサリーナさんの話を元に僕の脳が記憶を捏造した、という可能性は捨てきれないからだ。
・・・だが、あんな景色は見た事が無いし、その時の感情までも詳細に思い出せたので、妄想の産物等ではないとは思っているし、サリーナさんの話と合致する事も確かめてもいた。
だから、それらをより確かなものにする為にも、僕はノアには会わなければならない。
「あら?お母様、この子だなんて仰らないでくださいな。わたしには旦那様から頂いた素敵な名前があるのですから。マナ、と・・・そうお呼びください。それに、旦那様はもう、自分が生まれ変わりだとわかっているのでしょう?」
「・・・マナ、僕がその質問に肯定すると、一般的には頭のおかしなヤツだと思われるから、出来たら僕やサリーナさんの前以外では言わないでくれると助かるよ。キミが僕達と共に生きたいと考えるなら、尚更ね。」
「イーオさん・・・、それは暗に肯定している事になりますよ・・・。」
最初に、彼女が何故あの場所に居たのか?キミは何者なのか?と、そう質問をしたのだが、その質問には答えず彼女は真っ直ぐに僕を見つめながら一言、僕に逢いに来た・・・と、そう呟いた。
すると、その場にいたキランさん達全員の視線が僕に集まるけれど、僕に心当たりなんてありはしない。
僕が慌ててどういう事かと問いかけると、彼女は少し考える素振りをした後、口を開く。
曰く、元々人の営みに興味があり、僕達の言う御伽噺の時代よりずっとずっと昔から、人を観察していたそうだ。時には、異世界と呼ばれる場所から人を召喚して、発展を促そうともしていたらしい。
だが、彼女達の意図したような発展はせず、人々は自分達の住んでいた星を破壊するに至る。彼女達からすると、それは望んでいた結果ではなかったらしく、酷く落胆したのだそうだ。
しかし、その滅びてしまった星から幾つか船が旅立ったそうで、その中の一つに僕が居たと彼女は言う。
この話を聞いた僕とサリーナさん以外は、意味がわからないと、それではまるで御伽噺が本当にあった事ではないかと言いながら、彼女へわかるように説明しろと詰め寄る。
そんなキランさん達の様子を尻目に、僕は思わずサリーナさんへ視線を向ける。すると、サリーナさんも同様に感じたのか、こちらに視線を向けた所だった。
サリーナさんは軽く頷き、僕も頷き返す。どうやら彼女は、彼女自身がそう告げたように、間違いなく僕に会いにきたのだと思う。
先程の話は理解が出来ないけれど、なんらかの意図があり、僕に近づこうとしたのはわかった。しかし、何が目的なんだ?
キランさん達の追及に彼女は、僕以外には興味がありませんと一言でその追及を打ち切ると、再び僕を見据えつつ自分にも名前が欲しいと告げる。
突然のお願いに困惑する僕へ、続けて彼女は口を開く。
気付けば存在していた自分には特定の呼び名が無く、船の中で彼女達に名前の意味を教える姿を見て、いつか自分にも名前が欲しいと望むようになったのだと、そう真剣な顔で語った後、僕に名前を名付けて欲しいと再度懇願する彼女。
名前の話を何故知っているのかと問う事は、キランさん達が居た為に出来なかった。いや、その事を知っていると言う時点で、僕とサリーナさんにとっては彼女の話した内容は信憑性が高いと思えた。本心まではわからないが、少なくとも彼女が僕達を見続けていた事は間違いない。
しかし、本当に彼女が言う通り、人々の生活を見続けていたのだとしたら、名前を付ける行為なんてものは沢山見てきた筈だ。なのに、僕がサオリ達に名前の意味を教えた事、それが僕に会いにきた理由だと告げる彼女がとても胡散臭く思えて、その疑問を直接彼女にぶつけてみた。
「まぁ・・・いいや。ワタシもイーオなら、なんとか出来るんじゃないかって、ここ一週間でなんとなくそう思えるようになったから、この話をしたんだよ。勿論、イーオに任せっきりになんてしないよ。ワタシも出来る事はなんでもする。だから、お願いだよイーオ・・・。」
「イーオさん。あたしからもお願いします。きっとこの事は、あたしやイーオさんの目的と無関係では無いと思うんです。」
マナが言うように、ノアが作ったモノが原因なのであれば、僕達とは無関係だと言えないのは確かだ。サリーナさんはそれがわかっているからこそ、マーサさんのお願いを聞くべきだと感じたのだろう。
「・・・本当に、僕にそんな事が出来るのかな?」
「貴方に出来なければ、他の誰にも出来ませんよ。先程も言ったではありませんか。貴方は、神様に愛されているのですよ。」
「随分と買い被られているような気がするけど・・・。」
「いいではありませんか。神様に愛された者が、年端もいかない少女の願いを聞き届けるなんて、英雄譚には良くある事でしょう?」
「ワタシは少女って歳でもないよ!」
マナに少女呼ばわりされた為に、マーサさんは少しムッとしたらしい表情で抗議するが、言った本人は涼しい顔をしながら口を開き、抗議を受け流しつつ僕を見据える。
「お母様はかなりお若くお見えになりますから、大丈夫です。それに貴方なら、恐らくお母様の話にあった場所へ赴くつもりでしょうから、それから考えても遅くはないと思いますよ。」
「それはまぁ、そうだね。僕に今出来る事があるのに、それを見過ごすなんて出来ないから、隠れ里には行くつもりだよ。」
「うん。ありがとう、イーオ・・・。」
「ならば、わたしも共に参ります。貴方と離れるつもりはありませんからね。」
「マナも?まぁいいけど・・・。」
「あ、あたしも行きます!」
マナが自分も行くと言い出す事は、ここ一週間で僕が何かをしようとすると常に付き纏って居たので想定はしていた。だが、サリーナさんまで一緒に行くと言い出すのは想定外だったので、少し困惑する。
サリーナさんは専属の従者に指名されてはいるが、元々は伯爵に雇われているのだから、彼女の立場を悪くするような事をこれ以上するべきでは無いと感じたからだ。
それに、危険が無いとも限らない。
「サリーナさんまで?それは流石に・・・。」
「マナは良くて、あたしはダメ、なんですか・・・?」
「違う違う!言い方が悪かったよ、ごめん。サリーナさんは叔父上に雇われているのだから、僕の都合だけじゃ連れてはいけないって言いたかったんだよ。」
「言葉が足りないのは、相変わらずなんですね・・・。でもあたし、決めましたから。もう、待つのはイヤなんです。伯爵様や叔父様、それと父には申し訳ありませんが、あたしは自分の意思でイーオさんと共に行くって決めたんです。」
「だけど、サリーナさんは鉱石を扱えない、よね?」
「それは・・・。」
一度、サリーナさんも鉱石を扱えるのかどうかを聞いた事があるのだが、彼女が幾ら意思を込めてもなんの反応も示さず、石は沈黙したままだったらしい。
この先、本当に人体実験を行うような相手に挑むのだとしたら、最低限鉱石を扱えない事には対処すら難しくなるだろうから、出来れば連れて行きたくは無い。
黒化した獣と、戦う事だってあるだろうから。
「あら?それなら問題ないと思いますよ。」
「え?どういう事?」
「貴方が使用権限をサリーナに付与すれば済む話です。」
「え・・・?権限の、付与?」
「えぇ。既にアルドとお父様に、それぞれ付与されておられますので、サリーナにも問題なく付与出来るかと。」
「アルと・・・父さんに!?わかるように説明してくれないかな!?」
「ご存知ではなかったのですか?・・・その方法までは分かりかねますが、彼ら二人は使用権限が付与されていた為に、機械達の力をほぼ全て引き出せたのでしょう。」
・・・まさか、アルが直接鉱石を扱った時のあの破壊力って、使用権限が付与されていたからって事?
だから、アレだけの力が引き出せたって事なのか・・・。
いや?だとしたら、父さんは?少なくとも父さんが使った時は、アル程の威力は出ていなかった気がするけれど・・・。
だが、二人が初めて鉱石を扱う場には確かに僕も居て、尚且つ二人が鉱石を扱えるように僕は祈った。
それが、マナな言う権限の付与が行われた、と言う事なのか?
「心当たりはおありのようですね?」
「ま、まぁ確かに、二人が初めて鉱石を使う時、僕は扱えるように願ったから・・・。アルについてはわかったよ。でも、父さんはマーサさん達と似たような使い方しかしていないよ?」
「あら?わたしとした事が、説明をしていなかったようですね。お父様に権限が付与されていたからこそ、どなたが作ったのかは存じあげませんが、あの装置を通じてわたしと接続する事が出来、機械達の暴走を一時的にではありますが抑えられたのですよ。権限が付与されていても個人差があるのかもしれませんね。」
「え?それって・・・。」
「はい、お母様。あの時、お父様とアルド以外が同じ行動をとっていたとしたら、今のような結果にはなっておりませんよ。申し訳ありません、てっきり説明したものだとばかり・・・。」
父が今のような状態になった為、父が触手に貫かれた時にマナが言っていた父と二人で食い止めている間に、という言葉を今まですっかり忘れていたのだが・・・・。
そうか、そう言う事、だったのか・・・。
「なので、お父様があの時ああしたからこそ、他の皆様の命を奪うような事がなかったのだと申し上げたのです。ご理解頂けましたか?」
「それはわかったよ。でも、だとしたら、イーオとアルド、それにキース以外が鉱石を扱えるのはおかしくない?」
確かにマーサさんの言う通り、今の説明だと僕達以外が扱える事の説明はできない。他にも条件がある、という事なのか?
「権限が付与されている人間は知覚出来るのですが、その事については分かりかねます。ですが、推測は出来ますよ。・・・機械達は人体を構成する一つ一つの細胞のようなモノですから、人々の放つ微弱な電流に反応しているのかもしれません。その波長の合う合わないで、使えるかどうかが決まるのだと思います。」
「うーん?意味がわからないよ?」
マナが何を言っているのか、マーサさん同様に僕も意味がわからない。細胞はわかるが、電流ってなんだ?以前シュウさんが言っていた電気と呼ばれるモノと同じなのか?
「わたしからすると、この星の人達の知識の偏りの方が意味がわかりませんけれど・・・。意図的にそうしているようですし・・・。」
「え?どういう事?」
マナがポツリと零した言葉が聞こえてしまい、僕は思わず聞き返す。
すると、マナは少々困ったような様子で口を開いた。
「いえ、なんでもありません。わたしの疑問に答えられる相手は、恐らく貴方達の神様だけでしょう。・・・そうですね、何故扱えるのかは人が放つ意思の波長によって、使える使えないが変わるとでも思って頂ければ・・・。使用権限については、特定の人物の波長を記録しそれに従うようあらかじめ設定されたもの、とでも言いましょうか・・・?」
「・・・わかった。」
「マナ・・・貴方は、何者なんですか?貴方が此処に来た理由は何度も聴きましたが、貴方自身が一体何者なのかの説明はまだ成されてませんよね?」
原理についてはよくわからないが、人の意思に反応する事は元々知ってはいたので、とりあえず今の説明で納得するしかないと思い返事をした直後、突然サリーナさんが彼女に詰め寄る。マナ自身の説明?そう言えば、その事については、まだ聞いていないな。
「わたし自身の説明・・・ですか・・・。ナノマシンも理解しているようですし・・・。サリーナ、貴方は前世の知識があるのですね。興味深いです。」
「全部、ではないですけどね。あたしの事はいいから、答えてください!」
僕の疑問に恋愛への憧れだと、彼女はそう答えた。
それまでは、意識なんてしていない光景だった筈なのに、船の中で暮らす僕達の行く末をずっと見守っている内に、段々と自分の中に知らないモノが芽生え始めていたらしい。そして。名前の意味を教えている時の楽しそうに、嬉しそうにしている女の子達を見て、自分にも名前が欲しいと、そう思ったのだそうだ。
だからこそ、僕に名付けて欲しいのだと三度目の懇願をする彼女に、僕は納得してはいなかったけれど、このままでは話が進まないと思い、彼女の望みを聞く事にした。
そうして付けられた名前が、マナだ。
確か、よくわからないという意味を指す言葉で、転じて超自然的なモノを呼ぶ時にも使われる事があると、本で読んだ覚えがある。
流石に名前を付けるのに命名する理由がそれではあんまりだと思い、建前で真の名と書いてマナと呼ぶのだと教えはしたが、僕の考えた事とは裏腹に彼女はかなり気に入ったらしく、その後は僕以外の質問にも答えていった。
もしかして、本当に名前を貰う事が目的だったのか・・・?と、僕がそう思い始めた矢先、マナが何かに気づいたような酷く青ざめた表情をしたんだ。
「・・・そう、ですね。・・・わたしは、貴方達が鉱石として使っていた機械達の集合体です。正確には、わたしの身体は、ですけれど。」
「身体は?と言う事は、マナの人格は機械達とは関係がない、って事?」
「それは答えになっていませんよ?」
確かに、今の答えではサリーナさんの質問にきちんと答えたとは言えない。マナもそれは理解しているようで、少し思案した後、眉間に繭を寄せながら再び語りだした。
「・・・わたし自身はこの機械達が作られるずっとずっと昔から存在しています。むしろ、貴方達の言う神様が生み出される切っ掛けを作ったのがわたし達ですから。」
「自分達こそが神様だって、そう言いたいの?」
マナの発言に、今度はマーサさんが不信感を隠そうともせずに問いかける。まぁ、神様が産まれた事に関わっている等と言われればそういう反応にもなるだろう。
「違います。そのような概念ではありません。わたし達の事を観察者と呼ぶ者も居ましたが、それらも正確とは言えないでしょうね。多少なりとも干渉は出来ましたので・・・。何と呼ぶのが正解なのかは、わたしにもわかりません。管理、とも違いますし。」
「よくわからないよ?」
観察者?干渉?うーん・・・?
何が言いたいのか、マーサさん同様僕にもよくわからない。サリーナさんも似たような表情をしている所を見ると、理解が出来ないらしい。
そんな僕達の様子に、マナは困り顔を浮かべながら言葉を続けた。
「すみません。わたし達自身が、自分達の存在についての答えを持ち合わせてはいないんです。そもそも、自分達がどうやって生まれたのかすら、理解していませんから。」
「・・・そう言えば、気付いたら存在していたって、そう言っていたね。」
「はい。なので、いつ産まれたのかについてもお答えする事が出来ません。付け加えるならば、どのようにして人々を見続けていたのかについても説明が出来ませんね。わたし自身が見たいと思うものだけが、見えていたとしか言えないので・・・。」
「つまりは、何もわからないって事?」
「えぇ・・・。わたし達が存在している理由なんて、考えた事もありませんでしたから。ひょっとすると、わたし達もそのように作られたのかも、しれませんね。こういった形で貴方達と触れ合った事で、そう思うようになりました。」
自分達が存在している理由がわからない・・・か。
これ以上マナについて聞き出そうとしても、本人がわかっていないのだから、有益な情報を得られそうにもないな。
しかし、さっきから気になる単語がちょくちょく出てくるのだが、もしかしてマナには仲間がいるのか?
マナがわたし達と言った事に、そう疑問を感じた僕は質問を変える事にした。
「さっきから・・・わたし達って言ってるけれど、マナと同じような存在は他にも居るのかな?」
「そうですね。後五体存在しています。それぞれ役割や性格、目的としたものまでもが違いますよ。」
目的が違う?もしかして、マナと同様に機械を利用して顕現しようとしている、のか?
「そいつらも、キミの言うこの星とやらに来ている?」
「恐らくは・・・。」
「恐らくって・・・。仲間なんじゃないの?」
「違いますよ。似たような存在ではありますが、あの星が崩壊した際に、見続けるというわたし達全員の役目からは解放されましたし、わたし達には仲間という意識はありません。・・・ただ、此処に来る際に、互いに協力は致しました。」
「ねぇ・・・。そいつら、良からぬ事を企んでたりはしないよね?」
「わかりません・・・。わたしには、そのつもりはありませんが・・・。」
まただ。また、マナは一週間前と似たような表情をしている。やはり、何かを知っているんだ。
そして、それは悪意と呼べるものについての心当たりなのではないかと、そう感じた僕はなるべく冷静に彼女に問いかけた。
「ねぇマナ、聞いていて思ったんだけど・・・キミは僕を取り込もうとした意思について、心当たりがあるんじゃないかな?そして、それはキミ以外の同じ存在の内の誰か、なんじゃないのかな?」
「・・・はい。旦那様の、仰るとおりです。」
「やっぱりね・・・。狙うとすれば、僕が持つという権限、かな?」
「はい。そうだと思います。ただ、恐らくですが本来は貴方を狙ったもの等ではなく・・・。」
「ノア、か・・・。」
「はい・・・。」
言いづらそうにしているマナの様子に、誰が標的だったのかを察しノアの名前を口にすると、彼女はそれを肯定した。
何故権限を欲しがるのか、手に入れたとして何に使うのか、その疑問にマナは心当たりがあるのだろうか?
その事をマナに尋ねようとした時、今の会話を理解出来なかったのかマーサさんは僕を見上げながら問いかけてくる。
「イーオ、どういう事?」
「今回僕が近づいた時にマナが暴走した原因は、マナ達のうちの誰か、って事ですよ。ただ、僕ではなく神様を狙った仕掛けだったようですけど・・・。」
「そうなの?」
「はい・・・。正確には、わたし達が此処に来るにあたり都合が良いように手を加えた際に、仕組まれたのだと思いますよ。」
「その理由と、誰が犯人なのかはわかる?」
「わかりません・・・。理由については、実験なのではないかと思います。」
「実験・・・か。」
実際のところ、マナが権限を持つ誰かと接触する事を想定していない限り、そんな仕掛けは意味を成さないとは思うが、もしかするとその誰かはノアの様子を観察していて、その際に権限が僕に付与された事を知ったのかもしれない。
そして、マナが僕と接触しようとしている事を実験に利用したんだ。ディランが言っていた事が正しければ、僕は何時かはわからないがノアに会っている筈だから、ノアを観察していたのなら、それも知っていたのだろう。無論、僕の身体の中にナノマシンが存在している事についても。
取り込む事で、権限を奪えるのかどうかを確かめる為の実験なら、本当に取り込む事ができるかどうかは、さして重要じゃない。
その時に起きる出来事を観察して、自らがノアを取り込もうとする時の為に、生かすのが目的だったとしたなら・・・。
マナもそれに気付いたから一週間前に聞いた時、青ざめた表情をしていて、今も実験と言ったのだろう。
そうすると、ソイツの狙いは・・・ノアを取り込む事によって得られる、ナノマシンと呼ばれる機械の統制権という事になるのだが・・・。
なんだってそんなモノを欲しがるんだ?
「ねぇイーオ。マナの言う事を信じるの?」
「あたしは、信じる・・・しかないと思います。」
「サリーナさんの言う通りですね。理由は・・・、あの洞窟での態度とか色々ありますけど、今のマナに嘘をつく理由が無いと言うのもあります。」
「どゆ事?」
僕の発言に、マーサさんは首を傾げながら聞き返す。マーサさんは神様が実在している事については、まだ半信半疑なのかもしれない。
「もし、マナ自身がそれを仕掛けたのだとしたら、この村の近くではなく、神様が居る場所の近くで繭を作ればいいからですよ。マナが言ったように本当に見たいと思うモノを見れるのなら、神様の居場所はわかるでしょう?それに、僕達と敵対するつもりなら、僕達が洞窟に攻め込んだ時に最初から攻撃を指示しているでしょうし。」
僕に食べて欲しいからって理由で、サリーナさんに料理を習っていたぐらいだから、マナ自体には敵意なんてものは無いと思う。美味しいと伝えた時、本当に嬉しそうにしていたから・・・。その時の表情が嘘だったなんて思いたくはない。
「わたしは彼女をどうこうしようとは思っておりませんので、ご安心ください。寧ろ、似たような存在となった今、彼女を守りたいとすら考えておりますよ。」
「そっか・・・。じゃあ、ワタシも、マナを信じるよ。」
「お母様・・・、ありがとう、ございます。」
そう言ってマーサさんに頭を下げるマナに、やはり敵意があるとは思えなかった。だが、まだマナに聞いておかなければならない事がある。
「ねぇ、マナ?キミの言うナノマシンと呼ばれるモノについてなんだけど、一体なんの為に存在しているのか、わかる?」
先程、ノアを取り込むという話の時、どうしてそうしようとしているのかがわからなかった。なら、ナノマシンと呼ばれるモノがどういった目的で存在しているのががわかれば、それについても何か判るのではないかと思ったので、僕はマナに尋ねてみた。
「元々は、貴方達の言う神様自身がその集合体なのですが、彼女は自身を研究し、自分を構成しているモノと異なる構造の機械を新たに作り出したのですよ。それには数千年を要したようですが・・・。今現在、この星に満ちているナノマシン達は、その時に生み出されたモノです。」
「何故、それが必要だったの?」
「簡単な話です。この星は元々人が住めるような環境ではなかったからですよ。人が住めるような環境に作り替える為に必要だったのです。」
「環境を、作り替える・・・?」
「えぇ・・・。それが彼女の使命だったようですから・・・。手段は色々用意していたようですが、どれも上手くいかず、最終手段として散布を行ったようですね。」
ここまで色々質問をしてきたけれど正直、マナの話が殆ど理解出来ない。と言うより、余りに現実離れしすぎていて頭に入って来ない。これでは余計に混乱してしまうから、聞かなければよかったかな・・・。
僕がそう考え始めた頃、何かを思案している様子だったサリーナさんがポツリと呟いた。
「・・・そう、だったんですね。」
「サリーナさん?」
「いえ、なんでもありません。この場にディラン様がいらっしゃったのなら、もう少しわかる事が多かったかもしれませんね。イーオさんは理解しきれていないようですから。」
「う、うん。正直、よくわからないよ・・・。」
「大丈夫です。あたしも全部を理解出来る訳ではないので・・・。でも、これまでの話をまとめると、ノアが危ないのは間違いないですね。」
「恐らく、だけどね・・・。ただ、さっきの実験の話から考えると、間違っていなければ仕掛けをしたヤツが現れる為にはまだ時間がかかるんじゃないかな?」
「わたしがこの身体を作り上げるのに大凡二年程の時間を必要としましたので、それら実験の結果を踏まえて調整を開始したのであれば長くて三年、といった所でしょうか?わたしは、予定していたよりも早く産まれましたが、それを考慮したとしても、そこまで大きくはズレないと思います。」
三年・・・か。その間にノアを探しあてなければならないという事になるな。だが、ノアの居場所がわからない現状だと、三年あっても時間が足りるかどうか・・・。
いや?ちょっと待て。さっき、僕が考えていた通りだとしたら、マナならその居場所を知っているんじゃないのか?ノアについて彼女は僕より遥かに詳しかったのだから、まず間違いなく居場所についての情報も持っているだろう。
「ね、ねぇマナ・・・?もしかして、キミはノアが何処にいるか、知っているの?」
「はい。存じ上げております。最後に確認したのはこの地に来る前になりますが、彼女の性質を考えれば二年前と居場所は変わっていないでしょう。」
「それは、何処なの?」
「この国の王都の地下深く・・・、丁度王宮と呼ばれている建物の真下、になりますね。そこに、旦那様達が乗っていらした船があります。」
超展開・・・は、書きたくなかったんですけれど、超展開になってしまいました・・・。
一度、サリーナさんも鉱石を扱えるのかどうかを【聞い】た事があるのだが、彼女が幾ら意思を込めてもなんの反応も示さず、石は沈黙したままだった【らしい】。
【】へ修正します 7/19