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いつか、どこかで  作者: 眠る人
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6 伯爵

 村が見えなくなるぐらい離れたのをアルに確認してから、景色を見るために身体を起こす。出発前に皆に挨拶をする暇があるかわからなかったから、訪ねて来た人には治療のため町に向かう話は既にしていた。


 大分怪我が治っているのを沢山の人に見られる訳には行かなかったため、少数にだけではあったけれども。


 馬車の中は人が寝転がる事が出来る程に広くて、装飾までも施されている為、身分の高い人が乗るようなものだというのは、馬車に乗った経験のない僕にでも判る。


 わざわざこんな馬車を用意して貰ったのだから、きちんとお礼を言わなくてはいけないが、貴族の作法を知らない事が不安だった。


「街道までは大分かかるのかな?」

「俺も村を出た事はないから、よくわからん。丸一日歩くとしか聞いた事が無いな。」

「僕もなんだよ。こんな髪だから、行商人とも余り話をした事が無くてさ。」


「そこまで気にする必要はないと思うんだが。」

「そうかな・・・。」


 そんな風にアルと話をしながら、馬車に揺られる。暫くして森を抜けた辺りの河原で、馬車が停止をした。どうやら、馬のための休憩を取るようだ。


 馬車が止まった後、キランさんが馬を降り兵士に何か指示をしている様子を観察していると、僕の視線に気付いたのかこちらの馬車に近づいてくる。


「イーオ君、起きて大丈夫なのか?」

「はい。・・・正直自分でも怖いくらいです。」


 よくよく考えて見れば、今まで一度も怪我という怪我をした事がない。だから、自分の身体の異常さに気が付かなかったんだ。

 勿論、細かいかすり傷ぐらいならば沢山あったけれど、どのくらいの時間で治るかなんて調べるはずがない。


 そう言えば、僕は熱を出した事すら無いんじゃなかろうか。その事に気付き、ますます自分が気味悪く思えてきた。


「イーオ大丈夫か?酷い顔色だぞ。やはり、無理をしているんじゃないか?」

「違うんだアル、無理なんかしてない。僕は今迄、自分が体調を崩した事すら無いって事に気付いていなかった。もしかしたら、僕は化け物なんじゃ無いかって・・・。僕は、もう村に帰らない方がいいのかな・・・。」


 自分が怖くなり、思わず俯いてそんな言葉を漏らしてしまう。


「おい!馬鹿な事を言うのはよせ!」

「でも・・・。」


「ふむ・・・。イーオ君の身体の事は確かに不思議ではあるが、だからどうしたと言うのだね?たかだか怪我の治りが早いだとか、病気になった事がないという程度の話で、自分を化け物だと言うものではない。他の人より身体が頑丈なだけだ。」


「そうだぞ、キランさんの言う通りだ。お前が別の何かに代わってしまったのならともかく、何も変わってない。今迄の他人を気にしてばかりのイーオのままだ。怪我をしたせいで弱気になっているだけだろう。余計な事は考えず、とにかく今は休め。」


「そうだな、今は自分の身体を休める事だけを考えなさい。」


 二人に促され、僕は横になる。それから20分程で馬車は再び動きだしたが僕は寝付く事も出来なくて、ただただ嫌な考えだけが浮かび続けた。


 それから三日程の時間をかけて2つの町を通過して、馬車は目的の街に到着する。

 領主が住む街とあってか、道中の町とは比較にならないぐらい規模が大きいし、人も多い。


 僕達を乗せた馬車は街の入り口で、荷馬車達とは別の道を進み始めた。直接領主様の元へ向かうのだろう。

 キランさんも馬で並走しているし。


「いよいよ、だね・・・。」

「あぁ、粗相のないようにしないと、首を跳ねられたりしてな。」


 アルは顔を引きつらせながらそんな風に言うが、僕はその辺りは心配してないよ。わざわざアルもこの馬車に乗せているんだから、客として迎えるつもりだろうし。


 僕は正直、自分を知る事が更に怖くなっただけなんだ。


 僕達の不安を他所に馬車は街を進み、一際大きな門へと入っていく。恐らく、此処が目的地かな。


「凄いな、この庭だけでもうちの村の大半が入るんじゃないか?」

「そうかもね。」

「どうした、また顔色が悪いぞ?・・・不安か?」


「・・・うん。」

「無理もない。だが、お前がお前でいる限り、俺はイーオの親友であり続けたい。」


 どうして?とは聞けないぐらい、アルは真っ直ぐに真剣な顔で僕を見ていた。

 ありがとうアル、少し勇気が湧いたよ。


 少しの間馬車はよく手入れをされた庭園を進み、大きな館の前で停止した。

 それから扉が開けられ、キランさんと御者だった兵士が入ってくる。


「ではイーオ君をこれから運ぶから、アルド君は荷物を頼む。」

 キランさんはアルに手伝いを頼むと、兵士に到着の報告だけ伯爵様にしてくるように言いつけ、僕を担ぐと館の中に入って行く。

 すると、玄関の扉を開けた先で年配の黒い礼装と思しき服を着た人物がこちらに話かけてきた。


「キラン殿、お待ちしておりました。その方がキース様の御子息でございますね。部屋を用意しておりますので、只今ご案内致します。」


「これは執事殿、お久しぶりで御座います。・・・申し訳ないですが運ぶのを手伝っては貰えないでしょうか。イーオ君が見た目よりも大分重く、正直私一人では落としてしまいそうなのです。」


「これはこれは、気付かずに申し訳ありません。では担架を用意致しますので、暫しお待ちください。」

「なるべく早くお願いします。」


 僕ってそんなに重いのね。アルを見ると、苦笑いをしている。


「イーオを湖から運ぶの、かなり大変だったんだぞ。四人じゃ運べないと判断したから親父が人を呼びに行ったんだよ。寧ろ、今キランさんが一人で抱えている事に驚いてるぐらいだ。」


 なんか凄く申し訳ないな。

 キランさんにも謝るが、気にするなと一言だけ返される。


 会話の後担架がすぐ用意されたが、執事さんとキランさんだけでは運べそうにないらしく、結局アルも手伝ってなんとか部屋に連れていって貰う事が出来た。


「イーオ様はご立派な体格であらせられますが、流石にこれ程だとは思いもよりませんでした。鉄の塊を運んでいるのかと思ったぐらいです。」


「イーオ君を兵士が馬車に乗せる際、かなり苦労していたのはこのせいだったんだなと、担いだ時に思いました。後で労わなければ。・・・さて、私は伯爵様に到着の挨拶をしてくるから、暫らくこの部屋で待っているといい。」


 僕は大きなベッドに寝かされ、キランさんが報告のために部屋を立ち去ろうとした時、勢いよく扉が開かれ執事さんよりは若く見える人物が部屋に入ってくる。


「その必要はない。キラン、この度はご苦労だったな。して、キースの息子はその子で間違いないのか?」

「これは伯爵様、キラン只今帰還致しました。そして彼がキース様の御子息であらせられます。」


 伯爵様と呼ばれたという事は、この人が父さんのお兄さんで領主様という事か。なら、ちゃんと挨拶をしなければ。


「初めての御目通りで、このような格好は失礼かと存じますが、お許しください。伯爵様お初にお目にかかります、キースの子で名をイーオと申します。こちらの者は、今回父の依頼により付き添う事になりましたアルドと申します。両名共、以後お見知りおきを。」


 口上の後に頭を下げる。アルも慌てながらも僕に習って頭を下げた。

 キランさんの紹介の後で名乗りはしたけれど、失礼はなかっただろうか?


「これは驚いた。流石はキースの子と言うべきか・・・。多少粗野に育っているかもしれないと思っていたのだが、きちんと礼儀を身につけているのだね。いいから頭を上げなさい。」


 伯爵様に声をかけられ、頭を上げる。伯爵様は優しい笑みを浮かべながら僕を見ていた。


「如何にも、私が当代の領主であるウィンザー伯爵で、名を

 エリアスと言う。・・・イーオ、キミは私と血の繋がりはないとは言え甥に当たるのだから、そこまで畏まらなくてもよかったんだよ。しかし、アーネスト、彼は中々見所がありそうだとは思わないか?」


「はい、旦那様。私も領民を沢山見て参りましたが、貴族相手に物怖じもせずに名乗る事が出来る者等、見た事がありません。確か齢16になったばかりと存じ上げておりましたが、成人して間もない者なら尚更で御座います。」


 どうやら失礼はなかったようで安心した。執事さんはアーネストと言う名前らしい。なんか褒められているようだけど、父の名代でもあるのだから、やりすぎるという事はないと思う。


「まぁ、楽にしなさい。イーオは怪我の療養の目的もあるのだから、傷に障るだろう。しかし、長期療養の必要も余り無さそうだとキランから連絡を受けていたが、本当のようだね。」


 父が伯爵様は家族には甘いと言っていた理由が、少し分かった気がする。あっ、部屋を用意してもらったお礼をまだ言っていなかった。


「この度は僕の療養の為に、このような部屋まで用意して頂いて誠に有難く存じます。・・・確かに、もう数日もすると歩く事も出来るようになるかと存じます。」


「礼には及ばないよ。でも、そうか・・・。それならば、詳しい話は傷が癒えてからでもよかろう。まずはゆっくりと休みなさい。私は領主としての仕事もあるから、今日はこれで失礼する事とする。キラン、着いて参れ。アーネスト、後は頼んだぞ。アルド君も含めてな。」


「畏まりました旦那様。」

「はっ!」


 伯爵様はキランさんを伴い部屋を出て行った。かなり緊張したけれど、何とか大丈夫だったらしい。


「イーオ、お前凄いな・・・?」

「え?何が?」

「いや、なんでもない。」


 アルが複雑そうな表情をしているけれど、どうしたんだろうか?


「ではイーオ様、申し遅れましたが、私は当家にて家令を務めさせて頂いておりますアーネストと申します。今回ご滞在される間、何かございましたらなんなりと私にお申し付けください。」


「はい、宜しくお願いしますアーネストさん。・・・様付けはやめて頂けませんか?」

「イーオ様もアルド様も、旦那様のお客人で御座いますから、そういう訳にも参りませぬよ。」


 そういうものなのかな。


 でも、なんだか緊張しすぎて凄く疲れたから、とりあえずは少し休ませて貰う事にしよう。


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