56 攻略戦 2
初撃と同様に、アルの放った光の矢は緩い放物線を描き蛹へ直撃した。
二度目という事もあり身構えてはいたものの、あまりの爆音に思わず怯んでしまい、その所為で触手に追いつかれ数回反撃が発動してしまったが、なんとか体制を立て直し触手を回避してから、走りながら右腕の腕輪に付けた石をチラリと確認すると、既に光は失われている。
まずいな・・・。
本体の方にかなりの損傷は確認出来るけれど、触手の動きが鈍るどころかまるで衰えていない。今手元にある石だと、鎧が維持出来るのはよくて後5回程。予備の石はタイロンさん達が持っているので、手元には無い。まさか、また僕にだけ攻撃が集中するとは思わず、最小限の石しか持っていなかったのが裏目に出てしまった。
今更言っても仕方ないが、アルの忠告をもっと聞いておくべきだった。マーサさん達に援護を頼んだりしておくとか他にやりようはあっただろうに。
「アル!そのまま続けろ!」
「はいっ!」
どうするかを考えながら必死に触手を避け走り回っていると、蛹を挟んで反対側にいるキランさん達の声が響いてくる。岩盤に囲まれていて音が反響しやすいのもあり、向こうの声も良く聞こえるが、その声色からかなり焦っている事が伝わってきた。
地面には鉱石のかけらすら落ちてはいないので、補充をするなら一度キランさん達の側に戻らなくてはならないけれど、この状況ではそれも危険すぎる。あまり余裕はないので、後退も視野にいれたい所ではあるが・・・。いや、そうすると今度はマーサさん達が危険に晒されてしまうか。
なんとなくだけど、これに捕まるのは良くない気がするから、今は僕がなんとか耐えるしかない。
「いけます!」
「全員耳を塞げ!・・・放てーっ!」
キランさんの号令の後、アルの3射目が放たれる。
しかし、アルの焦りの為か先程までの放物線と違い、やや直線的な軌道を描いて着弾した矢は、威力も足りなかったようで、前二回分の攻撃程の損害は与えらたようには見えず、僕の中に焦りの感情のみが募った。
このままではジリ貧だ。僕が追い回されている状況に皆も焦っているらしく、マーサさん達も時間が経つにつれこちらの様子を気にして、攻撃が単調になっているように見える。
これは、撤退の提案をするべきなのでは?
3射目の残響が響く中で触手を避けつつその事を思案していると、なんとなくだけど先程より攻撃を躱しやすくなっているように感じ、触手の動きを観察してみた。
・・・あれ?最初より、数が減っている?
そう言えば、触手を目で追うのに必死で気付くのに遅れたが、先程の着弾の際も僕の動きは一瞬止まった筈なのに、反撃は発動してはいない。
もしかするとあの時、触手も動きを止めたのではないだろうか?
だとすれば、アルの攻撃は効いている?
・・・これは、確かめる必要があるな。
「キラン!このままでは!」
「わかっている!全員、一度洞窟の外に出るんだ!体勢を立て直す!」
そう思い至った矢先、父の発言を聞いたキランさんから撤退の指示が飛ぶ。攻撃を引きつけている僕以外は、焦りの為か誰も触手の様子が変わった事に気が付いていないようだ。
撤退は当然の判断だとは思う。しかし、僕だけが気付いた攻略の可能性をみすみす逃す訳にもいかず、慌ててキランさん達に訴えた。
「待ってください!もう一度だけ、アルの攻撃をお願いします!」
「なんだと!?しかし、このままではキミが・・・。」
「後一度でいいんです!もしかしたら、効いているのかもしれないんですよ!」
「イーオ!いいから引け!」
父の怒声が聞こえるが、確かめない事には引くに引けない。
今が好機かもしれないから。
「今しかないかもしれないんですよ!早くっ!」
僕が再び必死に訴えかけると、やや間を置いてキランさんはアルに指示を出す。
「・・・アル!もう一度やれるか!?」
「はい!」
「キラン!?」
「後一度だけだ!それでダメなら撤退する!わかったなイーオ君!」
「わかりました!」
「キラン!何故だ!?」
「・・・攻撃を避け続けているイーオ君にしかわからない反応があったのだろう。納得しろとは言わん。だが、イーオ君の言うように勝機があるのなら、もう一度ぐらいは様子を見るべきだ。」
「・・・わかった。」
これで後は、用意が整うまで逃げ切れればなんとかなる・・・か?
数分は避けながら走っているので、そろそろ少し辛くなってきたけれど、もう一回くらいなら問題はない。
「なら、アルドの用意が出来るまでワタシが触手を叩き落とすよ!それならイーオも少しは休めるでしょ!」
「トマス、私達もいきますよ!」
「えぇ兄さん。若者にだけいい格好をさせる訳にはいきませんからね。」
すると、キランさんとのやり取りを見ていたマーサさん達が、僕の疲れを心配してか援護のために僕と本体との間に位置取り、執拗にこちらを狙い続ける触手へ攻撃し始めた。
「なんでっ!イーオばっかり!狙う!のよっ!」
マーサさんは両腕に付けた籠手の力を発動させ、雷の力を纏った打撃を次々に触手へと叩き込む。生き物であれば、一撃一撃が必殺となりうるだろう。
実際、当たった部分から触手は焼け焦げ崩れ落ちるのだが、少し経つと残った部分を再度伸ばしまた僕へと襲いかかろうとしてくる。
なるほど、それでさっきまで数が減らなかったのか。
幾ら触手を攻撃しても本体をどうにかしない限り、ずっと襲い掛かってくるのだろう。
なら、アルの攻撃にかけるしかない。
「全くですね。ですが、彼にはこれ以上近づけさせませんよ。」
「イーオ君、心当たりはあるかな?コイツに相当好かれてるみたいだけど。」
トマスさんはニールさんと共に、光を纏った剣を振るい触手を切り払いながらも揶揄うような口調でそう言うが、そんな事を言われても僕に思い当たる節はない。
「こんなものに好かれても嬉しくなんかありませんよ・・・。」
「そりゃそうだ。・・・しかし、キミはコレを避け続けていたのか。キランが負ける訳だ。」
これでも、最初より速さはともかくとして数は減っているんですよ・・・。
そう伝えようかとも思ったけれど、自分が思っているよりかなり疲弊していたらしく中々言葉が出て来なかった。
マーサさん達が僕の援護を始めて数分程経っただろうか?幾ら迎撃しても何度も再生し、不自然に僕を狙い続ける触手達にマーサさんも辟易とし始めたらしく、苛立ちの籠った言葉を漏らす。
「あぁもうっ!キリがないよっ!」
「ホント、兄さんぐらいネチネチとしつこいね。」
「トマス!マーサ!無駄口を叩かない!」
「無駄口って・・・酷いな兄さん。僕はいつもこんな感じだよ。・・・おっ?やっと準備が出来たみたいだね。」
その発言にアルの方へ視線を向けると、その手には最初に見た時と同様に光り輝く弓矢が形成されていた。
・・・だが、先程までと何かが違う。
大きさが違うとかではない。・・・そう、色だ。
最初に見た時は淡く無色の光を放っていた弓矢が、今は微かではあるが緑色を帯びているように見える。
どう言う事だろう?いや、今はそんな事どうでもいいか。
アレが発射されたら、僕はもう一度走りだすべきだな。
恐らく、着弾時の音と振動で怯んだ三人を触手は抜けてくるだろうから、このままここに立っているのは危険だ。
「イーオ君、アレが発射されたら移動してください!」
「はい!」
ニールさんも同様に考えたらしく、背中越しに声をかけてくれた。
「アル!いけるか!?」
「いけます!」
「よし!全員、備えろよ!・・・撃てっ!」
四度目の掛け声と共に、僕は走りだす。
と、同時にニールさん達は触手と距離をとる為、反対方向に移動する。
でなければ、僕が逃げ回っている間に触手に巻き込まれてしまう恐れがあるからだ。
そうして、僕は走り出しつつ矢の行方を確認すると、三射目と違い再び放物線を描きながら本体へと飛んでいく。
頼む!これで終わってくれ!
そう願った直後、矢は吸い込まれるように蛹へと着弾し、先の三回の攻撃よりも遥かに大きい音を響かせ、地震が起きたのかと錯覚するくらいの振動が起きる。
その際、余りの音と振動に僕は思わず足を取られ転倒してしまった。
不味い!
このままでは、触手に・・・!
耳に先程の音が残っており頭がクラクラするような感覚を起こしながらも、慌てて立ち上がろうとするが上手くいかない。
不味い不味い不味い!
そう焦りながら、何度も何度も起き上がろうとするも、やはり上手くいかない。
このままでは、捕まってしまう!
何とかしてこの場所から動かなければと、もがくように這い回っていた時、誰かがこちらに走り寄ってくる姿が見えた。
「・・オ!・・・か!?」
誰だ?先程の音で聴覚もやられたらしく、何を言っているのかわからない。・・・いや!そんな事より、僕に近寄ったら巻き込まれちゃうから、来ちゃダメだ!
「ま・・、・・・・し・・か!?」
「僕に近づいちゃダメだ!離れてっ!」
「も・、・・ぶ・・。・・は、・・て・・から。」
僕の叫びは届かなかったのか?
いや、それにしてはゆっくりと近づいてくるような・・・?
「もう、ヤツは攻撃してきていないから、大丈夫だ。」
酷い耳鳴りは止まなかったが、唐突にアルのその声だけがはっきりと聞き取れ、僕は這い回るのをやめる。
「ア、アル?」
「あぁ、立てるか?」
「状況は!?」
「まずは、落ちつけ、な?」
「う、うん。」
まるで幼な子を諭すかのようなアルの口調に、僕はもう触手の攻撃が来ない事を悟り、身体の力を抜いた。
すると次の瞬間、身体を引っ張られる感覚があり、それに従い上半身を起こしながら周囲を見回す。
蛹はどうなったんだ?
そう、はっきりしない頭で考えながら空間の中央をみると、そこには外殻の半分程が吹き飛ばされ、異臭を放つ液体を至る所から垂れ流している蛹があった。
「終わった・・・の?」
「いや、まだ終わってはいないようだが、とりあえずお前が狙われる状況は抜けたらしい。」
「そっか・・・。ありがとう、アル。」
「いや、礼を言うのは俺の方だ。お前が攻撃を続けろと言ってくれたおかげで、もう一度集中する事が出来た。だから、お前のおかげだよ。」
アル曰く、三度目の攻撃の時に精度や威力が落ちたのは、アル自身がこのまま攻撃をし続けていいのか疑問を持ってしまった事と、焦りのせいだったらしい。
まぁ、無理もない。僕だって、同じ状況なら冷静ではいられないだろう。
そうして、助け起こされ肩を借りながらキランさん達と合流する為、二人で歩きだした。
「・・・あれ?鎧は?」
「あぁ、転んだ時に腕輪が外れてしまったせいで解除されたみたいだな。かなりの勢いで走っていたから、また骨折でもしたんじゃないかって心配したんだよ。腕輪もこっちまで飛ばされてたしな。」
どうやら、アレで終わっていなければ相当危なかったらしい。これはシュウさんに改良をお願いしなければならないかも・・・。また使う機会が有れば、だけどね。
漸く落ちつきを取り戻した頭でそんな事を考え、アルに肩を借りながら皆の元へと歩きつつ、何とか無事に討伐を終えられそうだと、僕はホッと胸を撫で下ろす。
だが、僕はこの時攻撃が止んだ為に気を抜いてしまった事を、この先ずっと後悔し続ける事になる。
そう、まだこの戦いは終わってはいなかったんだ。