55 攻略戦 1
キランさんの号令により、マーサさん達が生み出した大きな火球と光の矢が放たれ、六本の光の筋が爆発音を伴いながら着弾した後、生き物が触れるとまず無事では済まないであろう熱を放つ三つの火の玉が直撃し、轟音と共に蛹は火に包まれる。
「二射目、構えっ!」
効果があったかの確認をする前に、すぐ様次の攻撃の指示が飛び、二度目、三度目と動かない目標に向け鉱石による攻撃が矢継ぎ早に行われた。
三度目の攻撃が着弾した後、生き物が焼ける際の独特な匂いと共に、黒い液体のようなモノが蛹から吹き出す。すると。それが放つ肉が腐った時と同じ様な腐臭も辺りに漂い始め、二つの匂いが合わさった事で僕は思わず吐きそうになってしまう。
それを何とか堪えつつ、蛹を観察するのだが多少表面に傷を付けた程度らしく、まだまだ効いていると言うには程遠いように思う。
「ナニこの匂いー!臭すぎるよ!」
「余り火球を使いすぎると、鉱山の中と同じように酸素が足りなくなり全員が危険となります。マーサ、トマス、私たちは別の攻撃に切り替えましょう。」
「賛成ぃー!気持ち悪くなっちゃうし!」
「異議なし。」
「・・・まぁ、賛同してもらえるなら理由は何でもいいです。」
トマスさんとマーサさんは、鼻をつまみながらニールさんに返事を返す。それを見たニールさんは呆れたような表情を浮かべているが、換気が出来ないこの場所では、確かに燃焼により必要な酸素が足りなくなる恐れがあるため、火は余り使わない方がいいと言う意見には賛成だ。
「マーサはシュウ殿に籠手を用意して貰っただろう?そちらを使えば良いのではないか?」
「いやー・・・。ワタシのって、弩だっけ?それじゃ無くて、接近戦専用にして貰ったんだよね。だから、石は小さいのを直接握って使ってたんだよ。」
「・・・なんだと?何故そのような勝手な真似を・・・。」
「ワタシは、体術で戦うつもりだったんだもん。こんな状況想定してないよ!」
「遠距離から攻撃する事は事前に伝えていただろうが!」
マーサさんの発言にキランさんは苛つきを隠せない様子で珍しく声を荒げている。まぁ、マーサさんの戦い方を考えれば無理もないとは思うけれど、接近戦では常に危険が付き纏う為、現状だとその指示が出しにくい。だが、このまま遠距離から仕掛け続けたとして、有効打を与えられるのだろうか?
「まぁまぁ・・・。私達も鉱石を利用した武器はありますが、剣の柄に嵌め込んで使いますから、ある程度は接近しなければなりません。距離が開くと斬撃を飛ばすような使い方しか出来ませんので、それだと貴方達の矢と同程度の威力だと思いますから、有効とは言い難いでしょう。」
マーサさん、きっとシュウさんに無理言って作って貰ったんだろうな・・・。ニールさん達は、シュウさんと面識が無いので仕方ないだろう。しかし、そうなると・・・。
「白兵戦・・・か。」
ニールさんの言葉に、渋い表情で考え込むキランさん。そう、遠距離でダメなら全員が最大火力を出せる位置で戦うしかなくなる。しかし、さうなると懸念すべき事として、どうやって感知しているのかはわからないが、近寄ると何か伸ばして攻撃を仕掛けてくると聞いた覚えがあるからだ。
「キラン、このままでは埒があかないように思える。マーサ、ニール、トマスは勿論だが、イーオを攻撃に参加させるべきではないか?」
「・・・そうだな。だが、私自身が試して居ないので、何が起きるかはわからん。ヤツは近づくと触手のようなモノを伸ばしてくるから、それには触れないようにしなければならんだろう。」
父の言葉を受け、キランさんは少し思案した後頷くと、僕達を見ながら注意を促す。僕だけでなくマーサさん達も、キランさんの発言に頷く事で返事を返し、各々が武器を取り出して準備をし始めた時、アルが恐る恐るといった様子で口を開いた。
「あの・・・、師匠。俺も直接石を使ってみてもいいですか?」
「なるほど・・・。確かにアルは直接使えば、私達より高い威力の攻撃が出来るな。やってみる価値はあるだろう。」
直接使うと、一度の攻撃で大きさに関係なく石を一つ消費してしまうけれど、この場で一番強い攻撃が出来るのは、恐らくアルだ。その際、使う鉱石の大きさに比例して威力が上がっていく事は、実験の際に僕も見ているから知っている。確かシュウさん曰く、アルは鉱石との親和性が非常に高いのでは無いかと推測していた。
なら、この状況を打破するのであれば、アルの力が必要かもしれない。
「ありがとうございます。籠手に使う大きさの石では試してませんが、予備はさっき多めに貰っていますから、やってみます。」
「よし!では、その籠手は私が預かろう。白兵戦を行う故闇雲に打つ訳にはいかないが、頼んだぞ。」
「はいっ!」
キランさんの期待を込めた言葉に、アルは気合いの入った返事を返し、用意を整え始める。
僕が負けていられないと気を引き締めながら鉱石を発動させようとしている最中、アルは籠手をキランさんに渡した後酷くて心配そうな表情をしながらこちらに近づき小声で話しかけてくる。
「イーオ・・・気をつけろよ。」
「アル?勿論だよ。何があるかわからないしね。それより、アルの方こそ頼んだよ」
「違う、そうじゃない。」
「え?何が?」
「ふと、思ったんだよ。もしかしたら、またイーオが狙われるんじゃないかって・・・。」
「どう言う事?」
また僕が狙われる?アルは何を言いたいのだろうか?
「すまん、上手く言葉に出来ないんだが・・・。前にもお前は猪に狙われただろう?さっきだってそうだ。他にも人が居たにも関わらず、獣達はお前だけに襲い掛かった。」
「確かに、結果だけ見ればそうだけど・・・。猪の時は僕が一番近い位置に居たし、さっきだって僕が先頭に居たから、じゃないのかな?」
「さっきお前が気を失ってる時に皆にもこの話をしたんだが、師匠達もお前と同じ事を言ってた。考えすぎだろうって・・・。でも、俺にはそうは思えないんだ。・・・なぁ、確かイーオが前に言ってたよな?薬で身体が強化されているかもしれないって。」
「う、うん。ディランが言うには、だけど・・・。」
「それが原因なんじゃないのか?」
「まさか?ディランの話だと、ただ身体の回復する力とかを高める物だって言っていたから、今回の事とは関係無いと思うけど・・・。」
「本当に、それだけなのか?なら、どうしてお前だけ鉱石の力が違う形で発現するんだ?」
「それは・・・。」
言われてみれば、確かにおかしな話だ。僕だけ他の人とは明らかに違う。でも、だからと言って僕だけが狙われる理由にはならないのではないかとも思う。
「こんな時に言うべきじゃないとは思ったんだが、どうしても伝えておかなくてはいけない気がしたんだ。気をつけろよ。」
「わ、わかった。」
僕の返事を聞き、アルは神妙な顔付きで頷くと再び指示された場所に行き、用意を始めた。
・・・二度ある事は三度あると言うし、アルの言うように警戒しておいた方がいいのかもしれない。
しかしアルの言うように三度目があった場合、ヤツらの標的になる理由が僕にはあると言う事になるのだが・・・。そんな事あり得るのか・・・?
「各々、用意はいいか?」
先程の会話が気になりながらも準備を整え、キランさんに頷きながら返事を返すと、皆も用意が終わったらしく全員の視線がキランさんに集まっていた。
「アルや私達の攻撃の後、四人は随時白兵戦を仕掛けろ。すぐ二射目の準備をするが、放つ前に再び号令をかけるので巻き込まれないよう注意してくれ。」
「わかりました。お任せします。」
「では・・・、構えっ!」
そうキランさんが言い放った所で、僕は鎧を展開し構える。父達も再び蛹に向け籠手を突き出し、肝心のアルは目を瞑り弓を番えるような仕草をしていた。どうやら集中力を高めているようだ。
アルが目を閉じ何十秒かそうしていると、その手に握られた鉱石が今まで見た事もないような強い光を一瞬放ち、瞬時に弓矢が形成された。
それを見たニールさんは、感心したような表情をしながら僕に小声で話しかけてくる。
「アル君、でしたか?貴方もそうですが、彼も凄いですね・・・。直接武器を生成するには、明確にその形を思い浮かべなければなりませんが、余程使い慣れて居ないと中々出来ませんよ。」
「アルは・・・必死に弓の練習をしていましたから、そのおかげかもしれません。」
「・・・きっと、彼にとって、弓は特別なのかもしれませんね。」
「どう言う事ですか?」
「・・・貴方にはわからないかもしれませんが、彼にとっては弓が象徴なのでしょう。私達の剣のように・・・。おっと、おしゃべりはそろそろやめましょうか。用意が整ったようですから。」
「は、はい。」
ニールさんは、一体何を言いたかったのだろうか?
僕にはわからないかもって・・・。象徴ってなんの事だろう?
・・・まぁ、今は考えても仕方ないか。
攻撃の合図の後、白兵戦になるんだ。今は蛹の方に集中しよう。
「・・・放てっ!」
僕がそう思い直した直後、キランさんから号令がかかり、再び光の矢が放たれる。
父さんやキランさん達の矢が最短距離を駆け抜け、先程と同様に爆発音を伴い着弾したのに対して、アルから放たれた矢は実際の矢のように放物線を描きながらゆっくりと蛹へ降り注いだ。
そして、アルの攻撃が当たった刹那、至近距離で落雷があったかのような激しい轟音が空間に鳴り響き、思わず耳を塞ぎ目を閉じてしまう。
微かに地面が揺れたようにすら感じたので、それ程破壊力のある攻撃だったのだろう。まだ耳が痛いけれど、僕達は接近戦を仕掛けなければならないため、なんとか目を開け蛹の方へ視線を向けると、先程までと違い明らかにその体躯の一部が欠けているように見えた。
「今だ!畳み込め!」
まだアルの一撃の残響が残っているような感覚の中、誰かの声が聞こえ、僕は前へと走り出す。
今度は全力じゃない。身が竦んでいた所為もあるが、同じ事を繰り返してはいけないと言う思いもあったからだ。
二射目が用意されている間に、なるべく距離を詰め相手の出方を見ておきたい。そう考えながら接近していくと、蛹まで後数メートルにまで近づいた時、先程までは微動だにしなかった蛹の表面から突然、手のようにも見えるモノが無数に生え始め、こちらに目掛けそれらが束になって襲い掛かってくる。
決して避けられないような速度ではない。しかし、聞いていた話と違い緩慢な動きなどではなく、まるで洞窟前にいた獣達が僕に殺到してきた時と同じような速度と、それ以上の物量で真っ直ぐ僕を目掛けてきた。
「またか!?イーオ、避けろ!」
父のものと思われる焦りの籠った声が響くが、今回は獣達の時とは違い避けるには充分な空間もあるし、数は多いけれど何よりも一つ一つが小さい。
取り敢えず、一度方向を変え距離を空けるべきだと考え、迫り来る触手を掻い潜りながら、走り続ける。
その際、二度程反撃が発動して触手が焼け崩れた事が確認できたので、僕の鎧は有効なのはわかった。だが・・・。
「イーオ!一度引くんだ!何故かは分からんが、そいつらの標的はお前だけらしい!」
父の叫びが再び聞こえるが、この状況ではそれも難しい。どうすべきかを判断するため、触手の動きに注意しながら周りを確認していると、ニールさんやマーサさん達は僕より近づいて攻撃しているのにも関わらず、そちらには目も暮れず真っ直ぐ僕だけを狙ってきていた。
これは・・・、アルの忠告が正しかったようだ。だが、今更後悔しても仕方ない。
「早く下がるんだ!」
声に従いやはり一度下るべきかと思いはするものの、幾ら距離を空けようとしても執拗に僕だけを追いかけ回し、一向に攻撃が止む気配がない。むしろ、これは父達に近づかない方が良いのではないか?
それより、今のうちに僕以外の人に攻撃してもらうべきなのでは?この状況を利用すれば、僕以外の人には危害は及ばないだろう。
そう思い至った僕は、走りながらその事を伝えた。
「僕は大丈夫です!それよりいまのうちに攻撃を!僕が引きつけますから!」
「イーオ!?」
「いいから、早く!」
「キミの考えはわかった!キース、今はイーオ君の言う通りにすべきだ!アル、早く次の用意をしろ!マーサ達はこちらの射線に入らないように注意してくれ!合図は無しでいい!アル以外は全員全力で攻撃し続けるんだ!」
「は、はい!わかりました師匠!用意が出来たら言います!」
キランさんの言葉に父は少し冷静になったのか、籠手を構えなおすと。本体目掛けて光の矢を連射し始めた。
後は、僕の体力が持つかどうか・・・。
いや、大丈夫だ。僕は体力に自信があるし、鎧もまだまだ展開できる。
アルの攻撃が何度か当りさえすれば、そのうち核に届く筈だ。そう信じよう。
キランさんの指示を聞き、先程と同様にアルは矢を番える仕草をして力を発現させる。
その間はたかだか何十秒かの筈なのに、追いかけ回されている為か、かなりゆっくりに感じてしまい、僕の焦りが増す。
直接使うのだから、攻撃の軌道までも想像しなければならないので致し方なくはあるのだが。
「いけます!」
「よし!マーサ、ニール、トマス!一度下がれ!イーオ君!足は止めるなよ!・・・打てーっ!」
そうして、アルの二射目が放たれた。




