53 不安
体調不良により、少し短めです。
「・・・その様子では、私が怒っていたと聞いたようだな。では、その理由はわかるか?」
休んでいるキランさん達と合流しようとした時、僕達が
近づいてくる事に気付いた父は、険しい表情をしながら少し離れた場所に僕だけを連れていき、こちらに向き合うと開口一番にそう告げた。
「・・・僕が一人で突っ込んだ・・・から?」
「違うな。私はイーオに腹を立てた訳ではない。・・・恐怖を感じる事は、誰にでもある。確かに、今回のお前のようにそれに呑み込まれ、状況を顧みずに一人で突き進んだ事は、結果がどうであれ褒められるような事ではない。だが・・・、そうではない。」
「どういう事・・・?」
「イーオ・・・、キランの突撃の合図の際、お前は明らかに冷静さを欠いていたな?」
「はい・・・。」
「勘違いするな。先程も言ったが、それを責めるつもりはない。」
「・・・と言うと?」
「今、冷静に考えるのだ。あの状況で、突撃の号令が下された事は本当に正しいのかどうかを。」
「え・・・?」
父は何を言いたいのだろうか?
遠距離からの攻撃が有効だった事を確認した後、そのまま接近戦に持ち込むのは、そんなにおかしな事ではない筈だ。
「わからないか?あの時、獣達はどのような状況だった?」
「二体の熊が殆ど無力化されていたけど・・・。獣に目立った動きは・・・。」
あれ?ちょっと待て。
陣形を整えていたにも関わらず、前衛が倒れたのに微動だにしていなかった?
これは、どういう事だ?
「漸く気付いたか・・・。そうだ。あの状況で、獣達は動いていなかったのだよ。」
「まさか、僕達が突撃してくるのを待っていた?」
「結果から見ると違うと言えるが、それはあくまで結果論だ。あの時。突撃をする前にキランはその事に思い至らなかった。もし、本当にこちらが仕掛けるのを待っていたのだとしたら、突撃をするとどうなっていたと思う?」
その場合どうなるか・・・?
うーん・・・?
「・・・伏兵がいる可能性を、忘れているな?」
「あっ!」
そうか!
あの時、僕が獣達に近づいた時に突進を仕掛けてきた。
もしその時、同時に猪達が後背から奇襲を仕掛けてきていたら、意識が前に向いている状態では後衛も混乱し、陣形は崩され、なす術もなく壊滅してしまっていただろう。
「まぁ、その事に意識が向き、結果背後ばかりに気を取られた私は、イーオが暴走していた事に気づくのが遅れてしまったのだ。これも私の落ち度だな。・・・私が、何を言いたいのかわかるか?」
「・・・あの時、皆が選択を間違えた・・・?」
「そうだ。結果、壊滅もせずに今こうして居られるのだから、問題無いと捉える事は出来るだろう。・・・だが、それは今回偶々運が良かっただけだ。こんな事が何度も起こる等と考えるべきではない。実際は・・・、ニールとトマスは然程前には出ずに後方の警戒を、マーサはイーオ達のやや後ろに控えてどちらにも動けるようにしていた為、すぐ瓦解するような事はなかっただろうがな。」
言いようのない恐怖が、今更になって僕の中に湧く。一歩間違えたら、こうして話す事も出来なかったのだと理解したからだ。それと同時に、父が僕に何を伝えようとしたのかが、少しだけどわかった気がした。
あの状況で、キランさんに静止をかける事が出来た人物は、援軍の三人を除けば僕と父しかいない。今から思えば少なくとももう一回くらいは後衛からの攻撃を仕掛けるか、様子見をするべきだったのだろう。
その際に、僕は鎧を過信しすぎた挙句、考える事を放棄して冷静さを失い、暴走してしまった。
キランさんは・・・恐らく度重なる状況の変化や、想定外の事態で焦り、制圧を急いでしまった。
そして、父は・・・
「・・・私が、腹を立てたのは自分自身に対してだよ。何故あの時、キランを止められなかったのか、もっとイーオの様子に気を配れなかったのか・・・。いや、違うな。お前達が主体だからと言って、なるべく口を出さないようにしてしまった事が・・・私の最大の失敗だ。」
「父さん・・・。」
父は、この進軍が始まって以降、看過出来ないと判断した時以外に口を出さないようにしているのは気付いていた。
それが、どういう思いからくるのかまではわからないけれど、父の事だから副官に徹しようとしたのだろう。
しかし、その役割が一番必要な場面で迷い、機会を逃した。だから自分に腹を立てたのだ。
父らしいな。
「・・・私は、最初から説教などするつもりは無いし、同様に失敗したのだからその資格もない。だがな、私だけでなく、イーオにとっても今回の事はいい教訓になったように思う。何度も言ってきた、余計な思考で動きを鈍らせるなと言うのは、思考を放棄しろと言う事ではない。」
「決断を迷うな、と言う事?」
「その通り。そして、今回私達はその言葉の通り実行出来なかったという訳だ。・・・まだまだ、精進が足りないと言う事だな。」
「・・・うん。そう、だね。」
「二度と、このような事を繰り返してはいけない。お互いにな。」
「・・・はい。肝に銘じておきます。」
でなければ、彼女がまた泣きそうな顔をしてしまうだろうから。
僕の言葉に満足そうな表情で頷いた父に促され、二人でキランさん達の居る場所にまで戻り、改めてマーサさん達や、キランさんに謝罪をしてから、突入に向け再度準備を整える。
「辺りを詳しく探索させたのだが、報告によれば周囲にはやはり他の獣は見当たらないようだ。もしかすると中に居るのかもしれんな。」
洞窟の通路はは狭いため、突入する部隊は総勢10名の使用者に限られる。なので、僕が気を失っている間に、辺りをくまなく探索し、ほかに獣が居ないかを再度確認したらしい。
もし獣が残っていた場合、挟撃を防ぐためそちらを先に討伐する必要がある。
当初は別働隊で対応する予定だったが、既に想定していない事態が起きているので、突入前に懸案事項はなるべく処理しなくてはいけない為、当然だと思えた。
「洞窟の中はどうなっているのですか?」
「然程深くはなく、至る所で鉱石が剥き出しになっているので明かりは必要ないだろう。実際、私が以前偵察に来た際には必要性は感じなかった。例の蛹がいる場所は言わずもがな、だな。構造自体も一本道の為、迷う心配もない。」」
「なるほど、わかりました。では、私とトマスが先頭を行きましょう。」
「構わないが・・・。いいのか?」
「私達は先程何もしていませんからね。入り口を固めてはいきますが、最後尾には念のため最も防御に優れたイーオ君を配置すべきでしょうし。」
「挟み撃ちの警戒だな。確かに、それがいいだろう。」
「何故、僕が先頭ではないのですか?」
もしかして、さっき突っ走ってしまったからだろうか?
「それは、キミの反撃の火力が強すぎると困るから、だよ。獣を同時に八体も屠れるとなると、通路自体を破壊してしまう恐れもあるからね。だがら、今回先頭は私達が行く方がいいのさ。まぁ、誰でもいいんだけどね。」
「そう言う事ですか・・・。」
あの力は僕の物ではないと思うけれど、鎧でも狭い通路だと反撃の余波が他の人にいかないとも限らない。盾だとそもそも視認性の問題や、振り向いたりすると僕の動きに何故か付いてくるので、向いていないし・・・。
「えぇ、なので適材適所、という事ですよ。その分最奥に到着後はお任せします。今の貴方なら、同じ事は繰り返さないでしょう?先程の謝罪を聞き、何が悪かったのかをきちんと省みる事が出来る人間だとわかりましたからね。」
「だから、着くまでは僕達に任せてくれていいよ。」
ニールさんとトマスさんの言葉に、僕は気を引き締めながら頷いた。
こうして、内部への突入の為の陣形も決まり、いよいよ洞窟の攻略が始まる。通路の壁は鉱石が含まれている為か所々がまるで照明の如く淡く光を放っていて、確かに灯りは必要ないように思える。
だが、これは不自然すぎやしないか?
僕には、これが人為的に配置されているようにしか思えない。だとすると一体、この奥にいる存在は何なんだろうか?
考えすぎなのかもしれないが言いようのない不安を感じ、思わず胸にあるお守りを握りしめると、鉱石を使っていないのに何故か人の体温のような温かさを感じて、不思議と心が落ち着いていく。
そうだ。僕は一人じゃない。
この先に何が待ち構えていようと、やるべき事をやるだけだ。
そう自分に言い聞かせながら、洞窟を進んでいった。