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いつか、どこかで  作者: 眠る人
53/86

52 狂走

 黒化した獣と対峙するのは二度目だが、自分の目がおかしくなったのかと疑ってしまう程に、獣達が居る場所だけ黒く塗り潰した穴のように見える。これが、元は生き物だったなんて・・・。


 あの時は一体の猪だったのだが、今度は全部で十体、しかもより力の強い熊や、野生下でも連携をとる狼が相手だ。

 更に、先程の鳥の例もあるのだから、他にも居ると仮定して、周りの状況に気を配る必要があるだろう。


 だが、同時に二体くらいまでなら、腕輪に付いている10センチ程の鉱石があれば、何とか相手が出来る筈だ。

 使用する鉱石の大きさによって、反撃の威力と回数が変化する事は実験で判明していて、今回はそれが二つもある。


 なので、一人で全てを受け持たない限りは、簡単にはやられはしない・・・はず。



 そう自分に言い聞かせながら獣と対峙していると、僕はおかしな事に気付く。獣達が全く動こうとしないのだ。


 洞窟の前はまばらに木が生えてはいるものの多少開けてはいて、まだ多少距離はあるが先頭の僕達は明らかに姿を晒しているのにも関わらず、獣達は微動だにしない。


 熊の力で襲い掛かられるのはかなり危険なので警戒をしてはいたのだが、向こうから来ないのであれば、後衛に先制攻撃を仕掛けて貰うのがいいのではないだろうか?


 そう思い、キランさんに視線を向けると同じ事を考えていたようで。キランさんは軽く頷きつつ左手で剣を掲げあげ、それと同時に右腕の籠手を前に突きしながら号令をかける。


「構えっ!」


 攻撃準備の掛け声が響くと後衛が弓を番え、アル達も腕に装着した籠手を獣達に向け石の力を展開した。


 あの籠手はアルとの実験を元にシュウさんが改良を施し、ウィンザー家の騎士団で鉱石を扱える人物の数だけ作成したものだ。


 試作品とは違い、威力の向上と効率化が図られているので溢れている光は赤ではなく、黄色い。

 曰く、石をそのまま使う場合は制御装置や石は白く輝き、次いで黄、赤の順に効果を発揮出来る時間や回数は増える代わりに、威力が弱まっていくのだそうだ。


 僕のお守りのように緑に発光する事は、シュウさんの作った装置では起きた事が無いと言っていた。だが、その反応から彼は、石が緑に発光する事自体は知っているのではないかと、説明を受けながらそう感じたのを覚えている。


「放てっ!」


 僕が余計な事考えている間に攻撃準備が整い、それを確認したキランさんが掲げた剣を振り下ろしつつ再び号令をかけると、一斉に沢山の矢と光が放たれた。


 放物線を描きながら飛ぶ矢とは対象的に、籠手から放たれた光の矢は目にも止まらぬ速度で真っ直ぐ最短距離を突き進み無抵抗の獣に命中すると、爆発音と小さな閃光が起こり二体の熊の手足が千切れ飛んだ後、更に矢が襲いかかる。


「突撃!」


 攻撃が当たった事を確認すると、今度は僕達と遊撃部隊へ向けた掛け声がかけられ、それを聞いた僕は恐怖を振り払うかのように、自分でも何を叫んでいるのかもわからない声をあげながら、残り二体の熊へと目掛け突進をした。


 だが、部隊の先頭にいる僕が獣へ残り10メートル程にまで近づいた時、それまで全く動かなかった獣達が、何故か真っ直ぐ僕へと身体を向け、我先にと走りだす。


 勿論、突撃をしたのは僕だけではなく、キランさんとタイロンさん、その少し後ろにマーサさんやニールさん達も居たのだが、明らかに目標は僕だった。


「いかんっ!止まれっ!」


「イーオっ!下がれっ!」


 何故、僕の方にだけ?そう思った直後、父とアルの焦ったような叫び声が聞こえるも時既に遅く、獣達はかなりの速度で僕の目と鼻の先にまで迫っており、何より僕自身が冷静さを欠いた状態で全力で走っていた為に止まる事も出来ず、反射的に頭を庇うように腕を交差させる。


 熊は人間より圧倒的に足が早く、まともに正面からぶつかれば、衝撃を吸収出来ない鎧を展開しているこの状況では、その質量からもまず間違いなく無事では済まない。


 獣達との正面衝突を、僕に避ける術など最早ないだろう。全ての獣が僕を狙う等全く予想もしていなかった事態に、僕が死を強く意識した直後、それまで感じていた焦り等が消え失せ、急に思考が澄んでいき、獣達が突然ゆっくり動いているように感じた。


 何かの本に書いてあったけれど、まさか僕自身がそれを体験する事になるなんて・・・。死に瀕した時、人が発揮する集中力が起こす現象・・・だっけ?詳しい原理は、わからないけど・・・。


 そんなことより・・・。


 ごめん。サリーナさん・・・。約束、守れそうにないよ。


 父さんはいつも僕に冷静さが足りないって言っていたけど、最後までその通りだったね。本当にごめん。


 誰も泣かせたく無いって、そう誓ったばかりだったのに、まったく・・・僕って奴は・・・。



 ゆっくり流れる時間の中で色々な人達に心の中で謝罪をし終えてから、猪と戦った時のように痛いのかな?等と、自分でも呆れる程に呑気な事を考え、目を閉じた瞬間―――


 〈ダメーーー!〉


 聞き覚えのある叫び声が一瞬聞こえたような気がした後、重い物がぶつかるような鈍い音と、全身が浮き上がる程の衝撃が伝わり、そこで僕の意識は途絶えた。




 〈・・・いつか、どこかで・・・って、そう私と約束したではありませんか・・・。それなのに、貴方はまた私を置いて行ってしまうのですか?〉


 か細い声で悲しそうな表情をしながら、こちらを見つつそう告げる彼女に、僕は必死で手を伸ばそうとするが、身体は動かなくて、声も出す事が出来ない。


 それでも、どうにかして泣き顔を見せるノアを笑わせたくて、手を伸ばそうとし続けていると、今度はぐらぐらと地面が揺れ始める。


「・・・ーオ!」


 誰かの声が聞こえるけれど、誰だろう?今は、ノアをどうにかしないといけないというのに。


「・・・ろよ!イーオ!」


 なんか、前にも似たような事があった気がするな。いつだっただろうか?


「こんなとこで、寝ている場合じゃないぞ!起きろよ!」


 ・・・そうだ。

 猪と戦った時だ。


 あの時、アルは僕が死ぬのではないかと焦り、必死で起こそうとしていたな。

 また、同じ事を繰り返しているのか僕は。


 全く、度し難い。でも、ごめん・・・身体が動かせそうにないよ。


「ワタシに任せて!」


 この声は、マーサさん・・・か?


「早く起きないと、サリーナに言いつけるよ!イーオが一人で突撃して、死にかけたって!」


 それは勘弁してほしい・・・絶対泣かれてしまう。いや?泣きながら怒るかもしれない。どちらにせよ、それはイヤだ。


 そう感じると、唐突に記憶の中にある彼女の泣き顔が呼び起こされ、居ても立っても居られなくなり、僕は目を開ける。


「・・・サリーナさんの名前を出すと、すぐに起きるのな・・・。」


 声の方に振り向くと、呆れたような表情でこちらを見るアルがいて、反対に顔を向けると、マーサさんとニールさんの姿も確認出来た。


「だが、まぁ・・・目を覚ましてくれて、よかったよ。」


 心底安堵したようなアルの呟きを聞き、また心配をかけてしまった事を申し訳なく思う。

 だが、一体僕に何が起きたのだろうか?

 あの瞬間、絶対絶命だとそう感じていたのに、僕はどうして生きているのだろうか?


「・・・貴方達、彼は吹き飛ばされた時の衝撃で気を失っているだけだと、先程言ったではありませんか・・・。彼の身体には、擦り傷一つありませんよ?」


 混乱した頭で考えを巡らせていると、ニールさんがマーサさんとアルを窘めるように告げたのだが、その内容に僕は酷く驚いてしまう。身体にかすり傷すら、ない?


 それを聞き、寝転がったまま少し身体を動かしてみる。多少首は痛むけれど、確かに腕や足に関しては問題無く動かせるようだ。かなりの衝撃を受けたのに、何故?


「いやー・・・アルドが余りにも必死だから、つい・・・。」


「貴方が一番取り乱していたでしょうに・・・。まぁ・・・私も最初、彼が死んだと思いましたから、仕方ないかもしれませんが・・・。少しは冷静になりなさい。」


「はーい・・・。それよりイーオ、ちょっと起きてくれないかな?聞きたい事があるんだけど。」


「え?あ、はい!」


 状況が飲み込めず混乱している僕に、マーサさんが声をかける。

 その事で、漸く横になったままだと言う事に気付き、慌てて上半身を起こし立ちあがろうとすると、アルが手を貸してくれた。


 そうして立ち上がった僕に、ニールさんは歩み寄り僕の肩を軽く叩きながら告げる。


「キランに、礼を言うべきでしょうね。吹き飛ばされた貴方を受け止めた為に、貴方自身にはかすり傷すら無いのですから。」


「僕には・・・って、もしかしてキランさんが!?」


「えぇ、そのせいで少し足を捻ったらしく、今は休んでいますね。」


「そんな・・・。僕のせいで・・・。」


「大した怪我ではありませんから、大丈夫ですよ。初陣と聞いていましたから、貴方が暴走してしまうのは仕方のない事です。・・・それより悔やむのは後にして、アレの説明を出来ますか?」


 そう言いながらニールさんは僕の背後を指差す。釣られてその方向へ振り向くと、そこには動かなくなった獣達の死体が転がっていた。


 黒化は解かれ、赤茶けた体毛がはっきり確認出来る熊と、白い狼達の死体だ。僕が伸びている間に戦闘が終わっているのは、先程の様子から理解はしていたけれど、あの死体の説明を・・・僕にしろと?


 そんもの、わかるはずがない。


「・・・その様子では、貴方自身何が起きたのか理解していないようですね・・・。私には確認出来ませんでしたが、マーサが、獣とイーオ君がぶつかりそうになった時、一瞬緑色の壁のような物が見えたと、そう言っているのですよ。」


「俺にも見えなかったし、マーサさん以外誰も見ていないから、気のせいかとも思ったんだけどな。前と同じような閃光と一回の雷音は全員が確認していたから、イーオの鎧が反撃した事で倒したのかと思っていたんだけど・・・。」


「イーオの鎧って・・・、前に見たのだと、一回程度じゃ獣8体を同時に止められるような破壊力と範囲じゃないよね?せいぜいが、熊一体、出来て二体が限度な気がするの。同時に全方向から攻められればありえなくはないけど、アイツらイーオの前方から突進してたんだから、それは無いよね?」


 今回持たされている鉱石は、かけらではなく10センチほどの塊なので、少なくとも五回の反撃が行える。なので複数回雷音が響いたのであれば、鎧の反撃で倒したのだと結論付ける事は出来るが、証言通りなら聞こえた回数は一度らしい。


 それとは別に、以前鎧を展開したと思われる猪との戦いの後、僕はかなりの手傷を負ってしまったので、突進の威力自体は殺す事が出来ないのは明白だ。


 故に、今回も鎧の反撃で倒したとなると、僕自身に怪我がない事の説明は出来ない。


 確かに・・・、これは腑に落ちないな。


「なぁ、イーオ。師匠がお前を受け止めた時、生身だったって言ってたんだよ。確か、力を使い終わるまで、解除されない・・・よな?」


「えっ?」


 一回の反撃で鎧が解除された・・・?意識を失ったから、だろうか?


「渡された鉱石を保持する為の腕輪って、幾つだ?」


「二つ・・・だね。」


 シュウさんが籠手の作成の合間に、僕の為に用意してくれた腕輪は二つだ。余り付けすぎて、重さで腕を動かしにくくなっても困るし、いざとなれば僕の場合直接鉱石を持ったとしても特に暴発の心配はないので、それ以上は必要ないと相談して決めたのだ。


「なら、確実に一回じゃ使い切れない、よな?」


「うん。アル、何が言いたいの?」


「腕に付いてるソレ、俺には二つとも使い切っているように見えるんだが・・・。」


 アルに言われ、僕は慌てて両腕に付けていた腕輪を確認すると、嵌められていた鉱石は二つとも輝きを失ってしまっている。


 呆然としながら、黒く染まってしまった石を眺めていた時、ふとある考えが頭を過ぎる。


 まさか、あの時聞こえた声って・・・。


「・・・もしかすると、まだイーオ自身が知らない石の使い方があるのかもな・・・。」


 確かに、実験で使った石は大きくても数センチだったから、その可能性はあるけれど・・・。多分、違う。きっと・・・あの時聞こえたような気がした彼女の声・・・、それが答えだろう。証拠は無いけれど、直感的にそうなのだろうと確信した。


「本人にも原因がわからないのは引っ掛かりますが・・・。ともかく、貴方の未知の力が発揮されたにしろ、最小限の被害で獣達を無力化出来たのは事実です。石の予備はまだまだありますから、今はとりあえず突入の用意をしましょう。」


「そうだね。イーオが起きた事をキランやキースにも伝えなきゃいけないし、とりあえずそっちに行こうか。皆心配してたんだから!ちゃんと、お説教されなさい!」


「師匠はともかく、キース様は相当怒ってましたからね・・・。」



 父達と合流しようとする三人の後に続きながら、この後にある説教を思い少しげんなりしつつも、心の中で彼女にお礼を告げる。


 守ってくれてありがとう。


 ずっと、僕を見守ってくれていたんだね。


 僕は、もっと冷静にならないといけない。でなければ、彼女がきっと悲しむから。いや、彼女だけでは無く、サリーナさん達も、悲しませる真似は慎まないとな。


 それが、泣かせない一番の方法なんだって、漸く気付いたんだ。


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