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いつか、どこかで  作者: 眠る人
52/86

51 始まり

「無事に・・・帰ってきてくださいね・・・。」


 出発が早まった事を告げると、複雑そうな表情を浮かべながら僕を見つめつつ、サリーナさんはそう伝えてきた。伯爵との約束もある為、此処で与えられた仕事をこなさないといけない事がもどかしいのかもしれない。


 なら、僕は彼女を安心させないといけないな。


「保証は出来ないけど・・・なるべく、無事に帰れるように努力するよ。」


 本当は言い切りたかったのだけれど、いざ言葉にしようとすると急に恥ずかしさや、先程まで感じていた不安が頭を過ぎり、つい弱気な言葉になってしまう。


「イーオ、そこはもっと格好を付ける所だと思うぞ・・・。」


「うるさいな!言われなくても、そんな事わかってるよ!」


 アルに言われるまでもなくわかってはいる為に、つい大きな声で言い返してしまうと、そのやり取りを見ていたサリーナさんがクスクスと笑いながら口を開いた。


「いいんですよ。その方がイーオさんらしいですから。・・・アルさんも、どうかご無事で。」


「ありがとうサリーナさん。まぁ、コイツの事は任せとけ。」


「・・・イーオさんは他の皆さんも付いているので大丈夫だと信じてますよ。それより、アルさん。ニーナを悲しませるような事だけはしないでくださいね?」


 ニーナさん?確かサリーナさんの友達で、大衆食堂の娘さん・・・だったよな?僕は数回しか会っていないが、何故今彼女の名前が出てくるのだろうか?


「・・・どうして、サリーナさんが・・・って、そう言えば親友だったか・・・。だが、俺はまだ返事はしていないぞ。」


「相談、されちゃいましたからね。アルさんがどう返事をするにせよ、直接伝えてあげてほしいんです。だから、アルさんも無事に帰って来ないと、あたしが許しません。」


「・・・それは怖いな。」


「なら、約束してください。無茶はしないって。」


「あぁ。約束する。」


 そういう事か。

 アルにも、ちゃんと無事に帰らないといけない理由かあるんだな。

 親父さんとの話がまだついていないのは、キランさんから聞いてはいるけれど、ニーナさんとの事があるなら尚更だ。


 アルの言葉に、サリーナさんは満足そうに頷くと、彼女は仕事へと戻っていった。


「アルも隅に置けないね。」


「うるせぇ。」


 僕の軽口に珍しく照れたような様子で返すアルを見て、僕は負けられない理由がまた一つ増えたなと感じる。


 いや、ニーナさんだけじゃない。サリーナさんは勿論だけど、街で待つ伯爵やリズ達が悲しまないよう、無事に成し遂げなければならないと、口には出さないけれどそう静かに心に誓い準備を整える。


 誰かの泣く所を見たくはないし、見ていない所だったとしても泣いてほしくはない。

 案外僕が行動する理由は、それだけなのかもしれないな。




 そして大凡1時間後、部隊の再編や準備が終わり出発の用意が整う。

 急な変更だったにも関わらず、これだけ迅速に事が進むのは、単に普段の訓練や演習の賜なのだろう。


「これより、進軍を開始する!」


 キランさんの号令と共に、隊列を組み森の中を騎士団は進み始めた。

 依然として、鳥の鳴き声等は聞こえずに鎮まり返ってはいるが、湖に向かう時とは違い僕の中に不安はあまり無かった。



 鉱石使用者の僕、キランさん、マーサさん、タイロンさんを先頭に目印を頼りにしながら1時間程先に進んだ頃、ふいに空を見上げると黒い何かが僕の視界に入る。

 上空を旋回するように移動しているので、恐らく猛禽か何かなのだろうが、何故か気になり暫くの間観察をする事にした。


 それから暫く観察を続けるも、小動物を狙っているのならいずれ見えなくなる筈なのだが、30分程進んでも僕達の真上を鳴き声も上げず飛び続けている。これは、不自然だ。


「キランさん。空を見てください。」


「空?・・・鳥、か?アレがどうしたんだ?」


「あの鳥、暫く観察していたんですけど、ずっと鳴かずに僕達の上を旋回しているだけで、獲物を獲る為に降りたりはしていないんですよ。」


「・・・となると、アレが隊の監視をしていると、キミはそう言いたいのか?」


「はい。」


「ふむ・・・。だが、あの高さでは落とす事もできないな。」


「いえ、多分、やれます。」


「本当か?」


「弓はそこそこ自信がありますよ。」


「なら、やってみてくれ。隊は気付いた事を悟られない為にもこのまま進めるが、構わないか?」


「はい。こっそり高めの木に登って、狙ってみます。」


「頼んだ。弓は後方の兵から借りるといい。」


「わかりました。」


 僕は隊列を離れ、後方にいたアルと父に事情を話し弓を受け取り、駆け足で隊列の先に見える付近で一番高い木に登り上から周りを見渡すが、他に飛んでいる鳥は確認出来ないし、その動きが規則的すぎるので、やはり不自然だと感じた。


 黒化していない生き物では?と思わなくはないが、不安材料は少しでも排除しておきたいので、気持ちを切り替えて息を整え狙いを定め、矢を放つ。


 一定周期で旋回していたので当てる事自体は難しくはなかったけれど、胴体に当たったにも関わらず多少体勢を崩しただけで落ちはしない。

 それを見て、普通の生き物ではないと確信した僕は、2射目3射目を連続で放つと、2射目は外れ、3射目は翼の根元に当たったらしく、両翼で羽ばたけなくなった鳥は片翼だけを動かしながら、森の中へと落ちていく。


「やったか!?」


 撃ち落としたのを確認して、大きく息を吐いた所下からキランさんに声をかけられ、僕は返事を返しながら木を降りると、進軍を一度止め、団員達で鳥が落ちた辺りを捜索すると伝えられた。


 上空から観察されているという事は、奇襲をかける場所や機会を相手に握られている状況に他ならないので、気が気ではなかったのだろう。


 暫くすると、団員から発見と核を取り出したとの報告があり、そのまま少しの間進軍を止め休息する事になった。真っ直ぐ進んだのでは、到着する時間を大凡ではあるものの相手が逆算出来てしまう為、当然の判断だ。


「よく気が付いたな。それに、よく仕留めた。聞いてはいたが剣だけでなく、本当に弓の腕まで優れているとは。」


「村でも、イーオより弓が上手いやつは居なかったもんな。」


「褒めすぎだって・・・。それより、これからどうするんですか?」


「少し休んだら出発しようと思う。・・・しかし、腑に落ちないな。」


「何がですか?」


「監視していたのなら、何故伏兵を使わない?」


 キランさんが何を言いたいのか分からず、返答に窮しているとニールさんが頷きながら、後に続けた。


「えぇ、私なら位置がわかっているのであれば、道中で不定期に奇襲を仕掛けますね。戦力を削ぐのは勿論ですが、戦意を削ぐ目的でもその方が有効でしょう。」


「疲弊させ、戦意を削がれれば撤退に追い込むのは容易だからな。こちらからは相手の位置が見えないのだから、そうする事が通常なら上策だろう。だが、仕掛けては来なかった。何故だ?」


「皆目見当がつきませんね。戦う意思が無いようにしか思えませんよ。これ以上無い程の機会は何度もあった筈でしょう。」


「そうだな。今になって思えば熊や狼を並べたのは、威圧し撤退させる為だとすら考えられる。そうなると、あの獣達の配置すら幼稚に思えてくるな。戦術に疎いのか?そもそも、本当にアレが指揮をしているのかすら、分からなくなるな。」


 なるほど・・・。近づけさせたく無いなら、道無き道を進んでいるこちらに奇襲を仕掛け、撤退に追い込む方が効率的な筈なのだ。だが、それすらもして来ないとなると、確かに不気味だし、知性があるのかも疑わしくなる。


 戦術がわかっている二人だからこそ混乱し、難しい顔をしながら言葉を交わしているのだ。余りにチグハグな行動や行為の為仕方ないのかもしれない。


 うーん・・・。僕が先行して、偵察でもした方がいいのかな?鉱石の力を展開したまま移動すれば、そう簡単にはやられはしないだろうし。


 その事を提案しようとした矢先、二人の会話ん黙って聞いていた父が立ち上がりながら口を挟む。


「そう思わせる事が目的かもしれん。もう暫くで目的地なのだから、警戒を厳重にしながら進むしかあるまい。」


「そうだな。隊列を四列から五列にし、もう少し左右を厚くして進めよう。その方が木々に囲まれていても全方位の警戒がしやすくなるだろう。」


「鳥を敢えて落とさせ油断を誘う為ならば、今仕掛けて来ない事も不自然ではありますから、確かにそうやって私達に疑念を抱かせるのが目的なのかもしれませんね。」


「未知を相手にするのだ。考えてしまうのも無理はない。しかし、指揮をする我々が迷うと友が死ぬ。ならば、現状出来うる事を最大限発揮する為に、注力すべきだとは思わないか?」


 父の言葉に、二人は力強く頷き、陣形の再編の相談を手早く終わらせ、隊列を整え直し再び進軍を始めるが、それ以降辿り着くまで何も起こらなかった。


 もしかすると、進む速度を落とし、警戒を厳重にした為なのかもしれない。気を緩めないようにしなければ。




 休息後、指示があったからか、団員達も張り詰めてような表情で全方向を警戒しながら目印に従い歩みを進める。しかし、それ以降目的地に辿り着くまで何かが起きる事もなく、拍子抜けするくらいあっさりと到達してしまい、皆困惑したような表情を浮かべていたが、無事に洞窟の前まで来た事を印により確認したキランさんは、一度全体に停止を指示し、笛による鳥の鳴き声を真似た合図を送ると、先行していた偵察部隊が現れる。


 もし、罠や伏兵が居たのなら、黒化した鳥が居た事から彼らは無事ではなかっただろう。だが現れた彼らに犠牲はなく、その報告も湖に到着した時と変わらなかったようだ。


 その事で、益々相手が何を目的としているのかがわからなくなるが、わからない事は考えても仕方がないだろう。キランさんも同様に考えたようで、陣形の指示をする前に小声で呟くように告げた。


「不安は残るが・・・ここまで来たのだ、やるしかないな。」


「何かあれば.即撤退を。」


 ニールさんの言葉にキランさんは頷き、戦闘の為の陣形に移行する。


 僕を先頭にタイロンさん、キランさんがその後ろに控える事で獣の突撃に備え、他の使用者は僕達3人の後方から少し距離を空け力を発現させて支援攻撃を仕掛け、マーサさん達客将が遊撃を担当し、最後方の扱えない団員達は木々を縦にしながら弓での牽制を仕掛ける事と、側面や後背の警戒が目的となる。


 歪な三角形のような陣形になるのだが、僕の力を発現させた場合、下手に近づくと反撃の巻き添えが出る可能性がある為、仕方がないだろう。


「イーオが先陣だ。頼んだぞ。」


「はい!」


 キランさんの言葉で、僕は鉱石の力を発現させ、鎧を展開すると、それを確認したキランさんが号令をかけ、洞窟の前に陣取る獣達の前へと向かう。


 普段の訓練とは違う、実戦。

 以前、猪相手に死にかけた記憶が蘇り、僕の心臓の鼓動が否応なく早まるけれど、大きく深呼吸をし湧いてくる恐怖をなんとか抑えつつ歩みを進め、僕達と獣達が対峙する。


 これが、僕にとっての永い戦いの始まりだった。

読み直して、表現の修正を行いました。m(_ _)m

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