50 会議
父の後に続き天幕へと足を踏み入れると、既に後方支援の部隊長や、突入部隊の面々等が集まっており、地図を広げている最中だった。
「トマスと二人で何を話していたの?」
接点のない僕達が話をしていた事が気になったらしいマーサさんが、僕が入るなりこちらに近づき見上げながら興味津々といった感じに問いかけてくる。
すると、隣に居たトマスさんが何故か僕の代わりに、ニヤニヤしながら返事を返す。
「あぁ、イーオ君をうちの騎士団に勧誘していたんですよ。」
「ダ、ダメだよ!ワタシとキースの一番弟子なんだから、トマス達にはあげないよ!」
確かに誘われはしたけれど僕にはその気がないので、焦ったような様子のマーサさんに行かないと伝えようとすると、先にトマスさんが口を開いた。
「えぇ?彼、うちに来るって言ってましたよ?」
「ホ、ホント、なの・・・?」
突然何を言い出すんだこの人は!?
トマスさんの発言を聞き、途端に彼女は表情を変え悲しそうな声色で僕に尋ねるが、そんな返事をした覚えはないので慌てて首を横に振ると、隣からクスクスと笑い声が聞こえてくる。
「トマス、貴方はまたいい加減な事を言って、マーサを揶揄っているんでしょう?話が進まなくなるので、やめなさい!」
「兄さん、バラすのが早すぎますよ。・・・安心してください。彼には断られましたから。ただ、うちの騎士団にはキランの教え子も居ますから、一度その実力を見せに来て欲しいのは本心ですけどね。」
「その話は後にしてくれ。それより、全員揃ったのだから始めよう。余り時間もない。」
「・・・え、えぇ、そうですね。ではキラン、状況の確認や目的の説明をお願いします。」
「・・・わかった。」
トマスさんの発言の後、父が苛つきの籠もった口調で会議を始めようと言い出した。
その様子が何時もと違うと感じたのは僕だけではなかったらしく、ニールさんはやや焦りながらも渋い顔で父を見るキランさんに開始を促すと、重い雰囲気のまま作戦会議が始まる。
「まずは、洞窟の位置だが、ここから大凡二時間程移動した場所にある。」
キランさんはそう言いながら、地図に書き込まれたバツ印を指差した。僕には地図の見方はわからないが、説明によるとどうやら山の麓にあり、周囲は木々に囲まれているようだ。
「次に、現状判明している周囲の獣の居場所なのだが・・・、こうなっている」
そう言うと、キランさんは石を獣に見立てて地図上に配置していく。置かれた石は全部で10個、と言う事は黒化獣は10体いると言う事か。
「ん・・・?なんですか、コレは。」
「気付いたかニール。私も先程報告を聞いた時は驚いたよ。」
どうかしたのだろうか?キランさんが石を並べ終えた直後、ニールさんは険しい表情で地図を眺めながら呟いた。いや、ニールさんだけではない。トマスさんも、マーサさんも、石を置いていたキランさんや父までも同様の表情で見つめていた。
「どうしたんですか?」
「イーオ、これを見て気付かないか?」
「え・・・?あっ!」
「そうだ。綺麗すぎるとは思わないか?まるで陣を敷いているかのように、こちらから進軍すると中央に四体、両翼に三体ずつが配置されている形になっているのだ。」
父に言われ、改めて並べられた石を見ると、陣形を組んでいるかのように等間隔で置かれている。まるで、こちらを迎え討とうとしているかのようだ。偶然・・・なのか?
「熊と思われる獣が中央に四体、両翼は狼だと思しき影らしい。昨日の報告では、このような配置ではなかったし、数も増えている。猪なんかもいた筈なのだが、今日の偵察では見当たらなかったそうだ。・・・ニール、これをどう見る?」
「恐らくですが、耐久力のある熊で正面から迎え撃ち、機動力のある狼で側面から打撃を与えるのだと思います。現状見当たらない猪や他の獣は、もしかして伏兵・・・でしょうか?」
「あぁ、私も同意見だ。」
「ですが、これではまるで・・・こんな状況は獣討伐で見た事がありませんよ!?」
「ワタシも・・・、アイツらがこんな統率の取れた行動をするなんて見た事も聞いた事もないよ。」
「私もだ。だから、再び偵察を指示した。もしかすると、偶然かもしれないと思ってな。だが、最悪は想定しなければならない。」
「・・・一体、何が起きていると言うのだ?指揮官が居るとしか思えんな。」
統率者が居るかもしれないと言う父の呟きに、僕は思わず息を飲む。
事前に聞かされていた話だと獣達は連携等は取らず、ただただ目についた生き物を本能のまま襲うだけの筈なのだ。社会性のある狼は群れを作りそういった行動を取るが、熊と一緒に襲いかかる等聞いた事はない。ましてや、相手は動く骸なのだから、尚更だ。
人よりずっと身体能力に優れた動物を黒化させ、操る。それが出来るなら確かに、人間より遥に強力な部隊が作れるのは間違いないが・・・。僕達は一体何を相手にしようとしているのだろうか?
そんな考えを巡らせている僕を他所に、騎士団長二人は会話を続けた。
「これは、部隊を分けない方が良いかもしれませんね。」
「そうだな。制圧部隊のみでは、鉱石を扱える人員が足りない。大半は扱えない団員故、被害が大きくなってしまう。そこで、突入部隊の六人も制圧部隊に加え、扱える者10名を軸として、後方支援部隊の人員も半数程加えた中隊規模の50名体制で制圧しようと思う。」
「それがいいでしょうね。ただ、そうなると後方の村へ行かれてしまう可能性もありますが・・・。」
「確かにその可能性はあるが、私はそうはならないのでは無いかと見ている。」
「と言うと?」
「第一に、この陣形が組まれたのが恐らく今日だからだ。最初から攻める意思があるならば、昨日まで村に何も無かったのは不自然だ。」
「確かにそうですね。街道にも通じている村ですし、人に危害を加えるつもりならば、こちらの拠点となりうる村を押さえるのが道理でしょう。それで、他の根拠は?」
「あぁ、第二に配置されている場所だな。私には洞窟の入り口を固めているようにも見える。推論ばかりにはなってしまうが、恐らく、攻め込まれたくないからなのだろう。もしかすると、前回の調査の際にあの蛹のようなモノに近づき、攻撃を仕掛けた事が今回の状況に繋がっているのかもしれん。」
「なるほど・・・。そうなると、貴方の言う蛹のようなものが、奴らの指揮官ですか・・・。」
「十中八九そうだろうな。動かないアレがどう操っているのかはよくわからんが、そうとしか考えられない。前回は私のみが鉱石による攻撃を仕掛け、有効かどうかの確認をしていた。その際、確かな手ごたえは感じたが、こちらが考えていた以上に効果があったと言う事だろう。・・・騎士団の動きは、恐らく黒化した鳥で察知したのだろうな。」
「いやはや・・・。数が少ないと聞いていたので、旧友との親交を取り戻すつもりで来たのですが、中々どうして・・・。」
「ここまで来たのだから、ニール達には付き合って貰うぞ。・・・まぁ、今回で討伐が出来なかったとして団員を駐留させ、一度増員の為に軍を引いてもいいのだ。故に明日に決行を予定していたが、繰り上げる事にした。」
嫌な予感はしていたけれど、まさか此処までとは・・・。サリーナさんを連れてきてしまった事が悔やまれるけれど、此処に残していくのだから、キランさんの話通りならば危険も少ない・・・と思いたい。
いや、安全が保証されている訳では無いので、後で注意を促しておいた方がいいかもしれない。
「部隊の再編はどうなっていますか?」
「この会議の前に指示はしているから、もう間もなく終わるだろう。反応を見るに、時間をかければそれだけ相手にも体制を整える猶予を与えてしまうだろうから、なるべく急ぐべきだと考える。」
「相手が未知数ですから、慎重に・・・と言いたい所ですが、致し方ないでしょうね。獣の数が増える事は避けなければなりませんし。わかりました、私達に異存はありませんよ。ですよね?トマス。」
「私は兄さんの判断に従いますよ。元より叩く予定だったのが、少し早まるだけですから。」
「と、言う訳だ。イーオ、アル、それにキースも異論はないか?」
「ワタシには聞かないのね。」
「マーサは聞くまでもないだろう?三人とも何かあったら言ってくれ。」
やる事にそこまでの変化はないのだから、1日早まったぐらいなら特に反対する理由もない。アルも同様だろう。
父も難しい顔をしてはいるが、黙っている所を見ると反対ではないようだ。二人を見た後、僕はキランさんに顔を向けて頷く事で返事を返す。
「無いようだな。出発は1時間後、各々それまでに準備を整えておいてくれ。鉱石の用意も、それまでには整えさせておく。私からは以上だ。」
少し早いが恐らく、昼食を摂る事も準備に含まれているだろうと感じた僕は、ついでにサリーナさんへ予定が早まった事を伝える為に天幕を後にする。尤も、既に伝わってはいるとは思うが、それでも此処が安全でない事は伝えておかなければならない。
「俺たちが思っていた以上に、状況は良くないようだな。」
「うん。そうだね。」
食事を摂る為に移動をしていると、後ろからアルに声をかけられる。僕は振り向き返事を返して、アルが並ぶのを待ってから二人で歩き出した。
「サリーナさんのとこ、行くんだろ?さっき師匠が言ってた準備って、飯を食っておけって事だろうし。」
「うん。」
「心配すんな。此処には頼れる人達がいる。勿論、サリーナさんだって強い。だから、大丈夫だよ。」
「そう・・・だね。」
僕が相当不安そうな表情をしていたのか、アルはこちらを安心させようと言葉をかけてくる。
だけど、今僕が感じている不安は、そうじゃないんだ。
気にならないかと言えば嘘になるが、それよりもこれから僕達が相手にしようとしている存在って・・・知性があるのではないだろうか?組織立った行動は、その現れとしか考えられない。
だとすると、蛹のようなものは本当に蛹で、その力を発現している事からも、今にも何かが生まれようとしているんじゃないのか?
先程の会議の途中から僕には、そんな風にしか思えなかった。




