48 夢 2
すみません、また地の文長いです・・・。
ふと気付くと月明かりの下、木々に囲まれた場所で僕は、サリーナさんと二人で手を繋ぎ、美しい花を眺めながら言葉を交わしていた。
・・・これは確か、夜桜を二人で観に行き、そして初めて彼女を好きだと、そう認識した日の出来事だ。あぁ・・・そうか、これは夢か。きっと、僕がこの翌日から彼女を不安にさせるような態度をとりつづけた事を、未だに後悔しているから、夢で見てしまったのだろう。
サリーナさんと正式に恋人となった今でも、月灯りを浴びながら僕へと微笑みかけていたこの時の彼女が、とても美しかった事を覚えている。でも、何故僕は、その時素直に好きだと言えなかったのだろうか?その辺りの理由が薄ぼんやりとしていて、思い出せない。
はっきりしない頭でその理由を考えていると、突然場面が切り替わる。今度は湖にある岩場の上で、彼女を抱きしめている所だ。僕が傷付けたせいで、この時は中々話を聞いて貰えなかったが、何とか想いを伝え、口付けを交わした後に、押し倒されたんだよな。彼女は僕より力が強いから動けなかったけれど・・・。あれ?この後、どうなったんだっけ?
その後も次々と場面が切り替わっていき、指輪を彼女の指に嵌めている場面や、彼女が生まれたばかりの双子の赤ん坊を、脂汗をかきながらも愛おしそうに両腕で抱き抱えている場面等に移ると共に、その当時の彼女に関する出来事や想いが呼び起こされる。ただ、時系列はバラバラで、出産の次に文字の書き方を教えている場面に飛んだりもした。
だが、何故か彼女以外の事に関しては霞がかかったようにはっきりしないし、思い起こされたのも彼女と何があったかや僕の感情ばかりで、その時の会話の内容まではわからない。
だから僕は、目の前で次々と移り変わる光景を、まるで無声映画を見ているかのように、蘇ってくる当時の想いを懐かしくも感じながら、ただただ見つめ続けていた。
暗い部屋で夢から覚めた僕は、少し身体を起こし窓の外へ視線を向ける。どうやら、空はまだ薄く明るくなり始めたばかりで、まだまだ春は遠い為か空気は冷たい。しかし、朝食を作らなくてはいけないので、早く寝過ぎた所為で頭がぼーっとしてはいるが、ゆっくりと布団から出て一度グッと身体を伸ばし、部屋を後にする。
このくらいの時間から作らなければ、量を沢山食べる彼女達の食事を用意する事は難しいので、眠いなんて言ってられないよ。
「今日は何を作ろうかな・・・。」
そう呟きつつ台所へ入り、どんな食材があるかを確認すると、食材が足りないように思えた。
とりあえず、昨日の残りのシチューがあるから、それを温め直して、少し材料を足せばそれで一品は問題ないだろう。
それと、パンや卵もあるので、僕の好きなたまごサンドも作れそうだ。油と卵と酢と塩があれば、マヨネーズも作れるからね。
他には・・・うん、やはり材料が足りなさそうだから、騎士団の物資から分けてもらうしかないかな。備蓄も駄目になっていたから、仕方ない。
そう思い至りはしたものの、食料係の人は起きているだろうかと考えつつ、とりあえず火を起こす用意をしていると、物音に気付いたらしく彼女が現れる。どうやら、自分で思っていたよりも物音を立てており、起こしてしまったようだ。
「おはよう御座います。今日は早いんですね。」
「おはよう。そうかな?沢山作らなくちゃいけないから、何時も通りだと思うけど。・・・いつもは起こしても中々起きないのに、自分から起きるなんて、今日は随分と寝起きがいいんだね。」
「え?今のあたしは、そこまで酷くありませんよ?それより、なんであたしの寝起きが悪い事を?まさか・・・、イーオさんっ!」
僕の発言で、訝し気な表情をした後、すぐに何かに気付いた彼女は真剣な顔つきになりながら、大きな声で僕の名前を呼ぶ。何かおかしな事を言っただろうか?
「ど、どうかしたの?」
「・・・あたしの名前っ!わかりますか!?」
「いきなりそんな大きな声を出して、どうしたの突然?僕が名付けたのに、サオリの名前を・・・忘れる事なんて・・・・・・あるはずが・・・・・・・・・。」
自分が口走っている事に段々と違和感が湧き、先程までのボーッとしたような感覚も消え失せ、徐々に頭がハッキリとしてくると、先程までの自分が普段と大分違う思考をしていた事に漸く気付き、思わず頭を掻き毟る。
一体、僕は何を言っているんだ?彼女を別の誰かと間違えるなんて。
「と、とりあえず落ち着いてください!朝食の用意はあたしがしますから、部屋で休んでいてください。」
「うん・・・。ありがとう。」
「朝食は後でお部屋に持っていきますので、それまで横になっていた方がいいですよ。」
余程酷い顔色だったのか、サリーナさんは僕の背中を摩りながらそう告げる。僕は彼女の言葉に甘える事にして、付き添われながら部屋へと戻りベッドに横たわる。
「もしかして、夢を・・・見たんですか?」
「うん。」
「そうですか・・・。後で、お話を聞いてもいいですか?」
「うん。」
頭がはっきりした事で色々な感情が波のように押し寄せてきて、彼女に短く返事を返す事だけで精一杯だった。
それから、どのくらい時間が経ったのかわからないが、気付けばサリーナさんがベッドの横に座っていた。窓から日光が差し込んでいるので、どうやらそのまま寝てしまっていたらしい。
「気分はどうですか?」
「もう、大丈夫そう。」
そう言いながら僕は身体を起こす。まだ少し頭が重く感じるけれど、先程よりは冷静に話す事ができそうだ。
「無理はしないでくださいね。」
「大分落ち着いたから、大丈夫だよ。どのくらい寝てたかな?」
「多分、三時間程だと思いますよ。キース様達には、体調が悪そうだったので、休んでもらったとだけ伝えておきました。」
「そっか・・・ありがとう。」
「いえ、酷く混乱していたみたいですから、仕方ないですよ。・・・それより、何を見たのか、話して頂けますか?」
彼女の問いに僕は頷いてから、夢の内容を語る。
時系列がバラバラだったけれど、何を見たのかを覚えている範囲で話すと、サリーナさんは複雑そうな表情でそれを聞いていた。
ある程度話終えた後、それまで黙っていた彼女が口を開く。
「思い出したから、あたしの名前間違えちゃったんですね。」
「ごめん・・・。」
「いえ、いいんですよ。寧ろ、ノアの事以外覚えていなかった事の方が、少し辛かったので・・・。でも、ちょっと安心しました。あたしも、側に居ていいんだって思えましたし。」
「サリーナさん?」
小さな声で、俯きながらそう呟くように告げる彼女の肩は僅かに震えていて、僕は思わず心配になり彼女の名前を呼ぶと、それに応えるように彼女は顔を上げて笑顔を僕に向ける。
「やっぱり、出会えた事は、運命、なんですよ。きっと。」
「運命、か。」
「駄目ですか?」
「そんな事ないよ。寧ろ、嬉しいかな。でも、この気持ちが、前の自分の物なんじゃないかって思うと、少し・・・ね。」
彼女を好きになった事が、そうあるべしと定められていたみたいで少し引っかかり、その所為か罪悪感のような気持ちが湧き始めていた。
だが、そんな僕の表情を見たサリーナさんは、こちらを見据えながら真剣な面持ちで口を開く。
「あたしは、そんな事気にしませんよ。それに、あたしを好きだって言ってくれたのは思い出す前です。・・・後、記憶のせいだったからって、問題はないと思います。第一、あたし自身がそれでいいと思っていますし、何よりその方が運命的だとは思いませんか?」
「・・・うん。そうだね。今の僕自身が、サリーナさんを好きな事には変わりないもの。僕として生まれる前からそうなっていたのなら、寧ろ嬉しいかもしれない。」
彼女の言葉のおかげか、沸き始めた罪悪感は消え、それが僕にとって自然な事なんじゃないかとすら思えてくる。・・・でも、何故かはわからないけれど、以前にも似たような事を誰かに言われたような、そんな思いが微かに過った。
「どうかしましたか?」
「ううん。・・・ごめんね。そして、また僕と出会ってくれて、ありがとう。」
「あたしは、貴方と一緒に居る為に生まれたんですから、何度生まれ変わっても、何処に居たとしても、側に居ます。」
「僕も、きっと、同じなんだと思う。」
「なら、他の姉妹も見つけないといけませんね。きっと、ディラン様やあたしの他にも居ると思います。」
「うん。でも、今は目の前の事を一つず片付けよう。本当に運命なんてものがあるのなら、そうしていればいつか必ず、出会えると思うから。」
「はい!」
僕に笑顔を向けながらそう返事を返す彼女の為にも、無事に帰らなくてはいけない。
改めてそう強く心に誓うのだった。
そして、次の日は雨が降った為に設営が1日遅れはしたものの、村に着いて五日目の朝、騎士団は前哨基地へと出発する。
だが、森の中は鳥の鳴き声などもなく不気味な静寂に包まれており、僕は一人あの時の事を思い返しながら、嫌な予感を感じつつ、騎士団と共に湖へと向かっていった。
「おはよう。そうかな?【沢山作らなくちゃいけないから、】何時も通りだと思うけど。・・・いつもは起こしても中々起きないのに、自分から起きるなんて、今日は随分と寝起きがいいんだね。」
8/7 69話更新の為、台詞の追加を行いました。