47 帰郷
隊が出発して四日目の昼頃、漸く僕達の村へと到着した。
元々この国の北端にある伯爵領ではあるが、クラマールの街より更に北に位置しており山岳地帯でもある為、三月なのにまだ雪がかなり残っていて、まだまだ春がこの村には訪れないのだと感じる。
たった半年近く離れていただけなのに、この光景が随分と懐かしく感じてしまうのは、多分もうこの村で暮らす事が無いからなのかもしれない。
ただの代官の息子で猟師見習いだった筈の僕が、義理とはいえ伯爵の子供だったなんて話、まともな神経な人ならば耳を疑うような事だろう。
実際、僕自身が未だに信じられないのだから。
・・・もう、よそう。僕自身が望んだ事でもあるのだし。それより、ロクに挨拶も出来ないままに村を出てしまったのだから、せめてお世話になった人達にはお礼くらいは言わないといけない。
そんな風に外の景色を眺めがら考えていると、やや不安気な表情で村の人達が各々の家の玄関の前や、窓から隊列を見ている事に気付く。騎士団が来ると知らされてはいる筈だが、無理もないだろう。事前に聞いていたとして、いざ中隊規模の人員が現れれば、自分達を守る為であったとしても怯えてしまうと思う。
そんな中、隊の先頭が村の中央に差し掛かったと思われるくらいで隊列が一時停止をした為、何かあったのかと思い、サリーナさんを馬車に残して僕は一人馬車を降りた。
僕の乗った馬車は隊列の中央辺りに位置していたので、そこから少し歩き村の広場に近づくと、何やら人だかりが出来ているようだ。何かあったのかな?
「代官様!帰ってきてください!」
「この村の代官を辞められるとは、本当なのですか!?」
・・・どうも、父が村人に囲まれているようだ。
父の事だから村人の視線に気付き、その不安を和らげる為に話をしようと馬車を降りたのだろうが、その所為で父が代官を辞める事を惜しんだ村人達に囲まれてしまったのだろう。
「あっ!イーオにいちゃんだ!」
「本当だ!イーオお兄ちゃんだ!怪我は治ったの!?」
父が村人一人一人と話をしている姿を眺めていると、今度は僕の周りに村の子供達が集まってくる。
「うん、すっかり良くなったよ。」
「なら、久しぶりに御伽話聞かせてよ!」
「うーん・・・。後、でいいかな?この人達が、今日眠る場所を用意しなくちゃいけないから、それが終わってからなら、大丈夫だよ。」
「約束だからね!」
「うん、後でまた広場に来るよ。」
僕が子供達にそう伝えた辺りで、父も埒があかないと思ったらしく、村人達に後で集会場で話を聞くと約束をしているようだった。
しかし、御伽話か・・・。最近余りあの夢を見ていないのは、やはり御伽話の語り聞かせをしていないからだとは思うけれど、何故御伽話をすると夢を見るのだろうか?
それに・・・、一度だけ見たノアと会話をしている夢と、子供達に御伽話を聞かせた後に見る夢は、もしかしたら全く別の物なのではないだろうか?
細かくは思い出せないのだが、ノアの表情が違うように感じるし、他にも違う部分があるような気がする。
・・・その事を確かめてみる為にも、語り聞かせをする方がいいのかもしれない。
村人達が落ち着き、集会場で話をする事を受け入れた後、再び隊列は動き出し、森の入り口付近・・・要するに、僕の住んでいた家がある辺りに野営地を設営する。そこを最初の拠点として明日から湖へと物資を運び、前哨基地とした上で、以前派遣した調査隊が作成した地図を基に、改めて付近を探索した後に再度作戦立案をするようだ。前哨基地を作るまでに二日程を要するのだが、その間に残り2名の到着が予定されていたりもする。
村に到着するまでのここ数日も、街の外で野営地を築いて団員は寝泊りしていたのだが、そういった訓練もしていて流石に慣れている為か、僕が手伝いを申し出ても手伝える事は殆ど無く、せいぜいが薪を運ぶくらいだったので、近くに僕の家の薪小屋があるこの場所では殆ど手伝える事はない。僕と父は自分の家で寝泊りをするし、サリーナさんとマーサさんも、うちの余っている部屋を使う。アルは親父さんと話す為に自分の家に帰るようだし、キランさんはそれに同行するらしい。
なので、団員が野営地を築き始めると僕は手が空いているので、先程子供達が御伽話を聞かせてほしいと言って来た際、承諾したのだ。
だが、まずはサリーナさんとマーサさんの為の部屋を案内しないと。
「あたしも、一緒に行っていいですか?」
「構わないけど、御伽話を話す以外特に何かをする訳じゃないよ?」
「はい。わかってます。あたしも聞きたいだけですよ。・・・お邪魔、でしたか?」
「そんな事は無いよ。ただ、ちょっと恥ずかしいかな・・・。」
二人に家の中を案内し終え、これから子供達に御伽話を語り聞かせてくると伝えた所、サリーナさんも一緒に行きたいと言い出した。改めて彼女にも聞かせるのは妙に照れ臭くて、思わず照れ隠しに頭を掻くと、それを見ていた彼女はクスクスと笑い出す。
「ワタシはキースと一緒に行ってくるよ。最初は、キランも一緒に集会場に行くって言ってたけど、アルドを自分の弟子にする事を話しに行かなきゃだしね。・・・ねぇイーオ、ワタシ達が居ない間に、サリーナを押し倒しちゃえば?」
そんな僕達の様子を黙って見ていたマーサさんが、ニヤニヤしながらそんな事を言うのだが、それを聞いたサリーナさんは顔を真っ赤にして俯く。
「押し倒す・・・?組み手でもしていればいいんですか?」
そんな二人をよそに、僕は何故二人がそんな反応をするのかがわからずに聞き返すと、かなり驚いた表情で見られてしまう。
そんなにおかしな事を聞いただろうか?
「え?ちょっと待って?それ、本気で言ってる?」
「え?あ、はい。」
「・・・ねぇ、イーオ。キミは、赤ちゃんがどうやって作られるか、知ってる?」
「え?勿論知ってますよ。男性と女性が・・・って、まさか、そう言う意味ですか!?」
「今気付いたの?サリーナ・・・、キミも、大変だね・・・。」
「えぇ・・・。でも、こういう人だとわかっていますから、大丈夫ですよ。・・・まぁ、昔からそうでしたしね・・・。」
二人は何故か困ったような表情で僕をみるのだが、僕はよくわからずに、首を傾げるしかなかった。
その後、マーサさんと父を家に残して、僕はサリーナさんを連れて村の中央広場を訪れる。まだ子供達は来ては居ないようだが、此処にいればそのうち集まってくるだろう。
子供達を待っている間に集会場へ向かう人達に声をかけられ、出発前に伝えられなかったお礼や、僕も父とは別に伯爵の元で士官するのだと伝えた。・・・勿論、士官の話は嘘なのだが、事情が事情だけに正直に話す事は躊躇われたんだ。
「・・・そうか、イーオも行ってしまうのか・・・。だが、ここはお前が育った村だ。いつでも帰っておいで。」
「・・・はい。」
いつも僕を気にかけてくれていたおじさんの言葉に、思わず声が震えてしまいそうになる。はい、いつか全てが片付いたら、また必ず帰ってます。そう、言いたかったのに、何故か一言返すだけで精一杯だった。
「・・・次に来る時は、その別嬪さんが嫁さんになってから、かな?」
おじさんが揶揄うようにそう言うと、僕は自分の顔が熱くなるのを感じ、俯いてしまう。
「冗談だったんだが、どうやら本当にそうなりそうだね。・・・お嬢さん、イーオはワシらにとって、よく出来た息子みたいなものなんだ。どうか、仲良くしてやってくれ。一部の村の者の所為で、少々引っ込み思案にはなってしまったが、この子程他人を思える男は早々居ないよ。」
「はい、あたしはイーオさんから離れたりするような事はありません。だから、安心してください。」
「そうか、そうか・・・。じゃあ、頼んだよ。」
おじさんはそう言うと、嬉しそうに目を細め集会場の方へと歩いて行った。おじさんを見送った後、サリーナさんと二人で広場の中央にある岩に腰掛ける。
「また、来ましょうね。今度は皆を連れて。」
「うん。」
彼女の言う皆とは、誰を指すのかはわからなかったけれど、きっとその中にノアやリズ達も含まれているのだろう。
僕には、そう感じられた。
暫くして、他の村人にも似たような事を言われながら待っていると、段々と子供達が集まって来たので、久しぶりに御伽話を聞かせる事にした。
少年と、神様と4人の姉妹達のお話を。
暫くして語り終えると、子供のうちの一人が僕に疑問を投げかけてくる。
「ねぇ、イーオにいちゃん?」
「どうしたの?」
「かみさま達はその後、どうなったのかな?」
少し、ドキりとしたが、以前にも別の子から似たような質問が来た事があるので、その時と同様の答えを返す。
「うーん・・・。もしかしたら、今も僕達を見守ってくれているのかも、しれないね。」
奇しくも、この答えが現実にありうるだなんて、その時は思ってもみなかった。だが、ほぼ間違いはないと思う。
「そっかぁ・・・。じゃあ、毎日ちゃんとお手伝いしないとだね。」
「そうだね。神様に見られても恥ずかしくないように、頑張らないとね。・・・じゃあ、日も暮れてきたから、今日はここまでにしよう。気をつけて帰るんだよ。」
頑張らないといけないのは、僕もだ。
「はーい!にいちゃん、ねぇちゃん、またね!」
「うん、またね。」
子供達をサリーナさんと二人で見送り、僕達も帰宅して夕飯の用意を始めた。
騎士団の食料係の団員から材料は貰ってきたので。二人で作る。勿論、父とマーサさんの分も含めてだ。
「・・・イーオさんと、二人で料理をするのは初めてですけど、昔はよく一緒に作っていたんですよ。」
「だからかな・・・?サリーナさんがどうしたいのかが、わかる気がするんだ。」
彼女の言う昔・・・とは、僕が御伽話の少年として生きていた時の事なのはわかるけれど、その時の記憶は僕にはない。
だけど、彼女が次にどう動くのか、何をしようとしているのかが、わかるのだ。無論、彼女の言う通り、二人で料理をするのは初めてなのは間違いない。
それは、不思議な感覚だった。もしかすると、一緒に居る内に、彼女の行動が読めるようになっただけなのかもしれないけれども、そうではないような気がする。
もっと違う安心感とか、彼女と共にこうしている事が僕にとっての日常だったような、そんな感覚だった。
そうして、夕飯の用意を終えた頃、父とマーサさんが帰宅した。
「これは・・・、美味しそうだな。なんて言う料理なんだ?」
「僕にはわからないよ。サリーナさんの手伝いをしただけだから。」
「シチューって言うんですよ。丁度前の街で、牛の乳を手に入れたので、作ってみたんです。」
「サリーナは料理上手なんだね。ワタシは苦手だから、今度教えてよ!ちなみに、誰に教わったの?」
「はい。ではマーサさん、明日は一緒に作りましょう。でも誰に教わったのかは内緒、です。」
彼女はチラリと僕を見てはにかみながら、口元に人差し指を当てそんな事を言う。
・・・なんとなく、そんな気はしていたけれど、多分、僕なんだろうな。
こんな賑やかな食卓の風景も、初めての筈なのに何故かはわからないけれど懐かしく思えて、ついつい食べすぎてしまい少し苦しくなったので、先に部屋へ戻る事を告げ、早めに横になると、僕はいつの間にか眠りへと落ちていた。
そして、僕は夢を見る。
でも、思っていた夢とは、全く違う夢だった。