45 彼女の思い
前話を短く区切ったのは、地の文が長くなりすぎた所為です・・・。
以前、条件を満たしたら・・・と、伯爵は言っていた。
だから、僕がその資格を得たと感じた伯爵は、誰に託されたのかを教えてくれたのだと思う。
ならば、口止めをしていた王の側からすると、本当に満たしたのかを確認する必要があるだろう。確認出来るモノであれば、だが。
今回マキが来たのは、それが目的?・・・いや、それはないな。先程の伯爵の言い方だと、別の誰かの意図が絡んでいるために彼女は遣わされたと、そう考えているようだったし、なにより時期が合わない。
伯爵が条件を満たしたと感じたのは間違いなく、彼女との会話の前に執務室で問いかけた時だろうから、その時にはマキは既に館にいたので、それは違う。勿論、あの問いが王にも伝わっている筈がない。
であるならば推測にはなってしまうが、王に近しい人間が何らかの意図のため、マキを誘導して僕に会いたいと思わせた・・・?
それなら彼女が自分から来たと言っていた事からもあり得るとは思うが、無論違う可能性もある。しかし、彼女の寂しさ等の感情を刺激すれば、軽く探りを入れる為に利用する事は、然程難しい事ではないのではないだろうか?
だとすると、一体何の為に?それに、誰がそんな回りくどい事を?
マキがおじいさまと呼んだ人物か?はたまた別の誰かか?直接接触して来ない事に理由がある?自分から動く訳にいかないとか?
・・・恐らくだが、マキ本人にこの事を尋ねたとしても、その人物が誰かはわからないだろう。僕に会いに来たのは、自分の意思で決めたと言っているのだから。
うーん・・・。今ある情報だけではこの推測が正しいのかどうか、判別のしようがない。下手に考え過ぎて、思考がおかしな方向に傾いてしまうのも避けなければならないので、この辺りでやめておくか。
現状、この推論の正否を伯爵に尋ねたとして、答えてはくれないだろうな。多分、伯爵も確信が無い為に、独り言だと前置きをしたのだ。なんとかして、足りない情報を集めないと、これ以上はわかりそうにもないや。
・・・少しではあるが、関わっている人物が浮き彫りにはなってきたけれど、まだまだ僕の出自には辿り着けそうにもない。最初は、この身体が異常な事の原因を探したかっただけなのに、段々と僕の手に負えない話になりつつある。余りに途方もなさすぎて、全く現実感が湧いてこないぐらいだ。
しかし、まぁ・・・伯爵の話を聞いたのが、マキとの会話の後でよかった。前に聞いていたら、恐らく警戒をしてしまいまともに話せなかっただろうし、そんな事になればきっと、彼女を泣かせてしまっただろうから。
それだけは避けられて、本当によかった。
「イーオ様、ご用意をお願いします。」
「はぇ?」
思考がひと段落した辺りで突然声をかけられ、思わず気の抜けた返事をしながら顔を上げると、ファンさんが目の前にいた。
周りを見渡すと、団員達により来賓用の椅子等の配置が変えられている最中で、座っているのは僕だけのようだ。
暫くの間考え込んでいた為か、どうやらかなり時間が経っていたらしい。
「何か考え事をされていたご様子ですが、そろそろご準備をして頂きませんと、この後にも影響します。・・・まさか、そのままの格好で手合わせをなさるおつもりですか?」
「すみません!すぐに着替えてきます!」
そうだった。キランさんとの模擬戦の後は、1時間程で討伐隊の出発となる。だから余り時間がないので、急がなくては。
僕は慌てて兵舎へと入ると、打ち合わせ通りあらかじめ用意されていた部屋に入る。すると、そこには既にサリーナさんが僕の着替えを用意して待っていた。
・・・のだが、何故かはわからないがリズとフィーまで居るのはどうしてななだろう?
「お待たせサリーナさん。早速着替えるね・・・と言いたい所だけど、何で二人は此処に?」
「えぇと・・・。」
「お兄様、何かあったのですか?」
サリーナさんが何かを言いかけると、それを遮るようにリズが口を開く。
「え?」
「式の間中、ずっと何か考え事をなされておいででしたよね?」
どうやら見られていたようだが、まぁ当然だろう。一番目立つ場所にいて、ずっと考え事をしていたのだから。心配させてしまったのだろうな。
「それで来てくれたの?ありがとう、心配かけてごめんね。」
「いえ、一言、文句を言わせて頂きたいと思いまして。」
も、文句?僕はリズ達に、何かしでかしてしまったのだろうか?
「な、何でしょう・・・?」
「婚約者を差し置いてマキ様ともキスをした件は、今は置いておきましょう。本当は良くはありませんけど・・・。貴方が今何に悩まれているのか、私にはわかりません。仰って頂けないのにも、なにかしらの理由があるのでしょう?ですが、私達にも教えて頂く訳には、参りませんか?」
何故、「お礼」をされた事が広まっているんだろう?
僕はその事については、サリーナさん以外には話していない・・・となると、彼女から聞いたのか。
いや・・・そんな話、今はどうでもいい。何故リズ達がそんなにも苦しそうで、哀しそうな表情をしながら僕を真っ直ぐ見つめてくるのか、そちらの方が問題ではないだろうか?
その表情からは悔しさのようなものも感じ取れて、僕はどうしても返す言葉が見つからず、黙ってしまう。
そんな僕を見つめながら彼女は一呼吸置いた後、更に苦しそうな面持ちになりながらも口を開く。
「・・・私は、私達は・・・そんなに、頼りない、ですか?お兄様達が、何かをしようとされているのはわかっています。ディランお兄様とサリーナと三人で、話をされていた事を存じておりますからね。」
「それは・・・。」
僕が彼女達を頼らないから、悲しませてしまったのだろうか?自分達には何も告げず、隠れて何かをしていると気付いていたら・・・逆の立場なら、僕はどう感じるのか、か・・・。そんな事、わかりきっているだろうに。
「私達には、そのお手伝いをさせて頂く事は出来ないのでしょうか?」
・・・話が段々と大きくなりつつある現状を、そのまま伝えてもいいものなのだろうか?
例えば、彼女達の協力が得られたとして、危険が無いと断言出来る要素はないのだ。そんな事に巻き込んで本当にいいものなのだろうか?
僕には、わからない・・・。
リズは自分の胸に手を置き、今にも泣き出してしまいそうな表情でこちらを見つめ、フィーもまた、似たような表情でリズの空いた腕を掴みながら、こちらを真っ直ぐに見つめコクコクと頷いていた。
そのまま少しの間沈黙が続き、段々とリズ達の目に涙が溢れてくるのを、どうすべきなのか迷いながら眺めている僕。そんな光景をサリーナさんは見兼ねたらしく、真剣な表情でこちらを向いて告げる。
「・・・イーオさん、あたしはお嬢様方にも協力して頂くのがいいと思いますよ。」
「サリーナさん?」
「あたし達では、客観的に考える事が出来ない部分もありますし、調べる為に身分が必要になる可能性も高いですよね?イーオさんとディラン様はお二人とも男性ですから、貴族の子女としての立場があるリゼット様のご協力があれば、また違ってくるかもしれませんよ。」
なるほど・・・確かに、一理ある。
しかし、推測通りなら、身の危険がある可能性も捨てきれないのだが、どうしたものか・・・。
・・・そうだ、今彼女達だからこそ、出来る事があるじゃないか。これならば、危険はないとは断言は出来ないが、かなり低いようには感じられる。
それならばと、僕は改めて二人と向き合い、お願いをする事にした。
「何をしているのかを話すのは・・・もう暫く考えさせてほしい。まだまだ状況をきちんと話せる程、僕も推論ばかりで何かを知っている訳じゃないんだ。・・・その代わりに、リズ達にしかできないお願いがあるんだけど、聞いてくれないかな?」
「・・・わかりました。お兄様からお話頂けるまで、お待ちしておりますわ。それで、お願いとは何でしょうか?」
「僕が頼むのもおかしな話だとは思うけれど、マキと友達になってあげてくれないかな。」
「マキ様と、ですか?私達は構いませんが、何故そのような事を?」
「また、マキが此処に来やすくする為、かな?」
「・・・ず、随分と、マキ様を気にかけておいでなのですね?私達やサリーナだけでは満足出来ないと?」
「イーオさん?そうなのですか?」
「お兄様?」
あ、あれ?なんか、三人の表情がもの凄く怖い気がするのだけれど・・・。
そうか、彼女が僕の出自について知っている可能性が高い事をまだ話していないのか。先程の発言だけでは、勘違いされても仕方ないだろう。訳を話せばわかって貰える・・・よね?
「ち、違うよ?マキは、僕の出自を知っている、若しくは知る人物と繋がりがあるから、だよ。だから、また会う必要があるんじゃないかって思ってるんだ。」
三人の視線に少し怯みながらも理由を告げると、サリーナさんは納得したらしく頷きを返し、リズは考えている素振りを見せた後、何かに気づいたような表情になりながら口を開いた。ちなみにフィーは、よくわからなかったらしく首を傾げている。
「・・・そういう事でしたら、喜んで。お兄様に会いに来るより、同年代の同性の友人に会う為というのなら、また来て頂く理由にもなるでしょうね。・・・ただ、マキ様を利用するようで、心苦しくはありますけれど。」
それは、僕も思わなくも無いけれど、彼女は家族と余り上手くいっていないように感じるので、気分転換にもいいのでは無いかと思う。だから、寧ろマキの為にも、とそう考えた事をリズ達に伝える。
すると、三人からは何故か先程よりも白い目で見られてしまう。あれ?おかしな事、言ってない・・・よね?
「お兄様は、ああいう守ってあげたくなるような方が好みなのですね。線も細く、将来相当な美人になるでしょうし・・・。」
「だから、違うって!」
僕の慌てた様子に三人はクスクスと笑いだすと、僕は漸くからかわれていたのだと気付く。君達、仲良いね・・・。
「冗談はこのくらいにして、なら尚更、また来て頂かねばなりませんね。・・・それより実は少し、気になっていたのですが・・・。サリーナ、貴方マキ様とお兄様は少し似ていらっしゃるとは思いませんか?」
「はい。実は、私もその事が少し気にはなっていました。」
「え?」
僕と、似ている?
「驚かれていらっしゃるようですが、目元等が似ておられますよ?お気付きになられなかったのでしょうか?」
マキが誰かに似ていると感じたのは、まさか・・・僕自身?
言われてみてやっと気が付いた。そうか・・・だから、どこかで見た事があると感じていたのは、顔を洗う時等によく見る僕の顔と、少し似ていたからだったのか。
気になっていた事がわかり一人納得をしている僕を他所に、リズは外の様子が気になるのか窓際に近付き覗き込んで確認をすると、こちらへ振り向き会場の準備が殆ど終わっている事を教えてくれる。
「・・・そろそろ、ご用意を済まさなければ、お父様達にご迷惑がかかりそうですわね。」
「そうだった!不味いな。急いで着替えないと。」
「では、私達はお邪魔でしょうから先に行きますね。・・・お兄様、必ず勝ってください。」
「お兄様の応援、します!」
リズ達二人は僕にそう告げ、一足先に部屋を後にする。
僕も慌てて着替えを済ませ、サリーナさんと共に練兵場へと急いで向かった。