43 来訪者 3
「どうかなされました?」
「い、いえ、少し驚いてしまって・・・。」
「・・・ご迷惑でしたでしょうか・・・?」
僕の困惑した様子に、彼女は不安そうな表情を浮かべながら尋ねる。
予想外の理由のために面食らいはしたものの、彼女には他意があるようには見えない。それならば、彼女は何かを知っているようなので、話相手になれば僕の出自に繋がる情報を得る事が出来るのではないだろうか?
そこまで考えた所で、僕はまだ名乗っていない事に気付き、出来る限りの笑顔を彼女に向けながら話しかけた。
「迷惑だなんてとんでもない。大丈夫ですよ。・・・それより、自己紹介がまだでしたね。僕はイーオと申します。」
「私ったら、何度も何度も失礼な真似をしてしまい、本当に申し訳御座いません。私はマキ、と申します。今年の4月で13になりますね。・・・実は私、イーオお兄様のお名前を以前より存じ上げていたものですから、つい名前を名乗る事を忘れてしまいました。」
なるほど、という事はリズの一つ下らしい。
同じぐらいに感じたのは間違いではなかったようだが、困ったような表情で頬に手を当てている仕草や、その大人びた穏やかな声の為かリズ達より随分と女性らしくみえる。
しかし、そんな事よりお兄様って・・・?いや、それも気にはなるが、何で僕の名前を知っているんだ?
「あの・・・。何故僕の名前を知っているのですか?それに、そのお兄様、というのは・・・?」
「んー?お名前の事については、申し訳ありませんが申し上げる訳には参りません。ですが、呼び方につきましてはお姉様の旦那様になられる方ですので、そうお呼びしただけなのですよ。おかしかったでしょうか?」
僕の質問に少し困った表情をしながら、答えられないと返しつつ、更にとんでもない事を彼女は口走る。
「だ、旦那様!?・・・それと、そのお姉様とは誰の事なんですか?」
余りにも突然そんな事を言われたため、僕は思わず大きな声出してしまうも、すぐに声量を落としなるべく冷静に彼女へ尋ねた。
すると、彼女はクスクスと笑いながら、悪戯っぽい笑顔を浮かべ、はぐらかすように答える。
「お姉様にはいずれ、お会いする事になると思いますよ。お姉様曰く、運命、だそうです。・・・そんな事より、聞いていた通り本当に綺麗な白い髪、ですね。この間は、被りものをされていたので、こちらに振り向くまではお兄様だと気づきませんでした。何故、そんなにお美しいのに、隠されておいでだったのでしょうか?」
運命・・・って・・・、そのお姉様とやらはこの子に何を吹き込んでいるんだ・・・?それに、いずれ会うってどういう事だろう?
疑問は沢山あるけれど、彼女の口振りではその事を聞いたとして、答えてくれるかどうか・・・。
・・・でも。この髪を美しいと言ってくれるのは、素直に嬉しい。
「マキ様、僕の髪を褒めてくださって、ありがとうございます。・・・隠していたのは、この髪が皆から気味悪がられるから、ですね。」
「そうなのですか?確かに、王家の方でも純粋な白い髪の子供は殆ど生まれた事がないとは聞いておりますが・・・。大体は黒か灰色だそうですよ。ちなみに、私の髪も灰色なんです。」
そう言いながら彼女は、以前教会で見かけた時にも着けていた被りものを徐に外し、やや濃いねずみ色の髪を露わにする。そのツヤのある綺麗な髪は、窓から差し込む光に晒され反射し、銀色に光っているようにも見えた。
キラキラと輝いているその髪に思わず見とれていると、マキさんは少し顔を染めながらこちらに微笑みかけ、続けて口を開く。
「そんなに見つめられますと、流石に恥ずかしいですよ。それと、私の事はマキ、と呼び捨てにして頂いて構いません。本来なら、私の方がイーオ様とお呼びしなければならないのですし・・・。」
「ん・・・?本来なら・・・?それってどういう意味ですか?」
「そっ、それは・・・、お答えできません・・・。」
彼女はしまった、と言った表情をしながら身体を硬らせる。どうやら、この会話を続けてほしくはないようだ。
あれ?よくよく考えると、さっきすごく気になる事を彼女は言っていなかったか?
・・・そうだ、僕の髪の話をしていたはずなのに、何故王家の話が出てきたんだ?
彼女の返答からすると、口止めをされているようだが、彼女は子供とは言え、王家の血を引いている。そんなマキにも伯爵と同様に箝口を強いているとなると。僕の出自について、王家が関わっているという事なのか?
それならば、伯爵にも口止めをする事だって確かに容易だろう。
だが、何故こんな子供にまで口外を禁じるのだろうか?
後、この考えがもし正しいのなら、彼女の言っているお姉様という人の正体も察しがつく。
そうなると、ディランの心当たりは正しかったと言う事になるな。
少しの間考え込んでいると、いつの間にか下を向いていたらしく、慌てて顔を上げ、彼女の方に向き直る。すると、酷く青ざめた表情で泣きそうにらなりながら、こちらの様子を伺っていた。
・・・これ以上は、この子に聞いてはいけない。マキはさっき言っていたじゃないか。ただ、僕に会いに来たのだと。こんな表情をさせた上に更に追求をしようだなんて、そんな事、僕にはとても出来ないよ。
だから・・・。
「じゃあ、遠慮なくマキ、って呼ばせて貰うね。・・・こうして二人で居る時だけだけど。僕の髪を褒めてくれたけれど、キミの髪もすごく綺麗だと思うよ。思わず、見惚れてしまったんだ。ごめんね。」
こんな言葉で誤魔化せるとは思わないけれど、女の子を泣かせたくはないから。多少無理矢理だったとしても、話題を変えよう。
「そう・・・なのですか?私は、お姉様のような濃い桃色の髪に憧れるのですが・・・。」
「僕は、マキの髪好きだよ。日の光に照らされると、綺麗な銀色に見えて、とっても綺麗だ。」
「本当、ですか?」
「うん。嘘なんて言わない。ごめんね、ジロジロと見られてイヤだったよね?」
「そ、そんな事はありませんよ。恥ずかしくはありましたけれど、そう仰って頂けて、本当に嬉しいです。」
そう言うと彼女は耳まで真っ赤にしながら俯く。
「そっか、ならよかった。」
うん。本当に良かった。泣かせなくて済んだみたいで。
「私、人に褒められた事なんて、おじいさま以外にありませんから・・・。本当に・・・。」
「そうなの?」
「はい。何時もお姉様と比べられておりましたから・・・。お姉様はお優しくて聡明でいらっしゃるだけではなく、武芸にも長けておられますので、両親からもよく比較されては・・・その・・・、何故同じ様に出来ないのかと言われ続けておりました・・・。」
なんなんだよ、ソレ。
マキは再び泣きそうな表情になりながら、最後の方はなんとか聞き取れる程度の声で漏らす。
僕が、先程泣かせてしまいそうになった時よりも、ずっとずっと悲痛な面持ちで俯いてしまい、今にも涙が溢れ落ちるのではないかと感じる程に、その小さな肩は震えていた。
・・・この子にとって、家は安らげる場所では無いんだな・・・。誰かと比べる事なんて間違ってるよ、と言うのは簡単だ。でも、多分マキにはそんな言葉、気休めにもならない。それに、恐らくそう言う言葉を使う人間は、他にも別の言葉や態度で彼女を傷つけているだろう。
僕にも、少しだけれど覚えがあるから、わかる。
何か、してあげる事はないだろうか?しかし、幾ら考えても、答えは出ない。
「・・・お兄様は・・・本当に、お優しい・・・ですね。私が不出来なだけですから、お気になさらないでください。」
気付けば、僕はまた無言で俯いていたらしく、彼女の言葉に再び顔を上げると、笑顔を浮かべていたけれどうっすら涙の滲んだ瞳が目に入る。
・・・あぁ・・・何故、彼女を泣かせたくなかったのか、漸くわかった。髪の色の所為で、あの夢と重なってしまうからなんだな。
その事に気付いた僕は、いても立っても居られなくなって、立ち上がり彼女に近づくと、座っている彼女の目の前で片膝立ちをして、一言謝罪の言葉を告げてから、そっと抱きしめて頭を撫でた。
「え、あ、あの・・・?」
驚き、身体を少し硬らせながら、戸惑いの声をあげるマキに、出来るだけ優しく話しかける。
「困った事があったなら、何でも言ってね。僕には、話を聞いてあげる事しか、出来ないかもしれないけれど。それで、ほんの少しでもキミの気持ちが軽くなるのなら・・・。僕は、キミのお兄さん、なんだろう?」
僕の問いかけで、少し安心したように彼女の身体の力が抜け、恐る恐るといった様子で僕の背中に手を回しながら彼女は答えた。
「・・・はい。・・・では、お兄様・・・もう少し、こうしていて頂けますか?殿方に抱きしめられたのは、初めてですけれど、お兄様の暖かさとその心までもが伝わってくるようで、落ち着くのです。」
「うん、わかった。」
僕は彼女を抱きしめながら頭を撫で続け、マキが真っ赤な顔をして自分から離れるまで、暫くの間そうしていた。
それから他愛の無い会話を続けていると、そろそろ昼食の時間に差し掛かってきたので、伯爵に報告する為にも部屋を後にする事にしたのだが、その去り際に部屋の入り口で彼女に呼び止められる。
「お兄様は、かなりの剣の使い手なのだそうですね。私も、お姉様と共に習いはしましたけれど、余り身体が丈夫ではないために、全く身につきませんでしたから、尊敬致します。」
「あはは・・・。そう言われると照れるな・・・。」
「本日の式で、拝見させて頂くのを楽しみにしておりますね。・・・それで、あの、お願いがあるのですが・・・。」
「何かな?僕に出来る事だったら、遠慮なく言ってね。」
彼女は、少しモジモジしながら言いづらそうにしている。僕は笑顔を出来るだけ優しく聞き返すと、マキは意を決したような表情で耳まで赤く染めながら、口を開く。
「は、はい。お兄様、少し屈んで頂けますか?」
「こう?」
「はい。そのまま目を閉じてください。」
そう言われ、その通り目を閉じるが、まさか、な・・・。
「お姉様に・・・教えて頂いたのですが・・・初めてなので・・・、上手に出来るかはわかりません。ですが・・・先程の、お礼、です。」
お礼!?やはりか!
そう気付いた時には既に遅く、目を開いた瞬間、柔らかく暖かい感触が僕の唇に触れ、茹であがったように真っ赤なマキの顔が目の前にあった。
直後、顔を離そうとして目を開いた彼女と目が合い、そのままマキは声にならない声を上げ、ベッドに潜り込んでしまう。
・・・なんか、悪いことをしている気分になってきた。
布団に包まり、よくわからない声を上げている彼女にどう声を掛けていいのか分からず、また後でね、とだけ伝えてから僕は部屋を後にした。
そのまま、伯爵の執務室に向かい、扉をノックすると中から入室を促され、部屋へ足を踏み入れると、僕の姿を見て早々に伯爵は問いかけてくる。
「イーオ、どうだった?どんな話を・・・って、どうしたんだい?顔が真っ赤だよ?熱でもあるのかな?」
「い、いえ!大丈夫、です。」
「それならばいいのだが・・・。いや?イーオ、キミはまさかとは思うけれど、彼女によからぬ事をしたのではあるまいね?」
思わずむせそうになるのをなんとか堪え、なんとか冷静を装いながら僕は答えた。
「そ、そ、そんな事、ぼ、僕からするわけがないじゃないですか。」
「・・・やれやれ・・・まさかとは思ってはいたけれど、手が早すぎやしないかな。しかし流石に、今回はリズ達も分が悪いな・・・。うん、よくわかったから、とりあえず昼食までに部屋で落ち着いてきなさい。」
何故バレたんだ?
その後の昼食の際、赤い顔で僕をボーっと見つめるマキの表情に、伯爵以外のその場の全員も何かを察したらしく、幾つか突き刺さるような視線を向けられたのは言うまでもない。
「・・・これ以上、増やさないでくださいね?お兄様、まさか・・・もう増えませんよね?」
ごめんね、リズさん。どうやら公言している人が、まだいるらしいよ。
ちなみに、サリーナさんには部屋で帰りが遅くなった理由を説明している際に、感づかれしまったので、素直に白状した。
どうしてバレるのだろうか?
・・・よく、わからない。
箝口 かんこう 特定の事柄について話題に出す事を禁じる
という意味なので、表現としては少し違うんですが、他に言い換えの言葉が思い付きませんでした。
なので、代わりになる言葉がありましたら、是非コメントにて教えていただければと思います。m(_ _)m