42 来訪者 2
館へと戻る途中でサリーナさんと合流し、突然居なくなった事について謝り、それから玄関でリズと別れてから準備のために部屋へと戻ると、急いで着替えを済ませる。
少し複雑な作りのため多少手間取りながらも着替え終え、サリーナさんに寝癖のついた髪を整えて貰っていると、アーネストさんが来賓の到着を告げに部屋を訪れた。なんとか間に合ったらしい。
「どうなる事かと思いましたが、なんとかなりましたね。」
「ごめんね。僕がボーッとしていたばっかりに。」
「いえ、私は構わないのですが、伯爵様にご迷惑をお掛けしてしまいますので、今後はお気をつけになられた方がいいですよ。」
「うん。そうだね。」
そんなやりとりをサリーナさんとしながら、玄関へと向かうと、そこには既に全員が集まっていた。なんか、いつも僕が最後に来ているような気がする。
「間に合ったようだね。」
ホッとしたような表情で僕に話しかけてくる伯爵に、遅くなった事を謝罪すると、今後気をつけるようにと笑いながら言われ、そのやりとりを見ていたノエリアさんにまでも笑われてしまう。
「イーオ、出迎えの後で話があるから、執務室に来なさい。・・・ちなみに、この事を怒るためではないよ。」
「は、はい。わかりました。」
迷惑をかけた事をノエリアさんやリズ達にも謝罪し、促されるまま玄関先に立つ伯爵の隣に並ぶと、真剣な口調で伯爵が僕にだけ聞こえるように話しかけてきたので返事を返す。すると、丁度、馬車が玄関の前で停止した。
来賓の出迎えの際は家人の到着とは違い、玄関は開けたままにしておくのが礼儀だと、以前出迎えをした時に聞いている。歓迎の意味も込めてそうするのだそうだ。
馬車の扉が開かれ最初にこの間の司祭が降りて来た後、その司祭に手を借りながらもう一人馬車の中から出てくる。
司祭とは違う法衣に身を包んでおり、顔は薄い布のようなものが頭に着けている装飾品から垂れ下っているため、確認は出来ないが、この人が大司教の娘なのだろう。
「ようこそおいでくださいました。家人の紹介は昼食の際にさせて頂きますので、まずはご用意させて頂いたお部屋にて、お寛ぎ頂ければと存じます。」
伯爵はお辞儀をしながらそう告げ、僕も伯爵に倣って頭を下げる。するとその言葉に、彼女?は微かに頷き、それを確認した伯爵自らが案内をし、客間の方向へと歩いていった。・・・え?出迎えって、これだけ?
少しして伯爵が戻ってくると、全員私室で待つようにと伝えられ、各々その指示に従う。僕も一度部屋へと戻り、サリーナさんに執務室に行く旨を話し、一人で伯爵の元へと向かった。
「すまないなイーオ。」
「いえ、こちらこそ申し訳ありませんでした。」
「あぁ、間に合ったのだから、私はあれ以上言うつもりはないよ。・・・それで、用件の事なのだが・・・。」
何故か、伯爵は難しい表情をしながら言い淀む。
どうかしたのだろうか?
「・・・あの方は、どうやらお前に会いに来たそうなのだが、何か心当たりはあるかな?」
「僕に、ですか?思い当たる事なんて、僕にはありませんよ?」
「ふむ・・・、イーオに心当たりが無いとすると・・・、以前出した手紙の所為か・・・?だが、それならばそう書いて送られてくると思うのだが・・・。」
手紙?なんの事だろうか?
それよりも、伯爵のこの口振りでは、今日来る事は予定されていなかったように感じる。
「前々から決まっていた話では無いのですか?」
「あぁ、この間、イーオに手紙を渡すよう頼んだ事があったろう?あの日に挨拶をしに来られたのだが、その時にな。元々、この街の教会を視察する予定はあった。しかし、式に参加する筈では無かったんだ。・・・そう言えば視察自体も、ある日突然決まった事だったな・・・。」
「あの、叔父上すみません、話がよく見えないのですが・・・。」
「私にもよくわからないのだよ。・・・とにかく、あの方はイーオに会いに来られたと言う事だ。」
「うーん・・・?」
何がどうなったら、そんな偉い人が僕に会いに来るなんて事態になるのだろうか?まぁ、本人に聞くしか無い事なのだろうが、それは流石に憚られる。
「とりあえず、失礼の無いようにな。イーオなら大丈夫だとは思うが。」
「え、えぇ、わかりました。」
そこまで偉い人相手の作法についてはよくわからないけれど、直接話すような事でも無い限りは多分大丈夫、だとは思う。
伯爵の用件はその事を尋ねたかっただけのようなので、再び自室に戻ろうとしたのだが、その時ふと、今尋ねた方がいいのでは無いかと思い、扉の前で立ち止まる。無論、ノアの事について、だ。
「あの、叔父上、一つ尋ねたい事があるんです。」
「何かな?イーオが私に聞きたい事なんて珍しい。私に答えられる事なら、何でも答えるよ。」
伯爵は何か考え込んでいる様子だったのだが、笑顔でこちらへと顔を向ける。
「あの・・・おかしな事、と思われるでしょうが・・・神様に、ノアに会う事は、出来ますか?」
予想もしていなかったであろう質問に、伯爵は一瞬固まると、伯爵は僕の発言の真意を確かめようと聞き返してきた。
無理もない。気が狂ったのかと、そう思われたとしても不思議でないが、ほんの少しでも前に進む為に、やれる事はやりたいんだ。
「・・・なんだって・・・?何故、いきなりそんな事を聞くんだい?」
「それは・・・僕にとって、大事な事、だからです。」
「・・・御伽噺の神様が、実在する、と?」
「はい。」
迷いなくそう答えた僕を、伯爵は真っ直ぐに見つめると、少し間を置いてから口を開く。
「・・・暫く、時間をくれないか?そうだな・・・、早くても二週間程、時間が必要だ。」
「そう、ですか。わかりました。それぐらいですと、帰還した後・・・になりますね。」
「上手く行けば、そうなるな。・・・これが、来るべき時、なのか?」
「どうかしましたか?」
「いや、何でも無い。とりあえず、部屋に戻っていなさい。」
「はい。・・・失礼します。」
とりあえず、この話は暫く待つ以外にないな。
ディランからの返信も確認出来るのは、同じくらいになるだろうから、今は目の前の討伐に集中しなくては。
そう思いながら執務室を出ようとした時、ふいにノックの音が響き、アーネストさんが現れる。
どうやら、先程の大司教の娘が僕と話がしたいと言ったそうで、僕を探していたらしい。
思わず伯爵に視線を向けると、少し考える素振りを見せた後、軽く頷いた。
「会いたいと仰られているのであれば、従うほかあるまい?理由はわからないが、さっきも言った通りくれぐれも失礼の無いようにな。」
「わかりました。」
伯爵にそう返事を返し、僕はアーネストさんについて一階へと降り、普段は近づかない右棟奥の客室へと向かう。
どうやら、一番奥の部屋に大司教の娘はいるらしい。
部屋の前へと辿り着き、アーネストさんが扉をノックすると、入室を促される。
中には女性の使用人が数名いたのだがが、全員この館の人だった。
そして、呼び出した当人は、先程と同様の格好のまま椅子に腰掛けており、その表情は全くわからない。
部屋へ入ると、アーネストさんや使用人達は礼をして全員部屋を出ていき2人だけになると、突然声をかけられる。
「今日はフードを被っていらっしゃらないのですね。立ったままでは貴方様もお疲れになるでしょうから、こちらの席でお話致しませんか?」
「え・・・?は、はい。」
「そんなに緊張なさらなくても大丈夫ですよ。私は地位も権力も持たないただの子供ですから。それに・・・。」
「それに・・・?」
「い、いえ、なんでも御座いません。どうぞ、遠慮なさらずに、お掛けになってください。」
何かを言いかけていたようだが、どうしたのだろうか?
とりあえず、着席を促されたので、席に着かねば逆に失礼になってしまう為、彼女と向かい合うようにして座る。
先程、玄関で見た時はリズよりやや背が高いくらいだったので、同じくらいの年齢だろうか?だが、それより声に聞き覚えがあるのだが、もしかして彼女は・・・。
「あの、貴方はもしかすると、この間教会で・・・。」
「あら?もうお気付きになられたのですね。」
僕が言い終えるよりも前に、彼女はそう告げると、頭に付けていた装飾を外し、素顔を晒す。
「また、お会い致しましたね。」
「え、えぇ・・・。」
そう言いながら、彼女は僕に微笑みかける。
その表情を見て、僕は思わず言葉が出なくなってしまう。
誰かに似ている・・・?そう感じたから。でも、誰に?
「どうかなさいましたか?」
「い、いえ、貴方のような高貴な生まれの方が、僕にどんな御用があるのかと思いまして・・・。」
「・・・御用が無ければ、いけませんか?」
「そう言う訳では・・・。」
「私、どうしても貴方に会ってみたくなったのです。おじいさまや、お姉様からの話を以前聞いておりまして、どうしても。」
おじいさま・・・は、この人の立場からすると、王族・・・か?しかし、お姉様とは、誰の事だろう?
「・・・知らされていないと仰られていたのは、本当のようですね・・・。混乱させてしまい、申し訳ありません。はしゃいでしまうなんて、はしたない真似をしてしまいました。」
何か呟いてから、彼女は謝罪をするのだが、何を言いたいのかがわからなくて、僕は更に混乱してしまう。
「申し訳ありません、全く話が見えて来ないのですが・・・。」
「重ね重ね失礼致しました。本日は、貴方がどのような方なのかをを見に来ただけなのです。なので、特に意味はありませんよ。そんな事より、私の話相手になってくださいませんか?普段は、余り近しい年齢の方とお話する機会がありませんので、楽しみにしていたのです。お姉様が学院に通われだしてからは、本当に寂しくて・・・。」
えっ?本当に、ただ僕に会いに来ただけって事?
少しモジモジとしながらそう告げる彼女に、僕は驚きを隠せずに呆然としていた。




