41 来訪者 1
「まずは、討伐を無事に終わらせないとな。」
「うん。そうだね。アル・・・、ありがとう。」
一通り話を終え、夜も遅いため明かりを落とし、久しぶりに同じ部屋で眠る事にしたのだが、いよいよ戦いへと赴くという緊張感のためなのか、僕もアルも中々寝付けずに結局会話を続けていた。
「礼を言われるような事はしていないぞ。」
「あんな話を信じてくれるって言ってくれただけでも、嬉しいんだよ。」
「まぁ、実際のところ、にわかには信じがたい部分がないとは言わない。だが、俺にはお前が嘘をつくなんて思えない。それだけだ。」
「アル・・・。」
こんな突拍子もない話を信じて貰えるなんて、僕だって思ってはいない。なのに、アルは信じると言ってくれる。それだけで、僕には充分だった。
「しかし、そうなると・・・、討伐を終えたとしても問題は山積みだな。」
「うん、船についての矛盾は、居場所の特定に繋がると思うけど、僕自身がどうしてノアに会いたいのか、その理由もわからないし・・・。」
「理由?そんなもん、わかる必要なんてないだろ。」
「え?」
「会いたいってだけじゃダメなのか?御伽噺や、お前の話の通りなら、大事な人だったんだろ?。本人がそのまま存在していると知ったのなら、そう思ったとして、なんの不思議もない。」
・・・僕は、難しく考えすぎていたのかもしれない。
アルの言う通りだ。確かに、理由なんて必要ないな。
「そう、だね。・・・うん、僕はきっと、ただノアに会いたいだけなんだ。」
「行動する理由なんて、それで充分だ。」
「うん。・・・そろそろ、寝ようか。おやすみ、アル。」
「おやすみ。」
アルに言われた事で、僕の中の焦る気持ちがなんなのかわかった気がする。なんだ・・・凄く、簡単な事だったんだ。
翌朝、サリーナさんに起こされ目を覚ます。
僕もアルもいつもはちゃんと起きられているのに、夜更かしをしたためか二人ともギリギリまで寝てしまい、彼女に叩き起こされてしまった。
朝食を摂るため、彼女と共に食堂へと向かう。アルは、起きるとすぐに慌てて兵舎へと走っていってしまった。兵舎の食堂で食べられる時間は決まっているらしい。
アルを見送った後、僕達も朝食の為に食堂へと移動しながら、昨晩の事をサリーナさんに伝える。
「アルに色々話したよ。僕やサリーナさん、それにディランの事について。」
「それで、今日は寝坊したんですね。・・・アルさんは、なんて言ってました?」
「信じる、って言ってくれた。だから、僕を信じてくれるアルの為にも、絶対にノアに会わないといけない。」
「・・・必ず、探し出しましょうね。」
「うん。」
僕は、ノアに会わなきゃいけない。
夢の中で・・・いや、僕として生まれる前から、また会うと約束しているし、今の僕自身が強くそれを望んでいる。
ただ、ノアの方から会いに来てくれと僕は頼んでいたけれど、僕から行ったとしても・・・問題はないよね?
朝食の際に、まだかなり眠くボーッとしていたので、摂り終えた後に眠気覚ましがてら練兵場へと足を運ぶと、騎士団員はかなり慌ただしく今日の結成式の準備をしている。伯爵だけでなく他の貴族も来るらしく、その為の準備に追われているようだ。
兵士ではないとはいえ、遅れてやってきたのが申し訳なく感じる。
なので、何か僕に出来る事はないかと考え、監督をしていたキランさんに近寄ると、僕が来た事に気付いたキランさんが先に声をかけてきた。
「すまない、イーオ君。突然だが頼みがある。」
「なんでしょうか?」
「以前約束した事を覚えているかな?」
「約束・・・ですか?」
「あぁ、私と試合うという話だ。」
「そう言えば、そんな約束をしていましたね・・・。」
確かに以前そんな話をしていたが、キランさんが忙しかった為、もう忘れているのだとばかり・・・。
「覚えてはいてくれたようだな。急ですまないのだが、今日の討伐隊の結成式での最後に、その約束を果たさせてはくれないか?」
「僕は構いませんが・・・。何故、式の最後に手合わせをするのですか?」
「簡単な事だよ。未来の騎士団長の実力を、皆や来賓に見せつける為さ。私は、キミのお披露目の為の引き立て役という訳だ。」
「えぇ・・・?」
笑いながらそう告げるキランさんに、見世物になれと言われているのだと感じた僕は、思わず嫌そうな声を漏らしてしまう。
「いや、引き立て役というのは冗談だ。折角キミと試合うのだから、私だってそう簡単に負ける気はない。・・・イーオ君は真面目だな。そんな所もキースにそっくりだ。」
「仕方ありませんよ。僕は髪の事もあって余り人前に出るのが得意ではありません。それに、前から言っていますが、僕はそこまで強くもないですし。」
「・・・アレだけ綺麗に人が宙を舞う所なぞ、私は余り見た事はないが?マーサに習ったんだろう?彼女は、昔から弱い相手には全く興味を示さないし、人に技を伝授する事も寧ろ嫌っていた筈なのだが、キミ相手にあんなにも熱心に教える姿を見て、私もキースも相当驚いているんだぞ。」
「そうなんですか?マーサさん、いつも凄く楽しそうなんですけど・・・。そんなことより、昨晩の事見ていたんですね・・・。」
「逆に聞くが、キミはアレだけ派手な立ち回りを、何故見られて居ないと思ったんだ?かなり大きな音が響いていたから、沢山の団員が気付いていたと思うぞ。・・・まぁ、私は最初から見させて貰ったがね。しかし、若者の成長していく姿というのは、本当に素晴らしいものだな。」
キランさんはニヤリと笑いつつ、僕の肩を軽く叩きながらそう告げる。
み、見られていたのか・・・。
一部始終を見られていたと知り、途端に自分の顔がもの凄く熱くなっていくのを感じた。僕は思わず視線を下に向けると、キランさんはその様子を見て笑いながら、僕の背中を何度も強く叩く。
「あっはっは!恥ずかしがる必要などない!キミは、私が以前言っていた通りの役割を果たしただけだ!どうだ?彼は強くなったろう?」
「えぇ・・・。タイロンさん達と比べても、そこまで差があるとは思えませんでした。」
キランさんの問いに、僕は素直に思った事を告げると、満足そうな笑みを浮かべながら、その理由を教えてくれた。
「だろうな。目標がある分、成長も早いし、何より彼には確固たる意思がある。だから、私は自ら進んで彼に剣を教えていたんだ。そして、アルは教えた事を私が居ない間も忠実にこなしていた。いうなれば、私の一番弟子、だな。」
「そうだったんですね・・・。」
「あぁ・・・。いつまでもキースの背中を追いかける私に、とても良く似ていると感じたのだ。だから、いてもたっても居られなくてね。余計なお世話だと、思うか?」
「きっと、キランさんから提案されたにせよ、アルが望んで指導を受けたのでしょうから、余計なお世話だなんて事は無いと思います。・・・キランさん、本当にありがとうございました。」
「キミ達の役に立てたのなら、私はそれで満足だよ。・・・そして次は、イーオ君。キミが私やキースに示す番だ。やれるか?」
「はい!」
「結構!くれぐれも、遠慮なんてしてくれるなよ!」
キランさんは笑い声を上げながら、兵舎の中へと行ってしまった。
・・・手伝いを申し出るつもりだったのだけれど、仕方ない。館で伯爵に何か仕事はあるか聞くとしよう。
「お兄様!こんなところにいらっしゃったのですね!探しましたわ!」
館へと引き返す途中、慌てた様子のリズがこちらへと走り寄りながら、大声で僕を探していたと言う。
何か、用でもあるのかな?
「どうしたのリズ?そんなに慌てて。」
「どうしたもこうしたもありませんわ!お客様のお出迎えをする為、サリーナがお兄様の服を用意している間にお部屋から居なくなられたからですよ!朝食の際に、お父様が仰っておられたではありませんか!」
「え?」
余りの眠気に、どうやら僕はかなり大事な話を聞いていなかったようだ。これは不味い。
「・・・お兄様?その表情は、お忘れになっていたようですね?もうっ!早く用意しませんと、お客様が参られてしまいます!お急ぎください!本日いらっしゃる方は、教会の大司教様の御息女様なのですから、失礼があってはいけませんのに!」
そう言ってリズは僕の手を引いて早足で歩きだす。これは後で皆に謝らないといけないな・・・。
だがその前に、僕は大司教の娘とやらについてリズに聞いてみる事にした。
「えっと・・・、それは偉い人なの?」
「お兄様はご存知ないかもしれませんが、今の方舟教の大司教様は王族の分家にあたる方が務めておられます。なので、その御息女様も、王族の血を引かれておられるのですよ。今回、その御息女様が、数日前からこの街の教会に視察に訪れていたため、来賓としてお越しになる事が決まったそうです。」
「なるほど、確かにそれは出迎えが必要だね。」
「何を呑気な事を仰っておられるのですか!お急ぎくださいな!」
「ご、ごめん・・・。」
リズが怒鳴るのは珍しいが、明らかに僕が悪い為仕方ないだろう。申し訳なさそうに返事を返した僕の様子に、彼女はチラリとこちらに振り向き、クスクスと笑った後、大司教の娘の来訪に関してリズは話を続けた。
「お父様は一度ご挨拶をされたそうですが、もしかすると今日の式に参加する為に、視察に来られたのかもしれませんね。」
「どうしてそう思うの?」
「理由はわかりませんけれど、お父様はかなり落ち着いていらっしゃいましたから、急に決まったという訳ではないのでしょう。今回、大分念入りに準備を進められていた点から考えましても、恐らくは日程の調整もされているのだと思います。」
「なるほどね。・・・まぁ、決まっていた話だったとしても、そうでないにしても、僕達のやる事は変わらないか。急ごう。」
「えぇ。急ぎましょう。」
もしかすると、さっきのキランさんと手合わせをするという話・・・。
アレも、この事が関わっているのかもしれない。
僕には、なんとなくそんな風に思えた。