40 ともだち
サリーナさんとの会話の後、すぐに手紙を用意して、次の日にアーネストさんへ頼み配送をお願いする。
届くまでには大凡一週間を要するとの事で、すぐ返信が来たとしても、確認出来るのは帰還した後になるだろう。
まぁ、矛盾については舞台での演出かもしれないが、御伽噺やサリーナさんの言い方を見るに、劇中と近しい形で伝わってはいるのは間違いない。
今は少しでも情報が欲しいので、見当違いかもしれないけれどやれる事はやっておこう。
そうして手紙を出してから数日後、討伐隊の出発まで残り一週間を切ったある日、朝食の後に伯爵から呼ばれ執務室へ向かうと、一通の手紙を渡された。
「イーオ、済まないがこの手紙を教会にいる司祭様に届けてきて欲しい。使用人達も今は準備に駆り出されているため、他に頼める者がいなくてね。」
「司祭様に、ですか?」
「あぁ、討伐隊の出発式に、祈りを捧げて貰う事になっていてね。その詳細を伝える為のモノなんだ。大事な手紙だから、どうしても今日届けたいのだけれど、私はこれからすぐに出かけなくてはならない。お願い出来るかな。」
「なるほど・・・。わかりました、僕に任せてください!では、今から行ってきます!」
「あぁ、頼んだよ。」
伯爵が僕にそういった事を頼むのは珍しいため、ほんの少しでも役に立てる事が、嬉しかった。
執務室を出た後、出かける事をサリーナさんに伝えると、僕についてこようとしていたが、彼女はここ最近の訓練で筋肉痛が酷く辛そうだったので、僕が戻るまでは休んでいて貰う事にして、一人で教会へと向かう。
教会は以前に殆ど目の前まで案内して貰ったのだが、僕はまだ中には入っていない。あの時は倒れてしまったからな・・・。だが、大体の場所は覚えていたので、問題なく辿り着く事は出来た。
入り口辺りで近くに人が居ないかを確認したのだが、誰もいなかったため正面にある大きな扉から建物の中を伺う。
覗いた場所は集会を行えるような作りになっていて、奥には五体の像が立てられているのが確認出来る。しかし、そこに人の気配はなく、仕方がないのでとりあえず中へ入り人を探す事にしたのだけれど、奥に立てられている像がどうしても気になり、僕はそちらへ近づいた。
近くで見るとかなり大きい。中央に一体、両翼に二体ずつ設置されているので、ここが方舟教の教会なのだと考えると中央が神様、残り四体が少年の妻達だろう。少年の像は何故か見当たらない。
「これが・・・神様・・・なのか?」
僕の夢に出てくるノアとは、顔は似ているがその姿が大分違う。像は大人の女性の姿で作られていて、夢に出てくる少女と余りにも掛け離れた姿のため、あの銀色の女の子が本当にノアなのか、僕にはわからなくなった。
「どういう事なんだ・・・?」
ディランは、御伽噺を僕達の話だと言っていたけれど、それならば何故こんなに姿が違うのだろう?自由に姿を変えられる・・・とか?まさかな・・・。
「あの・・・、何かお困りでしょうか?」
色々と考え込んでいると、突然後ろから恐る恐るといった感じに声をかけられ、その声に僕は驚き振り返る。すると、そこには背のかなり低い女の子が立っていた。見た事のない服装と帽子のようなものを被っているのだが、教会の人なのだろうか?
「す、すみません。中に勝手に入ってしまって・・・。」
「いえ、ここはどなたでも訪れる事が出来ますので、問題はございませんよ。ただ、本日は集会なども予定されておりませんので、何か御用があったのかと思い、お声をかけさせて頂いたのですが、驚かせてしまったようで・・・。こちらこそ、申し訳ありません。」
彼女はそう言いながら、深々と頭を下げる。身長の為か幼く見えたのだが、口調がしっかりしているので、そうでもないのかもしれない。
「そんな!貴方が謝る必要はありませんよ。・・・そうだ、司祭様はいらっしゃいますか?伯爵家からの手紙を預かってきたんです。」
「司祭様、ですか?えぇ、いらっしゃいますよ。手紙ですか・・・。それでしたら、お呼びして参りますね。・・・あの・・・失礼でなければ、貴方様のお名前を教えて頂けますか?」
僕の言葉に彼女は顔を上げる。
なんだか・・・不思議な少女、だな。
建物の中は明かりが灯されていないせいか、顔はよく見えないのだけれど、その声を聞くと妙に落ち着くというか・・・。
「僕はイーオと言います。」
「イーオ様・・・、ですね。司祭様をお呼びする前に、・・・少しだけ、私とお話しませんか?」
「え、えぇ、構いません。」
「ありがとうございます。・・・先程、そちらの像を熱心に見ておられましたけれど、どうしてなのでしょう?」
「・・・教会に来るのが初めてで、立派な像だなぁって思って見ていたんですよ。」
流石に、教会の人にこれが本当に神様の像ですか?とは聞けない。でも、彼女はどうしてそんな事を聞くのだろう?
「本当に、それだけ、ですか?貴方様には、違う風に感じられたのではありませんか?失礼とは存じておりますが、独り言を呟いておられるのを聞いてしまいましたので・・・。」
「あ・・・。そ、それは・・・。」
「大丈夫ですよ。此処には今、私しかおりませんので、正直に仰って頂いて構いません。」
なるほど、彼女は僕の独り言を聞いたから、その理由を聞こうと思ったのか。
「変に、思われるかもしれませんが、本当は僕が知っている神様の姿とは違うなって・・・そう、思ったんです。」
「違う・・・とは、どういう事でしょう?」
「僕の知っている神様はもっと、幼い姿、なんです。」
「・・・そう、でしたか。」
僕の返事を聞いた彼女は、それだけ呟くとそれっきり黙りこみ、考えているような仕草をする。
まぁ、おかしな奴だと思われたとしても、不思議はないだろう。
「私からお伺いしておきながら、黙ってしまい申し訳ありません。司祭様を呼んで参りますので、こちらで少々お待ちください。」
「はい、お願いします。」
「では、失礼致します。・・・恐らく、そう遠くないうちに、またお会いする事になるでしょう。」
「え?それって、どういう意味、ですか?」
彼女は僕の質問には答えずに去っていった。また会う、とはどういう事なんだろう?
1人残された僕はその場で考えるけれど、わかる筈もなく、その後僕の成人の儀式で説法を説いていた司祭が現れたので、伯爵からの手紙を手渡す。
ついでに、先程の少女の事を聞いたのだが、高貴な身分の方だとしか教えては貰えなかった。
あの子は、一体・・・?
教会での出来事からまた何日か経ち、いよいよ明日に出発式を控えた日の夜、アルが久しぶりに部屋に戻ってきたのだが、顔を見せるなりすぐについてきて欲しいと言いだす。アルの表情を見て、僕は以前言われた事を思い出すと黙って頷き、二人で練兵場へと向かった。
アルが何をしたいのかは、わかってる。
「すまんな。」
「いいよ。」
練兵場へ向かう途中、話したのはそれだけだった。
辿り着くとアルはあらかじめ用意していたであろう木剣をこちらに手渡し、僕と向かい合う。
「村に居る時から、お前は俺の憧れだったんだ。親父や他の猟師からも一目置かれていたしな。」
独り言のように呟きながら、アルは僕を真っ直ぐ見据えながら正眼に構えるが、サリーナさんやタイロンさん達に比べるとまだ頼りなく見えはするものの、構える動作自体には淀みがなく、アルが凄く努力をした事が伝わってきた。
「お前は、もう、村に帰るつもりは、無いんだろう?」
「うん。」
「そうだろうな。」
そう言うと、アルは振りかぶりながら距離を詰め、僕に向け木剣を振り下ろす。
避ける事は簡単だ。だけど、僕はその剣を敢えて受け止める。何故かはわからないけれど、そうするべきだと感じたから。すると、思っていた以上にアルの剣筋がブレていないためか、綺麗な甲高い音が辺りに響き僕は内心驚く。
半年足らずで、ここまで・・・。凄いな。
「簡単に、止めるんじゃねぇよ。」
発言とは裏腹に、アルは笑っていた。多分、僕も。
「まだまだ、こんなもんじゃないでしょ?」
「あぁ。」
短く返事を返しながらアルは一度距離を取ると、今度は小さく溜めを作った後、その反動で再び距離を詰めつつ、腰の回転を使い、片手で速さを重視した突きを僕の胸元へと放ってきた。
かなり速度が乗っていて、真剣ならまともに当たれば致命傷だし、木剣であっても骨折くらいはしてしまうだろう。しかし―――
「そんな大技、当たらないよ。」
僕は素早く半身で躱し、突き出されたアルの腕を掴むと、その勢いを利用してアルを投げる。アルの攻撃を利用したのだが、勢いが良すぎた所為で綺麗な弧を描きながらアルは地面に叩きつけられ、少しの間その場で呻き声を上げのたうっていた。
少しして漸く喋れるようになったアルが、抗議の声をあげる。
「いてぇな!少しは加減しろ!」
「いや、これ最近教えてもらったんだけど、殆ど攻撃してきた側の力を利用してるから、そんなに痛かったのならアル自身のせいだよ。」
「・・・剣の次は、体術かよ・・・。」
「大丈夫?立てる?」
「いや、ちょっと無理そうだ。」
「だろうね。僕も最初やられた時、すぐには立てなかったよ。・・・僕の勝ち、だね。」
「・・・だな。お前はどんどん先へ行くのに、俺はこのザマだ。・・・悔しいな。」
そう呟くアルの表情は、僕にはとても寂しそうに見えたんだ。
暫くして、ようやく痛みが引いてきたのか、アルは身体を起こし僕に尋ねてくる。
「なぁ、イーオ?お前、討伐を無事に終えられたら、どうするつもりなんだ?」
「うん。その事なんだけどアルに、聞いて欲しい事があるんだ。信じて貰えるか、わからないけれど。久しぶりに、館の部屋で話そう?」
「あぁ。」
そうして、二人で部屋に戻り、僕はアルにこれまであった事や、わかった事。そして、現状についてや、夢の事等、色々な話をした。
気付けばかなり夜も更けていたけれど、アルはその間余計な事は言わず、黙って聞いていてくれて、聴き終えた直後に、ポツリと呟く。
「俺は、信じるぞ。」
その言葉は、涙が出そうなくらい、うれしかった。
全体的に改稿しました。10/5