39 さらに前へ
「なるほどねぇ・・・。そういう事、だったのかぁ・・・。キミがキースを父さんって呼ぶから、ちょっと混乱してたんだよね。手紙には何も書いてなかったし。」
マーサさんがやってきてから一週間程が経ち、それまでは父や伯爵と共に行動し準備に協力していた彼女なのだが、それもひと段落ついたため僕とサリーナさんに稽古をつけてくれる事になったその日の朝、練兵場に着いた僕にマーサさんが挨拶もそこそこに、疑問をぶつけてきた。
「えぇ・・・。だから、僕も混乱していて、最近少しだけ実感したというか・・・。」
伯爵の子供だと紹介されたのに、父と呼ぶ人物が違えば誰でもそう思うだろう。
「キミの立場だと、確かに今更変えるのも難しいよね。それをわかってるから、あの二人も何も言わないんだろうし。・・・ん?という事は、ワタシとキースが本当に結婚したら、イーオを正式に子供としても問題ないよね?」
「それは・・・、確かにそうですね。」
「なら、ワタシの事おかーさんって呼んで!」
「えぇ・・・?父さんの事ですから、そうなったとしても、僕を改めて養子にはしないかと思いますけど・・・。」
「そんな事、わかってるよ!言ってみただけ。・・・でも、キミが本当に望めば、そうする事だって出来ると思うよ。伯爵様にそう言いさえすれば。」
「それは・・・。」
「それも言い出せないか・・・。どっちもイーオを大事にしている事は、この一週間でワタシにもよくわかったから、仕方ないかな?あの二人、違うように見えて似てるし。キースがヒゲ生やしたら顔だって良く似てるもん。」
顔に関しては、実の兄弟だから不思議ではないと思う。
そっか・・・。僕が、本当に望みさえすれば・・・。
「イーオさん・・・。」
会話を聞いていたサリーナさんが、不安そうな表情をしながら僕を見ている。
「・・・キミ、既に伯爵様の子供として生きる以外に選択肢なくなってない?確か、伯爵様の娘とも婚約してるんじゃなかった?」
「あたしは、イーオさんについていきますから構いませんけれど・・・、ディラン様やリゼット様達の事を考えると・・・。」
フィーも含めてその三人は多分だけど、父と生きる選択をしたとしても尊重してくれるだろうとは思う。だけど、そうなると僕自身の謎について明かされる事は、なくなるのではないかと、以前から感じている。
そして伯爵の口振りから考えて、更にディランの考え通りなのだとしたら、恐らく貴族としての身分が無いと接触出来ない人物が関わっているのだ。
やはり、自分を知る為には伯爵の元にいなければならない。
それに、ノア・・・。僕は、どうしてもキミに会わないといけない気がする。
伯爵が忙しく、二人で話す機会が中々無くてまだ聞けていないけれど、早くあの事についても尋ねなければならないな。
「・・・イーオの事情はワタシにはわからないけれど、キースにはワタシがついてるから、大丈夫だよ。だから、キミはキミの思うように生きなさい。もう、道は決めているって顔してるもの。でも、その為にも、キミは強くならなくちゃね。最低限、どんな相手からも恋人くらいは守れないと。勿論、身体だけじゃなくて、心も、だよ。」
サリーナさんと僕に視線を向けながら、マーサさんは微笑む。
確かに、その通りだ。僕は、僕の大事なものを守りたい。
その為に、強くならならなければ。
鉱石を発現させた場合、僕は武器を持てない。だから、体術が得意なマーサさんから教えて貰えるのはありがたい。
その事は彼女も父から聞いたようで、マーサさんに頼まれた僕は、訓練前に彼女達の前で力を発現させて見せる。
「キミのその発現の仕方・・・。ワタシも含めてだけど、聞いてた通り他の人と大分違うね?」
「原因はわかってますが、どうやってもこうなるんですよ。」
「ふーん・・・?なんとなく、だけど・・・。意地でもキミを傷つけさせたくないっていう、誰かの意思のようにも感じるんだよね。」
「・・・この鎧って・・・。まさか・・・。」
鎧を見たサリーナさんが妙な表情になりながら呟いた言葉に、彼女は何かを知っているのだと感じた。
「サリーナさん、どうしたの?何か気づいた?」
「えぇ・・・まぁ・・・。鎧の意匠に心当たりがあります・・・。」
「意匠?どういう事?」
「それは・・・。」
「意匠なんてどうでもいいよ!それより、その状態だと武器が扱えないって言ってたよね?なら、ワタシの体術が役に立ちそうだね!」
マーサさんは早く僕達に教えたいようで、サリーナさんの発言を遮ると、嬉々として僕達に体術の稽古をつけ始める。
でも、僕は遮られたサリーナさんの言葉がどうしても気になった為、後で二人の時に聞いてみることにした。
数時間後、漸く濃い密度の訓練も終わり、僕はヘトヘトになりながらも訓練中に気になった事をマーサさんに尋ねる。
「しかし、マーサさんって・・・凄い力ですよね?そんなにも手足が細いのに・・・。」
「こんなちっこいのにね!ワタシも不思議なんだよー。」
「って事は、鍛えた訳じゃないんですか?」
「うん。確かに多少訓練もしたけれど、殆ど生まれつきだよ。ワタシの家系、皆そうだから、外に出るまで知らなかったんだ。ちなみに、体術は父から習っていたんだよ。両親も傭兵だったから、ワタシも必然的にそうなっちゃった。」
「なるほど・・・。」
「でも、純粋な筋力でワタシより強い人なんて、家族以外で初めてみたよ。キミ、本当に凄いね。やっぱり、教えがいがある!ねぇ、剣士辞めて、体術を極めてみない?」
「か、考えておきます・・・。」
「あ、ワタシこの後キースのお手伝いをするから、もう行かなくちゃ。ワタシの弟子になる事、真剣に考えておいてねー!」
マーサさんは言いたい事だけ言うと、足早に兵舎へと走って行った。あれだけ動いた後なのに、元気な人だなぁ・・・。
その後ろ姿を見送った後、サリーナさんに先程言いかけていた事を尋ねるべく、少し離れた所に腰掛けている彼女へと近寄る。先程の稽古は、彼女にも相当堪えたらしい。
「あの、サリーナさん。稽古の前に言っていた事なんだけど、鎧の意匠に心当たりがあるんだよね?」
「あ・・・はい。」
肩で息をしながらぼーっとしている彼女に、僕は少しドキドキしてしまうも、すぐに休憩させないといけないと気付く。
サリーナさんが動けるようになったら、もう一度聞こう。
「だ、大丈夫?一度、部屋で休んだ方がいいよ。」
「い、いえ・・・大丈夫です・・・。」
弱々しく返事を返しながら彼女は立とうとするのだが、上手く力が入らないようだ。
不味いな。まだ2月だから、このまま此処にいたら、風邪を引いてしまう。
・・・少し、恥ずかしいけれど彼女を部屋まで運ばなくては。
「先に謝っておくね。ごめん。」
「え?イ、イーオさん?」
僕は謝りながら彼女の身体を抱き抱えると、突然の事に驚いた彼女は顔を赤く染めながら僕を見つめる。
「そのままだと、風邪・・・ひいちゃうから・・・。」
自分の顔も熱くなるのを感じながら、僕はその場からすぐ離れる事にした。なんせ、練兵場にはまだ沢山の兵士がいて、見られている事に気付いたから。
・・・彼女の部屋へ向かう途中、何人もの人に生暖かい視線を向けられたのは、言うまでもない。
部屋のベッドに彼女を寝かせた後、身体を拭くものを渡し、濡れた布巾を用意する為、一度サリーナさんの部屋を出て、近くにいた女性の使用人に頼み用意してもらう。
その後、サリーナさんの身体を拭いて貰ったり、着替えさせる為に、使用人を連れて部屋へと戻る。無論その間、僕は部屋の外で待っていた。少しして、女性が出てきたので、入れ違いに僕は彼女の部屋へと入り、改めて謝罪をする。
「ごめん、無理をさせすぎたね。」
「こちらこそ、申し訳ありません。仕えている方にこんなお手間をかけさせてしまいました。」
着替えを済ませたからか、先程より大分落ち着いているようで、僕が声をかけると彼女は身体を起こし、頭を下げた。
「仕えているだなんて、そんな・・・。いつもサリーナさんにはお世話になっているのは、僕なんだから気にしないで。」
「・・・ありがとう、ございます。」
「今日は、もう休んだ方がいいよ。僕から、アーネストさんに伝えておくね。」
「いえ、もう少し休めば大丈夫です。それより、鎧の話ですが・・・、あの意匠には、見覚えがあります。」
「無理は、しないでね。・・・見覚え?どこで見たの?」
「あの鎧を見たのは今のあたし、ではありませんよ。なので、その事が直接なにかに繋がる訳ではないんです。ただ・・・。」
「ただ?」
「ノアの意思が介在しているのだと、あたしにはわかりました。・・・あの鎧、あたしが貴方と一緒に見ていた動く絵物語に出ていたモノに凄く、似てるんですよ。」
動く絵物語・・・はよくわからないけれど、サリーナさんがそう言うのであれば、鎧の意匠に関してノアが関わっているのは間違いないのだろう。すると、あの形にしかならない原因であるこのお守りも、ノアが僕に持たせたモノであると言う確固たる証拠になるのではないだろうか?ディランの話とも相違がないように感じるから、間違いはないだろう。
「そうか・・・。なら、やはり僕はノアの元から、叔父上や父の所へと連れてこられたんだね。」
「そうなりますね。」
「なら、王都から連れてこられたと言っていた事から考えると、ノアは王都にいる?」
「この話だけでは、そうではない可能性も充分にありますよ。別の場所から連れてこられて、王都で引き合わされた可能性はまだ捨てきれません。」
確かに・・・。これだけでは、まだ居場所を特定出来ないか・・・。何か他に、決め手になるような情報はないだろうか?
「・・・繋がるかはわからないけれど、この間見た公演で、今の王都の場所に最初に降りたったと言っていたけれど、王都って海の側なの?」
色々考えているうちに、ふと僕は王都が何処にあるのか知らない事に気づく。
「いえ、内陸部ですね。確かに船ならば、海の側でないとおかしいとは思いますが・・・。もしかすると、その場所がわかればノアに繋がるのかもしれないと?」
「うん。ディランに聞いてみた方がいいかもしれないね。手紙、出してみようか。」
「それがいいかもしれませんね。」
ディランなら色々知っているだろうから、船で降りたったのに王都が内陸部にある矛盾を説明してくれるかもしれない。
これがどう繋がるかわからないけれど、少しでも前に進むために、僕は僕に出来る事をやろう。
僕の背中を押してくれた人の為にも、そう決めたんだ。