4 決心
「・・・しろ!」
地面が揺れている?
「・・・きろよ!」
なんだよ五月蝿いなぁ。もう少し寝かせてくれないかな。
「頼むから目を開けてくれ!」
わかったよ。起きるから、大声出さないでよ。
僕は呼び声に応えるように目を開く。
「よかった・・・。イーオが生きてた!」
アルが僕を覗き込みながら、安心したような表情をしている。
僕が生きてる?なんの事だ?
・・・あれ?僕、生きてる?
漸く先程まで何をしていたかを思い出し慌てて動こうとするが、全身を激痛が駆け抜け、思わず悲鳴をあげる。
「もう大丈夫だから、暫くそのまま休んでいろ。」
「どういう・・・事?」
状況がよくわからない。あの獣はどうなったんだ?
「俺にもよくわからないんだ。イーオが黒いのに襲われる瞬間、凄い音と雷みたいな光が走って、気付いたらヤツの焼け焦げた死体が転がってたんだ。お前はその場所から吹き飛ばされたみたいに別の所に転がってたから、死んだのかと思ったよ。」
雷?そう言えば身体が吹き飛ばされる直前に、凄い音がしたような?だが、痛みが酷く思考が纏まらない。
「息はしてるけど目を覚さないから、本気で心配したんだぞ。」
「ごめ・・・ん。」
アルに一言謝ってから身体を少し動かそうとするが、またしても凄まじい痛みが走る。
「動くんじゃない!両腕と足が折れてるんだぞ!今、親父が人を呼びに行ってるから、暫くそのままで居ろ!」
アルのその言葉が、意識を再び失う前に聞いた最後の言葉だった。
次に気付いた時、僕は部屋のベッドに寝かされていた。
「おい、誰か来てくれ!イーオが目を覚ましたぞ!」
誰かの声が響いて、それから沢山の足音が近づいてくる。
「イーオが目を覚ましたって!?」
その知らせを聞いて、真っ先にアルが駆け込んできた。
続いて知り合いの人達や、父さんが部屋に入ってくる。
「よかった。目を覚ましたんだな。」
「アル、父さん・・・。心配かけたみたいで、ごめん。」
「気にするな。お前が生きていてくれたら、私はそれでいい。それより、事情は聞いたのだがとんでもない化け物がいたようだな。」
「あの時目を覚ましたと思ったら、すぐに意識を失ったから本当に焦ったよ。・・・でも、イーオが生きていてよかった。」
何時も野菜を交換してくれるおじさんや、村の子供達もいて皆泣きそうな顔で僕に声をかけてくれた。よかった、この人達を悲しませるような事にならなくて。
皆にお礼を言い、酷く喉が渇いていたので水を貰う。
僕の様子に皆安心したのか、アル以外の村の人はそれぞれ自分の家に帰る事になった。
父さんがアルに話をするため、残って貰ったらしい。
「アルの話を聞いて、村で医術の心得がある者に見てもらったら、この程度の怪我で済んでいるのが不思議なのだそうだ。至近距離で雷のようなものが落ちたのなら、酷い火傷があって然るべきなのだが、それもない。」
「でも、確かに閃光と轟音がありました。」
「その話が嘘だとは思っていない。あの猪の焼け焦げた死体を見たからな。だが、イーオには火傷が無いのは不思議だ。」
火傷もそうなんだけれど、骨折箇所を固定されてはいるが痛みも殆ど感じない。そんなに長い間寝ていたのだろうか?
「僕はどれくらい寝ていたの?」
「運び込まれて丸二日だな。細かい切り傷のようなものは何故かもう消えている。皆を帰らせたのは、その事に気付かせないためだ。」
「たった二日で・・・。なぁ、イーオ身体は痛むか?」
アルに言われ固定されている腕や足を少し動かすと、多少痛むけれど、全く動けない程でもなかった。
「それが、骨折してる所以外は殆ど痛みはないんだ。どうなっているんだろう。」
「やはり、そうなのか。私も戦場で沢山の怪我人を見てきたのだが、あれだけの重傷にも関わらずたった二日でここまで治る者等見た事はない。異様としか言いようがないんだ。」
「確かに代官様の言う通りだ。治りがいいにしたって、早すぎる。」
僕の身体は一体・・・?
「そこでなんだが、イーオ、アル。村の者に不審がられない為にも、一度この村を出てみる気はないか?」
「父さん、それはどう言う事?」
「怪我の治療と、私の名代として私の実家である貴族の家に暫く滞在しないかと言う事だ。」
「代官様って貴族だったのか・・・?」
「父さんが貴族?聞いた事ないよ!?」
「村の者ですら知らないからな。私はこの領地を治めるウィンザー伯爵家の5男なんだ。この村の生まれではないよ。戦争で足を失ったが、読み書きや計算が出来たために兄の口添えで、大事な収入源であるこの村に来る事になったと言うわけだ。それに、五男坊だから私自身には爵位はない。」
「そんな大事な事、俺が聞いても良かったんですか?」
「別に隠している訳ではないから構わない。余り触れ回って欲しくはないがな。・・・そして、イーオ。お前も実は孤児を保護した訳ではない。」
正直頭が追いついてはいないが、父さんが貴族家出身だと言ったので納得は出来た。係累とは言え素性の分からないものを置いておくなんて、考えられないから。
代官の後継として育てるなら、読み書き計算なら後を継ぐためだと理解出来るが、言葉使いや作法までしっかりと教える必要はあるのだろうか?
「では、僕はどうやって父さんの元へ来る事になったのですか?」
「それは私にもよくわからないのだ。兄から育てるよう託されはしたが、素性までは知らない。・・・気になるか?」
「はい。」
「なら、私の兄に尋ねてみるといい。私がここに来る前に兄が跡目を継いでいたのだが、手紙でイーオの様子を尋ねてくるぐらいだから、恐らく何かしらの事情は知っているだろう。」
「わかりました。」
「あの、代官様?イーオが行くのはわかるんだけど、何故俺まで?」
アルの疑問は最もだと思う。突然こんな話に巻き込まれたら、誰だってそう思うよ。
「あぁ、済まない。イーオがこの怪我だから、最初は事情を知っているものに付き添いをして貰いたかったのだが、先程のアルの様子を見て少し考えが変わった。ちなみに、私は責務があるため村から離れる訳にはいかない。」
「だから俺に聞かせたのか・・・。俺の様子で考えが変わったとは?」
「それはな、イーオの傷の治り方を知っても、気味悪がらずに心配をしてくれるアルだからこそ頼みたいと思ったのだ。すまないが頼まれてはくれないだろうか?頭領にはもう了解は取ってある。」
「親父が?でも、まだイーオが行くとは言ってないよ。イーオが行くのなら俺は構わないけれど。」
「イーオ、お前はどうしたい?」
アルに事情を説明し終えた後、僕の意思を確認しようとする父。だが、いきなりこんな話をされても、僕にはすぐに決められない。まだ頭が混乱しているから。
「少し、考えさせて欲しい。」
「ふむ、それもそうだな。・・・領主に納める税を受け取りにくる兵達が来るまで、まだ1週間はある。それまでには決めるようにな。兄の元にお前を預けるとなると怪我の事もあるから、その兵達に連れて行って貰うのが一番だ。」
僕に、よく考えるようにと話をして父は部屋を出て行くが、アルは何か話したい事があるようで父を見送った後、徐に口を開いた。
「なぁ、イーオ。あの時、お前が猪を殺そうと動かなかったら、多分俺や親父達は死んでいたかもしれない。だから、礼を言いたかったんだ。ありがとう。」
「僕がトドメを刺した訳じゃないよ。それに大怪我をして、こうして迷惑をかけてしまったんだから、僕は謝らなきゃいけない。ごめん。」
「気にするな。ただ、あんな無茶はもうするなよ。」
「僕も、もうしたく無いよ。生きてるのが不思議なくらいだし。」
「違いない。」
僕が苦笑すると、アルも釣られて苦笑いで返す。
でも、ごめん。あの時は守ろうとしたんじゃなくて、あの異質な獣が怖かったから、なんだ。自らが傷付くのも厭わず、何度も木に体当たりを繰り返すあの猪が、言いようもないくらいに怖かったんだ。
・・・流石に、この事を伝えはしないけれど。
「じゃあ、俺も帰るよ。親父にも伝えなくちゃならないからな。」
「うん。ありがとう。親父さんには今度改めて謝罪とお礼をしなくちゃね。」
アルが帰ったので部屋に1人になった為、僕は冷静に先程までの話を思い返す。
派手に地面を転がったり、吹き飛ばされたりしたはずなのに、確かに身体の見えている部分に傷は見当たらなかった。
それに、痛みも驚く程感じない。あの時は少し動かすだけで悲鳴が漏れたのに。
この様子だと、骨折もそう時間がかからずに治るのかもしれない。
これでは・・・僕も、化け物みたいじゃないか。
ただでさえ、白い髪を持つというだけで陰口を言われるのだから、怪我が早く治ると解ると今まで気にしていなかった人達ですら、僕に近付かなくなるだろう。
父はその事を心配したのだと思う。
それに、僕は伯爵から託されたのだと父は言っていた。
何故?
事情を知っているかもしれない伯爵様に、聞く必要があるのではないだろうか?勿論、身体の事も含めて。
考えさせて欲しいとは言ったけれど、選択肢は無いように思える。
こんな大きな怪我をしたのだから、僕は自分が異様な存在なのかもと知ってしまったけれど、孤児でないのなら本当の親を知る事で自分が何者なのか、解るのかもしれない。
父はその機会を僕にくれるつもりのようだから、後は僕次第なのだろう。
でも、僕は知る事が怖い。
自分の事を知る事がではなく、知ってしまったら僕は今まで通り幸せに暮らしていけるのかが、わからないから。
「僕はどうしたらいいんだろう・・・。」
つい独り言を呟きながらベッドの横に視線を向けると、小さな机の上に僕のお守りが置いてあった。
腕をまだ動かせないので握る事はできないけれど、たた眺めているだけでも妙に落ち着く。
このお守りもなんなのだろう?
何度か考えた事があったけれど、解る訳はなかったため深くは考えて来なかった。
拾われたと言うのは方便だが、託された時からお守りを所持していたのは間違いない気がする。確証はないけれど。
このお守りも、きっと僕を知る手掛かりなのかもしれない。
なら、あの夢の女の子ももしかしたら、僕に関わりがある人なのかもしれない。そんな考えがふと頭をよぎった。
一度そんな事を考えてしまうと、確かめたいと言う気持ちが僕の中にふつふつと湧き出し、その気持ちを抑えられなくなってくる。
だから、僕はこの村を一度離れる事に決めたんだ。
おかしな表現を一部修正
アルに僕の怪我の状態を言われ、その事を理解すると同時に僕は再び意識を失ったらしい
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アルのその言葉が、意識を再び失う前に聞いた最後の言葉だった。 7/23