38 援軍?
その人の訪れは、唐突だった。
タイロンさん達と連携の為の訓練を終えた後、自分の動きをサリーナさんに相手をしてもらいながら確認しつつ、僕の稽古を見学している彼らに説明をしていると、背後から声をかけられる。
「キミ、相当強いね。ソレ、かなりゆっくり動いてるでしょ?そこの三人に見せるためかな?」
その声に振り返ると、橙色の髪を持つかなり背の低い女の子
が経っていた。
「え?あ、はい。そうですけど・・・貴方は?」
「ワタシの事なんてどうでもいいわ。それより、相手をしてくれないかな?強い人を見ると、ウズウズしちゃうんだ。」
突然、相手をして欲しいと言われ僕が返答に困っていると、その僕の様子を見ていたタイロンさんが口を開く。
「あの、お嬢さん?此の方は、伯爵様の後嫡男であるイーオ様ですので、そのような不躾な物言いは失礼に当たりますよ。」
「お嬢さん・・・って歳でもないんだけどね・・・。まぁ、いいわ。それより、キミが伯爵様の嫡男?以前どこかで聞いた伯爵様の息子の名前と違う気がするけれど・・・、どういう事?」
不思議そうな表情で尋ねてくる女の子に、領地が不安定な時期に生まれた為に危険を避けるべく父へと預けられ、そのままこの歳になるまで父の元で修行していたのだと、表向きの理由を説明した。
「なるほどね・・・。疑問はあるんだけれど、あまり面倒な事に巻き込まれるのもイヤだから、そういう事で納得しておきましょう。キースの元で修行していたのは、本当だろうし。」
やはりこの子、父を知っているようだ。しかし、父は僕を引き取ってからは村を出てはいない筈。この女の子は一体・・・?
「あ、ごめんごめん。ワタシ、マーサって言うんだけど、こう見えてキースと同じぐらいの歳なんだ。娘も居るしね!」
「え・・・?」
マーサさんは今回、父と伯爵からの手紙で援軍として駆けつけた事や、過去に傭兵として戦争に参加した際父に敗れ捕虜となった後、戦の終結後にこの領地で雇われ、短い間だがキランさんや父と肩を並べ戦っていたと懐かしそうに語った。
「そう、だったんですか。」
「二年くらいの間、なんだけどね。ワタシ、キースに求婚して振られたんだ。それから此処に居辛くなって、伯爵様に頼んで信頼できる貴族の元で雇われたんだよ。暫くして、キースが死にかけたって話を聞いてね・・・。当時は、自分が居たらもっと違ってたんじゃないかって、本気で後悔したもんさ。」
そんな事があったのか・・・。
「まぁ、そんな昔の話はどうでもいいよ。それより、手合わせしない?」
「どうでもよくはないと思いますが・・・。わかりました、僕で宜しければ。」
「おっ?キミはキースとは違って、話がわかるね。」
「宜しいのですかイーオさん?お話を聞く限り、此の方はキース様や伯爵様のお客様ですが・・・。」
会話を聞いていたサリーナさんが、恐る恐るといった様子で問いかけてくるけれど、当人が望んでいるのだし僕に断る理由もない。それに、父が腕は確かだと言っていたから、正直興味もある。
「後で説明すれば大丈夫、じゃないかな?」
「じゃあ、やろうか!ワタシは体術が得意なんだ。だから、いつでもいいよ!キミはキースの弟子なら、剣だよね?」
「はい。宜しくお願いします。」
サリーナさんはやや不安そうな表情でこちらを見ているが、大丈夫とだけ伝え、少し間を空けてから、お互いに構えをとる。
半身で拳を前に突き出しているマーサさんの構えに、何処かで見た事があるような気持ちになりながら、正眼に構える。
「こうしてみると、構えがホント昔のキースそっくりだね。・・・じゃあ、いっくよー!」
そう告げるや否や、彼女はとんでもない速度でこちらの懐に飛び込み、僕の胴に目掛けて突きを放つ。
反応が遅れたけれど、後ろに飛び退く事で何とか回避したと思うのも束の間、僕が避ける事を織り込み済みだったのか、彼女は一瞬で再び距離を詰め、着地した隙を狙って足払いをかけられ、僕はなす術なく転倒させられてしまった。
刈られた足がかなり痛む。彼女、見た目はかなり華奢なのに物凄い力だ。
「まずは1本ってとこかな。ほらほら、さっさと立つ!」
「は、はい!」
この人、かなり強い。・・・それから、何回も転ばされたり、当身を食らったりもしながら手合わせを1時間以上続けると、まるでいい運動でもしたと言わんばかりに満足そうな笑みを浮かべ、マーサさんは突然構えを解く。
「はー!楽しかった!素手相手は初めてだったのかな?」
「え、えぇ、この館に来るまでは、模擬試合もあまりした事がなかったので・・・。」
「なるほどね・・・。キミ、多分昔のキースに近いくらい強いと思うけど、経験不足の所為で反応が遅れて生かし切れていないんだね。これは鍛えがいがありそう!うん、決めた!ワタシがキミを男にしてあげようじゃないか!」
えぇ・・・。僕に同意を求めずに、勝手決めないで欲しいんだけど・・・。
「お、男に!?貴方は、キース様や伯爵様のお客様かもしれませんが、イーオさんに変な事しないでください!」
マーサさんの発言に、サリーナさんは顔を赤くしながら必死で抗議する。だが、そんな大きな声をあげるような事言われたのかな?
「おんやぁ?ワタシはただ、彼を一人前の戦士として鍛えるって言っただけだよぉ?お嬢さん、何を勘違いしてるのかなぁ?」
サリーナさんの表情を見たマーサさんは、ニヤリと笑いながらわざとらしい口調で話しかけると、サリーナさんは更に顔を赤くして黙り込む。
「わっかりやすいなぁ!キミも一緒に鍛えるつもりだから、安心してよ。」
「あ、あたしも?!」
「強くなれそうな子を見ると、ワタシほっとけないんだ!」
僕達を鍛えるといい出した彼女は、新しい玩具を手に入れはしゃいでいる子供のような表情をしていた。
手合わせも終わり、マーサさんを伯爵の元へと案内するついでに、昔の事を少し聞いてみた。
父がどんな人だったのか、余り知らないから。
「余り変わって無いんじゃないかなぁ?キースが送ってきた手紙、時候の挨拶と用件しか書かれて無くて、思わず他に言う事あるだろ!って言っちゃったぐらいだし。」
「それなのに来て頂けたのですか?」
「まぁ、その辺は主家がどうこうとか色々あってさ・・・。勿論、久しぶりにこの街に来たかったのもあるよ。伯爵様や、キース、キランにも会いたかったからね。でも・・・一番は・・・贖罪、なのかもしれないね。」
酷く暗い表情でそう告げる彼女の表情は、僕が見てもわかるほどに後悔に満ちていた。
「マーサ・・・久しいな。変わりないようで安心したぞ。いや・・・本当に変わってないな?」
「エリアス様は老けましたねー。」
「当たり前だ。あれから何年経ったと思っている。キースも間も無く戻るはずだから、それまで私が話し相手になろう。」
「・・・わかりました。まぁ、昔みたいにキースに勝負を挑んだり、求婚したりはしませんから安心してください。ワタシにも子供、いますし。」
「結婚しただなんて話、聞いてないぞ。」
「そりゃそうですよ。結婚してませんから。孤児を引き取ったんです。・・・まぁ、訳あって一緒には暮らしていませんけどね。」
「そうか・・・。それなら、キースの妻として戻ってくる気はないか?」
「考えておきます。」
なんか、僕はこの場に居ない方がいい気がする。そう思い、執務室を後にした。その後、どんな会話が行われたのか気にはなるけれど、きっと積もる話も僕が居たのではしづらいだろうから。
翌日、朝食を取り終え練兵場へと向かうと、マーサさんと父が僕達を待っていた。
僕達に気付いて、こちらに近づいてくる二人に、僕とサリーナさんは思わず顔を見合わせる。
「きたか。待っていたぞ。」
「父さん、マーサさんも・・・。どうしたの?」
「お前の稽古を見てやれないからな。マーサに頼む事にしたんだ。まぁ、昨日の話は聞いているから、教えてもらうといい。」
「それは構わないし、寧ろありがたいと思うんだけれど・・・。そんな事より、それ・・・。」
僕は父の発言より、目の前で起きている事の方に困惑しながら指差す。
何故、二人は腕を組んでいらっしゃるのでしょうか?
「いや、これは・・・その・・・。」
「キースの顔を見たら、つい昔みたいに嫁にしろって言っちゃってね。そうしたら、伯爵様もワタシを娶れって言ってくれてさ!」
「だから、こうなったと?」
「い、いや、私は認めては居ないぞ!?」
そう言いながらも、その表情は少し嬉しそうにも見える。
「父さん、お幸せに・・・。サリーナさん、訓練始めようか。」
「はい、そうですね。」
「ま、待て!イーオ!話を聞いてくれ!」
幸せそうな二人はとりあえず放っておいて、僕達はいつも通り稽古をする事にした。
父の表情が、本当に嫌がっているようには見えなかったからね。
結婚しなかったんじゃなくて、思い人がいたからしたくなかったんだって、その時なんとなく気付いたんだ。
マーサの性別について、当初女性、次にオネエ、最終的に見た目少女に落ち着きました。