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いつか、どこかで  作者: 眠る人
38/86

37 準備

 いつの間にか馬車は停止していたのだが、僕達はその事にすら気付かない程にお互いしか見ていなかった。


 討伐の事が片付いてから、彼女やリズとの関係を考えると言ったのは僕だった筈なのに、自分の気持ちを抑えられなくなってしまったんだ。


 これが、誰かを好きになるという事なのだろうか?


 その後停止した事に気付いて二人で馬車を降りると、迎えに出てきたアーネストさん達から、生暖かい目で見られたのは言うまでもない。




 そして、僕とサリーナさんが恋仲となり二週間程が経つのだが、特に何かが変わった訳ではなかった。

 部屋で僕の従者として過ごす時も、彼女は職務中という事もあり何時も通りの対応で、父との訓練の際も真剣そのものだった。いや、寧ろ訓練の時は以前より気持ちが入っているような雰囲気ですらある。


 その事が少し気になりはしたのだが、彼女は元々騎士団に入りたがっていたのだから、僕はその想いが強くなったのかなと気楽に考えていた。


 でも、どうやら違っていたらしい。



 その日、僕は討伐の具体的な日程が決まったと父と伯爵に呼び出されていて、普段はそういった場には呼び出されていないサリーナさんも一緒にくるよう伝えられていた。


 何故、彼女まで?僕はそう疑問に思いつつも、伯爵の執務室に二人で訪れる。


「三週間後、討伐隊を派遣する事が決まった。」


 挨拶もそこそこに伯爵にそう告げられ、その為の準備を進めていたとは言え、いざ日程が決まった事を知らされると、焦燥にも似た緊張感が湧いてきた。


「これから、私とキース、それにキランとファンは物資の用意や各種手配の為、館を空ける事が増える。その間はイーオに兵士の監督を頼みたい。任されてくれるな?」


「僕・・・ですか?他に隊長さん達がいると思いますが・・・。」


「無論、彼らにも持ち回りでやっては貰うよ。だが、鉱石を扱う兵士の監督は、イーオに任せたい。これは、彼ら自身の望みでもあるのだ。・・・どうかな?」


 彼ら・・・って、もしかしてあの三人の事か?

 伯爵の要請に僕が戸惑っていると、父がその理由を説明してくれた。


「どうしてという表情をしているようだが、簡単な話だ。彼らがお前を認めているからだよ。命を賭して挑む戦なのだから、その為の研鑽を共に積むのだと考えればいい。」


「そうは言っても父さん・・・僕は人に教えた事なんてないよ。」


「教える必要などは無い。彼らはそこまで弱い訳では無いし、どちらかというとお前の為だ。彼らとお前は同じ隊になるのだ。共に訓練する事で、彼らの動きを知り、連携を取り易くする目的もある。わかるな?」


 なるほど・・・。確かに、父の言う事が正しいと思える。なら、僕が教えられる側だと考えればいいのか。


 そう思い至り、僕が頷く事で返すと父は満足そうに微笑んだ。

 そのやり取りを見ていた伯爵も、満足そうな表情を浮かべた後、テーブルの上に剣を二振り並べて置く。


「イーオ、これは私とキースからだ。受け取って欲しい。」


「これは・・・?」


 一振りは通常の長剣よりも長いが、両手持ちする剣よりは短い。片手半剣と呼ばれるものだろうか?

 もう一振りは・・・長剣よりも短い?歩兵が使う剣や、訓練する際の木剣と同じくらいの長さに思える。


「お前の力だと、鋳造品の剣では簡単に折れるだろう?そこで、名工と呼ばれる人物が鍛えたこちらの剣を用意した。・・・まぁ、イーオの場合、武器を使うより体当たりした方がいいのかもしれんが・・・。」


 それは僕も薄々感じてはいるのだが、出来れば言わないでほしい。僕、一応は剣士のつもりなので・・・。

 しかし、そうなるともう一振りは何のために?


「もう一振りは、私からお嬢さんへの贈り物だよ。だが、これはキミの望みを叶えてはやる訳にはいかない為、その代わりとして渡すものだ。だから、諦めてはくれないかな?」


 父の言葉に、僕は思わずサリーナさんを見る。しかし、彼女の表情は、何故か暗い。


「父さん・・・どう言う、事?」


 少し嫌な予感がして、僕は父に問いかける。

 いや、答えは正直、察しがつくけれど。


「・・・そちらのお嬢さんは、戦場へお前と共に連れて行って欲しいと私に直訴してきたんだよ。」


 やはり・・・。


「キミは、戦士では無い。既にファンに匹敵するであろう力は身につけているとは思うが、その剣が誰のために振るわれているのかぐらい、私にはわかるんだよ。であるならば、今回はキミが剣を取る必要なんてないんだ。・・・キミがこの子の側にいる限り、その機会は必ず訪れると思う。だから、今は我慢しなさい。」


 父の言葉に、彼女は泣きそうな表情で口を開いた。


「あ、あたし・・・、凄く嫌な予感がしてるんです!イーオさんが、あたしの知らない所で傷付くんじゃないかって、不安なんです!こんな事言うべきじゃないってわかっては居ます。でも、それでもっ・・・!」


 伯爵の前だと言うのに、彼女は言葉遣いも気にせず不安を訴える。

 父は困った表情になりながら伯爵へと顔を向けると、伯爵はため息をついてから、彼女へ問いかけた。


「サリーナ、キミがイーオと恋仲にある事は聞き及んでいるよ。だから一緒に行きたいのだと言うのなら、今すぐ荷物を纏めて館から出て行きたまえ。」


 伯爵のその言葉に彼女は顔を伏せ、唇を噛みしめている。その表情からは必死さが伝わってくるので、本当に嫌な予感がしているのかもしれない。


「兄上、もう少し、穏便に・・・。」


「いや、キース。そのような理由で共に行こうと言い出すのなら、この子達にとっても良くないのだ。だから・・・」


 伯爵が言葉を続けようとした時、それを遮るようにサリーナさんは大声を上げた。


「違います!そんな理由ではありません!」


「では、具体的に説明してみたまえ。」


 伯爵は何時もと違い、酷く冷淡な視線をサリーナさんに向け、その真意を確かめようとしているようだ。

 思わず僕も怯みそうになるが、彼女はそんな素振り等全く見せずに、言葉を続ける。


「確かに、イーオさんの事は好きです。愛してます。・・・でも、戦に赴く事で、あたしの知らない所で傷付くのが嫌なんです!」


「答えになっていないよ。」


「いいえ、この人の事ですから、怪我なんてしないとは思いますよ。例え、多少の怪我をしてもすぐ治る事くらい、あたしは知ってますし、そのぐらいならこんな事言いません!」


 彼女の発言に、伯爵と父はギョッとした表情でこちらを見る。でも、僕から身体の事を直接伝えた覚えはないのだが・・・。

 あれ?しかもその言い方は、僕が怪我をしても平気だと言われているような気がしなくもない。


 ・・・そういえば、ディランとの会話の時にも触れたし、ディランもすぐに思い至っていたから、サリーナさんがその事を理解していたとしても不思議はないか。


「だ、だとしたら何故そこまで?」


 伯爵は気を取り直し、再び彼女に問いかける。


「イーオさんが、優しすぎるから、ですよ。きっと、自分以外の誰かが傷付いた方が、この人は心を痛めると思います。あたしは、それが嫌なんです。あたしは・・・あたしの知らない所であんな顔をされる事が、イヤ・・・なんです。」


「・・・イーオ、キミは本当に愛されているのだね。聞いていたこちらが恥ずかしくなってしまったよ。・・・しかし、サリーナは兵士ではないのだ。今回は・・・、いや?キース、確か食事を用意する者を派遣する手筈だったな。」


「えぇ、確かにそうですが・・・。兄上、まさか・・・。」


「彼女は腕が立つのだろう?なら危険は少ないのではないかな?・・・サリーナ、キミは料理は出来るかい?」


「人並みに・・・ですが・・・。」


「前線へと送るのは兵士として採用した訳ではない為、出来ない。だが、食事を作ったり、雑用をこなす役割であれば許可しよう。構わないかな?」


「ほ、本当ですか?」


 伯爵は、彼女の思いを出来る限り汲む事にしたようだ。


「あぁ。ただし、討伐隊に付いていくような真似をした場合、イーオには二度と合わせない。約束してくれるかな?これは君達の為でもあるんだ。」


 彼女が前線に出たとなると、僕の集中力が削がれ危険だとでも言いたげにこちらへ視線を送ると、サリーナも伯爵の視線に気付いて、表情を引き締めながら返事をする。


「は、はい。与えられた役割には従います。本当に、ありがとうございます。」


「こんな事を認めるつもりはなかったんだがね。・・・まさか、愛していると臆面もなく言われるとは思わなかった。中々情熱的な娘だね。リズ達に負けないよう言わなければならないな。」


 戯けたような伯爵の言い方に、少し安心すると同時に恥ずかしくもなる。でも、サリーナさんが辞めるような事にならなくて、本当によかった。


 その後、暫く伯爵にからかわれながらも細かい編成についての説明が行われ、最後に討伐隊の主軸の人員についての話があり、父の口から僕の役割も告げられる。


「イーオ、アル、キランと後三人の小隊長が突撃部隊の中核となる。イーオはその特性故に前衛、キラン、ジーナがその補助を行う。残り三人は遠距離からの支援、キランに関しては撤退の判断も任せてある。質問はあるか?」


「父さんや、他の領からの援軍はどうするんですか?」


「私は指揮をしながら、辺り一帯の安全確保の予定だが、周辺の黒化した獣の数は数体らしいので、討伐次第合流しようと思う。野放しにする訳にはいかないからな。」


「応援はどのくらいの人数になるのですか?」


「四人の予定だが、一人所在がはっきりしなくてな。間に合わないかもしれないので、三人だと考えていいだろう。・・・私と面識がある者達だから、腕は確かだ。腕は・・・な・・・。」


 憂鬱そうな父の表情に、何かあったのだろうかと疑問に思うけれど、答えてはくれないだろうと考え、聞く事はしなかった。


 だが、その理由はすぐに判明する。


 その三人のうちの一人が、数日後に兵舎へと尋ねてきたからだ。

餞別と書いておりましたが、意味が違う為削除しました。

サリーナの発言の一部を書き換えました。9/25

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― 新着の感想 ―
[一言] ちなみに「もうあんな顔は見たくない……。」なんて言うの好きです!なんだろう、感情が高ぶって、嫌な想像をした結果前世の自分がちょっと出てくる感じでしょうか。なんかそういうの好きなんですよねぇ。…
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