36 想い
再び幕が上がると、背景は切り替わっていて場面が変わる。
当初は突然の事に戸惑っていた少年は船の中で妻達や神様とのやり取りを通じ、徐々に生きる気力を取り戻し、彼女達に惹かれていく様が描かれていた。
そして、彼女達にとっても最後に1人残された少年が希望なのだと告げられると、彼と共にこの国の王都となる地に降り立ち、最初の王となってこの国の礎を築き、末長く幸せに暮らすという形で劇は締め括られる。
「よくよく考えてみれば、人格は人それぞれなんだから全員が全員、少年と恋仲になるのは不自然な気がしなくもないような?」
「それはどうでしょう?あたしの記憶にある貴方は、今と変わらずに優しくて、頼り甲斐がありましたよ。それに、そうあれとノアに教えられてはいましたけど、そんな事なんて関係がないくらい・・・私は貴方を想っていましたから。それだけは、間違いないと断言出来ます。」
僕の疑問に、面と向かって臆面もなく答えた彼女の表情は、真剣だった。
「ありがとう。そんなに想われていたなんて僕はきっと、幸せだったんだろうな。」
「・・・そう、だったんでしょうか?あたしの最後の記憶は、絶望したような表情で泣く貴方なんです。本当に、幸せだったのでしょうか・・・。」
彼女の呟きに、僕は何も言えなくなる。
いつも見る夢を思い出した為だ。あの夢のノアの表情は酷く歪んでいて、彼女の今の表情と重なってしまったから。
「あたしが、なんで前世を思い出したのか、その理由が今少しわかった気がします。」
「・・・どう言う、事?」
僕の表情を見た彼女は微笑みながら、突然そんな事を言い出した。
思わず聞き返してしまった僕に、彼女は立ち上がると、こちらへと近づき、僕の首に手を回して胸元に抱き寄せる。僕は胸に顔を埋めた状態で顔を上げると、彼女と見つめ合う。
「きっと、貴方にはいつも笑っていて欲しかったのだと思います。あたしの最後の瞬間であったとしても。・・・だから、今みたいな貴方の表情をどうにかして変えたくて、それが心残りだったから・・・なんだと思います。」
そんなに酷い表情をしていたのだろうか?僕の表情を見た彼女は、クスクスと笑いながら続ける。
「貴方は、昔からすぐ表情に出してしまいますね。あたし、イーオさんの事が好きです。前世がどうとかは、関係ありません。でも、何度生まれ変わったとしても、必ず、貴方の近くに居ます。絶対に。」
彼女は赤い顔をしながらも笑顔でそう告げる。
「僕も、サリーナさんが好きだよ。」
僕の言葉に、彼女は目を見開いて僕の頭を抱き抱えたまま身体が強張った。頭を抱きしめている腕にも力が込められ、少し痛い。
「あ、あの・・・それって・・・どう言う・・・・。」
「え?あ・・・!」
漸く、自分が何を口走ったのかに気付いて、慌てて彼女から離れようとするが、離しては貰えない。
「逃げないで、ください。流石のあたしでも傷付きますよ。・・・もう一度だけでも構いませんから・・・言って頂けませんか?」
耳までも赤く染めながら、潤んだ瞳で見つめられ、自分でも顔が熱くなっていくのがわかる。それ見た彼女は、腕を少し緩め、ゆっくりとした動作で顔を近づけ、目蓋を閉じた。
今、何を求められているのか、鈍い僕でもわかるよ。
余りの恥ずかしさに逃げそうになってしまったけれど、僕も彼女が好きなんだ。今彼女に行動で示す事が自然なのだと感じる。
だから、僕も彼女の首元に手を伸ばしながら、椅子から少し身体を浮かせ、彼女の求めに応じようとした直後、扉がノックされ、短い悲鳴と共に慌てて彼女が身体を離した。
どうやら、座長が再び挨拶にきたらしい。
なんと間の悪い・・・。いや、普通に考えれば、開演前に挨拶に来たのだから、当然か。
返事を返し、道化師の化粧を落とした座長が入って来ると、僕達の様子を見て申し訳なさそうな表情になる。
だが、彼はその事には触れずに僕達にお礼を告げると、また来て欲しいとだけ言い残して部屋を退出した。
気を遣わせてしまったのだとすぐに気付き、違う意味で恥ずかしくなったのだが、このまま此処にいるのも気まずいため、ぼーっしているサリーナさんに声をかけ、劇場を出る。
馬車まで彼女の手を引き馬車に乗り込むと、この後の予定は特に決めてはいないはずなのに、何故か馬車は走り出してしまった。しかし、進行方向が館ではなく、貴族や官吏の住む地域の方向に向かっていたため、どうしてなのだろうかと思いサリーナさんに尋ねると、アーネストさんの家でもお祝いをする為らしい。
「なんか・・・、僕に知らされていない事が多いような・・・。」
「恐らく、イーオさんが遠慮なされるからでしょうね。父も参りますし、叔父様と叔母様も合わせた家族での席になりますので、貴方の性格を考慮した上で黙っていたのではないでしょうか?」
確かに、家族だけのお祝いの場に招待されても、断っていただろうな。
だが、そうなると用意していた贈り物を渡すのは、今しか無いかな?流石に、トレントンさん達の前で渡すのは恥ずかしいから。
「・・・サリーナさん、気にいるかわからないけれど、これを受け取って欲しい。」
僕はそう言いながら、懐に入れて居たやや細長い箱を取り出して、彼女に手渡す。
「私に、ですか?」
「うん。」
「開けても構いませんか?」
「勿論だよ。気に入ってくれるといいんだけれど・・・。」
サリーナさんの誕生日の話が持ち上がってすぐ、僕は1人で街へと出かけ、贈り物を探した。
アーネストさんに頼み、彼女が用事で居ない日を作ってもらい、その間に購入してきたという訳だ。
「これは・・・、首飾りですね。それに、この石は・・・。」
「どうかな?石は、エメラルドという名前の宝石だそうだよ。サリーナさんの髪の色と同じ石、だね。特注ではなく、量産品らしいけれど、僕にはこれが精一杯なんだ。」
最初は何を贈ればいいのかも判らず、ただただ目についたお店に入っていたのだけれど、偶々装飾品を取り扱うお店に入った際、小さな緑色の宝石があしらわれた首飾りを見つけ、何故かコレがいいと感じたんだ。
持っていたお金の殆どを使ってしまったけれど、後悔はしていない。
「どうして・・・この石、なんですか・・・?」
「気に入らなかったかな・・・?」
「違います!違うんです・・・。凄く嬉しいんですけれど・・・、どうか答えて、頂けませんか?」
首飾りを両手で大切そうに抱えながら、僕を泣きそうな表情で見つめながら、彼女は問いかける。
「理由は、特に無い・・・かな?見つけた瞬間、これしか無いって感じただけなんだけれど・・・。」
「誰かに聞いた・・・訳ではないんですか?ディラン様なら、知っているでしょうし。」
「何故ディラン?誰にも聞いてないよ。普段お世話になっているから、僕からの贈り物、だよ。」
「この宝石は・・・。私にとって、凄く意味のあるものなんです。貴方から贈られた事が、私にとって尚更意味のある事なんですよ。・・・だから、ありがとう、ございます。・・・あの、出来たら貴方の手で着けては頂けませんか?」
そう言うと彼女はこちらに背を向け、羽織っていた上着を半分程脱いで、首筋を晒す。
その仕草が、凄く艶めかしかったので僕はドキドキしながらも、彼女の首に首飾りを着ける。金具を留めるのに少し手間取りはしたけれど、なんとか出来てよかった。
無事着け終えた事をサリーナさんに伝えると、彼女はこちらに振り向き、僕を見つめる。
「どう、ですか?」
「似合ってる、と思う。」
劇場を後にした時点で辺りは暗く、街の明かりが薄暗い馬車の中へと差し込む為、その度に宝石と彼女の潤んだ眼が光りを反射し、キラキラと輝く。
本当に、綺麗だな。そんな風に見惚れていると、彼女はモジモジしながら話を続けた。
「何か、お礼、しないとですね。」
「そんな、お礼にお礼を返されても困るよ。」
「少し、目を閉じて頂けませんか?」
彼女の言葉の意味に気付き、僕の心臓の鼓動は彼女にも聞こえるのではないかと思うぐらい、早くなる。
でも、それは僕からサリーナさんに想いを伝えるために、しなければならないのではないだろうか?
「ダメ、ですか?」
「ダメな訳ないよ。でも、今は寧ろ、サリーナさんが目を閉じてくれないかな?」
我ながら何を言っているのかと思わなくはないが、僕がそう返すと、彼女は僕の胸元へ身体を預け、目蓋を閉じた。
やや緊張しているのがわかるので、なるべく優しく抱きしめて、僕から口付けをする。
それは、初めてお互いの想いを確かめあった瞬間だった。