35 劇
貴賓席は二階にあり、案内された扉に入るとバルコニーのような形で観劇しやすいように迫り出していた。
迫り出した部分にはカーテンがかかっており、舞台を見るのには問題はないが、他の貴賓席を覗く事は出来ないよう配慮がなされている。
「こんな造りなんだね。」
「私も貴賓席を利用するのは初めてですが、普段見ている舞台を違う角度から見るのは、ワクワクしてしまいます。」
まだ開演までには時間があるため、サリーナさんと並んで座りながらそんな風に他愛ない話をしていると、ふいにノックの音が響き、劇場の職員から声をかけられる。
どうやら、座長を務める人物が挨拶をしたいらしい。
何故僕に?そんな疑問も湧くのだが断る理由も無いので、受け入れる事を扉越しに伝えた。
呼んで来ると言って職員の足音が去ったため、サリーナさんに何故僕に挨拶をしたいのかと尋ねてみる。
「あの、イーオさん・・・、まさかとは思いますが、その服の意味、ご存知ないのですか?」
「えっ?」
どうやら、この服は伯爵の直系の証になる装飾が施されているらしく入場の確認がなかったのも、僕がジロジロと見られていたのも、その所為だったようだ。
白を基調にして、赤、緑、それと黄色を使った装飾が施されており、僕は派手だなとしか感じていなかった。
「髪のせいで見られているのかと思ってた・・・。」
「違いますよ。見た事の無い人物が伯爵様が公務や社交の場で使う色の組み合わせの装飾を身に付けていれば、誰でも見てしまうと思います。・・・イーオさんに向けられる女性の視線が、少々気に食わないとは思いましたけど。」
最後の一言の意味はわかりかねるけれど確か、身分を隠すってアーネストさんが言っていた筈なのだが・・・。
なんでこんな事になったのかよくよく会話を思い返してみると、アーネストさんが提案したと言っただけで、それを実行する伯爵がどうするのかまでは確認していなかった事に気付く。
手配をしたのが伯爵なら、そういった装飾が施されるのは当然なのではないだろうか?
お披露目の時、皆が何も言わなかったのは僕を家族だと思ってくれている為、装飾が施されるのは当たり前だと認識しているからなのかもしれない。これからも着用する服なのだし。
「そうか・・・。僕は、叔父上の子供でもあるのだから、こういう場で着る服にその証が使われていても不思議はないのか。」
「・・・伯爵様も本当は、父と呼んで欲しいのかもしれませんね。時々、叔父上と呼ばれ寂しそうにイーオさんを見ている事がありますから。」
彼女の言葉に、今まで伯爵の気持ちを考えた事もなかったと気付き、その心の内を思うと胸が痛んだ。
伯爵の事だから父の事を考え、言い出せなかったんだろうな・・・。僕へ贈る物に自らの直系の証を施すのは、その思いの表れなのかもしれない。
でも、すぐに伯爵を父と呼ぶのは・・・少し、違和感がある。
僕はどうしたら、いいのかな・・・。
「ごめんなさい。貴方にそんな顔をさせたかった訳ではないんです。ただ、側から見ていても伯爵様がキース様同様にイーオさんを大事にされているのは分かります。あたしが言うのもおかしいとは思いますが、その事は忘れないであげてください。」
彼女の言葉に僕は頷くことで返事をする。
まだ伯爵の子供だという自覚はないけれど、僕を見守ってくれている二人の父に対して恥ずかしくないよう生きていかなければならないと、強く感じた。
それからまた少しの間彼女と話をしていると、一階の席に人が入り始め開演が近い事がわかる。
そういえば、挨拶がどうこう言っていたようなと丁度考えていた時、再び扉がノックされ入室の許可を求められたので返事を返すと、燕尾服の職員と共に道化師の格好をした人物が入ってきた。
どうやら、彼が座長らしい。
丁寧に挨拶をされた為少々面食らってしまうが、こういった劇場で座長を務めるのだから、貴族相手の挨拶にも慣れているのだろう。だけど、何故道化師?
「不思議そうな表情をなされておいでですが、この題目では登場人物が少ないので、公演にもよりますが道化師が前口上を行う事が多いのです。主役は妻達と神様なので、主要人物の殆どが女性ですからね。数少ない男性役でもあります。」
僕はまた表情に出してしまっていたのだろう。座長の男性は僕の疑問に答えるかのように説明してくれた。もしかすると、観劇が初めてだという事を知らされていたのかもしれない。
「では、ごゆるりとお楽しみください。」
「僕は御伽噺が好きなので、楽しみにしています。」
こちらの返事に彼は道化師然として仰々しくお辞儀をすると、部屋を去っていった。
それから少し経ち、会場のざわめきが収まり始める。
どうやら、開演のようだ。
幕が開く前、先程の座長が現れ、語り始める。
そうして彼の口から前口上が述べられると、幕が開き劇が始まった。
少年と、神様を含めた五人の妻達の話。ディランがいう所の僕やディラン、サリーナさんの前世の話だ。僕達の他に、生まれ変わった他の二人はいるのだろうか?
ノアは今でも変わらず存在しているのだと、ディランは言っていた。
だとすると、何処に?
ノアの事を考えると湧いてくるこの焦りは、彼女に会いたいからなのか?でも、どうやって会えばいいのだろう?
叔父上に聞いてみるべきなのか?
でも、なんて聞けばいいのだろうか?
まさか、ノアに合わせろとでも言えばいのかな?
・・・一度、試しにそう聞いてみるべきかもしれない。姫様に合わせろと言ったように捉えられるかもしれないけど。
そんな事を考えているうちに、僕の手をサリーナさんが握ってきた。
彼女の方を見ると、酷く心配そうな表情で僕を見ている。
そんなに酷い表情だったのだろうか?
「・・・大丈夫、ですか?」
そういえば、この間ディランとの会話中に意識を失った時、彼女に抱きしめられていたから、事情を知っているのだろう。
「うん、大丈夫。劇の続きを見よう?」
彼女にそう伝えながら、僕も舞台に視線を向ける。
見ていなかった訳ではないので、どういった場面なのかは理解出来た。
少年は天変地異で家族と住む場所を失い、一人途方に暮れている。そこに、天から女神様が現れ、少年に救いの手を差し伸ばす場面だ。
神様は少年に望みを聞くが、失った家族を返して欲しいと言われ、失った命は返す事は出来ないと返事をする。すると少年は生きる望みを失い、今度は家族の元へと連れて行って欲しいと頼み始めた。
その願いに神様は困り果て、自ら死を望む者は家族の元へと行く事は出来ないと告げ、代わりに神様自身とその姉妹が妻となり、人の住めなくなったこの地を捨て新たな土地へと移り住む事を提案する。
少年がその提案を受け入れると、4人の妻が現れ、神様や沢山の動物達と共に船に乗り込んだ。
動物どこから出てきたの?と思うのは、無粋なんだろうか?
「・・・違う。」
「サリーナさん?」
「あたし、この辺りが苦手なんですよ。なんでかはわからないんですけど。」
まぁ、ディランの話との差異もかなりあるから、長い年月のうちに違う形で伝わってしまったのかもしれない。
ディランから全て聞いた訳じゃないけど、十数年で死んだと言っていたので、本当に夫婦だったのかもわからないし。
「ディラン曰く、御伽噺は僕達の前世の話が元らしいから、違和感の正体はそのせいかもね。」
「ぜん・・・せ・・・?」
僕の発言に、サリーナさんはこちらに振り向く。
だが、何か様子がおかしい。
「サリーナさん?」
「・・・そう、だったんだ。だから、あたし、貴方に惹かれたのかな?運命だって、思ったのかな?あたし、最後ずっと貴方に謝ってばかりだった。最後まで生きていたの、あたしだけだって謝ってた。貴方とノアだけ残してしまう事を謝ってたんだよ・・・」
「サ、サリーナさん?」
「そっか、あたしはあの中の一人、だったんですね・・・。」
そう言うと、彼女は瞳を、閉じ涙を零した。
「大丈夫・・・?」
僕が恐る恐る尋ねると、彼女は目を開け真っ直ぐ僕を見つめながら答える。
「はい、大丈夫です。御伽噺に何故違和感を感じていたのかがわかりました。そう言う事だったんですね。」
「何か思い出したの?」
「あの銀色の少女の名前が、ノアだって事と、姉と呼んでいた事ぐらい、です。」
「そうか・・・。やはり、そうなんだ。顔色悪いけど、大丈夫?」
「あ、はい。大丈夫です。劇も背景の切り替えのようですね。」
彼女の言葉で、舞台に目を向けると先程の座長が現れ、幕が一度下がる所だった。
僕は一息つくため、用意されていた飲み物を飲み干してから、サリーナさんと話をする。
「ノアは、ディラン曰くまだ健在だって話だよ。何処にいるのかはわからない。ディランが知っている可能性のある人物に接触するって言ってた。」
「そう・・・ですか。会いたい、ですか?」
「会わなきゃ・・・いけない気がする。」
「あたしも、です。」
僕達はお互いに顔を見合わせて、頷く。
次にディランに合うまでに、サリーナさんと二人で手掛かりを探していこう。そう二人で決め、幕が再び上がるまでお互いに手掛かりになりそうな事を話しあった。




