33 こい
ディランが学院に戻り少し経ち、一月も終わりを迎えそうな頃、もう時期先遣隊が帰ってくると連絡が入ったらしく、父や伯爵は忙しそうにしている。
そんな中、今日は特にやる事もない為一人で本を読んでいたのだが、突然部屋の扉がノックされアーネストさんが現れ、僕に伝えておきたい事があると言う。
サリーナさんは不在なのだが、確か彼女はアーネストさんにお使いを頼まれたと言っていたはずなので、もしかして僕と話をするため用事を言付けたのだろうか?
僕がそんな風に考えていると、突然訪ねてきた事の謝罪の後でアーネストさんは話し始めた。
「イーオ様・・・実はあの娘の、サリーナの誕生日がもうすぐあるのです。」
「サリーナさんの?僕と同じ一月生まれだったのですか。」
「えぇ、もしかするとご存知無いかと思いまして・・・。あの娘の事ですから、そういった話を自ら伝えないのではと。」
「確かに知りませんでした・・・。僕も気にはなっていたのですけどれど、中々聞く機会もなくて・・・。」
「あの娘は変に遠慮してしまうところがあるようで、言いたくても言い出せないのでしょうな。・・・私には子供はおりませんので、あの子が可愛くて仕方ないのですよ。余計なお世話かとは思いましたが、私や弟が祝うよりイーオ様に祝って貰う方がサリーナも喜ぶかと思いまして、こうしてお伝えに参ったのです。」
「そうでしたか・・・・。なら、アーネストさんと僕でお祝いの場を用意するのはどうでしょう?無論、トレントンさんにも協力をお願いしますけど。」
アーネストさんの話を聞いて、彼女の為に三人で何かをしようと提案するが、アーネストさんはやや困った表情になりながら返事を返す。
「イーオ様、そんな野暮な真似私達には出来ませんよ。確かに、誕生日は家族でも祝うモノですが、それとは別にあの子も想い人と二人で過ごす時間が欲しいでしょう。当日は休暇を与える予定ですから、一緒に過ごしてやっては頂けませんか?」
面と向かってサリーナさんの想い人だと言われ、僕は少し恥ずかしくなるのだが、アーネストさんの表情は僕を心配する父や伯爵によく似ているように思えた。
「わかりました。・・・うーん、何かいい場所はありせんか?僕はまだ余り街に詳しくはありませんし・・・。」
「そうですな・・・。では、観劇など如何ですか?まだイーオ様は劇場には足を運ばれてはいらっしゃらないでしょう?今ですと、御伽噺を題材にした大衆演劇の公演が行われておりますよ。」
以前、劇場には案内してもらったが、その時は場所を教えて貰っただけだったな。
確かに、それはいいかもしれない。
しかし、どうやって彼女に伝えようか?
「悩まれておられるようですが、何か問題でもありましたか?」
「いえ、どうやってサリーナさんを誘おうかと思いまして・・・。」
「ならば、私にお任せ頂けますかな?あの娘は建国の御伽噺が好きですから、誕生日のお祝いに席を手配したと私が言えば喜んで行くでしょう。イーオ様の初めての観劇のお供があの娘なのは不安もありますが、如何でしょうか?」
「そんな事までお任せする訳には・・・。」
「いえいえ、こういった手配などは家令である私の務めにございます。それに、観劇は貴族の嗜みでもありますし、お嬢様方やディラン様も度々足を運ばれておりますよ。・・・エリアス様もノエリア様と逢瀬を重ねておられた時は、私が橋渡しを致しましたから、慣れておりますのでお任せ頂きたく存じます。」
「叔父上と叔母上の時も・・・ですか?」
「えぇ、貴族というのはしがらみも多く、中々自ら出向くのは良くない場合もあります。貴族間であれば特に問題になりませんが、庶民と逢瀬を重ねている等と知られるとどんな悪評が経つか、想像に難くありませんからな。」
なるほど、権力や金の力で無理矢理娶った等と噂される可能性があったからか。噂というものは、当人達の思惑とは違う内容で広がる事の方が多い。何故なら悪評に関しては、広めた人間の思惑や想像が殆どだからだ。
僕の場合は余り関係ないようにも思えるが、多分アーネストさんに任せる事への罪悪感というか、申し訳ない気持ちを軽くしようと気遣っての発言なんだろう。そこまで考えてくれているのであれば、任せる方がいいのではないだろうか?
「では、お願いできますか?」
「かしこまりました。では、当日までにお召し物をご用意させて頂きます。」
「えっ・・・?この服じゃダメなのですか?」
「そちらのお召し物では貴賓席には相応しくはありません。旦那様より許可を頂いておりますので、そういった場での服装のご用意は既に手配しております。」
ちょっと待って欲しい。旦那様から許可は頂いているって、もしかしなくてもこの話、伯爵公認って事?
じゃないと貴賓席なんて使えないよね?
「貴賓席・・・?しかも、既に服も用意してるって・・・。もしかして、最初からこの話は決まっていたのですか・・・?」
「おや?お気付きになられてしまわれましたか。」
アーネストさんは少し戯けた口調でそう告げる。それを見て、ワザと気付くように言ったのだと思い至る。
「元々観劇は貴方がリゼット様とご婚約された事を広める為にまだ暫く先の予定ではありましたが、旦那様が用意されていた案なのです。」
「そうなのですか?」
「はい。ですが、私が見ている限りイーオ様はまだ貴族として生きる事に余り乗り気ではないご様子。そこで、まずはイーオ様がそういった場に慣れる為、身分を隠して行かれては如何かと具申致しました。その為、今回は貴賓席とは言っても伯爵家の為の席ではなく、裕福な商家等が使う席ではあります。」
「そういう事でしたか・・・。」
「えぇ、実は年末頃から準備をさせて頂いておりました。勝手では御座いますが貴方様になら、あの娘をお任せ出来ると確信しております。なのでどうか、サリーナを宜しくお願い致します。」
アーネストさんは頭を下げながら僕にそう告げる。でも僕はそんな風に言って貰える程何かをした訳ではない。
「アーネストさん、頭を上げてください。僕はそこまで立派な人間ではありませんよ。彼女にだっていつも助けて貰っているのに。」
「フィオナ様が私や旦那様以外の男性とお話をされておられる姿等、見た事がありません。それだけでも、貴方の為人がわかると言うものです。それに、子供がいない私でもサリーナの表情を見ていればわかりますよ。」
確かにフィーやリズは度々僕の部屋を訪れては、サリーナさんも交え話をしたりしている。アーネストさんがその事を知らない筈もないって事か。
多少乗せられている気はしなくもないけれど、僕が改めて手配を頼むとアーネストさんは笑顔で了承してくれた。
その日の晩夕食を終え、サリーナさんと共に最近は僕一人で使い始めた部屋へと戻る。
アルが父と共に兵舎で寝泊りし始めた為、少し寂しく思うけれど、仕方ないだろう。
「イーオさん、あたしの誕生日知っていたんですね。」
「えっ?あぁ・・・、何かお礼したいって思って、アーネストさんに聞いたら、前に教えてくれたんだ。」
アーネストさんが彼女にどう伝えるかは、口裏合わせも含め
相談済みだったのだが、既に伝わっているようだ。彼女の嬉しそうな表情に、少し罪悪感を感じる。
「お礼なら、この間の私と同じ様にしてくれれば・・・。」
「っ!?そ、それとは別にだよ!」
頬を染めながらそう言う彼女を見て、お礼の意味を思い出し、つい慌ててしまう。
そんな僕の返事わ聞いた彼女は、心の底から残念そうな表情をしたが、すぐに笑顔になりお礼を言われた。
「残念です。・・・でも、ありがとうございます。あたし、御伽噺好きなんです。何故だかわかりますか?」
「何故って・・・。方舟教の話だから?」
「違いますよ。貴方を初めて見た時、御伽噺をしていたからですよ。それまでは違和感が酷くて、余り好きではありませんでした。」
「そう、だったんた。」
なんだろう?彼女が頬を染めモジモジしながら、僕を見つめつつ告げる姿がいつもより可愛く見え、言葉が上手く出てこなくなる。
「なので、楽しみにしていますね。・・・それでは、失礼致します。」
凄く綺麗な笑顔で楽しみにしていると言われ、その笑顔に心臓が強く脈打った。
彼女は夜も更けたため、従者としての仕事を終え部屋を後にしたのだが、一人残された僕は彼女が部屋を出てからも扉の方をぼんやりと見つめてしまう。
あぁ、僕はサリーナさんが好きなんだと、その時漸く理解した。
勿論、一人の女の子として、だ。
明日から、どんな顔をして会えばいいんだろう。
そんな事を考えているうちに、僕は気付けば眠っていたらしい。