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いつか、どこかで  作者: 眠る人


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30 贈り物

 父とキランさんの試合から暫く経ち、年が明ける。


 僕の誕生日は年が明けてからすぐだったので、新年のお祝いの後、伯爵が家族だけのお祝いの席を夕食の場で用意してくれた。

 こういう場は初めてだったから、凄く嬉しかったんだ。


 村では余りそういった習慣はなかったし。


「イーオお兄様、これは私も含めこの場にいる全員からのお祝いです。」


 そう言って、リズに小さな箱を手渡される。


「開けてみてもいい?」

「はい兄上、是非開けてください。」


 ディランは嬉しそうな表情で、僕に開封を促す。

 僕はワクワクしながら箱を開けると、そこには花の装飾と伯爵家の紋章が施された腕輪が入っており、その花の中心には赤い宝石があしらわれていた。


「これは・・・?」


「ディランお兄様とサリーナの提案で、腕輪です。その石はガーネットと言いまして、勝利の石とも呼ばれておりますわ。お兄様の誕生石だとディランお兄様が教えてくれましたので、無事に討伐を終えられるよう願いを込め、私達から贈らせて頂きました。腕輪の意匠はサリーナと私とフィーの案ですわ。」


「こんな手のこんだ物をわざわざ・・・ありがとう。でも、凄く高価な物に見えるんだけど、僕が受け取ってしまってもいいのかな・・・。」


「はい。兄上だからこそ、その石を持っていて欲しいんです。」


 僕にそう告げたディランの表情は凄く真剣だった。その表情を見てあまり固辞するのも失礼だと思い、改めて皆にお礼を伝える。


「イーオ、そんなに気にする必要はないよ。私もこれまでお前に何かをしてあげられなかったのだ。娘達だけでなく、私やノエリアも含めた全員からの贈り物なのだよ。勿論、キースも協力している。貴族家の紋章が施された物は、その家の者だと言う証でもあるからな。」


 そう言えば、父から預かっていた剣にも紋章は施されていたな。父が館に来てからすぐに返したけれど。


「その人によって紋章が施された物は違うのだ。私は剣、兄上は首飾り、義姉上は・・・確か耳飾りでしたかな?成人を迎えたり、嫁いできた者は皆一つは必ず持っているのだ。これらの品は登録されていて、身分を示す証にもなる。これからのお前には必要な物なのだから、出来る限り身につけていなさい。」


 父の言葉で、そちらに顔を向けるも父は伯爵の方を向いていた。

 なるほど、そう言う事なら大切にしなければいけないな。

 でも、これって偽造できたりしないのかな?


「兄上・・・。その顔は、何か変な事考えてますね?」

「あ、いや、偽物とか作られたら困るなぁって・・・。」


「あぁ、それは難しいでしょうね。見ただけではわからない部分に幾つか印があります。その印は基本当主以外にはわからないようになっていますので、父上が確認すればすぐ偽物かどうかバレてしまいますよ。ちなみに、ボクの物は兄上とお揃いの腕輪ですが、意匠と石が違いますね。」


 そう言うとディランは袖をまくり、腕輪を僕にみせる。

 これは、船・・・?それと青い宝石か。


「ボクの物の意匠や石は、ボクが希望した物になっていますが、普通は他の家族が相談して決める物なんですよ。・・・ボクは、どうしてもこれ以外はイヤでしたけれど。」


 ディランはやや申し訳無さそうな表情で伯爵を見る。

 その視線に気付いた伯爵は、穏やかな微笑みを浮かべながら気にするなと言わんばかりの口調で告げた。


「まぁ、必ず家族が決めるというしきたりではないから、当人が身につける物故、私は構わないと思うがな。それに、船の意匠の物は方舟教を信奉するなら、不思議でもない。」


 伯爵なら、そんな事は気にしないのぐらい僕にもわかるけれど、ディランの気持ちもわからなくは無い。

 贈る側の楽しみと言うものもあるから、それを自分の我儘で奪ったとでも考えているのかもしれないな。


 ・・・でも、僕がこの腕輪を受け取ったと言う事は、もう貴族家の一員として生きる以外無いって事なんだろう。


 うん、流石の僕でももうわかる。

 父は、僕を手元に置いておくつもりが無いって事は以前言っていたけれど、これからは伯爵の子供として生きろと改めて僕に示すため、恐らく貴族の紋章を入れる事を父が提案したのだろう。


 何故なら・・・、父はこのお祝いの席が始まってから一度も、僕と目を合わせてはくれないのだから。

 多分、これは父なりの決別の意思・・・なんだと思う。




 次の日から父との稽古は、厳しいものに変わる。

 元々、父は真面目だから稽古の際には手を抜くような事をしていなかったけれど、上手く出来た時は笑顔で褒めてくれていたりしたのが、全く無くなったのだ。

 他にも色々あるけれど、一番変わったのがそれだった。


 突然変わってしまった父の態度に僕は困惑したけれど、その理由は少し経ってからわかってしまう。

 父が変わり二週間程経った頃、ファンさんと父が話しをしているのを聞いてしまったから。


 その日、朝食を摂り終えサリーナさんと共に練兵場へ行くと父の姿はなく、兵舎の中に居るのかと思い探していると、何やら話声が聞こえてきた。


「キース様、最近イーオ様に厳しすぎはしませんか?側から見ている兵達も怯えていますよ。」

「ファンよ・・・。お前はイーオの技をどう思う?」


「イーオ様の、ですか?・・・キース様によく似ておいでだとは思いますが・・・なんというか・・・甘い・・・と言いますか・・・。」

「はっきり言ってくれていい。」


「あの様子だと、私はイーオ様に命を預ける事はできません。人格は申し分ないと思いますけど、イーオ様はいざという時相手にまで手心をくわえるでしょう。それでは、私の剣を預ける訳には参りません。」

「だろうな。私でもそう思うだろう。」


「だからですか?」

「そうだ。」


「でしたら、ほかにやりようがあるのではないでしょうか?」

「本当にそう思うか?」


「それは・・・。」

「何が起きるかわからない戦になるんだ。誰一人として犠牲者を出させない事等不可能だろう。」


「はい。かと言って無駄に散らしていい命等ありませんが・・・。」

「それは勿論だ。だが、あの子の持つ技と、あの力を最大限に発揮できたら、それさえも可能かもしれん。何故か盾や鎧という形でしか、鉱石の力が発現しないのは不可解ではあるが・・・。まぁ、触れた物に自動で反撃する鎧を見た時は、流石に驚いたものだ。」


 そう、僕が鉱石を扱うと剣を思い浮かべようが、火の玉を思い浮かべようが、鎧や盾としてしか発現しない。そしてそれらは何故か、一度発現すると勝手に僕の周囲に展開したまま付いてくる。


 それは、シュウさんに僕の力を見せる為に鉱石を使った時や、ここ二週間の間の訓練でわかった事だった。


 そして、それらは凄まじく強固であり、触れただけで恐らく生き物が即死する程の威力がある雷を放つ。流石に生き物で試してはいないが、木偶人形に盾が軽く触れただけで一瞬で弾け燃えつきた事から、シュウさんがそう結論付けたのだ。


 雷については研究されているらしいのだが、空気中を流れるには相当な出力が必要だとかなんとか言われたけれど、僕にはよくわからない。


「・・・あり得なくはないでしょうね。」

「私は、指揮官として赴く必要がある。そこに情を交えるわけにはいかないのだよ。・・・いや、そうしなくてはならない。」


「だから、厳しくなされておいでなのですね。」

「あの子に何かあってもからでは遅い。既に技術は殆ど教えたから、次は心構えを教えていかなければならないのだ。これから先、イーオは兄上の後継の一人としてこの領地を守る責務があるのだから。」


「キース様の御子息なのでは?」

「ん?ファンよ。私は未婚だぞ?イーオは兄上の子供だよ。」


「それはわかっていますよ。父として接してきたのに、それでいいのですかとお聞きしているんです。」

「・・・寂しくない訳がないだろう?」


「すみません、愚問でした。」


「済まないな。気を使わせてしまって。この話はこれで終いにしよう。・・・では、そろそろ練兵場に行こうか。」


 会話を切り上げた二人の足音が聞こえたため、僕は慌ててその場を離れる。


 練兵場に戻った僕は、先程の会話で父の心の内を少し知ってしまい自分の甘さを漸く自覚する。

 確かに相手を倒そうだなんて、人相手に考えた事なんてなかった。


 でも、これから武官として生きるのであれば、それはきっと必要な事なんだろう。

 だから父は、人を倒すための剣を僕に教え続けていたのだろうから。


 ・・・でも、本当にそんな事が必要になる日なんて、来るのかな。

 その答えは今の僕には、よくわからなかった。

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