29 鼓舞
その後、父の抗議を受け伯爵は妥協案を提示する。
それは、代官というよりは半ば領主のような役割のものであった。
討伐が成功した場合、騎士団の駐在場所と鉱石の研究のための施設が村のそばに建てられる事となる。
それに伴い村の拡大等が予想されるため、その地域を一任出来る人物が必要になるそうだ。
故に、護衛の騎士団の指揮権と、その辺りを伯爵の代わりに治める事が出来て信用に足る人物となると、父しかいないと言うのが伯爵の言い分だった。
僕も事情を聞けば納得出来たというか、恐らく伯爵は父が鉱石を扱えた時点で、こういう風に誘導したかったのでは無いだろうか?
突然代官が変われば村も困惑するだろうし、施設や騎士団の駐在となると、反発も起きるかもしれない。
ならば長年代官として務めていた父なら、多少それらも抑えられるのでは?と考えるのも無理は無いだろう。
父もそれらが理解出来るのか、討伐後にまた話合う事になった。
それから毎日父はシュウさんの研究に協力を始め、数日後キランさんと試合う日が訪れる。
その日、訓練などはなく、午後からは先遣隊の団結式が控えているため、慌ただしい雰囲気があったにも関わらず、練兵場には多くの兵士が集まった。
自らの武勇を持って示せとは、こういう事か。
「全く・・・兄上は、何を考えておいでなのやら。」
父は椅子に腰掛けながらぶつぶつと伯爵への愚痴を言いつつ、準備をしている。その足下ではシュウさんが義足の調整を行なっていて、どうやら二人はこの手合わせで実践に耐え得るのか、試すつもりのようだ。
「私にはわかりかねますが、それだけキース様が伯爵様に信頼されていると言う事なのではないでしょうか?」
「シュウ殿・・・。」
「伯爵様のお考えはわかりませんが、鉱山の事は余程信用が置ける人物で無ければ任せる事なんて出来ないでしょう。不正の温床や、造反すらあり得るのですから。」
「そんなのはわかっているよ。・・・私はその兄上の信頼に応えられるのだろうか?」
「私は貴方なら出来ると思いますよ。キース様とお会いして数日の私ですら、貴方が武人だとは思えない程の助言を頂いたくらいなのですから、そんな貴方だから伯爵様は任せたいのでしょう。・・・調整は終わりましたが如何ですか?」
シュウさんが作業を終えた事を告げると、父は立ち上がり、歩き出す。
数日前に見た時はかなりぎこちなかったのに、その動きは滑らかなように思えた。
以前見た時と違い、装甲のような物は取り外されてかなり軽量化されたように見え、更に光が漏れだすのとは違い、鉱石が使われている部分が直接赤く光っているため、まるで紋様のような物が浮かび上がっているようだ。
骨格の部分が剥き出しになっているためなのだろうが、その光景は凶々しさすら覚える。
「力を制御する為の装置は外せませんが、緩衝材や装甲を減らしただけの物ですけど、こうして見る分には問題無さそうですね。」
「出力を上げただけの時は、どうなる事かと思ったが、これなら大丈夫そうだな。」
僕もその場に居たのだが、義足で地面を蹴った瞬間、父が軽く数メートル飛び上がりながら空中で一回転して地面に落ちたのを見て、色々と不安を覚えた。
「自動で出力を調整する機構は、これから開発する段階ですから、今はこれが精一杯なんです。」
「いや、充分だ。」
「父さん、余り無理はしないでね。」
「あぁ、行ってくる。」
そう短く答えた父は、兵士達が見守る中、中央でこちらの様子を伺っていたキランさんの元へと歩み寄る。
ただの鉄の棒より、今の方が父も剣を振るえるだろうけれど、17年近く片足だったのだからそんなすぐに上手くは戦えないだろう。
だけど、僕は父が負ける所はみたくない。
その場にいる人達が見守る中、二人は向かい合い、軽く何かを話した後、父は以前僕と立ち会った時のように半身での構えをとり、キランさんは正眼に構える。
僕の時とは違い、今回は刃を潰してはいるが金属の剣を使っていて、直撃すれば無事では済まないだろう。
どちらも大きな怪我はしないようにと祈る事しか、僕には出来なかった。
二人が構えてから少しの間、お互いに出方を伺っているためか微動だにしない。
特に合図等はなく、実践に近い形での試合のため、構えをとった時点で既に始まっているはずなのだが、ただ構えているだけなのに見ているこちらにまで緊張感が伝わってくる。
すると、キランさんが軽く息を吸い、短い掛け声と共に父の頭に目掛け剣を振り下ろす。
振り上げる動作はかなり速く、ほとんど隙等が無いように見える。だが、父はそれを軽々と受け止め、少しだけ後ろへ下がると、返しの横薙ぎを放つ。
半身で剣を構えている分届く範囲が広いのだが、キランさんも後ろに下がる事でその剣を避け、更に唐竹割りで切り返す。
大きな動作で横薙ぎを放った父に、その攻撃は避けられないように思えたのだが、父の頭に剣が振り下ろされる直前でキランさんの動きが止まった。
よく見ると、キランさんの左の首筋に父の剣が突き付けられており、お互い剣を既の所で止めたようだ。
二人はそのままの状態で少しの間止まっていたけれど、やがて二人共剣を下ろし、何かを話し始める。
いつの間にか終わった手合わせに、この場の人達は鎮まり返っていた。
「キースの方が速い・・・か?だが、あれでは実戦だと良くて相打ちだろうな。キースは即死、キランは動脈を切られ失血死・・・と言った所か。」
いつの間にか、僕の後ろにいた伯爵が呟く。
確かに、そういう結果になるだろうと僕も思う。
「イーオ、お前はどう見る?」
「引き分け、でいいのではないでしょうか?」
「そうだな。・・・二人とも良くやった。この勝負、引き分けとする!」
伯爵が結果を告げると、練兵場はにわかに騒がしくなる。
「団長が引き分け!?」
「お前ら、あのお方は前団長様で、伯爵様の弟君であり、キラン団長の親友だぞ!」
「あの方がイーオ様に剣を教えられている場面を、俺はこの練兵場で何度か見たぞ。」
「それはそうだろう。伯爵様の御子息であらせられるイーオ様の育ての親だと言うのだからな。」
全ての騎士団員が父を知っている訳では無いようで、事情を知っている団員が新兵に教えると言った光景が見られたため、騒がしくなったようだ。
なんか、所々僕の話題も出ているようだけど・・・。
伯爵はその光景を満足そうに眺めてから、ファンさんに何かを呟き場を鎮めさせ、再び口を開く。
「今回、我が弟キースが私の名代として獣討伐に参加すると言い出した為、このような場を設けさせて貰った。そして、自らの武勇をここに示し、その役割に相応しい事を証明したと私は考えるが、異議のある者はいるだろうか?」
伯爵の言葉に誰もが何も答えない。
父とキランさんもこちらを向いてはいるが、二人は真剣な顔でこちらを見ているだけだ。
これは・・・どうしたらいいんだろう?そう思い、周りを見回すと、ファンさんが小声で見ててくださいと僕に耳打ちしてきた。
「伯爵様、発言をお許し頂きたく存じます。」
すると突然、ファンさんが伯爵に発言の許可を求める。
「副団長か。申せ。」
「僭越ながら申し上げます。前団長が未だ健在であらせられる所を、私はこの目でしかと見届けさせて頂きました。故に、私はキース様こそ伯爵様の名代に相応しいかと考えます。・・・皆の者もそう思わぬか!?」
ファンさんが全員に同意を求めると、練兵場にいた団員達が一斉に異議なしと声を揃えながら、敬礼をした。
なるほど・・・。見ていてくれとはこういう事か。
「では、この度の獣討伐の折、このキースの指揮に従い必ずや成し遂げてみせよ。・・・キラン、先遣隊は任せたぞ。」
「必ずや兄上のため、また兵達のため、果たしてみせると誓います。」
「はっ!必ずやキース前団長と共に果たして見せますので、どうか吉報をお待ち下さい。」
「イーオ様、こういうのが私の役割なんですよ。」
「そうだったんですね。」
伯爵が団員に何か演説をしている後ろで、ファンさんが再び小声で話しかけてくる。
その言葉に返事を返すと、僕も団員達の士気高揚のための演説を聞きながら、これからの戦いのため気を引き締めるのだった。