28 技師2
「今程鉱石が注目されるより以前から、実は不思議な現象を引き起こす石があるという噂はずっと存在していたんですよ。」
「そうなんですか?」
「はい。私も噂程度しか聞いた事がありませんでしたけれどね。ですが、ある時依頼があり、とある隠れ里のような場所で鉱石を扱う人達に出会いました。場所や詳細は明かせませんが・・・。」
そう言うと、シュウさんはチラリと伯爵を見る。
詳細を貴族に明かすと、その場所の人々が争いに巻き込まれる恐れがあるから、伯爵の様子を伺ったのかもしれない。
「構わない、続けてくれ。」
「やはり、伯爵様は噂通りの方のようですね。他の貴族なら、もっと食い付くでしょうから。」
「事情があって潜んでいる人達なのだろう?私利私欲の為だけに何かしらの事情を抱える人々を巻き込んではならないと私は思うがね。まぁ、そんな私の考え等はいいから話を続けてくれないかな。」
伯爵が続きを促すと、シュウさんは安心したような表情になり、伯爵に一礼をすると続きを語り始める。
恐らく、この人なりに伯爵を知りたかったから、試すような真似をしたのだろう。
「そこで見た物は、まるで御伽噺に出てくる魔法のような技術だったんです。私は、その場所で学び、いつか鉱石を扱えない怪我をした人達が不自由なく扱える義肢を生み出したいと考え、開発と研究をしていたのですが・・・。」
「なるほど、それで貴族に目を付けられたと・・・。」
「切欠は、開発中の失敗による爆発事故・・・ですね・・・。役人に資料の一部を押収されてしまいまして、それを見た貴族に・・・と言う具合で話が広がり、気づけば鉱石研究の第一人者と言う扱いになっておりました。私は兵器ではなく、もっと身近な・・・例えば火を起こす為の道具の代わり等にも使えたらと思っていたのですけどね・・・。」
「ままならないものだな。」
「はい、仰る通りです。ただ、あながち間違いでもありません。今私が作れるのは、人を殺める事が容易な程の力を発揮してしまう物ばかりですので・・・。」
「それで私の元で研究したいと申し出があったという訳か。」
「伯爵様の仰る通りです。最近では、脅しの入った書状が届く程に身の回りが危険になって来ましたので、お手紙を送らせて頂いた次第です。何度も空き巣も入りましたし・・・。」
「研究成果が盗まれたのか?」
「それは問題ありません。役人に資料を押収されて以降、わかりやすい物は全て例の隠れ里に避難させて貰いましたので・・・。」
この人、ここに来るのですら相当危ない橋を渡ったのではないだろうか?そんな技術を持つ人材が他の貴族の元へ行くのを、黙って見ているとは思えないのだが。
「そのような状況下で、下手をしたら命を狙われても不思議ではない気がしますが、ご無事で何よりです。」
つい、思った事を言ってしまったけれど、シュウさんは苦笑しながらどうやって辿り着いたかを説明してくれた。
「伯爵様が嘘の依頼を出されてね。擬装して別の方面へ向かうと見せかけて、途中の町で伯爵様が用意された荷馬車に潜んできたんだ。今頃王都じゃ失踪した事にでもなってるんじゃないかな?工房はものけの殻だしね。だからこちらに来るまでに時間が掛かってしまったけれど、キミの言う通り途中の町までは付けられていたから、生きた心地はしなかったよ。」
なるほど・・・。伯爵は研究どうこうより、この人の状況を知っていて見過ごせなかったのもあるんだろうな。
「叔父上、流石です。シュウさんの命を救いたくて、行動為されたんですね。」
「・・・イーオ、あまり買いかぶらないで欲しいな。利害の一致があったからだぞ?彼は優秀な技師のようだし、私がそんなお人好しに見えるのか?」
「・・・見えますね。」
そりゃ、さっき詳しく知らないから研究成果を見てみたいとか言ってたもの。今更そう言われても、お人好し以外に見えないと思う。
「兄上らしいと言うか、何というか・・・。私にも、技師を囲い込みたいというのは、建前にしか思えませんよ・・・。」
「伯爵様、申し訳ないけど俺も代官様の言うように感じました。」
僕だけではなく、父やアルにまで言われてしまい、伯爵は恥ずかしくなったのか両手で顔を覆う。あ、やっぱり図星だったのか。
その様子を黙って見ていたシュウさんは、目を丸くして驚いているようだ。
「あ、あの・・・皆様、伯爵様相手にそのような言動を取るのは不敬なのでは・・・。」
「いや、構わない。・・・それより、研究成果とやらを見せて貰えないだろうか?」
どうやら、伯爵は話題を変える事で誤魔化すつもりのようだ。でも、たしかに僕もどういうものなのか見てみたい。
「は、はい。畏まりました。・・・では、キース様こちらにおかけください。」
シュウさんは父を椅子に座らせると、本来ならふくらはぎに当たる部分に付いている金属の棒のような義足を外し、太腿辺りに輪のような器具を取り付け、甲冑を膝にかからない程度の位置で取り付けた。
「平均的な身長の方に合わせた物なので、調整は必要ですが成果をみるならこれでも大丈夫でしょう。後でキース様の体格に合わせて調整しますから、今は違和感はあるでしょうけれど、立ってみて頂けますか?」
父は軽く頷くと立ち上がるが、甲冑は上手く動かせないようだ。ただ固定してるだけだと、重りでしかないから仕方ないだろう。
「痛み等はないが、これでは歩けないな。」
「では、鉱石を扱う時のように、集中して思い描いてください。この義肢が自らの足であると。」
「ふむ・・・?」
父は半信半疑といった様子で目を閉じる。
すると、甲冑の一部から赤い光が漏れだし始め、徐々に光が全体へと伝わっていく。伯爵はその光景を見て口を開いた。
「これは?」
「成功、ですね。一度起動してしまえば、外さない限り暫くはその状態が続きます。キース様、如何ですか?」
呼びかけられた事で父は目を開き、義肢を見るが、やや困惑したような表情でシュウさんに話しかけた。
「確かに先程の鉱石が発動した時と似ているようだが、動かせないぞ?」
「慣れは必要ですけど、「歩く」という事を意識しながら動かしてみて頂けますか?筋肉や骨があるのだと思いながら動かすんです。
「やってみよう。」
父はそう言うと、再び目を閉じ集中する。
そして軽く息を吐くと、ゆっくりと歩き始めた。
「これは中々難しいな。」
「いえ、この様子ならすぐ自由に動かせるようになると思いますよ。どんな感じですか?」
「先程まではただの重りでしかなく動かせる気がしなかったけれど、今は鉛をつけられているように重くはあるが、歩けるな。」
確かにぎこちなくはあるけれど、足があるかのように歩いている。けれどこれでは・・・。
「しかしこれでは、戦う事は出来そうにはないな。」
父も僕と同様に考えたらしい。
「今の状態では出力をかなり押さえてありますから、日常的に扱うのがせいぜいでしょうね。赤く光るのはそのためです。・・・義肢として使うには鉱石の力が強すぎて、抑える必要があるんですよ。」
「なるほど。そして、研究するにも鉱石が扱えるという条件があるために、まともに研究する事も出来なかったわけだ。」
「はい。仰る通りです。なので、研究にご協力頂けるのであれば、私の研究成果から討伐に必要な武器を必ず作り上げます。・・・貴方様なら、勝手ではありますが悪用する事は無いと、まだお会いして間もないですが確信しております。如何でしょうか?」
伯爵は少し考える素振りをするが、多分答えは決まっているだろうな。
「良かろう。キースと同じように、身体の一部を失った者達の為にも、その研究を役立てて見せてくれ。まずは貴殿の研究の一部を使い、獣討伐にて成果を上げよ。そうすれば、その研究を続ける大義名分も立つだろう。利益云々は、考えなくていい。」
「ありがとうございます。微力を尽くさせて頂きます。」
よかった。
僕もこの研究は大勢の人の為になると思うから、伯爵も気にいるだろうとは思っていたんだ。
「キース、済まないが彼の研究に協力してやってはくれないだろうか?」
「はい、それは勿論構いませんが・・・。私は村の代官ですから、村に戻らなくてはなりませんよ・・・?」
「ん?お前は何を言っているんだ?鉱石を扱える者が、今更代官として戻れると思っているのか?それだけでも貴重な人材なのだから、帰らせる訳が無いだろう?」
「あ、兄上・・・?」
「残念だが、お前が鉱石を扱えたため、もう新しい代官の人選は始めさせているのだ。済まないが、諦めてくれ。」
「貴方という人は・・・!」
えっ?
これって・・・父も村に帰れなくなったって事?