27 技師
僕が御守りを握り締めると、アルの時と同様に何故だか熱を帯び始める。
慌てて御守りを取り出し、手のひらにのせ確認してみると淡い緑色の光を放ち、微かに震えているように感じた。
皆、父の方を見ているからこちらには気付いていないようだけれど、これは一体・・・。
「キース!」
伯爵の父を呼ぶ声に、顔を上げて父の方に視線を向ける。
すると、父の手から剣の形をした光が溢れだしており、丁度こちらに振り向いた父と目が合う。
「・・・私にも資格があった、と言う事か。」
そう零した父の表情は険しくはあったものの、その口調は安堵しているようにも感じられた。
父の身体を思うと心配ではあるのだが、これで共に肩を並べて村の為に戦う事が出来るのだと言う思いも湧く。
「そう心配そうな顔をするな。これで、イーオやアルだけを戦地に送らなくて済むと思うと、私は嬉しいんだよ。・・・しかし、これはどうやったら収まるのだ?」
「そこにある力のようなものを解放するか、時間が経てば自然と消えますよ。」
「なるほど・・・。ならば試してみようか。ファン、どうしたらいい?」
「キラン団長曰く、自らの意志で出来るそうですが・・・。あちらにある木偶人形に切り掛かってみますか?剣の形なのであれば、キース様にはその方が分かりやすいでしょう。」
ファンさんの話を聞いた父は、徐に人形に近づき、軽く光の剣を振るった。
それほど力を込めているようには見えなかったが、人形は簡単に両断されて、その力の余波はそれだけに留まらず、轟音と共に地面に穴を開けてしまう。
「これは・・・人相手に使って良い類のものでは無いな・・・。」
鉱石を使い終え、こちらに戻ってきた父は先程まで光を放っていた石を見つめながら呟く。
技術としては最新のものらしいから、まだ戦争では使われていないのだろうけど、今後使われないなんて保証は何処にもない。こんなものを、人相手に使っていいなんて、僕だって思えなかった。
「しかし、これでキランと試合うまでもなく、キースにも行って貰わなければならないな・・・。」
「私はもとよりそのつもりでしたが、兄上はあまり望んでおられなかったご様子ですね。」
「当たり前だ!その足で戦地に赴くなど、弟でなかったとしても私は反対だ。」
「兄上・・・。」
「だが、今は少しでま戦力になるものが欲しいのも事実。私は領主であるから、実の兄弟だからと、行かせない訳にはいかない。。・・・でも、何故キースやイーオ達若者が扱えてしまうんだ・・・。」
最後の伯爵の呟きと、その表情にこの場にいた誰もが口を開く事が出来なくなる。
こんなにも僕達を心配してくれる伯爵の為にも、僕達は討伐を成功させなくちゃならない。
そして、一人として犠牲を出してはいけない。僕はそう心の中で強く誓った。
その後、技師の到着は昼過ぎになるらしく、昼食までの間部屋で過ごし、昼食を取り終えた後、伯爵の執務室にて到着を待つ事になる。
アルは父と共に少し遅れて現れた。兵舎で昼食を摂っているのだから仕方ない。
「間も無く到着するらしいから、暫く此処で待つといい。」
「はい。それで技師とは一体どんな人物なのですか?」
「私も詳しくは知らないが、この国での鉱石研究の第一人者だそうだ。最も、当人は鉱石が兵器として扱われる事が嫌いらしいから、言動には気をつけるようにな。」
全員揃った事で、僕は伯爵に色々尋ねてみる事にした。
その人物は鉱石を兵器として研究していた訳では無いと言う事だろう。
「元々は、色々な機械の動力源として密かに鉱石を研究していたそうだが、それに目をつけた連中に祭り上げられてしまったようだな。戦争をしたい連中の仕業だろう。」
「機械・・・とは何の事でしょう?」
「ふむ・・・。例えばだが、生き物であるが故の休息などが必要なく、ずっと働き続けられる馬や、鳥のように空を飛び、人を運ぶ事が出来る人工物が機械、とでも言えばいいのかな?そういった絵空事に近いものを生み出そうとしているのが技師と言う訳だ。まぁ、私も今回来る技師の本を読んだだけだから、詳しくは知らない。」
うーん?どう言うものか、この話だけではよくわからないな。
「伝承にあるんだ。その昔、人は馬より速く疲れ知らずの乗り物で大地を駆け回っていたり、鳥よりも巨大な翼を持つ物で大空を飛び回っていたと。それらを、現実の物にしようと研究している連中を技師と呼ぶんだ。」
「なるほど・・・。」
この話だと、変わり者の集まりのように聞こえるな。
「身近な物で言えば馬車なんかも、技師が再現して生み出したとされている。夢物語だと馬鹿にする連中もいるが、紙や、万年筆のような物まで技師の手によるものだとする話があるくらいだから、恐らく今私達が利用している物の中には、技師が作り出した物が沢山あるのだろう。」
それほどまでに僕達の生活に寄与しているのに、僕は今までそんな話を聞いた事が無いのは何故なんだろう?
「あの、伯爵様。俺そんな話聞いた事無いんですけど、何故なんですか?」
話を聞いていたアルも似たような事を思ったらしく、恐る恐る伯爵に尋ねる。
「それは、一部貴族が技師を抱え込んで、自らの手柄としているからだな。利権絡みになると行動が早い者は多い。そうすると、貴族に都合の良い物の研究ばかりさせられるようになり、技術の発展が遅れるのだと気付かないのだろうな。無論、それを嫌う技師もいるがね。」
そう言う事か・・・。
富の独占のために、技師を確保する・・・か。その行動自体は、それ程間違っているとは思わないけれど、伯爵がこんな風に言うのであれば、恐らくやり方に問題があるのかもしれない。
「今回来る人物については、実は前々から打診があったんだ。私の元で研究をさせて欲しいとな。条件としては、開発した物の利権をこの領地だけで独占しないと約束して欲しいと書いてあったんだが、研究を見ない事には私も何とも言えなくてね。いい機会だから、一度見せて貰うついでに、獣討伐にも協力してくれないかと返信したら、喜んで協力すると返事がきたんだよ。」
伯爵なら、利益の独占をしないと考えたんだろうな。
他の貴族に善政を敷いている事が知られているようだから、独占を嫌う技師の側からすると、当然なのかもしれない。
それに、鉱石を研究する人物なら、産出される場所の確保をしたいと考える伯爵の考えにも、賛同するだろうし。
会話もひと段落した所で、扉がノックされアーネストさんが入ってくる。技師が到着し、部屋へ案内してきたようでその事を伯爵に告げた。
伯爵が頷くと、アーネストさんは部屋の扉を開け、部屋に技師を招き入れる。
入ってきた人物は父より少し若く見えるけれど、この人が技師なのだろうか?
「伯爵様、お初にお目にかかります。王都の工房にて技師を務めております。シュウと申します。以後お見知りおきを。」
「遠路遥々、良くぞ参られた。私がこのウィンザー家当主であるエリアスだ。・・・早速で済まないのだが、まずはこの場に居る者達の紹介をさせてほしい。」
伯爵は挨拶もそこそこに、僕達の紹介をする。
一通り挨拶が終わった後、本題に入った。
「手紙のやり取りにて説明した通りなのだが、このイーオとアルド君が鉱石を扱えるのだ。二人とも私の知る限りでは、ほかに類を見ないぐらい強い力を扱える。故に二人が今回の鉱山制圧のカギになると思いお呼びしたのだ。」
「左様でございましたか。では、私にもその力を見せて頂く事は出来ますか?」
「・・・まぁ待ちたまえ。これは先程試したため、手紙には書いてなかったのだが、私の弟であるキースも扱えるのだ。だが、見ての通りキースの片足は義足だ。・・・だから、先にキミの研究とやらを見せて貰う事は出来るか?」
「あぁ、なるほど・・・。構いませんが、どちらにせよ一度場所を移させて頂いても宜しいでしょうか?ここでは、私の持参した物をお見せするには、少々手狭ですので。」
シュウと名乗ったこの技師は伯爵の意図に気付いたようで、納得した表情をした後、場所の移動を申し出る。
伯爵も同意して、その場にいる全員で兵舎に向かう事になった。
かなり大掛かりなものもあるらしく、館では危険なのだそうだ。
その話を聞いて少し不安を覚えたけれど、研究の成果ってどんな物なんだろうか?
兵舎にたどり着く直前に、シュウさんは荷物を乗せた馬車を案内してくると言って何処かへ行ってしまった。
僕達は先に中へ入り、彼を待つ事にしたのだが、父はその間に気になった事を伯爵に尋ねる事にしたようだ。
「兄上は、彼の研究についてご存知なのですよね?どういった物なんでしょうか?」
「あぁ、彼は元々は義肢装具士だったらしい。そこで、使用者の意思で色々な現象を引き起こせる鉱石に目を付けたのだそうだ。」
義肢と鉱石がどう繋がるのだろうか?
「彼は鉱石の力を使って、義肢を元々の腕や足のように動かせないかと研究していたようだな。」
「そこから先は私が直接お話します。」
「戻ったか。説明は専門家に任せるとしよう。」
後ろから聞こえてきた声に振り向くと、なにかを抱えているシュウさんが恥ずかしそうに立っていた。
「今の私では、このような兵器もどきしか作れませんが、これならばキース様の足の代わりとして扱えると思います。」
そう言って彼は、机の上に甲冑の一部のような物を置く。
これが、義足って事なのか?
「既に伺っているかもしれませんが、私は義肢を作る事を生業にしていました。以前のこの国は戦争が絶えませんでしたからね・・・。主に兵士の方達相手ではありましたが、うちは代々王都に工房を構えて義肢の調整や制作を請け負っていたんです。」