26 思い
二人が落ち着くまでかなり時間がかかったけれど、言い争いも漸く終わり、リズが僕を探しに来た理由を聞く事が出来た。
どうやら、ディランの誕生日に贈り物をする為、僕とリズとフィーの連名で贈ろうと提案しにきたらしい。
そして、僕がディランとの用事を終え部屋に戻った事を聞いて訪ねた所、僕とサリーナさんが口付をしようとしていたそうだ。
「サリーナに先を越されるなんて・・・。私、婚約者ですのに・・・。酷いです。」
涙目になりながら、小さな声で抗議する彼女を見ていると、少し胸が痛む。
先程のディランの表情と重なるからなのかもしれない。
二人はよく似ているから。
その表情を見たくなくて、僕はついリズが成長したらと言ってしまう。
「リズが大人になったら、ね。」
「・・・約束、してくださいますか?」
「うん。約束する。」
「いつまでも、お待ちしますから。」
その言葉は大袈裟だとは思ったけれど、口には出せなかった。
そのくらい真剣な表情で、彼女は僕を真っ直ぐ見ていたから。
しかし、よくよく考えると口付の約束をするなんてとても気障な事ではないだろうか?
その様子を見ていたサリーナさんは、僕とリズの会話の後悲しそうな表情をしながら、口を開く。
「ごめんなさい。あたし、どうしても我慢出来なくなったんです。ディラン様との会話の途中から、気持ちが抑えられなくなって・・・。あたし、イーオさんの側に居るべきじゃないのかもしれません・・・。」
「何を言ってるのサリーナさん?」
「私情でこんな事をしていい筈がないのに、貴方の側に居ると自分を抑えられないんです。これから叔父様の所へ行って、別の人に代えて貰うよう頼んできます。」
彼女は思い詰めた表情でそう僕達に告げると、部屋から出ようとした。
すると、リズが立ち去ろうとするサリーナさんの腕を掴み、彼女に問いかけた。
「貴方、それで本当にいいのですか?」
「・・・はい。」
リズの問いに、少し間を置いて返事を返すサリーナさん。
「嘘ですね。貴方がお兄様の事を諦められるなんて思えません。」
「諦める訳では・・・。」
「お兄様の従者でなくなるのなら、殆ど話す機会もなくなりますよ?」
「それはわかっています。」
「私は、この事を誰かに言うつもりはありません。無かった事にも出来ませんけど、貴方がお兄様に恋焦がれているその気持ちは、私にもわかりますもの。・・・もう一度だけ、聞きますわ。貴方、本当にそれで後悔しませんか?」
「・・・」
二度目の問いに、サリーナさんは答える事は出来ないようで、リズは軽くため息を吐くと仕方ないと言わんばかりに、彼女に思い留まるよう話し続ける。
「やはり嫌なのではありませんか。お兄様もですけど、貴方もわかりやすすぎますよ。お兄様も、サリーナが従者の方がいいでしょうし、早まった真似はおやめなさい。」
リズの言葉にサリーナさんはチラリとこちらを見る。
僕もサリーナさん以外が従者になるのは、イヤだな。
「サリーナさんじゃなきゃ、僕はイヤだよ。これからも一緒にいられたら、嬉しいな。」
「お兄様、そこはサリーナを抱きしめながら言うべきだと思いますが・・・。ほら、お兄様もこう仰ってますし、馬鹿げた事をしようとするのはおやめなさい。それにアーネストに、お兄様に口付をしたから従者をやめると言うつもりですか?そんな事言ったら、お父様やアーネストから相当からかわれますわよ?理由を聞かない筈がありませんもの。」
確かに、あの人達ならやりかねん。
彼女の気持ちはそう言う経験がない僕でも流石にわかるし、何故だかわからないけれど、彼女を絶対に離してはいけないのだと確信出来る。
だから、リズに言われたからじゃなくて、そうしないといけない気がしたから、僕は立ち上がると、サリーナさんに近づき、抱きしめ、彼女に伝える。
「僕から離れないでくれないかな?」
「・・・わかりました。」
彼女はまだ浮かない表情をしてはいたけれど、真っ赤な顔をしながら頷く。
リズはその様子を見て、またズルいと言い出すが、僕の言葉と行動に満足したような表情だ。
サリーナさんか落ち着いた後、今回の件は誰にも口外しないと三人で約束すると、リズが部屋を訪れた理由であるディランの誕生日の贈り物の件の話になり、僕も連名で贈る話に乗る事にして、明日街に買いに行く話が決まる。
その後、夕方からの訓練の際にその日色々ありすぎたためか、訓練に身が入らず父に怒られたのだが、サリーナさんも似たような状態だったので、何かあったのかと父に勘繰られてしまう。
そして、この練兵場での僕達の様子を、伯爵から聞いたらしく、父や僕の訓練を覗きに来たディランに見られていた事が切欠で、後々あんな事が起きるとは今の僕には知る由もなかった。
翌日、フィーは相変わらず外に出るのが怖いらしく、代わりにサリーナさんを連れて街へ贈り物を買うために出かけ、昨日僕の提案した万年筆を購入して、数日後のお披露目の前に渡すという事で話が纏まる。
基本的に、お披露目では個別の贈り物を贈らないのが礼儀らしい。近年まで実質賄賂になっていたらしく、今の王になってから家族以外の贈り物は、良くないとされたのだとか。
ならば、催しの際に渡しても問題はないだろうが、余り人目につくのも良くは無いだろう。
それから更に翌日になると、催しの準備のため屋敷が慌ただしくなり始め、各地の代官も続々と館に訪れ、僕も父さんと共に挨拶をして回る事になる。ちなみに、父や伯爵の他の兄弟に関しては、こちらの姿を見ると怯えたような様子で、簡単に挨拶を済ませると、足早に割り振られた部屋へ行ったため、どんな人物なのか僕にはわからない。
催し自体はただ立食をしながらディランの誕生日を祝うための場だったのでつつがなく終わり、夜が明けると各地から集まった代官達や、伯爵の兄弟は僕達に見送られながら帰途に着く。
「兄上・・・。あんなに他の兄上達が怯えるなんて、一体何をされたのですか・・・?」
「なに、自らの立場を判らせただけだ。やり過ぎたとは思ってはいない。貴族家に生まれついただけで、自らを有能だと思い込んでいた輩は、あれくらいが丁度いいだろう。」
見送りながら、父の問いにそう返す伯爵の表情は、何時もと違い恐ろしさすら感じる程に、冷たく冷え切っていた。
来客を見送った後、ディランへの贈り物は催しの前に渡す事が出来なかったので、僕の部屋へとディランに来て貰い三人で渡す。
「これは・・・万年筆ですか?」
「はい、イーオお兄様のご提案です。私とフィーでは、殿方への贈り物がわからなかったので、イーオお兄様に決めて頂いたのですが・・・。お気に召しませんでしたでしょうか?」
「僕なら、実用品を贈られるのが一番嬉しいから選んだのだけど、嫌だったかな?」
「いえ、かなり凝った意匠の物でしたから、少々驚いただけですよ。兄上、ありがとうございます。大切にしますね。」
ディランはそう言うと、宝物でも扱うかのように大事そうに両手で持ち、胸にで抱えこむような仕草をする。
そんなに喜んで貰えたのなら、よかった。
明くる日、僕とアルと父は突然伯爵の執務室に来るように伝えられる。
呼びに来た使用人から、用件は聞かされていなかったけれど、大体予想はつく。
恐らくだけど、以前話にあった技師が到着する事か、父とキランさんの試合についてだと思う。
「集まって貰ったのは他でもない。先程、先触れが技師が本日到着すると知らせてきた。そこで、今日と明日はイーオとアルド君の鉱石を使用した武器の調整を行う。そして、キース。お前にも、鉱石を扱えるかどうか試して貰いたい。これは騎士団全員が行っている事だからな。」
いよいよ、獣の討伐に向けて動きだすと言う事か。
「わかりました叔父上。」
「兄上・・・。畏まりました。」
「キースが扱えるなら、キランと試合う必要は無いかもしれないからな。」
「それはどうでしょう?キランはやる気のようですから、今更取り下げる事等、出来ないかと思われますが。」
「それもそうか。鉱石を扱える条件に関しては正直よくわからない。実の兄弟ですら片方が扱えても、もう片方は扱えない場合があるため、何らかの条件があるとは思うのだが・・・。」
血ではないと言う事なのか。だから、片っ端から調べる必要があるんだな。
「それについては、技師からも説明があるだろうから、とりあえず今はキースが扱えるかどうかを調べるため、練兵場へ向かおう。」
会話の後、僕達は伯爵に伴われて練兵場へと足を運ぶ。
着いて早々、伯爵はファンさんを呼び出し、鉱石を用意させると、父へと渡した。
「私も扱えたなら、イーオやアルにばかりを危ない目に合わせなくて済む。私はもう二度と若者を無駄に死なせる訳にはいかないんだ。だから・・・!」
そう言う父は、強い決意のこもったような表情になり、目を閉じる。
父を危ない目に合わせたくは無いけれど、願わくばその思いが叶うようにと、僕は祈りを込めながらいつも付けているお守りを服の上から握りしめた。