25 お礼
「すみません、取り乱してしまいました。」
10分程ディランは泣き続けていたが、漸く冷静さを取り戻したようだ。
伝えられた話は、にわかには信じられるモノでは無かったが、所詮夢の話だと一蹴する事は僕には出来そうにもなかった。
「小さい頃から、自分の身体に違和感があったんですよ。でも、ボクは伯爵家の男児ですから、出来る限り男らしく振る舞わなければと思い、剣を習ったりしていたのですが・・・。」
「記憶を見て、それも出来なくなったの?」
言い淀む彼に、僕が感じた事を素直に口に出すと、彼は険しい表情になりながら続きを話し始める。
「それが一番大きいですけど、医者にも止められたんです。ボクの身体は相当弱いらしいですから。筋肉もつきにくくて、色々試したんですが改善する事は出来ませんでした。」
「そっか・・・。」
こういう時、なんて言葉をかけたらいいのだろう。気休めの言葉をかけたとしても、それで彼が救われるなんて思えないし。
かといって、僕が何かを出来るわけではもないから、ディランの選択を見守るしかないのだろうか?
すごくもどかしい。
「やはり、記憶が無くても貴方は貴方で優しいままなんですね。思い悩む表情なんて、まるで変わってませんよ。何を考えているかすぐ表情に出てしまうところなんかも・・・。大丈夫です。ボクはボクにやれる事をやっていくつもりですから。」
「何か困った事があったら、僕に遠慮なく言ってほしい。出来る限り力になるよ。」
「はい。その時は宜しくお願いします。・・・と言うより、むしろボクが兄上のお手伝いをする立場、なんですけどね。そのために領地運営を学んでいるのですし。」
「叔父上の実子はキミなんだから、僕が力を貸す立場だと思うけれど・・・。」
僕はまだ、伯爵の子供として生きるとは決めてはいないし、そうなったとしても、後継としては実子が優先されるのではないだろうか?
そんな僕の返事を聞いたディランは苦笑いを浮かべながら、言葉を返した。
「多分父上は、僕達のどちらかではなく、二人で治める事を望んでいると思いますよ。それに、実子が病弱なため血縁から養子を取り、跡取りにするなんて話は沢山あります。」
「そうかもしれないけれど、僕は父さんや叔父上の実子でないばかりか、自らの出自もわからないんだよ。」
「兄上は真面目ですね。ですが、貴方次第だとボクは思います。それと、兄上の出自・・・ですか。」
どうしたのだろうか?ディランは何か考え込んでいるように思える。ひょっとしたら、心当たりがあるのかもしれない。
「ディラン、何か知っているなら教えて欲しい。自分の身体がおかしい事を最近イヤと言う程知らされたんだ。僕が化け物かもしれないって、不安で仕方ないんだよ。」
「兄上・・・。推測、でしかないのですが構いませんか?」
「うん。構わないよ。」
「ボクの推測通りだとしたら、兄上には多分、両親と呼べる人は居ないと思います。・・・うーん、これも正確では無いですね。居るには居るんですが、親と言うより、元になった人とでも言うべきなのかもしれません。・・・でも、彼女がそんな事・・・するとは思えないのですが・・・。」
両親は、いない?元になった人?ディランが何を言っているのかわからない。
両親が居ないなら、僕はどうやって生まれたというのだろう?
最後の言葉もそうだ。彼女って誰の事だ?
「余計に混乱しますよね。ボクも何て伝えていいのか、少し説明に困る部分があるんです。でも、僕の推測通りなら、兄上は化け物なんかじゃありませんよ。身体の事については、貴方を守るために、特別な薬が使われた為だとでも思ってください。・・・兄上の様子を見る限り、改良された物なんでしょうね。」
「話がよくわからないのだけれど・・・。」
「ごめんなさい。多分、なんらかの意図があるのでしょうから、ボクの口からはこれ以上は言えません。もしかしたらボクの推測は違う可能性もあるので、ボクの方でも調べてみますよ。先程の推測通りなら知っている可能性のある人物が、父上以外に一人心当たりがありますので。ただ、接触出来るとは思えませんけど・・・。」
確証がない話のため、ディランも説明に困っているのはよくわかった。
伯爵はここまでは知らないだろうから、彼と話した意味は大きいと思う。
それにしても、伯爵以外の心当たりって誰なんだろう?
「ありがとうディラン。何かわかったら教えて欲しい。」
「余りお役に立てなくてすみません。勿論、何かわかったらお話しますよ。次の休暇は5月からになりますから、それまでに判れば戻り次第兄上にご連絡致します。」
「今日会ったばかりなのに、面倒な事を押し付けてごめん。」
「いえ、兄上以上にボクも知りたいので、謝らないでください。・・・でも、知らない人みたいに言われるのは、結構苦しいですね・・・。」
「なんか、ごめん。」
「・・・すみません。」
彼は僕の事を知っているのに、余計な事を言ったせいで悲しい表情をさせてしまった。折角僕の事を調べてくれるのだから、こんなのは良くない。
「・・・そうだ!何か僕に出来る事はあるかな?お礼をしたいんだ。」
「お礼・・・ですか?」
「えっ・・・?お礼?」
僕がお礼と言う言葉を口にすると、何故かディランは顔を赤くしてこちらを見る。それに、サリーナさんまで驚いた表情で僕を見るのだけど、二人共どうしたのだろうか?
お礼をしたいってそんなにおかしいかな?
「いや、ほら、ディランに話して貰って少し手掛かりが掴めてきたし、調べてくれるのだからお礼しない訳にはいかないでしょ?」
二人の反応につい焦りながら理由を話すが、よくよく考えれば焦る必要なんてない。
だが、ディランの顔は赤いままだし、サリーナさんは何か考えているような表情で僕を見ている。
なんなんだ一体?
「では、その・・・頭を撫でて貰ってもいいですか?」
「頭を撫でる?そのくらいなら幾らでもするけど・・・。他にはないの?」
「あるにはありますが、それは流石に言わないでおきます。それに、ボクにとっては意味のある事なので、そんな事、などではありませんよ。」
「うーん?よくわからないけれど・・・。まぁいいか。このままじゃ撫でれないから、そっちにいくね。」
僕はそう告げると、卓越しに向かい合って座っていたディランの隣に移動して、腰を屈め目線を合わせてから頭を撫でた。
彼の髪はツヤツヤしていて、手入れに気を遣っている事が見て取れる。
初めて彼の頭を撫でるのに、まるで何度も何度も撫でた事があるような、そんな感覚が湧く。
「・・・やっと会えたのに、こんなのって酷すぎるよ・・・。」
ディランが撫でられながらポツリと溢した言葉に、僕は何も言えず、そのまま彼がもういいと言うまで無言で撫で続ける事しか出来なかった。
「兄上、ありがとうございます。」
「このくらいならいつでもするよ。」
「いえ・・・それはやめておきます。」
また暗い表情をするディランに、僕はまた言葉をかける事が出来なくなり、その様子を見ていたサリーナさんの提案で今日は部屋へと戻る事になった。
部屋へ戻りながら、先程のやり取りを反芻するがあまりに現実味がなさすぎて、正直理解が出来ない。
しかし、僅かながらではあるが出自に繋がる話なのだろうと言う事だけはわかる。
そしてやはり、夢には意味があるのだ。
ディランとの会話の中で、あれが僕の前世の記憶なのだとの確信は持てたけれど、それが今の僕にどう関係するのかまではまだわからない。
変化した夢の内容をディランにも話すべきだったのかもしれないが、そうした所で何かが変わったとも思えなかった。
「あ、あの・・・イーオさん。あたし、お願いがあるんですけど・・・。」
「どうしたのサリーナさん?」
部屋に辿りつき、長椅子に腰掛けながら思案していると、彼女が恐る恐ると言った感じで声をかけてくる。
ちなみにアルは訓練に行ったらしく、部屋にはいなかった。
「あたしの頭も・・・撫でて欲しいな・・・。なんて・・・あたし、何言ってるんだろ?」
顔を赤く染め、モジモジしながら頭を撫でて欲しいと言う彼女はとても可愛らしいと思うけれど、突然どうしたのだろうか?・・・なんて、考えるまでもないな。
「うん。サリーナさん、此処に座って?」
「は、はい!」
酷く緊張した様子で、ゆっくりと僕の隣に座った彼女の頭を優しく撫でる。
彼女の髪のサラサラとした感触が、心地よく感じられた。
「サリーナさんの髪、綺麗だね」
「イーオさんが来るまでは、そんなに手入れしてませんでしたけどね・・・。あたし、リゼット様のようにあんまり女の子らしくないので、それくらいはちゃんとしないと・・・。」
そう言いながら彼女は僕を見つめ、その向けられた表情は普段の凛としたモノと違い、とても女性らしくて、思わずドキドキしてしまう。
「あの、あたしも、お礼していいですか?」
「お礼?」
「はい。」
「僕は何もしてないよ?」
「いいから!目を閉じて!」
「う、うん。」
彼女の剣幕に圧され、思わず目を閉じたのだが、お礼って何の事だ?
「そのまま、じっとしてて。」
彼女の声が先程より近い。
サリーナさんの手が、頭を撫でていた僕の手に重ねられて、徐々に彼女の持つ熱が近づいてくるのがわかる。
「貴方が、悪いんですからね・・・。」
僕が悪いって何の事だろう?
そう思った刹那―――
「イーオお兄様ー!入りますわー!・・・って!サリーナ、貴方何をしようとしてますの!」
突然、部屋の扉が勢いよく開かれて、リズの声が響き渡る。
驚き目を開いた瞬間、柔らかい感触が僕の唇に触れた。
サリーナさんも驚いて目を開いたらしく、口付をした状態で目が合う。すると繋いでいた手を離し、両腕で僕を抱きしめ、僕はそのままの状態で離れる事も出来なくなる。
「ダメー!」
リズが慌てて駆け寄ってきて、僕達を無理矢理引き剥がそうとするが、サリーナさんは離れようとはしない。
だ、ダメだ息が!
「早く離れなさいー!」
リズがサリーナさんの頭を無理矢理引っ張ったため、漸く彼女も離す気になったのか、解放され呼吸をする事が出来た。
口付ってこんな苦しいものなのか?
「お礼をしていただけです。」
「お、お礼に口付をするなんて、聞いた事がありませんわ!ズルい!なら私も、お兄様に日頃の感謝を込めて口付をします!」
「それはさせませんよ!」
僕が息を整えている間に、二人は言い争いを始めたのだが、話題が話題だけに僕は口を出す事も、仲裁も出来ずにそのまま二人が落ちつくまで待つしかなかった。