24 ディラン
「どうやら到着したようだな。」
暫く話し他愛ない話をしていると、扉の向こうが騒がしくなる。騎士団総出で出迎えているらしい。
暫くその場で待っていると、扉が開かれ、一人の少年が入ってくる。
身長は成人を迎えているにしてはかなり小さく体格も華奢で、髪は伯爵に似て青い。兄妹だからか顔立ちはリズ達とも似ていた。パッと見ただけだと、女の子のように見えてしまう。
「父上、母上、只今戻りました。お変わりないようで何よりです。」
「ディランも。元気そうで何よりだ。」
「おかえりなさいディランさん。」
「リズ、フィー。ただいま。元気にしてたかな?」
「はい。私達は変わりありませんわ。」
「ディラン兄様、お帰りなさい。」
かなり穏やかな人だとリズが言っていたけれど、その理由がよくわかるような気がする。
そして、家族と挨拶を交わし終えたディランさんが僕に視線を向けた瞬間、それまで穏やかな微笑みを浮かべていたのに、突然驚愕したような表情に変わった。
「そんな・・・まさか・・・。」
明らかに僕を見て何かを呟いたように思うけれど、何か変だったかな・・・?
後ろに誰かいるのかと思い振り向くと、そこには父がいて何故か僕と目が合った。
なるほど、父さんが居たからか。憧れていたって誰かが言ってたし、驚くのも無理はないかもしれない。
「どうした?・・・あぁ、紹介が遅れてすまない。ディラン、この二人がキースとイーオだ。」
「ディラン様、お初にお目にかかります。私、エピナルの村で代官をしておりますキースと申します。・・・イーオについてはご存知のようですね。」
父も、さっきの呟きが僕に言ってるように見えたのか。
「あ、あの!キース叔父様の事は父上から聞かされておりますし、若輩者のボク等に叔父様が畏る必要等無いと存じますので、是非ディランとお呼びください。」
「兄上がどのように話されているのか判りかねますが、私はいち臣下ですから、その様にお呼びする訳には・・・。」
「キース、本人が良いと言っているのだし、それにお前にとって甥なのだから、私は構わないと思うぞ?」
伯爵はやれやれといった表情で、父に本人が望むように呼ぶ事を促す。
すると父は渋々といった感じで受け入れ、挨拶をし直した。
「・・・わかりました兄上。ディラン、これから宜しく頼む。」
「は、はい!キース叔父様はボクの憧れなんです。なので是非、昔のお話をお聞かせ頂きたいと存じます!」
嬉しそうに父の話を聞きたいと言う彼の表情を見ると、本当に父に憧れていたのだと判る。
だが、彼はすぐにハッとした表情になり、僕の方を向くとこちらにも笑顔で丁寧にお辞儀をしながら挨拶をした。
「・・・失礼致しました。イーオ兄上、改めてお初にお目にかかります。どうぞ宜しくお願いします。」
「こちらこそ宜しくお願いします。ディランさん・・・でいいのかな?」
「さんも様も必要ありませんよ。兄弟なのですから。」
彼の言葉で、つい伯爵に視線を向けると微かに頷いたので、本人の望むようにするのがいいのだろう。
「わかったよ。宜しく、ディラン。」
「・・・はい。」
何故か彼の要望通り名前を呼んだのに、表情がやや曇る。
だがそれも一瞬で、次にディランは真剣な顔をすると、小声で僕に話しかけてきた。
「あの・・・お話がありますので、この後ボクの自室に来て頂けませんか?」
「う、うん。」
話とは一体なんの事だろうかと思いつつ返事を返すと、ディランは僕との会話を切り上げて、すぐに表情を変えアルとも挨拶を交わす。それから、一通り挨拶を済ませた事を確認した伯爵の提案により、各々部屋に戻る事になった。
ディランの部屋の位置は知らないのだが、サリーナさんに聞けば判るだろうと考え、僕も客間へと戻る。
「ディラン様の部屋にご案内すれば良いのですか?」
「うん、話があるから来て欲しいって言われたんだ。」
「わかりました。これから参られますか?」
「お願いします。」
部屋に居たサリーナさんに案内を頼み、彼の自室へと向かう。
初対面の筈なのだが、何かあの場では話し辛い事でもあったのだろうか?
ディランの部屋は、右棟の二階にあるようでそちらに向かいながら先程のやり取りを思い出すが、僕に心当たりなんてありはしなかった。
部屋へ辿り着き、サリーナさんが部屋の扉をノックすると返事があり入室を促される。
許可を貰ったので彼女と共に中へ入ると、ディランさんは先程より驚いた表情で僕達を見ていた。
「・・・ねぇさま・・・?」
また何かを呟いたけれど、僕にはよく聞き取れない。
「では、私は外で待機しておりますね。」
「あ、うん。ありがとう、サリーナさん。」
「ま、まってください!貴方は居てください!お願いします!」
「か、かしこまりました。」
急に呼び止められたサリーナさんはかなり驚きはしたものの、部屋の主が居て欲しいといったので僕のやや後ろで待機する。
そうすると、彼は他の従者に人払いを頼むと僕達を席へと案内してくれた。
「わ、私もですか?」
「はい。お二人にお聞きしたい事がありますので。」
「かしこまりました。では、失礼致します。」
どういう事だ?サリーナさんにも聞きたい事があるなんて。彼女はディランさんとは面識が無いって言ってたから、初対面の筈なのだが。
着席して早々、サリーナさんは自己紹介をしているし、ディランも名乗っているから、それ間違いない。
「兄上、いきなりお呼びたてして申し訳ありません。どうしても確認したい事があったのです。」
「僕は別に構わないけれど・・・。どうしてサリーナさんも?初対面だよね?」
「・・・理由は、ご質問させて頂いてからでもいいですか?」
「構わないけど・・・。」
サリーナさんの方を見ると、やや困惑した表情をしているが、頷いた。
「すみません。・・・あの、お二人は銀色の髪を持つ少女をご存知でしょうか?」
え?もしかして、あの夢に出てくる女の子の事?
「兄上は・・・どうやらご存知のようですね。やはり、貴方は・・・。サリーナは、どうですか?」
「・・・知ってます。ですが・・・あの、少々お恥ずかしいですが、夢で、ですけど。」
「いや、僕も夢でだよ・・・。」
「イーオさんもですか?不思議ですね・・・。」
「その夢について、教えて頂けませんか?」
父以外には馬鹿にされると思っていたから、今まで内容を話した事なんてなかったけれど、変異する前の夢の内容をはなした。
「なるほど・・・。間違いない、かな。かなり幼い女の子、ですよね?」
「う、うん。」
サリーナさんはどうなんだろう?そう思い彼女を見ると、今まで見た事が無いくらい真っ赤な顔をしている。
「どうしたのサリーナさん?」
「どうしても・・・話さなきゃ・・・ダメ?」
「え、えぇ、大事な事なので。」
彼女は益々赤い顔になりながら、話し始めた。
どうも、全く見た事がない場所で、僕と夫婦になっているらしい。
だが、他にも女の子達がいて、僕はその子達に囲まれながら暮らしているそうだ。だが、銀色の髪の少女と僕の顔以外はどんな顔なのか判らないと言っていた。
「小さい頃夢で見た次の日に、イーオさんを初めて見かけたんですよ。もう、運命だとしか思えなかったんです。あたしだって、そういうの信じたくもなりますよ。」
サリーナさんは話を終えると、酷く熱のこもった視線をこちらに向ける。僕はかなり恥ずかしくなり、視線をつい正面に向けると、それを見ていたディランさんは辛そうな表情をしていた。
「あー・・・うん。わかりました。・・・でも、ボクの前では、そういうのやめて頂けると助かります。・・・ボク・・・今は男として生きているので・・・。」
最後の言葉の意味は解りかねるが、気を取り直して彼に聞き返す事にした。
「どうして、こんな事を聞くの?」
「・・・どうして・・・ですか。サリーナの話にありましたよね?女の子達に囲まれて暮らしていたって。その中の一人がボク、だからですよ。」
え?
「僕も夢を見たんです。5年程前でしょうか。かなり酷い熱を出したらしく、一週間程眠り続けていたそうです。その時に・・・前世の記憶とでも言うものを全て見たんですよ。生まれてから死ぬまでの13年間の全てを。だから、お二人を見た時、驚いてしまったんです。」
そんな事があり得るのだろうか?
「今、こうして話をしているこの瞬間も、ボクの中から泣き出したいくらいに感情が溢れてきてます。貴方に抱きつきたいって、本当の名前を呼んで欲しいって。でも、今のボクにはその資格はありません。・・・それに、兄上には判らないようですし・・・。」
僕は、何て言っていいのかわからなかった。
話の内容もだけれど、彼が悲痛な表情で泣いていたから。
その泣き顔は、以前見たリズの悲痛な表情とよく似ていると思えた。




