23 迷い
やはり、父にはまるで勝てる気がしない。
そんな考えがよぎった瞬間、僕の頭を撫でる手が止まり、父が真剣な表情で真っ直ぐこちらを見ながら問いかける。
「・・・イーオ、そんな表情をするな。お前は私に勝てないと思っているかもしれないが、今の私よりお前の方が強いよ。それは間違いない。何故、本気でやらないのだ?」
「何を言ってるの父さん?僕は充分本気だったよ。」
「違う。何故、本気で勝とうとしないのかと聞いているんだ。これが実戦なら、イーオは二度死んでいる事になる。お前は自分の命を狙う相手に、勝って生きようとは思わないのか?」
父はさらに険しい表情になりながら僕を問い詰める。
僕の方が強いなんてあり得ないのに。
「それは・・・、そんな状況になってみないとわからないよ。」
「それでは遅い。なってから、では無くそう言う事態が起きる可能性がある事を認識するんだ。毎日の鍛錬の時、常にそう考えながら動け。これから戦う相手は人ではないが、お前は今まで沢山の肉食獣達を狩って来ているんだ。それと同じ緊張感を人相手にも持て。でなければ、いつか自らの大切なモノを守れなくなるぞ。」
肉食の獣は人と違い、手加減などせずに全力で命を奪いに来る。徐々に削ってくる獣もいれば、熊のように圧倒的な力で確実に致命傷を与えてくる相手もいる。だが、それらと相対した時と同様に、人相手にも同じ様に危険を意識しないといけない状況等、今の僕には想像も出来なかった。
「・・・よくわからないよ、父さん。」
「恐らくにはなるが、獣討伐を成し遂げた場合、お前はその功績を認められて、兄上の後継として扱われる事になるだろう。そうならなかったとしても、武勇は広まる。特に今回のように他から人を雇う場合は、噂は必ず広まると言っていい。・・・そうなれば、お前は他者から命を狙われる可能性が出てくるのだよ。」
「・・先代を手にかけた連中に、ですか?」
なんとなくそんな気がして、思わず口にしてしまうと、父は微かに頷いたように見えた。
「まだ、その者達がこの地を狙っているとは限らないが、今は兄上の善政や私の功績で守られていても、次代には余り関係はない。だが、後継も同様な功績を立てたとなると話は変わってくる。若しくは、お前の功績を妬んで命を狙われる可能性だってある。お前は、これからそう言った世界で生きていくのだから、想像する事をやめてはいけないよ。」
父は僕が村に戻る事や、討伐が失敗する事を思わないのだろうか?・・・言いたい事はわかるけれど、些か話が飛躍しているようにも感じられる。
「キース、その辺りにしておいてやれ。それらの可能性に関しては私も考えない訳ではないが、まずは討伐が優先だ。・・・だが、昔と戦い方は違うにせよ、技は衰えてはいないようだな。イーオがこんな簡単にあしらわれるとは。」
「これは失礼をいたしました兄上。・・・ですが、まともにイーオの剣を受けてやる事も出来なくなっておりますので、やはり衰えておりますよ。以前なら、足払い等邪道と思っておりましたので。」
「いや、より実戦的だと思えるから、悪くはないと思うぞ。これは手合わせが楽しみになってきた。イーオ君、それまでキースの相手を頼んだよ。」
「は、はい。」
父の訓練と言うよりは、僕の稽古になりそうな気がするけれどね。
その後、伯爵と入れ替わるようにリズが僕と父さんの稽古の話を聞きつけたらしく、サリーナさんを連れて練兵場に現れる。折角なので父にサリーナさんを紹介すると、挨拶もそこそこに父は僕と彼女が普段どの様に稽古をしているかを見たいと言い出した。
サリーナさんは構わないと言ってくれたため、いつも通りの訓練の様子を見せると、父は酷く驚いた表情になりつつも彼女に問いかける。
「サリーナさん・・・だったかな?君はイーオの剣が見えているようだね。だが、君の剣筋は誰かに習ったものではないように思えるが、独学かね?」
「はい、全てではありませんが見えてます。・・・剣は、幼い頃に父に連れられて騎士団の建物に出入りしてましたので、その時に練兵場を何度もこっそり覗いて見様見真似で覚えました。何故お分かりになられたのですか?」
「イーオと癖が似ているから、こやつから吸収したのかと思ったのだが・・・。なるほど、ここの訓練を見て覚えたとなると、それも当然か。ここの訓練のやり方は私が作ったものだからな。・・・お嬢さん、私やイーオと共に稽古をする気はあるかな?」
「わ、私がですか!?」
「キミは筋がいいようだ。お手本があったにせよ、誰かに学んだ訳でもないのにそこまで再現出来るなら、少しの改善で更に強くなれるだろう。どうかな?」
サリーナさん、剣は独学だったのか。なら父に習うのもいいのかもしれない。彼女はチラリとこちらを確認するように視線を向けたので頷き返すと、それを見たはサリーナさんは意を決したかのような表情で父の提案を受け入れた。
それから、毎日三人で稽古をするようになる。
僕とサリーナさん、父と僕、サリーナさんと父といった組み合わせで稽古をして、一人が常に見ている形ではあるが、父の動きやサリーナさんの動きを側から見た事はなかったので、自分の動きを見直すいい機会になっているように思えた。
そして、無論それは僕だけでは無くサリーナさんにとってもいい刺激になったように感じる。
明らかに訓練の質が上がり、指導をしてくれる人が現れたためなのだろう。彼女は、3日程で以前より僕に着いてこれるようになっていた。
「ただ我武者羅に訓練をするだけでは強くはなれない。客観的に自分の動きを見直す事もまた、大事なんだ。まぁ、例外が居ない訳ではないが・・・。」
何故、微妙な表情で父は僕を見るのだろうか。
父が訪れてから5日目、朝食の場で今日の昼前にディランさんが到着すると教えられた。
ちなみに父は、食事は騎士団の食堂で摂っているため、この場には居ない。
なんでも、昔からそうしていたらしく、初日の一度以外は落ち着かないからと自ら辞退したのだ。
僕もそちらに行きたいと言ったのだが、リズや伯爵や、サリーナさんにまでも拒否されていた。解せない。
「イーオお兄様とディランお兄様が、漸く会われるのですね。ディランお兄様はお父様の影響で、キース叔父様の武勇伝に憧れておられましたので、きっとお喜びになられるでしょう。」
「そうなの?」
「はい、10歳頃まではよく練兵場でキラン団長に剣を習っておいででした。武官になられたかったのでしょうね。」
5年程前までは・・・?と言う事は、今は違うのだろうか。
僕が訝しげな表情をしたためだろうか?僕を見たリズが、暗い表情になりながらも言葉を続ける。
「ディランお兄様はお身体が・・・、その・・・、余り丈夫ではいらっしゃいませんので、自ら剣を置かれ、文官として生きる事を選ばれたのです。」
なるほど・・・。本人は恐らく、相当悔しかったのだろうな。
この話を始めた途端、リズや伯爵の表情が明らかに曇ったため、かなり荒れたのかもしれない。
僕も流石にそれ以上は聞けず、サリーナさんや他の従者が戻るまで、沈黙がその場を支配していた。
サリーナさんは、場の空気に混乱してはいたようだが、特に何かを聞かれる事もなく、共に部屋へと戻る。
部屋にはアルが居て、部屋に入ってきた僕の方をチラリと見るも特に何も言わず、長椅子に腰掛けながら何かをしていた。
「アル?何をしているの?」
「字の練習だ。今日はディラン様の出迎えもあってか、訓練は昼かららしい。・・・騎士団に入るなら、読み書きは最低限出来ないとダメなんだそうだ。」
「騎士団に・・・って・・・、アルは騎士団に入るの?頭領にはなんて説明するのさ。」
「俺は、エピナルの村に駐在する団員になる予定だ。その辺りは、キラン団長やファン副団長が計らってくれる。親父には、村に残る事を言えば大丈夫だろ。」
以前キランさんが言っていた事か。アルはもう、決めたんだな。
「お前は、どうするんだ?」
「え?僕?」
「あぁ。お前は伯爵様の後継になるのか?」
「いや・・・それは・・・。」
「どうするか迷ってるのか。」
「うん。」
「そうか。」
アルはそれっきり、その事を聞いてくる事はなかった。
呆れているのかもしれない。村に帰るって最近言ってなかったからかな。
そのまま会話は途切れたが、アルはいつもこんな感じだから仕方ないだろう。アルの勉強の邪魔をする訳にもいかないので、無言でベッドで横になっていると暫くして、アーネストさんが僕を呼びにくる。アルにも来るよう伝えてきた所をみると、ディランさんがもう少しで到着するのかもしれない。
サリーナさんは部屋で待機しているとの事なので、アーネストさんと三人で玄関に向かい、既に集まっている伯爵達に合流する。
「ディランは、お前が兄である事を知っている。仲良くしてやって欲しい。」
「は、はい。」
「大丈夫です。ディランお兄様もイーオお兄様のようにかなり穏やかな方ですから、打ち解けやすいと思いますわ。」
話でしか聞いて居ないから、緊張するな。
一体どんな人なのだろう?