22 父の選択
その後、父に事情を説明したのだが、酷く微妙な表情をされてしまう。
確かに、女の子と遊んでばかりだと思われても、仕方ないのかもしれない。
「た、楽しそうで何よりだ・・・。」
解せない。
「イーオはきちんと稽古もしているから、心配には及ばないよ。だが、イーオの相手が務まる者が、キランと女中の娘しか居ないらしくてな。滞在する間、イーオの相手をしてはどうだ?」
「なる程・・・。寧ろ、この子の相手が出来る女中と言うのが気になりますが・・・。それがいいかもしれませんね。イーオ、後で共に練兵場に行くとしようか。」
「ありがとう父さん。サリーナさんは後で紹介するよ。」
「なら、私も一緒に行こう。キースの剣技を久々に見たいからな。だが、その前に追加で上がってきた報告も合わせて、獣について説明しておくとしようか。」
追加の報告?何か問題でもあったのだろうか。
伯爵は事情を知らない父へ、獣や鉱石について話し始める。僕とアルが、討伐の際の要になるかもしれない事についても、併せて説明してくれた。
「そのような事態になっているとは・・・。そして、イーオ。お前はやはり特別な存在なのだろうな・・・。」
「追加の報告なのだが、巨大な生物は周囲の獣をおびき寄せ、黒化させた後に取り込んでいるらしい。洞窟からは独特の匂いが漏れていて、それを嗅いだ獣が洞窟内に入り込み、鉱石を取り込むと黒化するようだ。にわかには信じられないが、巨大な生物は黒化した獣達の集合体のような物なものなのだろう。一度、キランかファンに確認に行ってもらう予定だ。」
「叔父上、それはキランさん達が危険なのではありませんか?」
「いや、どうやら人がある程度近づいたとしても、何の反応も示さないらしい。一定以上近寄ると、触手のようなものを伸ばしてくるそうだが、それも動きは酷く緩慢なのだそうだ。」
それなら、安心なのかもしれない。遠距離から攻撃を仕掛けるだけで、何とかなるなら犠牲も出ないだろう。
僕が少しホッとしながら父の方に顔を向けると、父は何か考え事をしているようで、険しい表情をしながら口を開いた。
「ふむ・・・。逆に不気味に思えますな。蛹のような物だったとしたら、とてつもない何かが生まれるのかもしれません。」
「あぁ、私もキースと同意見だ。故にキラン達に様子を見てきて貰う事にしたのだ。無論、安全な位置から一度鉱石や弓で攻撃を仕掛け、様子を見て貰う予定だ。」
父に言われて初めてその事に思い至り、僕はゾッとした。
姿を確かめたわけではないため、なんとも言えないが鉱石や獣については王都でも研究中だと聞いているから、確かに何が起きるかなんて誰にもわからない。
「それが宜しいでしょうな。如何せん情報が足りなさすぎるので、調査も必要でしょう。ですが、何か起きたら即撤退する事だけは、徹底した方が良いかと存じます。調査は確かに必要ですが、下手に刺激して、兵達を危険に晒すのだけは避けなければなりません。」
「わかった。キラン達にもそう伝えておこう。調査隊の出発は、ディランの催しの後のためまだ時間はあるが、その間も見張りは常時付けている。それまでに何かあればすぐ私の元へと報告が来るようにはなっている。」
「兄上が騎士団を指揮されておいでなのですか?」
「そうだ。現場指揮はキランだが、いざとなれば私が出向く必要があるな。」
「それは・・・あまりにも危険過ぎます。貴方に何かあれば、困るのは領民ではありませんか!」
「それが、貴族としての私の義務だよ。領民を守る事も私の仕事だ。」
「ですが!」
「くどいぞ。私達は領民に対して、義務を果たさなければならないのだ。」
「それは・・・。」
「なに、私に何かあれば、イーオやディランが居る。他の弟達の継承権は放棄させた故、次の世代に譲れば良いだけだ。」
「兄上!そんな言い方は二度となさらないでください!ならば、仕方ありません・・・。貴方の身を危険に晒すぐらいなら、私が代わりに参ります。」
「父さん!?」
代わりに・・・って、父さんが戦場に赴くと言う事?
「キース・・・永らく騎士団を離れていたお前に何が出来る?」
「私も、伯爵家の末男です!貴方の名代として赴く資格はあるでしょう?それに、知ってしまった以上息子だけを戦地に送る等、私には出来ません!」
「そうか・・・。ならば、指揮官たり得るかを自らの武勇をもって私や兵達に示してくれ。」
「どうすれば宜しいでしょうか?」
「イーオ・・・と言いたい所だが、こやつは優しいから全力でお前の相手はできないだろう。・・・そうだな、キランと試合い、自ら兵達の前にて剣聖が健在だと言う事を、証明してみせろ。出来るか?」
「・・・仰せのままに。」
父さんが、指揮官として獣討伐に参加するなんて・・・。
足の事が心配なのもあるけれど、父さんや村の人達に危険が及ばないように戦う事を決めた僕としては、止めたかった。
だけど、強い決意の籠もった父の表情を見た僕には、止める事なんて出来そうにはない。
そして、伯爵の提案でキランさんとの模擬戦は調査隊が出発する前日に行う事が決まった。
「イーオ、一度こうと決めたらキースは言う事を聞かない。止めるだけ無駄だ。今は見守ろう。」
「はい・・・。」
「調査隊が出るまでは、まだ一週間以上はあるのだ。その間、お前がキースの訓練相手になってあげなさい。」
伯爵の言う通り、今の僕に出来る事はそれしかない。
なら、僕は僕の出来る事で、父の手伝いをしよう。
話の後。キランさんに事情を説明する必要もあるため、三人で練兵場へと向かう。
キランさんは何時も通り、訓練の監督をしていたため、すぐに見つける事が出来た。
「なるほど・・・。伯爵様が赴くのは、私もお止めしたかったのですが、名代としてキース様を・・・。そして、健在である事を私と試合う事で示せと仰られるのですね。・・・キース、本当にいいのか?」
「あぁ、済まないが、頼めるか?」
「他ならぬキースの頼みだ。友として・・・いや、いち剣士として相手をさせて貰う。無論、手加減等お互いに無しだ。」
「勿論だ。」
「なら、お前の剣が錆び付いていないか、見せてくれないか?」
「今からか?」
「あぁ、イーオ君。キースの相手を頼めるか?試合うとなると、私が相手をする訳にはいかないからな。」
「はい。」
本気の父は見た事がない。書類仕事が無い時は毎日共に剣を振るい、相手をしてもらってはいたけれど、僕は全力で戦う父を知らない。
どれくらい強いのだろうか?
キランさんに木剣を渡され、父と向かい合う。
「ふむ・・・木剣か・・・。苦手なのだが、仕方ないな。」
そう言いながらも父は構えをとるが・・・、身体を横にして義足の側を前に突き出し、片手で剣を握りこちらに向ける。
所謂半身での構えなのだが、それは短刀や細剣のソレに近いように思えた。
「いつでも来ていいぞ。」
幅の広い剣で使う構えではないため、僕がやや困惑していると、父は僕に攻撃してくるよう促す。
父相手に手を抜くと一瞬で詰むのはわかっているので、僕は正眼に構え、すり足で突きを放つ事にする。
サリーナさんと手合わせの際にかなりを練習して、以前より構えをとらなくても放てるようになっているから、父が知らない僕の攻撃なら対応も出来ないだろう。
「どうした?来ないのか?」
父がそう言い終えるのと同時に、すり足で距離を詰め、父が突き出している剣を掻い潜り、喉元に向けて木剣を突き出す。
すると、足に衝撃を感じたと思った瞬間、よくわからない内に地面に倒されてしまった。
「いてて・・・。」
「何時も言っているだろう?相手の剣ばかりに集中し過ぎていて、足元への注意が甘くなっているぞ。律儀に相手が剣で応じる等と思うなよ?」
父は木剣を僕の眼前に突き付けながら、そう言い放つ。
「父さん以外に、足を狙ってくる人なんて居なかったよ!」
「ふむ・・・。なら、もう一度来い。」
父はそう言うと、僕を引き起こし再び向かい合うようにと伝えてきた。
今度こそ!そう思い、再び突きを繰り出すも、今度は足払いをせずに、僕が放った突きを身体を少しずらす事で避け、すれ違い様に両腕を木剣ではたき落とされて、その勢いのままに顔面から地面に突っ込んでしまう。顔と腕がかなり痛い。
「手加減をしているのか?」
「そんな訳ないよ!」
「動きが見え見えだぞ。まぁ、私にはどう動いているかイーオが早すぎて実際には見えてはいないが、動き出しだけで軌道は読めるからな。それにしても、短い間に突きが上手くなっている。よく鍛錬しているようだな。」
父はそう言うと笑顔で僕の頭を撫でる。皆の前で恥ずかしいから、やめてくれないかな・・・。
これじゃあ、何時も通りの稽古じゃないか・・・。
巨大な生き物に関しての描写の追加と、イーオとキースの手合わせのシーンで間違えていた部分を修正しました。