21 父と子と2 後
「やはりな・・・。だが、今は違うのか?」
「いえ、今もそのつもりです。ただ・・・。」
「ただ?」
「この子は恐らく、普通の生き方は出来ないのではないでしょうか?身体の事だけではありません。この子は、何か特別な使命のようなものがあるのではありませんか?」
「それは・・・。」
「兄上は、それをご存知なのですか?」
「いや、私もそこまで詳しくは知らない。だが、イーオが誰から託されたのか、その事に関してはイーオが条件を満たすまで、伝えてはならないと命じられている。気付かないままなら、そのまま私の子供として育てるようにともな。」
また「条件」か。一体何なんだ条件って。
「以前から、仰っている条件とは何の事なのですか?僕の見る夢と何か関係があるんですか?」
「・・・それは、話せない。だが、夢などと言う話は聞いてはいないな。・・・私には、その時が来たら自ずと判るとしか言えないのだ。」
伯爵は険しい表情で、それ以上は聞くなと暗に告げる。
本当に夢は関係ないのだろうか?僕には、どうしても夢が無関係だとは思えないけれど。
「兄上・・・。わかりました、この話はここまでに致しましょう。イーオも、構わないな?」
「はい・・・。」
「すまないな。・・・今はそれよりも、イーオの今後をどうするかを考えなければならない。キースも知っているように、今のままではイーオは貴族の義務から逃れるわけには行かない。」
「無論です。故に、イーオをあの村へと帰らせるつもりはありません。」
やはり、僕はもう帰る事は出来ないのか・・・。
「お前が頑なに結婚しようとしなかったのは、その為か?」
「それもあります。他に、私は片足がありませんので、妻を娶ったとして、その者が苦労をすると考えると、私には結婚をしようとは思えないのもあります。」
「まだ四十前なのに、相変わらず頑固だな・・・。だが、キース。お前は本当にそれでいいのか?養子として迎えない限り、幼い頃よりお前を父と慕っていたイーオを手放す事になるのだぞ?」
「それは・・・。」
伯爵は心配そうな、哀しそうな表情で父に問い掛けると、父もまた似たような表情で言い淀む。
父の顔は僕が村を出る時に見た表情と同じだった。
「私には、わかりません。ですが、この子は私の元に置いておくには、勿体ないと思います。まだ未熟ではありますが、頭の回転も早く、剣の才も明らかに私より優れている。些か冷静さに欠きはしますが、何れ並ぶ者の無い高みへと至るでしょう。・・・それをわかって居ながら、私の元へ留まらせる訳には参りません。」
「このっ!頑固者がっ!」
父の発言を聞いた伯爵は、思わず立ち上がり怒鳴る。
こんな伯爵を見たのは初めてだったので、伯爵の怒声に僕は驚いてしまう。
「そんな事を聞いているのではない!お前自身はどうしたいのだ!」
「兄上。そう声を荒げるものではありません。私はイーオに出来る限りの事を教えて参りました。それは父としてと言うより、師としてです。私に父親が務まっていた等と思ってすらおりませんよ。・・・それに、兄上こそ私が知らないとでもお思いですか?政情不安だった領地で、父上と同様に自らの暗殺の危険があったため、仕方なく私にイーオを預けられたのではありませんか。」
その事はトレントンさんも言っていた。
父の言葉で伯爵を見ると、明らかに動揺を隠せないでいるようだ。確かその頃の父は寝たきりだったとさっき言っていたから、父はその事情を知らない筈だと考えていたのだろう。
「そ、それは・・・。キースに生きる意味を与えなければと・・・。」
「兄上、確かにそうも思われたのでしょうが、ご結婚なされて10年近く長子が生まれなかった貴方にとっても、イーオは大事だったのではありませんか?今はディラン様もいらっしゃいますが、イーオの名付け親は貴方でしょう。」
「えっ?」
僕の名前を付けたのは、伯爵だったの?不自然だとは思っていた。性別を間違えて付けた等とあり得るのかと。
父が僕の名前を付けた人物が伯爵なのだと告げると、伯爵は先程よりも焦ったような表情になる。
「い、今はそんな事、どうでもよかろう!」
「いいえ、よくはありません。・・・イーオ、お前の名前に付けられた本当の意味を教えてやろう。それはな、女の子だと思ったからなどではなく、お前の名前の元になった方が、誰かを支え、誰かの為に涙するような、優しい方だったと言い伝えられていて、お前もそうなるようにと兄上が願い、名付けたのだよ。私が名付けたと嘘をついていたのは、済まなかった。誰が名付けたかを伝えるべきか迷ってしまい、咄嗟に私だと言ってしまったのだ。」
僕が名前の理由を聞いたのは、確か10年程前だった筈だ。でも何故、その時に父は僕が伯爵の子供なのだと伝えなかったのだろうか?
「父さん、何故僕にその時教えてくれなかったの?書類上叔父上の子供だと言う事や、名前の事も含めて。」
「・・・言いづらかったのだよ。義理とは言え父と慕ってくれるお前が、実際には兄上の子供になっていると言う事実を伝える事で、そう呼んでくれなくなるのではないかと、怖かった。本来ならもっと早く伝えるべきなのだが、お前と暮らすうちに情が湧いてしまい、このまま共に暮らしたいと、私自身が願ってしまったんだ。私の我儘、だな。」
幼い頃の僕にそんな事を伝えられなかったのもあるのだろうが、最初はいつか話して伯爵の元へと帰すつもりだった筈が、自らの心境が変化していった事を告げる父の姿は、寂しそうな表情も相まって酷く頼りなく思えた。
「だが、私と共に生きると言う事は、お前の可能性を摘んでしまう事になるだろう。それをわかっていながら、私の元にイーオを留まらせるなど、私には出来ない。だからイーオ、・・わかってくれ。私はもう充分お前に救われたのだ、今度はお前を思ってくれているもう一人の父親を、側で支えてやってはくれないか?」
父は僕の目を真っ直ぐに見つめながら、微笑み、僕の頭を撫でる。父のこの言葉は恐らく本心だろう。
なら、僕は父の言葉汲んで、もう一人の父も同様に大切にするべきなのだろうが、そんなにすぐには受け入れられない。
「兄上か私か等と悩まなくていい。私は私なりに、兄上は兄上なりにお前を思っているのだ。私が言うのも何だが、どちらも父親に代わりはないと思うぞ。」
「キース・・・。そうだな・・・。私も、イーオの事は片時も忘れた事等ないよ。それは、託され、命じられたからではない。そして、赤子だったお前までもが暗殺される危険があったのは事実だ。誰に託されたか等、あやつらが知る由もなかったので、私の元で育てるよりかは、キースに預けた方が安全だと考えそうしたのだ。」
僕の出自は、他の貴族にすら知らされて居ないのだろう。なら、僕を託したと言う人物は恐らくだが、王家に類する人物なのではないだろうか?だとしたら、一体何故?
「キースにばかり、本心を話せと言うのは公平ではなかったな。済まない。私は子供が幸せそうに笑う所を眺めるのが好きなのだ。だから、イーオに恥じる事がないよう、貧しさに耐えかねた親達へ、酒造りや治水工事等の土木の仕事を与え子供が餓えないよう手を尽くしてきた。いつか、お前にその事を誇れるように、な。」
「兄上らしい、ですね。」
「叔父上・・・。」
僕は、二人の父にこんなにも大切に思われていたんだな。
でも、すぐには結論を出せそうにはないので、もう少し時間が欲しい。
「もう少し、時間を頂けませんか?せめて、獣の討伐が終わるまでは。」
「あぁ、ゆっくり考えるといい。私もキースも、お前がどう選択したとして、お前の気持ちを尊重したいと思う。」
「私の元へ来るとなると、私は結婚しなければならないのだが・・・?」
「どちらにせよ、いい加減身を固めろ。」
「兄上・・・。兄上も充分頑固ではありませんか・・・。」
「お前にだけは言われたくない。」
伯爵はそう言うと笑いだし、つられて父と僕も笑い始める。
二人共、僕を真剣に思ってくれていると知れて本当によかった。僕は、二人の思いに報いるためにも、ちゃんと結論を出さないといけない。
「それで、イーオ。リゼット様と婚約したという話はどう言う事なのだ?」
「えっ?」
父さん、この流れでその話は聞かないで欲しいのだけど。
「うむ、既にリズはイーオと同衾していてな。男としては、責任を取らなければならないだろう。」
「何だと!?イーオ・・・。お前、選択肢なんて既に無いではないか・・・。」
父さんが酷く険しい表情で、僕を見つめる。
その視線に、僕は慌てて伯爵の策略だと言う事実を話す。
「僕が意識を失って寝ている間に、叔父上に唆されたリズが僕の布団に潜り込んできただけですよ・・・?それに、街中に噂を広めたのは、叔父上ですよね・・・?」
「リズがお前と結婚したいと思っているようだから、仕方あるまい?それともなにか?私の娘では不満なのか?そんなに、一緒に寝ていたあの女中の娘がいいのか?」
伯爵は悪びれもせずに自分が黒幕だと明かし、さらに追い討ちをかけるかのように、サリーナさんの事までも話す。
何で知ってるの!?
「イーオ・・・。お前・・・?」
「僕はなにもしてませんよ!?」
折角いい雰囲気だったのに、台無しだよ!