21 父と子と2 前
執務室に辿り着いた後、伯爵は自らの従者へ他の人間が近づけさせないように指示をしてから中へと入った。
無論、伯爵の従者も含めた上でだ。
部屋へ入り、上座に伯爵が腰掛け、着席を促されたため長椅子に僕も座る。すると、父を待つ間に僕と雑談をしようとでも思ったらしく、伯爵が口を開く。
「イーオ、考えは纏ったかい?」
「いえ・・・。」
「そうだろうな・・・。私も、どうするべきなのか未だに分からない。・・・イーオが自分の事にずっと気付かないままなら、私の子供として育てるように仰せつかっているのだが・・・、キースを思うとな・・・。いや、今の発言は忘れてくれ。」
「叔父上?」
伯爵も険しい表情をしながら僕の発言に理解を示すも、途中気になる事を言っていた。だが、その部分を問い詰めたとしても答えてはくれないだろう。
父もその真意を僕の前で話すとは思えないのだが、ここ数日考えてきた中で、どうしても腑に落ちない部分が幾つか浮かんでいた。
父は何故、僕に剣を教えていたのだろう?
それも、獣に使うような一撃必殺ではなく、人相手に使う技術をだ。騎士団員の訓練を眺めていて、幼い頃に父に教えられていた時を思い出したぐらい、似たような技術をファンさん達が新兵に教えている場面を何度も見た。
獣相手であれば、剣より弓や、罠の方が危険が少なく合理的だ。だが、弓に関しては最低限扱い方や手入れ等を習っただけで、ほぼ対人の剣技ばかり教えられている。罠はアルのお父さんである頭領から習った物だ。
礼儀や作法についても同様で、食事の作法はアーネストさん達は勿論、伯爵の前ですら注意される事が無いくらい、しっかりと教えられている。父は最初から、僕を貴族として育てていた、と言う事なのだろうか?
そんな事を考えていると、僕の考えを読んだと言うより、僕が思い付いたであろう事を推測しているような口振りで、伯爵が自らの考えを話し始める。
「私もな、キースがイーオを貴族として育てていたのだとしか、思えないのだよ。それぐらい、キミの作法は見事なものだ。言葉使いは普段から使っていなかったからか、稀に崩れはするものの許容出来る範囲だろう。」
「・・・そう、ですか。」
「代官の息子としての最低限であれば、ここまでする必要はない。言葉使いや食事作法は、貴族への挨拶や何年かに一度の機会を乗り切る事が出来る程度で充分なのだからね。・・・だが、キースは本当にそれでいいのか?」
「僕には、わかりません・・・。」
「私にも・・・わからないんだ。」
そう言うと伯爵は黙ってしまい、僕も何を言えばいいのか分からず、伯爵と向かいあったまま長椅子に座り続け、父が来るのを待つしかなかった。
暫くした後、ノックの音が沈黙に支配されていた部屋に響き、伯爵が入室を促すとアーネストさんに案内された父が現れ、父だけが執務室へと入ってくる。
「まだ、私の服が用意されているとは思いもよりませんでした。」
父は普段着ている麻のものとは違う質感の服を纏いながら、困惑した表情で伯爵にそう告げた。
こうして見ると、伯爵とよく似ているように思える。
「ここはお前の家でもあるのだから、不思議ではないだろう?」
「兄上、私は貴方の家臣なのですから、不自然ですよ。」
「そう言うな。他の弟達の物があるよりかは、自然だと思うがな。」
「確かに仰る通りですが、そのような態度は他の兄上達の前では謹んでください。」
「私は、未だにあやつらがお前に言い放った言葉を忘れてはいない。故に、奴等を兄弟だと思いたくもない。」
「・・・兄上、余り他の兄上達を悪様に言うのはお辞めください。沢山の兵を死なせたのは私の失態です。」
やはり、父はまだ後悔し続けているのだろう。
「私の弟はキースだけだ。それに、黒化した獣相手に軍を壊滅させずに、自ら深傷を負いながらも殿を務め、我が軍の七割近くを撤退させただけで、充分だと言えよう。」
「兄上、イーオの前で話す内容では・・・。」
「構わないさ。イーオにはいずれわかってしまう事だ。どの道、ディランのお披露目の場で会う事にもなる。」
・・・父と伯爵以外に三人の兄弟がいる事だけは知っていたけれど、過去に何かあって仲違いをしたのは理解出来た。
不自然なくらい、他の兄弟の話が伯爵の口から殆ど出て来なかったのは、その為だろう。
「そうだな・・・。この際だ、イーオに私達の事について詳しく話をしよう。何故私が伯爵領を継いだのかと、他の兄弟についてだ。」
伯爵は険しい表情になりながらも、僕に教えてくれた。
伯爵が領地を継いだのは、先代とその第一夫人と第二夫人を揃って失ったためらしい。事故ではなく、療養に出かけた際に、襲われ殺されたのだそうだ。
犯人の目星は付いているが、手出しは出来ないらしく、事故として処理されたのだと言う。
故に、伯爵は30になる前に領地を継いだ。ちなみに、第一夫人の子供で長男だったのが伯爵で、そしてその夫人のもう一人の子供が末男の父らしい。後の兄弟は全て第二夫人の子供なのだそうだ。
ここは僕の推測になるが、以前聞いた領地を継いでから暫く、伯爵領を狙う貴族が居たと聞いた事があったから、その貴族が黒幕なのではと思う。伯爵も口には出さないけれど、その様に感じられた。
それから数年後、隣国との小競り合いの際に伯爵領からも出兵する事になり、その時は父が騎士団長を務めていたため、領地の守護に必要な分だけ兵を残して父が率いて出兵したのだそうだ。
伯爵は領地の安定のために残らざるを得ず、王都にも報告に向かう必要があったため、戦場に向かう事は出来なかった。
そして、王国各地から集められた軍と、隣国との小競り合いの最中、黒化した獣が多数現れ無差別に人を襲い出したと知った父が撤退を指示して、自分から殿を務め命辛々領地へと戻ってきたのだが、一年程は起き上がる事も出来ず、寝たきりになってしまう。
その際に、他の兄弟達が父に役立たずだのと散々宣ったため、その事を知った伯爵の怒りを買い、現在も監視を付けた状態で飼い殺しにしているのだとか。
その後は、戦後の残務整理や、王への報告、他の貴族の被害状況等の確認のために何度も王都へ赴いている際に、僕を連れて帰ってきたらしい。
・・・普段の伯爵からは想像も出来ないような話だった。
「・・・と言う訳だ。後はイーオをキースに預け、今に至る。あの頃のキースは本当に見ていられなかったし、何とか生きる意義を与えなければ、責任を感じて自死を選ぶような気がしていたのだ。そんな状態の弟に、何故撤退をしたのかと問い詰め、追い詰める者達など私の弟ではない。」
「・・・無駄に兵を死なせる等、私には耐えられませんでした。寝食を共にした者達に、死ねと命じる事は私には出来ません。私が勝手に騎士団を撤退させたため、兄上が王よりお叱りを受けたと知り、私が側に居ては兄上のお役には立てないと確かに一度は自死を考えましたが、それも出来ず・・・未だ、生恥を晒しております。」
「恥などではない。生きていればこそだ。それにな、その後すぐに、お前の決断は英断だったとお前の撤退に倣った他の貴族も声を上げてくれてな。寧ろ、黒化した獣を一体とは言え倒したキースの名声は、以前より高まったのだよ。おかげで、我が領地を狙う輩も手出しが出来なくなったのだ。」
「そして、キースが居たからこそ、お前の名声があったからこそ、これまでこの領地を守って来られたのだ。私は本当にお前に感謝している。そして、辛い思いをさせて済まなかった。」
そこまで言い終え、伯爵は父に頭を下げた。
伯爵が父に拘るのは、そういった理由があったからなのか。
「兄上、頭をお上げください。貴方が謝る必要など御座いません。今の話を聞いて、寧ろ兄上のお役に立てていたと知り、私も安心致しました。それに、イーオと過ごした事で、自ら命を断つ等と考える事は無くなり、私こそ兄上に感謝しておりますので、貴方が気に病まれる必要は御座いませんよ。」
父は伯爵を真っ直ぐに見つめ、微笑みながら伯爵へ感謝を述べる。
よかった。これで、お互いを大切にしているが故のわだかまりは解消されるだろう。僕が何かをしなくても、会いさえすれば解決出来る事だったんだな。
「兄上、少し気になっていた事をお聞きしても宜しいでしょうか?」
「急に改まってどうしたんだい?キース。」
「黒化した獣が、あの熊や猪を指すのは分かりますが、黒化とは一体?」
「それは、話すと長くなるため、後でも構わないかな?確かに此処に呼んだ理由の一つではあるが、今イーオが同席しているのは、その話のためではないのだ。」
「これは失礼致しました。・・・なるほど、手紙にあったようにイーオの今後について、私の真意を知り、イーオをどう扱うかの話をするためでしたね。既にお察しかと存じますが、私はイーオをいつか貴方の元へと返すつもり、でした。」
やはり、そうだったのか・・・。でも、つもりだったと言う事は、今は違うのだろうか?




