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いつか、どこかで  作者: 眠る人


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15/86

15 おでかけ

「ではお兄様、私は支度をして参りますので、ご用意が出来ましたら玄関にてお待ち頂いても宜しいでしょうか?」


「わかったよ。でも、僕は伯爵に伝えてくるつもりだから、リズの方が先に準備が終わるかもしれないね。」

「その時はお待ちしますので、問題ありませんよ。」


 そう言うと、彼女はお辞儀をし部屋から立ち去った。

 予想だにしなかった行動だが、思えば最初に挨拶をした日以降、僕からは余り積極的に関わろうとしていなかったから、彼女を知るいい機会なのかも知れないと思い至る。



「では、私も叔父様に伝えてから用意して参りますので、失礼致します。」


 サリーナさんは漸く冷静になったらしく、部屋を退出した。

 一人になったので僕も着替えて外套を纏い、軽く髪を解かして伯爵に会う為執務室に向かうが、其処には誰もおらず、通りがかった使用人に確認すると、既に出かけてしまったらしい。


 仕方がないので、ノエリアさんに伝えておこうと思うが、夫人が普段どこに居るのかを僕は知らない事に気付いた。

 余りいい傾向ではないだろう。


 家族だと言ってくれて、事実そのように扱ってくれる人達を全く知らないとは、義理や礼儀以前に人としてどうなのかと我ながら思う。

 そのまま使用人に夫人の居場所を聞き出すと、そちらへ行ってみる事にした。


 何でもこの時間なら、庭園にいるのだそうだ。お茶でも飲んでいるのだろうか?


 館の入り口から庭園を見回すと、花壇の辺りで誰かが動いているのを確認出来る。近づいてみると、庭師と思しき年配の男性と共に、ノエリアさんとその従者の女性が花の手入れをしていた。


「ノエリアさん・・・?」

「あらあらイーオさん、どうかなされたのですか?」


 僕は夫人が自ら庭の手入れをする姿に驚いてしまい、恐る恐る声をかけると、僕の声に気付いたノエリアさんはこちらへと振り向き立ち上がり、ニコニコしながら僕に尋ねる。


 夫人の服装は動きやすい質素なもので、普段館の中で見るドレス姿と違う為に僕は戸惑うも、二人と出かけてくると伝え、伯爵にもその事を伝えておいて欲しいと頼んだ。

 本来なら使用人に頼むのだろうが、こういう事は直接言いたかったし、他の人ね仕事の邪魔も余りしたくはなかった。


「まぁまぁ、わざわざお伝えにきて下さったのですね。かしこまりました、夫には私から伝えておきますので、三人で楽しんでいらっしゃい。」

「はい、ありがとうございます。・・・それで、ノエリアさんは何をされていたのですか?」


 困惑した表情のまま僕が質問したからだろうが、夫人は穏やかな微笑みを浮かべながら教えてくれた。

 何でも、現在この庭にある美術品や花壇の配置は全て彼女が伯爵に嫁いでから考えたものらしく、それ故に庭師に指示をしながら自らも手入れを行なっているのだそうだ。


「・・・お恥ずかしい話ですが、私は貴族の出ではありませんから、踊りや芸術などといった嗜みは最低限度しか出来ません。ですが、庭園を作る事でしたら、学びさえすれば来てくださる方や家族を喜ばせる事が出来ると考えた結果、このような事をしているのですよ。」


「そうだったんですか・・・。」

「えぇ。それに、専門の庭師を雇うのにはかなりのお金がかかりますけれど、私が自ら学び、考え行動するとその分僅かでも他に回す事ができます。ただ、他の貴族には馬鹿にされる訳には参りませんので、難しい所ではありますね。私達は領民の方々の代表でありますので、誰に見られても恥ずかしくないようにしなければなりませんから。」


 領民の税を無駄に使うわけにはいかないけれど、他の貴族への見栄も必要だって事か。自分達が努力を怠ると、領民が馬鹿にされる事に繋がるからなのだろうか?

 高潔且つ誠実であろうとするその姿勢だからこそ、領民に慕われ、それ故に街はここまで大きく発展したのだと思う。


「こんな事を言うと失礼かも知れませんけれど、ノエリアさんや叔父上がそう考えるからこそ、街に人が溢れ賑わっているのだと思います。何か僕に出来る事がありましたら、何でも言ってください。出来る限りお手伝いします。」


 僕の言葉に嬉しそうな表情をしつつも、気にしなくていいとノエリアさんは返した。夫人の話を聞き終えた僕は、自分に出来る事を見つけて、いつかこの人達の手伝いをしたいと強く考えるようになっていたんだ。


 夫人との会話を終え、僕は挨拶をしてから館へと戻る。するとそこには、アーネストさんと着替えたサリーナさんが既に待っていたが、まだリズの姿は見当たらない。


「アーネストさん、どうしたんですか?」

「これはイーオ様。お嬢様も共に参られると伺いましたもので、お見送りに参りました。勿論、イーオ様のお見送りでもあります。」


 なるほど、家令の仕事の一環なのだろう。


 リズを待つ間、二人と会話をしていると少しして彼女が現れるも、何時ものようなヒラヒラとした服装ではなく、質素で動きやすそうな服に着替えていた。歩いていくのだから楽な格好の方がいいとは思うけど、貴族らしくはない。

 だが、普段のお淑やかな雰囲気とは違って、今の格好も似合うと感じた。


「お待たせ致しました。ではお兄様、参りましょう。・・・あら?お兄様如何されました?私の格好が気になりますか?」


「あっ、ごめん!普段のドレス姿も似合うけれど、動きやすそうな服装でもリズには似合うんだなって、つい・・・。」


 普段と違う格好だった為に、僕はつい凝視してしまうが、その視線に気付いた彼女が不思議そうな表情で尋ねてきたため、慌てて理由を話す。

 そうすると、リズはクスクス笑いながら僕にお礼を言う。


「ありがとうございます。確かに、館に居る時は急な来客もありますので、誰に見られても恥ずかしくないようにドレスを着ておりますが、私としてはこちらのブラウスとレギンス姿の方が動きやすいので気に入っておりますわ。」


 そう言うと、彼女は僕に服を見せる様にその場でクルリと回って見せる。

 服の名称はよくわからないが、大人びた感じがしていいと思う。


「お嬢様、護衛をお連れにはならないのですか?」

「アーネスト、貴方はお兄様がいらっしゃるのに護衛が必要だと思いますか?」


「確かに、仰る通りで御座いますな。・・・サリーナ、お前はイーオ様にご迷惑をお掛けしないように。」


 アーネストさんに釘を刺され、縮こまっているサリーナさんとリズを連れて館を後にする。勿論、庭園にいるノエリアさん達に挨拶をするのは忘れない。

 門を過ぎてすぐに、リズが申し訳なさそうな表情で僕に謝ってきた。


「お兄様がいらっしゃるのですから、馬車を用意すべきなのでしょうが、お兄様専用の馬車はまだないのです。申し訳ありません。」


「えっ?僕には馬車なんて必要ないと思うよ?」

「何を仰っているのですか!幾ら知らされていなかったとは言え、お兄様が嫡男なのですからウィンザー伯爵家の継承権第一位なのですよ?・・・それに、私と・・・け、結婚するかも・・・しれませんし・・・。」


 伯爵は僕が筆頭だとは言ってないと思う。確かに、可能性の話はしていたけれど。

 チラチラと僕を見ながら、最後に何かを呟いていたけど、何を言ったんだろう?


「ディランお兄様も、イーオお兄様が嫡男だと存じ上げておりますし、将来領地を運営するために王都の学院にて勉強をしておいでです。イーオお兄様は武官として、ディランお兄様が文官として。・・・どちらが後継だとしても、不思議ではありませんわ。」


 うーん・・・。リズはそう言うが、そんな事にはならないとは思う。

 現実には伯爵の実子ではない僕が、伯爵家を継ぐなんてあり得ない。だが、ディランとはどんな人物なのかは気になった。

 しかし僕は、今回の事が片付いたら村に帰るつもりでいるから、益々関係がないように感じる。


 自分の素性もまだはっきりとわからないが、父に預けられた経緯や、今まで知らなかった父の話を聞けただけで収穫と言えるだろう。


 伯爵の言っていた条件を満たしていないと言う言葉は気になるけれど、今の僕では幾ら考えた所でわかる筈もなく、何か見落としてはいないかと考えている内に、北側の中心にたどり着く。


 南側と違い、こちら側を歩く人達は身なりも整っており、街の雰囲気も落ち着いている。

 恐らくだが、伯爵に仕える文官達が暮らしており、そう言った人達相手に商売をする商家が自然と集まって、扱う商品が高額になるために自然と静かになるのだろう。


 その証拠に、南側では余り見なかった高級文具を扱う店や、本を扱う店もある。他にも、貴金属や服飾店等は見るが、食べ物を扱う店を多くは見かけなかった。


「こちらが北側の広場になります。南側と作りは似ていますが、こちら側には宿も余りなく、大きな商会の支店等が殆どなので、馬車の出入りの方が多いかもしれません。西門と東門も北寄りに作られておりますからね。」


 街道が街の中心を通るように作られて居るが、南と北には街へ入るための審査を行う場所があるため、外壁に沿って街を迂回出来るようになっているらしい。通行証が必要な西門と東門は馬車の通行の為に用意されているのだとサリーナさんが説明してくれた。


「そんなに離れていないのに、随分と違うんだね。」


「それは仕方ありませんよ。南側は王都への道ですから、行商相手の宿も多いので、必然的に人や物で溢れかえります。こちら側は伯爵家を主家として仰ぐ貴族の別宅もありますので、庶民相手の物は少なくなりますし、南側の住人は余り立ち寄りません。」


 なるほど、貴族の別宅があるのか。サリーナさんの説明を受けて、色々納得できた。

 キランさんもこちらから通っているのかもしれないな。


「時計塔は共通してありますが、北側では他に教会等もありますね。」

「教会?」

「はい。国教である方舟教の教会です。食事の前に、イーオさんもお祈りをしていたので方舟教はお分かりでしょうが、教会は、神様に仕える司祭様達がいらっしゃる所ですよ。」


 方舟教は勿論判るけれど、そう言った建物があるのは知らなかった。どの街も村のように祭壇を設置していて、そこに祈りを捧げたり、食事を摂れる事を感謝するだけなのかと思っていたから。


「神様に仕える人達が暮らす場所があったのか・・・。どう言う事をする所なの?」

「イーオさんも成人の儀式はされたと思いますが、一般的にはその儀式を行う場所です。他にも洗礼や教義を広める為の集会をしたり、貧民街がある所では炊き出しもしていらっしゃいます。この街は街道の整備や、街の修繕の事業を伯爵様が積極的に行っているので貧民街はありませんから、主に離れた村へ赴いて成人の儀式をされておりますね。」


 神様の教えを忠実に守っている人達なんだな。

 確かに食事の前のお祈りにも、糧を皆で分け合うと言うような表現がある。

 そして、村で儀式の時に僕達に方舟教の話をしていた見覚えのない人物がいたのだが、どうゆら教会から来たのだろう。


 サリーナさんの話を聞いて、どんな建物なのだろうかと少し興味が湧いてきた。


「お兄様、如何されました?」

「いや、ちょっと気になってね。後で案内して貰ってもいいかな。」


 僕が何か悩んでいるのかと、リズが下から僕の顔色を伺うように覗き込んできたので、教会の建物に興味がある事を伝え、そちらへの案内を二人にお願いすると、元々その予定だったようで笑顔で了承してくれる。


 その後も色々と見て回るのだが、南側と比べて豪華な建物や屋敷は多いものの、娯楽施設が多い訳でも無いらしく、二人も何処を案内するかの議論しながら、僕の少し先を歩いていた。


 その様子を後ろから眺めながらついて行ったのだが、慣れない街を歩き回り少し疲れたので、休憩をしないかと二人に伝える。すると、リズが貴族向けの食事処が近くにあるのでそこで休もうと僕達に提案してきた。


「王都でも人気のお菓子を提供しているお店ですし、従者用の席もありますので、そちらに参りましょう。」

「うーん・・・?貴族向けなんだよね・・・?」


「お兄様は伯爵家の嫡男ですから、問題はありません。さぁ、参りましょう。」


 僕とサリーナさんは顔を見合わせ、お互いに困った表情をするが、そんなこちらの様子に構う事なく、リズは僕達の手を取り引き摺るように進み始める。


 思う所はあるけれど、嬉しそうに手を引く彼女に従い、僕達は大人しくついて行く事にした。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 書くべきか迷ったんですが、 「街があそこまで賑わっているのだと思いました。」 の「思いました」の部分少し変えた方がいいかもしれません。「~ました」は過去形で使われることが多いため、今は…
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