14 やきもち
サリーナさんと出かけてから数日経つが、街の案内の続きはまだして貰ってはいない。
あのような出来事の直後だった事もあり、少し時間を置こうと言う話になったからだ。
それより、今はアルの事が心配だった。
毎日朝食の後に出かけては訓練を始め、昼食は兵舎で摂りそのまま午後からも訓練を続け、夕食を食べ部屋に戻ってくるとすぐ眠りにつく、と言った生活を続けている。
闇雲に訓練をした所で、変なクセがついたりすると逆効果になると思うのだが、顔を合わせる時間がかなり短く、中々話をする事も出来ない。
騎士団員ですら、3時間毎に交代をしながら訓練や巡回等の公務を執行っているし、休息日だって代わるがわる取るのだから異様としか言えないのだ。
アルが訓練を始めて10日程とは言え、毎日続けられるものではない。ただ、僕がそれを伝えたとしても、聞いてくれるとは思えなかった。
「アルさん・・・。今日も居ませんね・・・。」
朝食を終え、部屋に戻ってくると既にアルの姿はないが、着替えをした形跡はあるため、既に出かけてしまったのだろう。
「・・・うん。キランさんに相談してみようか。」
「私も、同じように剣を覚えたての頃に一日中訓練をし続けていた時期はありますが、成果が無いどころか寧ろ、ただ悪戯に身体を痛めつけるだけでした。」
アルは、僕のように幼い頃から父に教えられてきた訳でも無いため、身体が出来上がってはいない。そんな状態で身体を痛めてしまうと、痛みを庇うように動いてしまい変な癖が身体に刻まれて、逆効果にすらなり得る。
そうやって鍛える人もいるらしいとは父が言っていたが、殆どの人は身体を壊すだけだから、適度な休息が必要なのだとも言っていた。
アルが身体を壊す前に、止めなきゃいけない。
この調子では、倒れるまでやり続けるであろう親友を放っておくなんて出来なくて、僕も練兵場に向かう。
キランさんかファンさんが居ればいいのだけど・・・。
練兵場に着くとアルの姿は見えなかったが、キランさんはすぐに見つける事が出来た。
「おぉ、イーオ君。どうした?」
僕に気付いたキランさんがこちらに歩み寄ると、僕は事情を伝え、どうしたらいいか尋ねる事にした。
「ふむ・・・。なるほど、彼が身体を壊さないか心配だと・・・。」
「はい、どうにかなりませんか?」
「その心配は、キミが無意識に彼が弱いと思っているからではないかね?自分が守らなくてはいけないとキミが思い込んでいるから、アルド君はそれが嫌であんなに必死なのではなかろうか?」
キランさんの発言に、僕は思わず言葉が出なくなってしまう。
思い当たる節が、あるから。
「気付いたようだな。キミは確かに強い。悔しいが、私よりも遥かにな。・・・だが、キミは彼にとって共に肩を並べたい存在なのだよ。そんな存在が自分のはるか先を歩いていたら、走ってでも追いつきたくなるだろう?止める事だけが優しさではない。時には見守る事も必要だとは、思わないかね?」
「しかし・・・。」
「イーオ君の心配も判る。しかし、今は私に任せてはくれないだろうか?彼の事はファンも気にかけているし、指導している兵達にも目を離さないよう既に伝えてもある。だから、もう暫く見守ろうじゃないか。・・・キミの出番は、いずれ必ず来るだろうからな。」
「はい・・・、わかりました。」
僕の返事にキランさんは頷き、再び兵達の監督に戻る。
キランさんが見てくれているなら、安心だな。
でも、僕の出番とはなんの事だろう?
キランさんと話を終えた僕は、折角練兵場まで来たのでサリーナさんに相手をしてもらう。
初めて剣を交えてから毎日少しずつだけど、彼女には相手になって貰っていた。サリーナさん自身の訓練の邪魔にはならない程度にではあったが。
今日もお互いに打ち合いながら、徐々に剣撃の速度を上げていくが、数日前にはただ防ぐだけであった速さでも、彼女は反撃を試みるようになってきている。もう僕の太刀筋に慣れてきたのだろう。
それなら、攻撃のやり方を変えるまでだ。
そう考えて、半歩だけ下った後、少しだけ腰を落として溜めを作る。切っ先は彼女へと真っ直ぐに向けながら、軸足に力を込めて全力で地面を蹴った。
狙いは首元・・・は危ないので、少し右の空間を狙うのだが、当たれば木剣でも無事では済まないであろう速度で、突きを繰り出す。
それまで突きは余り使わなかった。と言うより、僕の力で突きを使うと剣が折れる恐れがあるため、習ってはいるが訓練ですら殆ど使わない。
しかし、予備動作をとった所為か、繰り出した突きは剣の腹を弾かれ簡単に逸らされてしまう。思わぬ方向に弾かれた為に、余り突き技を使い慣れていなかった僕は、踏み出しの力加減を間違えた事もあって、彼女に真正面からぶつかってしまい、二人とも倒れ込んでしまった。
「ご、ごめん!慣れない突きを使ったものだから、勢いがつきすぎたよ!」
「それは構いませんが・・・。あの、出来れば早く起き上がって頂けると、助かります。・・・幾ら私でも、この格好は恥ずかしいので・・・。」
サリーナさんに咄嗟に謝ると、返ってきた答えに彼女を押し倒す形で覆いかぶさっている事に漸く気付いて、慌てて起き上がり、助け起こす。
彼女は頬を真っ赤に染め、顔を反らしながら土埃を払う。その様子を見て再び謝罪をし、怪我をしていないか確認するが特に擦り傷等も見当たらなかったため、安心した。
・・・でも、顔に感じた柔らかな感覚は、暫く忘れられそうにはないな。
なんの感触かは言わないけど。
その後、サリーナさんは顔を真っ赤にしたままだったし、僕も集中出来そうになかったので、今日の稽古は切り上げ、汗を流した後、昼まで部屋で休む。
そのうち彼女も着替え終わり、部屋に現れるがまだ頬を染めたままだった。
暫く気まずい沈黙の中で過ごしていると、アーネストさんが昼食の用意が出来た事を伝えに来たので、彼女を伴い食堂へと向かい、何時ものように着席した所で、伯爵が開口一番にとんでも無いことを口走る。
「イーオ、今日は彼女を練兵場で押し倒したんだって?この間は彼女を抱き抱えていたし、キースとは違いキミは本当に手が早いな。」
「あらあら、情熱的なのですねイーオさんは。」
伯爵とノエリアさんの発言に、思わず咽せてしまった。そんなにニコニコしながら言われても、困ります。
「だ、誰がそんな事言ってたんですか!」
「キランだが?」
キランさん・・・言い方って物があると思うよ!?
伯爵に経緯を説明するも、知っているとあっけらかんと答えられ、僕は呆然としてしまう。
この人間違いなく、僕で遊んでいるな?
「いやぁ、イーオの反応が面白くて、ついからかいたくなるんだ。・・・さて、冗談は置いておくとして、食事を始めよう。」
僕の不信感の篭った視線を感じたようで、伯爵は誤魔化すように食事の用意を指示するとすぐに料理が出され、何時ものように祈りを捧げてから、食事を摂った。
流石に食後には揶揄われる事はなかったが、半ば玩具扱いされている気がしなくも無い。
暫く伯爵達と談笑していると、サリーナさんも食事を終え、こちらに現れたので彼女を連れて部屋に戻った。
「午後からは何をされますか?」
「うーん・・・。アルの様子でも見に行こうかな?」
部屋に戻ると、サリーナさんに午後からの予定を尋ねられたが、僕は練兵場をまた覗きに行くと伝えた。
キランさんはああ言ったけれど、やはりアルの事は心配だから、様子だけでも見ておきたい。
そんな事を考えている内に僕は相当険しい表情をしていたようで、見兼ねた彼女が提案をしてくる。
「イーオさん。差し出がましいかもしれませんが、団長様のおっしゃっていたように、今は騎士団にお任せになられた方が宜しいかと存じます。他の従者にも聞いてきましたけれど、アルさんは新兵と一緒に身体作りからきっちりやらされているようなので、暫くはアルさんの思うようにさせてあげてもいいのではないでしょうか?」
無闇矢鱈にやっている訳ではないと言う事か・・・。
「わかった。アルが何か言ってくるまで、待つ事にするよ。」
「はい。では、イーオさん。この間の案内な続きをさせて貰えませんか?南側ではなく、北側ならばあの手の輩は居ませんので。」
サリーナさんは屋敷から僕を連れ出す事で、気分転換させたいのだろう。こちらを見る彼女の表情は、心配そうまから。
「うーん、今日はもう練兵場にも行ったから、お言葉に甘えようかな?サリーナさん、ありが・・・。」
「イーオお兄様!私もついて参ります!」」
彼女の提案を有り難く受け入れ、お礼を言いかけた瞬間、部屋の扉が勢いよく開かれ、声が響く。
何事かと思い入り口に顔を向けると、頬を膨らませたリズが入ってきた。
伯爵と同じようにリズが入って来るとは思わず、かなり驚いた。
「リ、リズ?どうしたの?」
「どうしたもこうしたもありません!また私に黙って出かけようとなさるなんて!」
どうやら、扉の外から中の様子を伺っていたらしい。そして、この間サリーナさんと二人で出かけた事もバレているようだ。
「サリーナもサリーナです!お兄様を独占しようだなんて、私が許しませんよ!」
「リ、リゼット様、私はそのような不敬な事は考えておりません・・・。」
「何日か前から、二人の様子がおかしいと思ってたんですよ!先程の食堂での会話を聞いて、事情を知っていそうなお父様を問い詰めたら、全部白状しました!・・・ところでサリーナ、今の会話からして貴方、あからさまにお兄様に好意を抱いていますよね?」
叔父上・・・。黙っててくれるんじゃなかったのか・・・?
しかし、リズは最後に何を呟いたんだ?僕は良く聞き取れなかったけれど、サリーナさんには聞こえたようで慌て始めたし。
「そ、そ、そ、そんな事、ありません!?」
「やはりですか・・・。貴方、案外わかりやすいのですね・・・。私達の前では、今まで表情も余り変えませんでしたのに・・・。であるならば、尚更二人きりになんてさせませんわ!私もついて参ります!」
サリーナさんは真っ赤な顔で涙目になりながら、可哀想になるぐらい慌てている。その様子を見て、リズは小声で何かを呟いてから、改めて僕に宣言した。
何なんだこの状況は・・・。
「お兄様!宜しいですね!?」
「う、うん。勿論だよ。」
リズの勢いに押され、思わず返事をしてしまったけれど、これは大人しく従った方がいいのかもしれない。
下手に拒否をすると、リズが傷付きそうだから。
サリーナさんは昼食前より顔を赤くしてかなり慌てているし、どうやってこの場を収めたらいいのか・・・。
そう考えると僕は憂鬱な気持ちになり、深く溜息をついた。