13 サリーナ2
「イーオ様。宜しければ、またおいでください。」
「はい。こちらこそ、ありがとうございました。」
暫くトレントンさんと話をし、館の人達やキランさん達へのお土産を購入してからお店を後にする。
サリーナさんには悪いけど、彼女の武勇伝を聞けて中々に楽しかった。
ちなみに、お土産は村の果実酒だったりする。トレントンさん曰く、僕の育ったエピナルの村の果実酒はこのクラマールの街や、王都等でも人気があるのだとか。
街で自分の村の名産を買うのは妙な気分だけれど、お世話になっている人達に贈るには、丁度いいのかもしれない。
果実酒は、明日館に届けて貰える事になった。ちょっと買いすぎたかも?
お酒を飲めないリズ達に、何を贈るかをサリーナさんに相談すると、南広場には人気の揚げ菓子のお店があり、女性に人気なので揚げ菓子にしてはどうかと提案される。
僕はそういったものは判らないため、彼女の提案に従いお店へ案内をして貰うも、そこはかなり賑わっており、暫く待つ必要があった。
まだ日は高く、特に用事もないのでサリーナさんと二人会話をしながら並んでいると、ふと目線を何処かに向けた彼女の表情が曇る。
どうしたんだろう?
そう思い、何があったのか聞こうとした矢先、突然誰かの怒鳴り声が響いた。
「おい、サリーナ!どういう事だよ!」
声の方向に振り向くと、怒りで顔を歪ませた若い男が立っており、こちらに近づいて来ている。
「アンタに説明する必要はないわ。今は此の方を案内している最中だから、邪魔しないで。」
今まで彼女からは聞いた事が無いくらい、冷たい声色だ。言われた男はやや怯んだようだが、再び怒り気味に言い返してくる。
「関係無いだって!?お前に散々求婚してきたのに!そもそも誰なんだよコイツ!」
「此の方は、私が仕えている伯爵様の御子息よ?コイツ呼ばわりをするなんて、不敬にも程があるわ。わかったら、さっさと何処かに行ってくれないかしら?これ以上、此の方に何かを言うのであれば見過ごせないわよ?」
どうやらこの人は、彼女に何度も言い寄っていたようだ。
だが、サリーナさんは鬱陶しいと言わんばかりの表情で、男に告げる言葉は更に冷たくなっている。
「伯爵様に、こんな白髪の息子が居るなんて聞いた事ないぞ!いい加減な事を言って誤魔化そうとしても、俺は騙されない!そんな気味の悪い奴より、俺の方がお前に相応しいだろ!」
・・・屋敷の人達は何も言わなかったから、髪を隠す事を忘れていた。やはり、街でも気味悪がられるのであれば、隠すべきなんだろうか。
そう思うと、途端に周りの目が気になってしまい、一緒にいる彼女にまで迷惑がかかるんじゃないかという気持ちが湧いてくる。
「巫山戯ないで!」
そう考えていると突然、先程まで冷たい声色だった彼女の怒声が響いて、驚き僕は顔を上げ彼女を見た。
「此の方の髪が気色悪いですって?真っ白な雪のようで、こんなにも美しいのに、貴方の感性を疑うわ!それに、私は自分より弱い男には興味がないの!わかったら今すぐ消えなさい。これ以上貴方がイーオ様を侮辱するなら、私が許さないわ!」
サリーナさんがここまで怒るなんて、思わなかった。
「どう許さないって言うんだよ!」
「貴族の子弟相手に不敬な言動をとったのに、どうなるのかも想像できないのね。その程度の男だから、相手にしたくないのよ。・・・いいわ、私がイーオ様に代わって教えてあげる。」
彼女はそう言い放つと、ゆっくりとした足取りで男に近づいていく。彼女は肩越しでも分かるほどに、怒気を放っている。
これは不味いと直感した。
その男の方も頭に血が上っているようで、サリーナさんを睨みつけているし、これではろくな結果にはならない。
だから僕は咄嗟に彼女を抱き抱え、その場から離れる事にしたんだ。
女性を抱き抱えるなんて初めてだったけれど、そんな事お構いなしに走り出す。思ったより軽いから、これなら暫く抱き抱えながらでも問題はない。
何せ後ろから怒鳴り声を上げながら、先程の男が追いかけているので、安全な場所まで逃げる必要があったからね。
そうして、門に辿り着き、そのまま館へと走り抜ける。僕の様子に門番はかなり驚いていたようだけれど、気にせず庭園を駆け抜けた。
すると館の前には馬車が止まっており、伯爵が丁度玄関から出た所で、走ってきた僕達に気付くと目を丸くしている。
「イーオ、どうしたんだ?何かあったのかな?」
「叔父上、お見苦しい所をお見せして申し訳ありません。」
「いや、それは構わないが・・・。女性をお姫様抱っこしたまま走ってきたら、誰でも驚くだろう?何があったんだい?」
伯爵に問われ、事情を簡単に説明すると伯爵は納得したようだが、見送りに出ていたアーネストさんは苦虫を噛み潰したような表情でサリーナさんを見ていた。
アーネストさんに睨まれた事で、彼女は漸く自分の失態に気付いたらしく、青ざめている。
「旦那様、申し訳ございません。サリーナにイーオ様のお世話をするよう申し付けたのは、私の責任に御座います。早急に別の者を選定致しますので、どうかお許しください。」
「まぁまぁ、アーネスト。彼女はイーオが馬鹿にされた事が許せなくて怒ったのだろうから、気持ちは分からなくはないよ。ただ、従者としてはどうかとは思うがね。・・・サリーナ、今回はイーオが止めたから未遂で済んだが、二度目があったら未遂だろうと罰は受けて貰うよ。」
「も、申し訳ございません。以後今回のような行いは慎むと誓います。」
「なら、イーオも彼女を気に入っているようだから、大目に見るとしよう。・・・しかし、どうしたものか。イーオの事をどう扱うのか、考えなくてはならないのかもな。・・・そうだな、キースに手紙を出してみるか・・・。」
僕の扱いとは、どういう意味なのだろうか?
伯爵は真剣な表情で悩んでいるようで、その意味を確かめるのは憚られた。
「・・・ところでイーオ?彼女を、そのままベッドにでも連れ込む気なのかい?」
気付けば、茶化すような口調で口元をニンマリとさせがら尋ねる伯爵に、僕は漸く彼女を抱き抱えたままな事に気付き、慌ててサリーナさんをおろす。
その様子を見て、伯爵は笑いながら馬車へと乗り込み、走り去っていった。
その後、アーネストさんにも謝られたのだが、僕は気にして居ない事を伝え、部屋に戻り休む。暫く部屋で休憩していると、サリーナさんが着替えを済ませてきたので、僕も訓練をする為に練兵場に向うことを伝えると、彼女も申し訳なさそうな表情で後に続いた。
「先程はあの様な姿をイーオさんに見せてしまい、申し訳ございませんでした。」
「僕の代わりに怒ってくれたんだよね?ありがとう。それに、髪の色を綺麗だって言ってくれたのは、サリーナさんが初めてだよ。」
練兵場に向かう途中、彼女が先程の謝罪をしてきたけれど、僕はあまり気にしていないし、寧ろ嬉しかった。
誰かに髪の事を褒められるなんて、思ってもみなかったから。
「あの男が言っていた事を気にされていたようなので、我慢出来なかったんです。しかも、初めてお見かけした時から綺麗だと思っていたイーオさんの髪を、気味が悪いだなんて言われてしまったので余計にっ!」
あの時の事を思い出したらしい。顔が怖いよ・・・。
「そっか・・・。ありがとう。後、僕もごめんなさい。いきなり抱き抱えてしまって。」
「いえ、こちらこそありがとうございます。私が罰を受けるとお考えになられての事ですよね?私は、叔父様に言われるまで、気付かないくらい頭に血が上っていましたし・・・。お見苦しい所をお見せしてしまい、申し訳ありませんでした。」
いや、ごめん。相手が酷い目に合いそうだと思ったから、とは言わないでおこう・・・。
そんな風に話をしているうちに練兵場に辿り着き、僕は訓練を始める事にしたのだが、街で彼女の武勇伝を聞いたため、どうしても彼女の剣の腕が知りたくなり、手合わせをお願いしたいと伝えた。僕自身を計りたいのもあるしね。
「そんな!イーオ様のお相手が務まるとは、到底思えません!」
「さっき抱き抱えた時に気付いたんだけど、毎日しっかりと訓練しいてる筋肉のつき方だよね?だから手合わせしてみたいなって思ったんだけど、ダメかな?」
きっと従者の仕事の後にでも、何かしているんだろうな。
「ダメではありませんが・・・。私程度で宜しいのですか?」
「うん。僕も余り人相手には打ち合いをした事がないから、自分がどの程度なのか知りたいんだ。お願い出来るかな?」
僕の言葉に彼女は渋々頷いたので、近くにいた兵士に木剣を二本借り、1本をサリーナさんに渡し向かい合う。
最初は肩慣らしに暫く打ち合い、身体が温まってきたぐらいでやめ、模擬試合を始める事にした。
寸止めしないといけないと考えながら、改めて向かい合い、僕も木剣を構える。
彼女は正眼の構えをとっているが、その構えにぎこちなさ等微塵も感じられない。
なるほど、騎士団に入りたいというのは本気だったようだ。
表情がやや緊張しているように思うから、少し軽めにしてみようと剣を振るうも、いとも簡単にいなされ、反撃をされる。
徐々に速度を上げながら剣撃を放つが、どれも簡単に避けられたり、受け止められてしまう。
彼女、かなり目がいいのかな?
それならばと思い、副団長に打ち込んだ時と同じぐらいの速度で、それ程力を込めずに彼女の木剣に撃ち込む。
すると、勢いが良すぎたのか、彼女の武器を吹き飛ばしてしまった。速度を上げるだけならまだまだあげられるが、威力はないため、木剣は折れてはいない。
「私の負け、ですね。動きが見えていても、反応が出来ませんでした・・・。」
副団長は見えなかったと言っていたから、やはり彼女にはよく見えているようだ。
「ありがとうサリーナさん、また訓練に付き合ってくれるかな?」
「はい、私で良ければ。」
僕の発言に、嬉しそうに答える彼女の笑顔は、とても美しかった。