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いつか、どこかで  作者: 眠る人
12/86

12 サリーナ

「こちらが南広場になります。」

「うわぁ・・・通りより人が多いね・・・。」


 サリーナさんに手を引かれながら南側の中心にある広場に辿り着くと、そこは商店が立ち並び人で溢れかえっていて、かなり華やかな雰囲気だと感じた。


「南側は王都に抜ける道もあるので、特に人が多いのです。許可さえ取れば、この場所なら行商人でも露店が出せますからね。」

「なるほど・・・。」


 僕達が来た時は街の北側から入ったが、そちらより商店の数が多いように思う。

 初めての光景にキョロキョロと辺りを見回していると、彼女がニコニコしながら僕を見ている事に気付いた。


「私の育った街は、如何ですか?」

「なんと言うか・・・、凄いね・・・。」


「こちら側は大衆向けの食事処やお店が主ですから、余計にかもしれませんね。反対に北側は高価な商品を取り扱うお店が多いため、落ち着いた雰囲気になっています。」

「そうなんだ・・・。」


「では、そろそろ参りましょうか。」


 ずっと村に居たから、何もかもが珍しい。

 その後も時計塔や、大衆演劇の施設等を彼女に案内されながら見て回った。


 ある程度見て回った頃、お昼を告げる鐘の音が鳴り響き、歩き回ったために僕のお腹も大分空いていたので、彼女に昼食を摂ろうと提案する。


「でしたら、近くにいいお店が有りますのでそちらで昼食にしましょう。」

「うん、ありがとう。」


 彼女に手を引かれるがまま辿り着いたお店は、店の外からでも判るくらい、かなり賑わっているようだ。店に入る前に彼女は僕の手を離し、扉を開け僕に入るよう促す。


 入店すると店員と思われる人が現れ、彼女と何かを話した後、奥の部屋に案内される。

 部屋に入り、店員が緊張した面持ちで椅子を引いたため、そこに腰掛けると彼女は反対側の椅子に向かい合う形で座った。


「このお店、私も小さな頃から利用させて頂いていますが、貴族が来店したのは初めてのようなので、先程の店員はかなり緊張していましたね。」


 悪戯成功と言わんばかりに、彼女はクスクスと笑うが、僕は貴族じゃないから何か悪い事をしている気分になる。


「イーオさんは嫌がるでしょうけれど、私としてはお仕えする方をお待たせする訳には参りませんし、貴方が伯爵様の御嫡男であるのは事実ですから、嘘は言っておりませんよ。」


「でも、僕自身は何者でも無いただの猟師だよ?」

「うーん・・・?イーオさんは品がありますし、物腰も柔らかいので、私は貴方が猟師をしていたとは到底思えませんね。なので、副団長様との模擬戦は最初の印象と大分違って・・・、なんと言うか、その・・・。」


 モジモジしながら彼女は言い淀む。あの模擬戦で怖がらせてしまったのだろうか?


「失礼致します!」

「わっ!?」「きゃっ!?」


 突然女性の大きな声が響き、僕達は思わず悲鳴をあげてしまう。


「お、驚かせてしまい、申し訳ありません!」

「お、女将さんですか・・・。びっくりしたぁ・・・。」


「本日は、ご来店頂き誠にありがとうございます!主人は手が離せないため、あたしが代わりに挨拶に参りました!」


 サリーナさんから女将さんと呼ばれた女性は、かなり緊張した面持ちで挨拶をしてくる。でも、僕は貴族じゃないから、なんか申し訳ない。


「あの・・・、僕は貴族として育てられていませんから、そんなに畏まられると非常に申し訳ないのですが・・・。」


 僕の発言に女将さんは困惑した表情になる。

 そんな僕達の様子を見兼ねたサリーナさんが、簡単に事情を説明してくれた。勿論、建前の方の事情だけど。


「なるほど・・・。あのキース様の元で貴族だと教えられず育てられていたと・・・。兵士達が話していた、副団長様が負けたと言う伯爵様の御子息は、貴方様の事でしたか。」


 どうやら、あの模擬戦の話は街にも広がっているらしい。でも、女将さんも父の事を知っているようで驚いた。父はかなり有名なようだ。


「あのディラン様の事かと思ってましたけど・・・。イーオ様の事なのですね。」


 ディラン?もしかして、伯爵のもう一人の息子の事だろうか?


「私はお屋敷に勤め始めて数ヶ月なのでディラン様を存じ上げませんけど、副団長様を破ったのはイーオ様で間違いないですよ。私もその場に居ましたから。」

「本当かい?サリーナちゃん。・・・こんなに女の子みたいな優しい顔をしてるのに、人は見かけに寄らないねぇ・・・。」


 女将さんにジロジロと見られて、ちょっと居心地が悪い。

 後、女の子みたいな顔ってのはやめてください。


「お、女将さん!イーオ様に失礼ですよ!」


 サリーナさんに注意された女将さんは、真っ青な顔になりながら必死で僕に謝罪をしてきたが、僕は気にしてないと言う事を伝え、普通に話して欲しいとお願いをした。


「あたしゃ首を跳ねられるかと思ったよ・・・。」

「そんな事僕はしませんし、出来ませんよ。」


 僕の発言で安心してくれたらしい。


「貴族に失礼を働いて殺されたって話はよく聞くからねぇ。今の伯爵様になってからは、この領地では聞いた事はないけど。・・・そんな事より、サリーナちゃん。もう貴族に見染められたのかい?これで、あんたの家も安泰だね!」


「お、お、お、女将さん!な、な、何を言ってるんですか!」

「貴族のお手付きになったのかと思ったんだけど、違うのかい?」


「ち、違いますよ!確かに、副団長様に勝った時はカッコいいなと思いましたけど、畏れ多くてそんな事口が裂けても言えませんし、何よりまだお仕えしてから一週間も経ってないんですよ!?」


「満更じゃないようだね・・・。なるほどねぇ、あのサリーナちゃんがねぇ。言い寄る男を尽く撃退してきた男勝りのアンタが、コロッといっちまうなんて余程いい男なんだろうねぇ。イーオ様、サリーナちゃんを宜しく頼むわね。」


「女将さん!いいから料理持ってきてっ!」


 サリーナさんの発言に、女将さんはニヤニヤしながら部屋を出て行った。それを見送るサリーナさんは顔を真っ赤にしながら、肩で息をしている。


「今の女将さんの話は聞かなかった事にしてください。いいですね?」

「は、はい・・・。」


 彼女は僕を睨むように視線をこちらに向ける。僕はその勢いに押され、大人しく返事をするしかなかった。彼女釣り目だから、睨むと結構怖い・・・。


 気まずい空気が流れ、会話もなく真っ赤な顔で俯いてる彼女の様子を伺いながら、料理が運ばれてくるのを待つ。

 暫くすると料理が次々に運ばれてきた。


 かなり美味しそうな料理の数々を前に、彼女と二人で神様に祈りを捧げてから食べ始める。

 肉は柔らかく調理されているし、野菜も新鮮で甘みすら感じる。どの料理を食べても文句無く美味しい。

 なるほど、確かにいいお店だと思う。


 出された料理を二人で食べ終え、食後のお茶を彼女が用意してくれて一息つく。


「如何でしたか?お口に合いましたでしょうか?」

「勿論だよ。お店で食べるなんて生まれて初めてだったけど、こんなに美味しい物なんだね。」


「それは何よりです。」

 僕の返事を聞いたサリーナさんは、満足そうに微笑む。

 よかった、機嫌も直ったようだ。


「失礼します!」


 部屋の入り口から男性の声が響いて、そちらを向くと女将さんと同じくらいの年齢と思われる男性と、僕達と同じ年頃の女性が立っていた。後ろには女将さんの姿も見える。


「おじさん、お邪魔してます。ニーナちゃんも久しぶり!」


「サリーナちゃんが貴族様を連れてきたって聞いたもんだから、挨拶せにゃならんだろう。・・・家内から話は聞いております。来店してくださり誠にありがとうございます。ご挨拶が遅くなり申し訳ありません。」


 丁寧に頭を下げられ挨拶をされるが、自分にそこまでしてもらう必要はない事を伝え、料理が美味しかった事のお礼も言う。

 僕の反応に店主のおじさんは恐縮してしまうが、また利用させて欲しいと言うと喜んでくれたようだ。


「ところでサリーナちゃん、自分の家は案内したのかい?親父さんも心配してるようだから、顔を出してやりな。・・・そうだ、ニーナ。今から貴族様を連れてサリーナちゃんが店に向かうからと伝えてきてくれないか?」

「はーい!」


「あっ・・・ちょっ・・・!」

 店主さんがニーナさんにそう伝えると、サリーナさんが何かを言う前に何処かへ走り去ってしまった。


「あー・・・。行かないつもりだったのにぃー!」

「どうして?」


「まぁ、どうなるかは分かるからな。だが、ちゃんと顔を出してやりな。親父さん、うちに来てはサリーナちゃんの話をしていたからな。安心させてやりなさい。」


 僕の疑問に店主さんが代わりに答え、それに渋々返事をするサリーナさんは館に居る時とは大分印象が違っていて、つい僕は笑ってしまう。

 彼女は更に膨れてしまったけれど、こういう経験はした事がなかったから凄く楽しかったんだ。


 その後改めてお礼を言い、代金を二人分支払って店を後にした。サリーナさんは自分が払うと言い、店主さんもお代は要らないと言ったけれど、そんな訳にはいかないのと、何より彼女にお礼がしたかったから、ちゃんと僕が払った。


「申し訳ありません。私が行きたいと言い出しましたのに・・・。」

「大丈夫だよ。叔父上から給金も貰ったからね。」


 貰った額がかなり大きいからまだかなりの余裕があるし、アルや皆に何かお土産でも買って行こうかと思う。

 店を出て道なりに歩いていると、先程走って行ったニーナさんがこちらに駆け寄ってくる。


「サリーナちゃん!伝えてきたよ!」

「ニーナちゃん・・・。あぁ、もう!行かないわけにいかなくなったじゃない!」


「いいじゃない。おじさん心配してるんだから。・・・それより、此の方とどんな関係なの?」

「私は此の方の専属なだけよ。」


「本当に?お母さんが、サリーナちゃんのいい人だって言ってたよ?」

「女将さんなんて事を・・・!そんな訳ないでしょ!畏れ多くて、私なんかがそんな事思っていい訳がないわよ!」


「えー?サリーナちゃん凄く綺麗だから、お似合いだと思うけれど。イーオ様・・・でしたね。サリーナちゃん綺麗だと思いますよね?」

「う、うん。」


 それは勿論そう思ってるけれど、本人を前に聞かないで欲しい・・・。


「イーオ様まで・・・!やめてください!」

「やっぱりいい人なんじゃない。・・・私も素敵な男性見つけないとなぁ・・・。じゃあ、あたし帰るね!ごゆっくり〜!」


 そう言うとニーナさんは走り去ってしまい、僕達は妙な気まずさを抱えながら再び歩きだした。

 今朝から妙な流れなんだけど、このままサリーナさんの家に行くとどうなるのだろうか・・・?


 そんな僕の不安を他所に、サリーナさんに先導され歩き続ける。


 少し進んだ所で、サリーナさんが立ち止まった。着いたのかと思ったけれど、そんな感じではないようで何処かを真っ直ぐ見ている。


「なんで・・・店の前で待ってるのよ・・・!」


 彼女の呟きが聞こえ、その声でサリーナさんが見ている方向に僕も視線を向けると、父さんより若い男性がやけに落ち着かない様子でキョロキョロと辺りを見回しながら立っていた。


「父です・・・。」


 彼女は僕もそちらを見ている事に気付いたようで、ため息を吐きながら呟く。すると、男性もこちらに気付いたようで、かなりの速度で走り寄ってくる。


「お待ちしておりました!どうぞこちらへ!」


 そう言うと男性は僕が自己紹介をする間も無く、僕の手を引き、店の中の奥の部屋へと案内してくれた。連れ込まれたが正しいくらいの勢いだったが。


 サリーナさんも慌てて後ろを追いかけて部屋に入り、抗議の声をあげる。


「ちょっと!お父さん!イーオ様に失礼でしょ!せめて名乗ってからにしなさいよ!」

「こ、これは大変失礼致しました!申し遅れましたが、私当商店を営んでおりますトレントンと申します。以後お見知りおきを。」


「トレントンさんですね。僕はイーオと申します。・・・僕自身は貴族ではありませんから、あまり丁寧な挨拶をされても困りますよ。」


 僕の発言に、トレントンさんは困惑した表情でサリーナさんを見る。

 彼女も困った表情で、建前の方の事情を説明をしてくれた。


「あー・・・大分前に、そんな話を聞いた事がありますな。キース様が田舎の代官になられるとかで、伯爵様の近辺が慌ただしかったために、後嫡男をキース様に託されたとかどうとか。・・・であるならば、貴方様は紛れもなく伯爵様の御子息でございますよ。」


「僕自身は知らされたのはつい最近で、今更叔父上が父だと言われても困るのですが・・・。」


「イーオ様がそう思われるのは無理もありませんが、お父上が二人居ると思われては如何ですか?」

「父が・・・二人?」


「はい。僭越ながら申し上げますと、細かな事情は分かりかねますが、現伯爵様はそれは大層キース様を可愛がっておいででした。勿論、他のご兄弟の方々と同様にでしたがね。キース様は大変ご立派な方でしたから、故にキース様の元になら後嫡男を託せると、お考えになられたのではないでしょうか?・・・伯爵様も若くして家督を継がれたため、周りの貴族から領地を狙われたり等が有ったと、私も聞き及んでいます。」


「なるほど・・・。」


 伯爵の今の立場がわからないけれど、若くして家を継いだために、周りから色々なちょっかいをかけられ僕を手元に置くより、父に預けた方が安全だと判断した側面もあるのかもしれない。


「正しく、伯爵様も父親だとは思いませんか?直接育てる事だけが、父親の役目ではありません。我が子を思い、子供の安全を確保する事も又、親の役目だと私は考えます。」

「ありがとうございます。少し、気持ちが楽になりました。」


 そうか・・・。それなら、あの二人のために僕にも出来る事があるかもしれない。トレントンさんに会えて、話が出来て良かった。


「お役に立てたようで何よりで御座います。」

「お父さん・・・。」


 トレントンさんは僕の様子に微笑む。

 サリーナさんもトレントンさんの話で、少し目が潤んでいるようだ。


「この街は伯爵様あっての物ですからな。今の伯爵様になられて20年は経ちますが、それまではここまで豊かではありませんでした。領民のために行動なされる伯爵様だからこそ、私達も精一杯お仕えしたいと思っております。・・・所で、うちの娘はイーオ様に失礼等働いておりませんか?」


「寧ろ、こちらがお世話になりっぱなしですよ。」

「お、お父さん・・・?」


「お恥ずかしながら、うちの娘は割と最近まで騎士団に入ると言っておりましてな・・・。女ながらに剣の稽古までしていたじゃじゃ馬なのです。その様な娘なので、兄に頼み館で働かせましたが、粗相がないか心配で心配で・・・。」


 ん?剣の・・・稽古?

 思わずサリーナさんを見ると、顔を染めながら俯いている。


「最近、ファン副団長様が若者に負けたと聞き、まさか我が子が・・・と思ったりもしておりました。・・・ですが、娘のこの様子ですと、どうも違うようですな。」


「イーオ様の前でやめてください!それに私は、流石にそこまで強くありません!」


 トレントンさんは、僕とサリーナさんを交互に見てから微笑んだ。

 近寄る男を撃退したとかさっきも言われてたし、一度サリーナさんと手合わせしてみたいかも?


 そんな風に考えながら、彼女の色んな話をトレントンさんから聞いたんだ。

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