11 デート
練兵場での一件は伯爵の耳にも入ったらしく、夕食後の話題に登る。
「副団長に勝ったそうだね。フィーが興奮しながら教えてくれたよ。その後で来たキランも、イーオと手合わせをしたいと言っていたな。」
「キランさんも・・・ですか?肉食の獣相手に使っていた剣技なので、人相手に通用するとはとても思えないのですが・・・。」
僕の発言に伯爵はかなり驚いた様子だ。何かおかしな事を言っただろうか?
「獣相手に・・・、剣一本で・・・?」
「流石に弓も使っていますが、狼のような群れで襲ってくる獣や、熊相手になら剣で立ち向かいましたね。」
「とても人間業だとは思えんな・・・。キースに教わったのかい?」
「仰る通り、剣技は父さんに教わった物です。でも、力だけなら兎も角、技術ではまだまだ及びません。」
実際、幼い時に父が剣一本で獣を狩る所を何度か見た事がある。村の広場に現れた熊をたった一撃で仕留めたりしていた。
僕には、まだそこまでの事は出来ないな。
「あやつには及ばない、か・・・。キースは、王国でも三本の指に入ると言われていた剣士なのだぞ。比較対象を間違えているな。」
父がそこまで強かったと初めて知ったけれど、納得も出来た。中途半端に実力がある者が一番危険なのだと父は僕に教え続けていたし、剣の稽古の時は一切妥協もしなかったから。
「そうだったのですね・・・。」
「あの頃のキース様は引く手数多で、婿に欲しいと仰る貴族も多かったですわね。」
ノエリアさんは懐かしそうに目を細める。
「出世や名誉に興味がなかったらしく、頑なに騎士団から離れようとはしなかったな。恐らく、若くして伯爵家を継いだ私を支えようとしてくれたのだろう。・・・しかし、そんなキースに甘え、その名声を利用した結果、私は・・・。」
言葉に詰まった伯爵の表情は暗く、後悔に溢れていた。
今でもまだ、悩み続けているのだろう。
でも、父は悔やんではいないと僕は思う。そして、伯爵の後悔がわかって居るからこそ、父はこの家を一度も訪れようとしなかったのでは無いだろうか。
伯爵にとって、自らがその象徴になってしまわないように。
「済まないな。こんな話をするつもりはなかったのだが。」
伯爵の様子に、この場にいる誰もが何も言えなくなっていて、その日の夕食の席での会話は、それっきりなかった。
サリーナさんに連れられて部屋に戻った僕は、ベッドに横になりながら考える。
どうにか、二人の仲を取り持つ事は出来ないだろうか?
お互いがお互いを思いやるが故に、会えなくなるなんて悲しすぎるよ。
でも、どれだけ考えても答えは出なかった。
それから数日が経ち館での暮らしに少しずつ慣れてきた頃、朝食を摂り終えた僕の元へキランさんが訪ねてきた。
「おはようイーオ君。今日はお願いがあって来たのだ。・・・すまないが、私と手合わせをして貰えないだろうか?・・・木剣ではなく、真剣で、だ。」
「キ、キランさん突然何を!?」
「不躾な願いなのはわかっている。だが、私も一人の剣士として、強い者と手合わせをしてみたいと思ってしまった。伯爵様もキミがいいなら好きにしていいとおっしゃっているし、どうか私の願いを聞いては貰えないだろうか。」
参ったな。思わずアルやサリーナさんを見るが、二人も戸惑っている。
「うーん・・・。僕は構いませんが、一つ問題がありまして・・・。」
「何だろうか?」
「実は、僕の使っていた剣がこの間の獣討伐の際に折れてしまったので、僕は剣を持っていないんです。僕の物ではなく、父さんの物でしたけど・・・。あそこにある剣は父さんの名代としての証なので使えません・・・。」
「なる程・・・、並の剣ではキミの力には耐えられないから、実力も充分に発揮出来ないだろうな。訓練用の剣は鋳造品故、木剣の様に簡単に折れてしまうのは想像に難くない。・・・ならば、イーオ君の為の剣を用意出来ないか、伯爵様に相談してみるか?」
「そんな事、してもいいのですか?」
「構わんだろう。どの道、キミやアル君のための鉱石を使う剣や弓を用意しなければならないからな。それが少し早まるだけだ。」
そう言うと、キランさんはさっさと部屋を後にした。慌ただしい人だなぁ。
キランさんが行った後、アルも訓練をしてくると僕達に告げ部屋を出て行く。
僕は何をしようかな?僕が練兵場に行くと皆に見られるから、人の少ない時間帯に行きたいし・・・。
「イーオさんは、今日ご予定はありますか?」
「特にないけれど、どうかしたの?」
「いえ、特にご予定が無いのでしたら、街に出ていらっしゃらないようですし、街を案内させて頂ければと思いまして。」
「・・・確かに。ずっと屋敷の敷地から出てない・・・。」
「・・・ちなみに、アルさんは興味ないと即答していました。」
アルは・・・、ちょっと根を詰め過ぎなのではないだろうか?心配になってきた・・・。
僕が口を出すより、キランさんやファンさんに言われた方が納得するだろうから、後で頼んでみよう。
とりあえず、サリーナさんに街の案内を頼み、彼女がアーネストさんに出かける事を伝えてくるため、30分程後に正門の前で落ち合うという話になった。
僕も伯爵に伝えてくるかな。
多分、執務室に居るだろうから。
そう考え執務室に行ってみると、部屋の前には従者の方が控えていたので、中に伯爵は居るようだ。扉をノックすると、中から返事があったので入室する。
「イーオか。何か用かな?」
「叔父上に、これから出かける旨を伝えに参りました。」
「出かける?何処に?」
「サリーナさんに、街を案内して貰おうかと思いまして。」
「二人でか?」
「はい、そうですが・・・何か不味い事でもありましたか?」
「いや?キースと違って、手が早いと思ってな。リズやフィーもキミに夢中だし。」
何を言い出すんだこの人は!
ニヤニヤしながら見ないでくれませんか!?
「慌てている所を見ると、図星か。・・・キミは誰が好みなんだい?イーオ専属の娘も麗しいが、リズやフィーだって数年もすれば負けないと思うぞ?私は娘達が望むなら、構わない。キミ達は書類上、兄妹になってはいるが幾らでも手はある故、気にしなくていいからな。」
「・・・叔父上、そろそろやめて頂けると助かります。」
僕にそんなつもりは毛頭ありません!
「なんだ、私の娘達では不服なのか。・・・冗談はいい加減やめよう。色々あったから、いい休養になるだろう。館ではまだ緊張しているようだし、昼食も外で摂るといい。のんびりしてきなさい。・・・そう言えば、キミは金銭を持っているのか?」
「ありがとうございます。・・・お金、ですか?余り持っていませんね・・・。村では必要ありませんでしたし。」
「ふむ・・・。ならば、余り多くは無いが用意させよう。女性と逢瀬を楽しむのだ、金は必要だろう?誰かおらぬか?」
「そんな!そこまでして頂く訳には参りません!・・・後、別に隠してはいませんし、案内をしてもらうだけですよ?」
「何、気にする事は無い。今回はキースの代わりに仕事をしに来たのだから、給金だよ。それにキミが来たおかげで騎士団も盛り上がっているし、そのお礼もある。・・・イーオよ、お前までキースのようになられては私が困るぞ?」
僕は大した事をしていないのだけれど、余り固辞し続けるのも失礼にあたると言われてしまい、受け取らざるを得なかった。
「今日の事はリズ達には黙っておくから、ゆっくりしてきなさい。」
話を終え部屋を出ようとする僕に、伯爵はニヤニヤしながら声を掛けて来る。・・・冗談はもうやめると、言いませんでしたかね?
伯爵に挨拶を終え、玄関に向かうと何故かアーネストさんが立っていて、僕を見つけると声をかけてきた。
どうやら僕を待っていたらしい。
「イーオ様がサリーナと出かけると聞きまして、お待ちしておりました。」
どうしたのだろう?何かあったのだろうか?
「サリーナは私の親類なのですよ。商家を営んでいる歳の離れた弟がおり、その娘に当たるのです。17になるのですが全く浮いた話もなく、それを心配した弟に頼まれまして、花嫁修行としてこちらで預かっておりました。」
「は、はぁ・・・?」
何が言いたいのかよくわからずに、僕は中途半端な返事を返してしまう。
「サリーナを宜しく頼みます。お帰りは明日になりますでしょうか?」
何故、アーネストさんは妙にニコニコしているんだ?というか、この屋敷の人ってこんな人ばかりなの?
「何を言いたいのかわかりたくもありませんが、夕方には帰ると思いますよ。稽古もしたいですから。」
「それは残念です。お気をつけて行ってらっしゃいませ。」
本当に残念そうな表情のアーネストさんに見送られ、館を後にする。
門に着くとサリーナさんはまだ来ていないようだ。少し早く着いたからね。
門番の人に見覚えがあったので、軽く挨拶をすると、かなり恐縮した様子で挨拶を返された。兵士が持ち回りでやっているらしく、僕と副団長の模擬戦を見ていたと言われた。
何か恥ずかしいな。
そのまま待つのも兵士の人にも悪いので、少し話をしていると、敷地からではなく、外周伝いにサリーナさんが走ってくる。
「お、お待たせして申し訳ありません!」
僕の所にまで走ってきたサリーナさんは息を切らしながら謝るが、従者は正門を使えないと聞いていたから、仕方ないと思う。
サリーナさんの私服は初めて見るけれど、凄く似合ってるし、改めてみると凄く美人だよな。・・・いけない、伯爵やアーネストさんが余計な事を言うから、彼女を妙に意識してしまっている。
僕は、何とか気にしていない事を伝え、彼女の息が整うのを待ってから出発した。
門番の生暖かい視線を感じたのは、気のせいだと思いたい。
・・・主人があんな感じだと、皆ああなるのだろうか?
街はかなり広く、とても1日では周り切れそうにないため、彼女の提案で数日かけて巡る事になった。
「かなり広い街ですから、何日かに分けてご案内致しますね。」
「お願いします。」
街は区画整備が為されていて、網の目の様に作られている。
丁度中心に伯爵家の敷地があり、もしもの時のために住人の大半が逃げ込めるようにもなっているようだ。
役所も近くに置かれ、伯爵はそちらと館を行ったり来たりしながら執務を執り行っているようだが、文官は武人と違い余り敷地まで来ないと教えて貰った。だから、見た事がないのか。
伯爵家や役所を挟んで北と南に街が広がり、王都に向かうための街道の途中にあるためか、かなり栄えている。
今日は南側を案内して貰う。サリーナさんの実家があるらしく、よく知っているからだそうだ。
南側の中心には時計塔が建てられていて、、商店が立ち並び、人通りも多い。
僕があまりの人の多さに右往左往していると、サリーナさんがその様子を見兼ねて手を握ってきた。
「し、失礼します!は、逸れてしまいますと、こ、こ、困りますのでっ!」
耳まで真っ赤に染めた彼女の様子に、僕まで気恥ずかしくなり自分の顔が火照るのを感じる。
そうして、二人で手を繋ぎながら街を巡り始めた。




